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第二部
金のドラゴン、再び
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手を伸ばせば届きそうな空の星を見上げつつ、どう話を切り出そうかと悶々と考えていると、不意にディルクが体を震わせ、せわしなく周囲を警戒し始めた。
「どうしたの?」
「同族の気配がする。しかも……これはまさか……」
ディルクがはっと息を飲んで停止した直後、巨大な金色の何かが立ち塞がる。
喉の奥で引きつった声を上げるオフィーリアの目の前にいたのは、いつか見たあの金のドラゴンだった。
ディルクよりも一回りは大きい体躯も桁外れの魔力も、そこにいるだけで息苦しいほどの威圧感がある。
ハーフドラゴンであるディルクとは比べ物にならない、圧倒的な王者のオーラを感じる。これが純血のドラゴンだというのか。
「ジークフリード……」
「よう。生きてたのか、混血野郎。人間に使われてるなんて無様だな」
「……何の用だ? 今の俺に争うべき縄張りはない。そこをどいてくれるか?」
己の血を揶揄されてもグッと堪えるディルクを見下すようにゲラゲラ笑い、ジークフリードと呼ばれた金のドラゴンは高らかに叫んだ。
「ははっ、さすが混血は臆病者だな! そのような腑抜け、ドラゴンの名を語る資格はない! 今すぐその人間ごと消し去ってくれる!」
「しっかり掴まってろ、オフィーリア!」
言われるまま鞍にしがみつくと、ディルクはジークフリードが繰り出す攻撃を紙一重でかわし、猛スピードでこの場を離脱しようとする。
「ふはは、逃がすと思うか!」
獰猛に笑いながら、瞬く間に距離を詰めてくるジークフリードを後ろ目に、ディルクは忌々しそうにつぶやく。
「くそ、同族殺しめ……!」
その不穏な名称に、オフィーリアの背筋に冷たい汗が流れる。
「ね、ねぇ、ディルク。私を下ろした方が戦いやすいんじゃ……」
「ダメだ! こんなところで君を一人残しておけるわけがない!」
「でも……!」
「このまま真っ直ぐ飛べば混血ドラゴンの集落がある……そこまで振り切るぞ! そのまま掴まっていろ!」
ディルクは大きく羽ばたいて、さらにスピードを上げる。
オフィーリアは無力さでいっぱいになりながらも、少しでも抵抗が少なくなればと身を低くする。そろりと振り返ると、追ってくるはずのジークフリードの姿がなくて目を見開いた。
「ディルク……あのドラゴンがいない……!」
「なんだって――ぐあぁっ!」
下からの突き上げを食らい、振り落とされそうな衝撃が襲ってくるが、ディルクの魔力に守られていたおかげかどうにか落ちずに済んだ。
こちらの視界の下を飛んで追いつき、攻撃してきたようだ。
腹部に強打を受けたらしいディルクは荒い息でふらつき、スピードを落としながらも懸命に集落へ向かって飛ぶ。
励ますつもりで彼の背中をさすると、自分の魔力がそこから急速に吸い込まれていく感覚がして、貧血のような眩暈に襲われる。
「うっ……」
おそらくディルクが消費しただろう魔力を、オフィーリアが補完したのだろうが……潤沢な魔力に恵まれた彼女でなければ、根こそぎ持っていかれて死んでいたかもしれない。
「オフィーリア!」
「大丈夫……それより早く……」
「あ、ああ!」
オフィーリアの魔力で回復したらしいディルクは、言語化できない甲高い咆哮を上げると、次々と攻撃を繰り出してくるジークフリードを巧みにかわしながら、すぐさま速度を上げて一路ドラゴンの集落へと急ぐ。
「ふん、ちょこまかと……ん?」
苛立ちまぎれに吐き捨てるジークフリードだったが、迫ってくる複数の気配に気づいて一旦ディルクへの追撃を止めた。
闇夜から現れたのは数匹のドラゴンだ。オフィーリアを乗せたディルクを庇うように横に並び、威嚇の咆哮を上げる。
「ちっ、そういえばこの辺に混血の集落があったな。さすがにこれだけを相手するのは面倒だ。命拾いをしたな、軟弱者! だが、次はないぞ!」
舌打ちをしたジークフリードは、遠ざかっていくディルクに声をかける。
ディルクは自分の弱さに歯噛みしながらその声を聞き、ゆっくりと集落の広場へと降下していく。
「ディルク!」
「大丈夫か!?」
駆け寄ってきた人々は、みんな人化したドラゴンなのだろう。人間では内包しえない魔力を感じるし、ディルクによく似た異国風の風貌をしているからすぐに察しがついた。
ディルクはそれぞれの名を呼びながら安堵の息をつきながら着地し、彼らに手伝ってもらってオフィーリアを降ろすと、自身も人化して彼女を支えた。
「すまない、助かった。ローエン、事情は追々話すから、まずはオフィーリアを休ませるところを貸してくれ」
「はいよ。お前んち、まだ空き家なんだ。たまに掃除はしてるが、ちょいと埃っぽいのは勘弁してくれ」
「十分だ。歩けるか?」
「うん、大丈夫」
少し頭がふわふわするが、平衡感覚はしっかりしている。
心配そうな顔のディルクと手を繋いで向かった先は、こぢんまりとした家屋だった。以前オフィーリアが暮らしていた小屋くらいの大きさだろうか。
「ここがディルクの家?」
「正確には“だった”ところだ。独立してからは、集落に立ち寄ることはあっても、ここで寝泊まりはしなかったしな」
苦笑しながら玄関を開けると、少しかびたにおいが鼻をくすぐる。
ランプをつけてもらうと、カバーがかかったベッドらしい大きな家具がぽつんと置かれた室内が浮かび上がった。
他の家具もあったと思われる形跡は残っているが、ここを引き払う際に撤去されたのだろう。
「やっぱり埃っぽいな。換気するか。寒いが少しの間我慢してくれ」
ディルクはそう言いながら窓を開け、ベッドを覆っていたカバーを外し、オフィーリアにそこへ腰かけるように促した。
「ここは混血ドラゴンの集落、なのよね? 暗くてしっかり見てはないけど、みんな人間の姿だし、なんだか普通の村みたいで驚いたというか、拍子抜けしたというか……」
「そりゃあ、みんながみんなあのデカい図体で生活するとなれば、馬鹿みたいに広い土地が必要になるし、周りに住んでる人間たちを怖がらせるだろう」
なるほど。合理的な理由だ。
「どうしたの?」
「同族の気配がする。しかも……これはまさか……」
ディルクがはっと息を飲んで停止した直後、巨大な金色の何かが立ち塞がる。
喉の奥で引きつった声を上げるオフィーリアの目の前にいたのは、いつか見たあの金のドラゴンだった。
ディルクよりも一回りは大きい体躯も桁外れの魔力も、そこにいるだけで息苦しいほどの威圧感がある。
ハーフドラゴンであるディルクとは比べ物にならない、圧倒的な王者のオーラを感じる。これが純血のドラゴンだというのか。
「ジークフリード……」
「よう。生きてたのか、混血野郎。人間に使われてるなんて無様だな」
「……何の用だ? 今の俺に争うべき縄張りはない。そこをどいてくれるか?」
己の血を揶揄されてもグッと堪えるディルクを見下すようにゲラゲラ笑い、ジークフリードと呼ばれた金のドラゴンは高らかに叫んだ。
「ははっ、さすが混血は臆病者だな! そのような腑抜け、ドラゴンの名を語る資格はない! 今すぐその人間ごと消し去ってくれる!」
「しっかり掴まってろ、オフィーリア!」
言われるまま鞍にしがみつくと、ディルクはジークフリードが繰り出す攻撃を紙一重でかわし、猛スピードでこの場を離脱しようとする。
「ふはは、逃がすと思うか!」
獰猛に笑いながら、瞬く間に距離を詰めてくるジークフリードを後ろ目に、ディルクは忌々しそうにつぶやく。
「くそ、同族殺しめ……!」
その不穏な名称に、オフィーリアの背筋に冷たい汗が流れる。
「ね、ねぇ、ディルク。私を下ろした方が戦いやすいんじゃ……」
「ダメだ! こんなところで君を一人残しておけるわけがない!」
「でも……!」
「このまま真っ直ぐ飛べば混血ドラゴンの集落がある……そこまで振り切るぞ! そのまま掴まっていろ!」
ディルクは大きく羽ばたいて、さらにスピードを上げる。
オフィーリアは無力さでいっぱいになりながらも、少しでも抵抗が少なくなればと身を低くする。そろりと振り返ると、追ってくるはずのジークフリードの姿がなくて目を見開いた。
「ディルク……あのドラゴンがいない……!」
「なんだって――ぐあぁっ!」
下からの突き上げを食らい、振り落とされそうな衝撃が襲ってくるが、ディルクの魔力に守られていたおかげかどうにか落ちずに済んだ。
こちらの視界の下を飛んで追いつき、攻撃してきたようだ。
腹部に強打を受けたらしいディルクは荒い息でふらつき、スピードを落としながらも懸命に集落へ向かって飛ぶ。
励ますつもりで彼の背中をさすると、自分の魔力がそこから急速に吸い込まれていく感覚がして、貧血のような眩暈に襲われる。
「うっ……」
おそらくディルクが消費しただろう魔力を、オフィーリアが補完したのだろうが……潤沢な魔力に恵まれた彼女でなければ、根こそぎ持っていかれて死んでいたかもしれない。
「オフィーリア!」
「大丈夫……それより早く……」
「あ、ああ!」
オフィーリアの魔力で回復したらしいディルクは、言語化できない甲高い咆哮を上げると、次々と攻撃を繰り出してくるジークフリードを巧みにかわしながら、すぐさま速度を上げて一路ドラゴンの集落へと急ぐ。
「ふん、ちょこまかと……ん?」
苛立ちまぎれに吐き捨てるジークフリードだったが、迫ってくる複数の気配に気づいて一旦ディルクへの追撃を止めた。
闇夜から現れたのは数匹のドラゴンだ。オフィーリアを乗せたディルクを庇うように横に並び、威嚇の咆哮を上げる。
「ちっ、そういえばこの辺に混血の集落があったな。さすがにこれだけを相手するのは面倒だ。命拾いをしたな、軟弱者! だが、次はないぞ!」
舌打ちをしたジークフリードは、遠ざかっていくディルクに声をかける。
ディルクは自分の弱さに歯噛みしながらその声を聞き、ゆっくりと集落の広場へと降下していく。
「ディルク!」
「大丈夫か!?」
駆け寄ってきた人々は、みんな人化したドラゴンなのだろう。人間では内包しえない魔力を感じるし、ディルクによく似た異国風の風貌をしているからすぐに察しがついた。
ディルクはそれぞれの名を呼びながら安堵の息をつきながら着地し、彼らに手伝ってもらってオフィーリアを降ろすと、自身も人化して彼女を支えた。
「すまない、助かった。ローエン、事情は追々話すから、まずはオフィーリアを休ませるところを貸してくれ」
「はいよ。お前んち、まだ空き家なんだ。たまに掃除はしてるが、ちょいと埃っぽいのは勘弁してくれ」
「十分だ。歩けるか?」
「うん、大丈夫」
少し頭がふわふわするが、平衡感覚はしっかりしている。
心配そうな顔のディルクと手を繋いで向かった先は、こぢんまりとした家屋だった。以前オフィーリアが暮らしていた小屋くらいの大きさだろうか。
「ここがディルクの家?」
「正確には“だった”ところだ。独立してからは、集落に立ち寄ることはあっても、ここで寝泊まりはしなかったしな」
苦笑しながら玄関を開けると、少しかびたにおいが鼻をくすぐる。
ランプをつけてもらうと、カバーがかかったベッドらしい大きな家具がぽつんと置かれた室内が浮かび上がった。
他の家具もあったと思われる形跡は残っているが、ここを引き払う際に撤去されたのだろう。
「やっぱり埃っぽいな。換気するか。寒いが少しの間我慢してくれ」
ディルクはそう言いながら窓を開け、ベッドを覆っていたカバーを外し、オフィーリアにそこへ腰かけるように促した。
「ここは混血ドラゴンの集落、なのよね? 暗くてしっかり見てはないけど、みんな人間の姿だし、なんだか普通の村みたいで驚いたというか、拍子抜けしたというか……」
「そりゃあ、みんながみんなあのデカい図体で生活するとなれば、馬鹿みたいに広い土地が必要になるし、周りに住んでる人間たちを怖がらせるだろう」
なるほど。合理的な理由だ。
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