【完結】聖女様にいじめられていたら、大大大推しと急接近したんですが~ていうか私”も”聖女ってどういう意味?~

神無月りく

文字の大きさ
上 下
38 / 40

エピローグ

しおりを挟む
 キ、キス!? 藪から棒になんですか!?

「意識のない相手にするのは失礼だと思って、ずっと我慢してたからな」
「ん? え……ええ?」

 話の流れがよく分からないが、ユマとキスがしたいかしたくないかで言えば断然前者である。
 今の私は正真正銘、地味で冴えないオタク喪女で美人のハティエットではないのが気がかりだが……ひとまず欲望に負けて目を閉じると、唇が重ねられて音を立てて吸われた。

 生々しいリップ音に心臓が破裂しそうだが、それを上回る幸福感で頭の芯がぼんやりとする。
 見た目じゃない中身の私を愛してくれているのだと感じられて、涙が出そうになったがどうにか我慢した。

 何度かそれを繰り返したのち、満足したのかユマは体を離して居ずまいを正す。
 なんだか手慣れた様子にイラッとしたが、耳まで赤くなった顔を見て思わず笑いが漏れた。
 変わったように見えても、あの時のままだと思うとほっとした。

「あー……、その、子細を語ると長いから手短に話すが、女神に頼んでこっちの世界に来たんだ。戸籍とか知識とかも用意してもらったが、これは歴史の無限ループに付き合わされた分の特別ボーナスのようなものだな。それで、こっちに来れたのは今から八年くらい前のことで、それからずっとここで暮らしてる」
「は、八年も前から!? じゃあ、今は二十八ってこと?」
「ああ。女神にとっては大きな誤算だっただろうが、あんたと釣り合う歳に近づいたのは、俺にとっては嬉しい誤算だな。あらかじめ未来が分かってたから、事件の直後すぐに犯人を取り押さえられたのも幸運だった」
「取り押さえたって……」

 確か犯人を確保したのは警備員だと聞いた。

「つまりユマは――」

 私が答えを言う前に、パーカーのポケットから社員証のようなケースを取り出した。
 そこには今勤めている会社が提携している警備会社の名前とロゴが入っていて――彼の写真と『八十島優真やそじまゆま』という氏名が記されていた。

 八十島優真。それが今の彼の名前なのか。

「幸運とは言ったが、あんたが刺されるのを俺は黙って見ていた。命が助かることは分かっていたとはいえ、あんたを助けることより、歴史の正しい流れを優先させたことは許されると思っていない」
「……まさか、罪の意識で毎日お見舞いに来てたの?」
「そ、それは違う! ただ羽里が心配で」
「ならよかった。あのね、あの事件がなきゃ優真と会うこともなかったし、あの世界だってまだループし続けてたかもしれないんだから、優真の責任じゃないわよ。むしろ他に被害がなかったのは優真のおかげでしょ。結果オーライじゃない」
「……ありがとう、羽里」

 ほっとしたように表情を緩める優真に、私もつられて笑みを浮かべたが……ふと私がいなくなったあとの世界が気になって質問してみた。

「ねぇ、あれからどうなったの? また夫婦喧嘩の末に世界の崩壊~とか起きない?」
「その心配はないだろう。女神の力が戻ってイーダの神格を復活させたから、天界で仲良く暮らしてるんじゃないか? イーダも女神もあんたにコテンパンにされたから、当分はおとなしくしてると思う」

 イーダに関しては何一つ悔いがないけど、女神様にはやり過ぎた感があるからちゃんと謝りたかったかも……まあ、それが抑止力になるならいいか。

「アリサは? こっちに戻ってるの?」
「ああ。建前上魔王は封印されたことにして、無事役目を終えた形での帰還だ。帰った後は両親を説得して製菓の専門学校に行くと言っていた。長い間引きこもりだったらしいが、羽里の不屈の精神を見習って頑張るそうだ」
「た、ただの雑草根性なんだけど……物は言いようね」

 くじけず頑張ってくれるのはいいが、私を見倣ったばかりに可愛げのない性格になったり、言動がひん曲がらないことを祈るばかりだ。

「そう卑下するな。羽里が心折れることなく最後まで使命をまっとうしなければ、この未来はあり得なかった。騎士たちも役目を解放されて元の生活に戻ったし、これ以降は歴史が繰り返されることはなく、ずっと前に進むのみだ。羽里はどの聖女もなし得なかった偉業を成したと言えるな」
「ちょ、やめてよ。そういうのガラじゃないから!」

 褒められて悪い気はしないけど、三十路女が救世の聖女と言われても格好がつかない。
 聖女って言われてた頃は、見た目は二十歳そこそこのハティエットだけども。

「そ、それより、ハティエットは? 婚約者さんとうまくいったの?」
「さあな。羽里が帰ってからすぐ侍女を辞めたとは聞いているが、あの男と元鞘に戻ったのかまでは分からない。まあ、仮にも聖女の依り代にされていた人間だし、多少は女神の加護があるだろう。望む人と再会するくらいの奇跡は起きるかもしれないな」
「そう……」

 意識が交わることはほとんどなかったし、いろいろと厄介事はあったけど、ずっと体を借りていた子だから幸せになってほしいと思う。今からじゃ遅いかもしれないけど、私からも女神様にお願いしておこう。

 それからこの世界に来て優真がどんな暮らしをしていたかという話に花を咲かせていると、ノックが聞こえて「そろそろ面会時間終了です」という声が聞こえてきた。
 気づけば外は半分夜の色染まっている。随分話し込んでいたようだ。

「……時間か」

 優真が名残惜しそうにため息をつくと、丸椅子から腰を上げながら私の頬にキスを落とす。
 さりげなく何してくれるんですか、この人!
 ていうか、そっちから仕掛けておきながら、こっちより顔を赤くするの可愛いな! ちくしょう!

「ま、また明日も来る」
「あー……う、うん。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ……」

 そう言って逃げるように帰っていった優真を見送り、乙女ゲームのエンディングシーンみたいだなと間抜けなことを思う。

 モブに転生(いや私の場合“憑依”か?)して、底辺からの逆転劇をして大大大推しと結ばれて、それで現在に至る一連の出来事を並べてみると、ライトノベルそのものに感じられる。

 もちろん、これで「めでたしめでたし」で終わるわけではなく、私の命が尽きるまでどう変化するのか分からない物語なので、ちょっとの油断であっという間に転落するかもしれないが……ほんの少しくらいヒロイン気分に浸っていても許されるだろう。

 また明日――その約束に年甲斐もなく心を焦がしながら、私は枕に顔面を突っ伏してもんどりうった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

(完)聖女様は頑張らない

青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。 それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。 私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!! もう全力でこの国の為になんか働くもんか! 異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)

国王ごときが聖女に逆らうとは何様だ?

naturalsoft
恋愛
バーン王国は代々聖女の張る結界に守られて繁栄していた。しかし、当代の国王は聖女に支払う多額の報酬を減らせないかと、画策したことで国を滅亡へと招いてしまうのだった。 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ ゆるふわ設定です。 連載の息抜きに書いたので、余り深く考えずにお読み下さい。

悪役令嬢には、まだ早い!!

皐月うしこ
ファンタジー
【完結】四人の攻略対象により、悲運な未来を辿る予定の悪役令嬢が生きる世界。乙女ゲーム『エリスクローズ』の世界に転生したのは、まさかのオタクなヤクザだった!? 「繁栄の血族」と称された由緒あるマトラコフ伯爵家。魔女エリスが魔法を授けてから1952年。魔法は「パク」と呼ばれる鉱石を介して生活に根付き、飛躍的に文化や文明を発展させてきた。これは、そんな異世界で、オタクなヤクザではなく、数奇な人生を送る羽目になるひとりの少女の物語である。 ※小説家になろう様でも同時連載中

聖女が降臨した日が、運命の分かれ目でした

猫乃真鶴
ファンタジー
女神に供物と祈りを捧げ、豊穣を願う祭事の最中、聖女が降臨した。 聖女とは女神の力が顕現した存在。居るだけで豊穣が約束されるのだとそう言われている。 思ってもみない奇跡に一同が驚愕する中、第一王子のロイドだけはただ一人、皆とは違った視線を聖女に向けていた。 彼の婚約者であるレイアだけがそれに気付いた。 それが良いことなのかどうなのか、レイアには分からない。 けれども、なにかが胸の内に燻っている。 聖女が降臨したその日、それが大きくなったのだった。 ※このお話は、小説家になろう様にも掲載しています

【完結】どうやら魔森に捨てられていた忌子は聖女だったようです

山葵
ファンタジー
昔、双子は不吉と言われ後に産まれた者は捨てられたり、殺されたり、こっそりと里子に出されていた。 今は、その考えも消えつつある。 けれど貴族の中には昔の迷信に捕らわれ、未だに双子は家系を滅ぼす忌子と信じる者もいる。 今年、ダーウィン侯爵家に双子が産まれた。 ダーウィン侯爵家は迷信を信じ、後から産まれたばかりの子を馭者に指示し魔森へと捨てた。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...