37 / 41
第二部
作戦会議
しおりを挟む
「どうしたの?」
「ジークフリードへの対策を練っていたところだ。奴の襲撃を警戒して、この二人にはしばらく里に残ってもらうつもりなんだが……」
「部屋は余ってるんだし、泊まってもらえばいいじゃ――あ、もしかして二人は小さいドラゴンにはなれないの?」
オフィーリアが少年たちを見ながら問うが、二人は声を揃えて「それくらい余裕ッス」と答えた。あの大きさなら空き部屋に二人で滞在していても、さほど窮屈ではないと思うのだが。
「いやー……オレらは馬に蹴られたくないんで」
「つーか、アニキに蹴られたら、オレらなんてひとたまりもないッス……」
初めは何を言っているのかよく分からなかったが、どうやら二人の邪魔になるのではと考えているらしい。
ドラゴンは五感が優れているから、部屋の壁一枚隔てたくらいでは話し声は筒抜けだし、物音で何をしているかくらい察しがつくだろう。
まだ特別な関係ではないし、多少聞き耳を立てられて困るようなことは何もないが――いや、なくはない。
ジークフリードのせいですっかり有耶無耶になってしまったが、きちんとディルクに告白するのだと決めたばかりではないか。
そんなものをうっかりでも聞かれたら……死にそうなくらい恥ずかしい。
「まあ、オレらは里の周囲をずっと哨戒するつもりなんで、寝床はなくても大丈夫ですよ。休むだけなら木陰とかで十分だし」
「でも、落ち着いて休むなら部屋の中の方がいいし……お母さんに頼んで、しばらく泊めてもらうのはどうかしら?」
「それが一番か。事情を話すと心配されそうだが、ジークフリードが里を巻き込まない保証はない。いざという時に備えて、魔女たちの避難も考えないといけないし」
「……避難っていっても、この間みたいなのが来たらどこにも逃げ場はないわ」
ドラゴンのブレスの前には人間は無力だ。
かつて、ジークフリードはディルクを倒すためにブレスを使おうとした。広大な土地を一瞬で焼け野原にできるだろうあの魔力を思い出すと、今でも血の気が引く思いがする。
「それは心配無用――って断言はできないッスけど、それくらいの強力なブレスを撃つには長い“溜め”の時間が必要ッス」
「その隙を与えないよう、オレらが連携して攻撃すればブレスは防げます」
「あるいは、三人分のブレスをぶつければ相殺は可能だな。それでも余波は避けられないだろうが、人命に関わる被害は出ないはずだ。その前に、人里の近くを戦場に選ばないように努力する」
少年たちが見回ってくれるなら不意打ちは避けられるだろうし、三人のドラゴンの言葉を聞いてひとまず安心したが、これを母たちに伝えて混乱が起きないの心配は拭えない。
案の定、母に事情を説明したところひどく驚かれたし心配もされたが――思ったよりも取り乱した様子もなく、「あなたたちなら大丈夫よ」と優しく励ましてくれた。
ジークフリードの恐ろしさを目の当たりにしていないから気楽に構えていられる、というのもあるだろうが、自分が冷静さを失えば余計に娘の負担になるだけだと考えてのことだろう。
他の魔女たちへの通達を彼女に頼み、少年たちに軽く里の中を案内しがてら哨戒を任せてディルクと二人で家に戻ると、いつも通り薬草園の世話やハーブティーを作ることに精を出した。
じっとしていても余計に不安になるだけだし、体を動かしている方が気が紛れて楽だ。それに、仕事をためると後々面倒なことになる。
そうして努めて日常生活に没頭しているうちに、いつしか日が暮れてしまった。
「……大丈夫か、オフィーリア。あまり食欲がなかったみたいだが」
夕食を終えて片づけをしていると、ディルクが心配そうに尋ねてきた。
確かに“これからのこと”を思うと正直食欲は湧かなかったものの、心配をかけないようにいつもと変わらない量を食べたはずなのだが、無理をして口に入れているのを感じてしまったのだろう。
「大丈夫よ。この通り食べれないってわけじゃないし、ちょっと緊張してるだけ」
「ならいいんだが……」
「それより、寝る前に少し時間をくれる? 話したいことがあるの」
「話なら今聞くが?」
「あ、えっと……何かしながらじゃなくて、落ち着いて話したいから」
ディルクは不思議そうに首を傾げながらもうなずき、日課の戸締りのためにキッチンを出て行く。
その背中を横目で見送り、オフィーリアは深呼吸する。
彼女が緊張しているのはジークフリードとの決戦だけではない。
ついに告白する決心を固めたせいでもある。
どんな風に伝えるか今日一日ずっと悩んでいたが、結局答えが出ないままこの時間を迎えてしまった。
こうなったら当たって砕ける……いや、向こうが自分を想ってくれている以上砕けるという可能性はまずないので、ストレートに気持ちを告げるしかない、と言うべきか。
とにかく怖気づくことだけはないようにと皿を洗いながら気合を入れ直し、体をきれいにしてから寝間着に着替えてリビングに戻ると、同じように寝支度を整えた――小さなドラゴン姿になったディルクがソファーに鎮座していた。
「あの……できれば人化してほしいんだけど……」
「い、いや、それは無理だ!」
オフィーリアの提案にブンブン首を振るディルク。
彼が夜は頑なにドラゴンの姿を取り続ける理由は分かっている。でも――
「……私が『いい』って言っても?」
「え?」
真ん丸に見開かれた金色の瞳を覗き込むようにして見つめ、オフィーリアはひとつ深呼吸したのちに口を開いた。
「ジークフリードへの対策を練っていたところだ。奴の襲撃を警戒して、この二人にはしばらく里に残ってもらうつもりなんだが……」
「部屋は余ってるんだし、泊まってもらえばいいじゃ――あ、もしかして二人は小さいドラゴンにはなれないの?」
オフィーリアが少年たちを見ながら問うが、二人は声を揃えて「それくらい余裕ッス」と答えた。あの大きさなら空き部屋に二人で滞在していても、さほど窮屈ではないと思うのだが。
「いやー……オレらは馬に蹴られたくないんで」
「つーか、アニキに蹴られたら、オレらなんてひとたまりもないッス……」
初めは何を言っているのかよく分からなかったが、どうやら二人の邪魔になるのではと考えているらしい。
ドラゴンは五感が優れているから、部屋の壁一枚隔てたくらいでは話し声は筒抜けだし、物音で何をしているかくらい察しがつくだろう。
まだ特別な関係ではないし、多少聞き耳を立てられて困るようなことは何もないが――いや、なくはない。
ジークフリードのせいですっかり有耶無耶になってしまったが、きちんとディルクに告白するのだと決めたばかりではないか。
そんなものをうっかりでも聞かれたら……死にそうなくらい恥ずかしい。
「まあ、オレらは里の周囲をずっと哨戒するつもりなんで、寝床はなくても大丈夫ですよ。休むだけなら木陰とかで十分だし」
「でも、落ち着いて休むなら部屋の中の方がいいし……お母さんに頼んで、しばらく泊めてもらうのはどうかしら?」
「それが一番か。事情を話すと心配されそうだが、ジークフリードが里を巻き込まない保証はない。いざという時に備えて、魔女たちの避難も考えないといけないし」
「……避難っていっても、この間みたいなのが来たらどこにも逃げ場はないわ」
ドラゴンのブレスの前には人間は無力だ。
かつて、ジークフリードはディルクを倒すためにブレスを使おうとした。広大な土地を一瞬で焼け野原にできるだろうあの魔力を思い出すと、今でも血の気が引く思いがする。
「それは心配無用――って断言はできないッスけど、それくらいの強力なブレスを撃つには長い“溜め”の時間が必要ッス」
「その隙を与えないよう、オレらが連携して攻撃すればブレスは防げます」
「あるいは、三人分のブレスをぶつければ相殺は可能だな。それでも余波は避けられないだろうが、人命に関わる被害は出ないはずだ。その前に、人里の近くを戦場に選ばないように努力する」
少年たちが見回ってくれるなら不意打ちは避けられるだろうし、三人のドラゴンの言葉を聞いてひとまず安心したが、これを母たちに伝えて混乱が起きないの心配は拭えない。
案の定、母に事情を説明したところひどく驚かれたし心配もされたが――思ったよりも取り乱した様子もなく、「あなたたちなら大丈夫よ」と優しく励ましてくれた。
ジークフリードの恐ろしさを目の当たりにしていないから気楽に構えていられる、というのもあるだろうが、自分が冷静さを失えば余計に娘の負担になるだけだと考えてのことだろう。
他の魔女たちへの通達を彼女に頼み、少年たちに軽く里の中を案内しがてら哨戒を任せてディルクと二人で家に戻ると、いつも通り薬草園の世話やハーブティーを作ることに精を出した。
じっとしていても余計に不安になるだけだし、体を動かしている方が気が紛れて楽だ。それに、仕事をためると後々面倒なことになる。
そうして努めて日常生活に没頭しているうちに、いつしか日が暮れてしまった。
「……大丈夫か、オフィーリア。あまり食欲がなかったみたいだが」
夕食を終えて片づけをしていると、ディルクが心配そうに尋ねてきた。
確かに“これからのこと”を思うと正直食欲は湧かなかったものの、心配をかけないようにいつもと変わらない量を食べたはずなのだが、無理をして口に入れているのを感じてしまったのだろう。
「大丈夫よ。この通り食べれないってわけじゃないし、ちょっと緊張してるだけ」
「ならいいんだが……」
「それより、寝る前に少し時間をくれる? 話したいことがあるの」
「話なら今聞くが?」
「あ、えっと……何かしながらじゃなくて、落ち着いて話したいから」
ディルクは不思議そうに首を傾げながらもうなずき、日課の戸締りのためにキッチンを出て行く。
その背中を横目で見送り、オフィーリアは深呼吸する。
彼女が緊張しているのはジークフリードとの決戦だけではない。
ついに告白する決心を固めたせいでもある。
どんな風に伝えるか今日一日ずっと悩んでいたが、結局答えが出ないままこの時間を迎えてしまった。
こうなったら当たって砕ける……いや、向こうが自分を想ってくれている以上砕けるという可能性はまずないので、ストレートに気持ちを告げるしかない、と言うべきか。
とにかく怖気づくことだけはないようにと皿を洗いながら気合を入れ直し、体をきれいにしてから寝間着に着替えてリビングに戻ると、同じように寝支度を整えた――小さなドラゴン姿になったディルクがソファーに鎮座していた。
「あの……できれば人化してほしいんだけど……」
「い、いや、それは無理だ!」
オフィーリアの提案にブンブン首を振るディルク。
彼が夜は頑なにドラゴンの姿を取り続ける理由は分かっている。でも――
「……私が『いい』って言っても?」
「え?」
真ん丸に見開かれた金色の瞳を覗き込むようにして見つめ、オフィーリアはひとつ深呼吸したのちに口を開いた。
0
お気に入りに追加
107
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】旦那様、わたくし家出します。
さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。
溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。
名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。
名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。
登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*)
第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる