28 / 41
第二部
小さなお客様・後日談
しおりを挟む
数日後。
ミーヤの両親から、手紙と一緒に謝礼の果物が届いた。
夫婦で青果店を営んでいるそうで、『店の余り物で恐縮ですが』と文面に記されていたが、どれも色艶がよくて甘い匂いがしている。彼らの目利きの良さがうかがえる品々だ。
甘党のディルクがいればあっという間に消費してしまいそうだが、少し実家にお裾分けしようと思う。
手紙には無事に快復したことの報告や、ミーヤが世話になった感謝丁寧な文体で綴られていた他、末尾に件のバカ息子についての記述があった。
あの女性だけでなくご近所総出でこってり絞られた結果、真面目に仕事をするようになったらしい。
その殊勝さがいつまでもつやら、と大人たちは懸念しているようだが、彼が相応の罰を受けたことは確かだし、更生のきっかけにはなっただろう。
手紙の他に、封筒の中にミーヤが描いたらしい絵も同封されていた。ドラゴンに乗った時の様子を描いたもののようだが……それを見てディルクはひどく落ち込んでいた。
「俺はこんなに変な生き物に見えているのか……?」
乗っている二人の女の子は、オフィーリアとミーヤだとなんとなく認識できるが、ドラゴンの方は角と羽の生えた謎の生物にしか見えない。
とはいえ、幼児の画力ならこんなものだろうし、特徴を捉えているだけよく描けていると思う。
「子供の絵ってこんなものじゃない?」
「そうなのか? 集落のやんちゃ坊主共はじっとしてるのが苦手で、ちっともお絵描きなんかしなかったから、子供の画力はよく分からないんだが、これが普通なのか?」
「多分ね」
オフィーリアがうなずくと、ディルクはよりショックを受けた様子で、がっくりとうなだれた。
「だ、大丈夫よ。ディルクはとても素敵なドラゴンだから。銀の鱗はキラキラしててきれいだし、宝石みたいな金色の目も凛々しくて……あ、その……」
フォローしようといろいろと誉め言葉を並べるうちに恥ずかしくなり、ゴニョゴニョと言葉を濁してごまかした。
でも、おかげでディルクの機嫌はすっかり治ったようで、「君がそう言ってくれるなら問題ない」と言ってはにかんだ笑みを浮かべた。
「ところで、ミーヤで思い出したが、この間話してた“講座”はどうするんだ?」
先日の出来事をきっかけに、庶民に風邪薬や傷薬などの常備薬の作り方を教える講座を開くことを思いついた。
誰かに教えることの楽しさを知ったというのもあるが、高価なマナテリアル薬を売るよりも、安価で人々のためになるのではないかと考えたのだ。
話題が変わってほっとしつつ、オフィーリアは答えた。
「あ、うん。お母さんに相談してみたんだけど、案自体はいいけど、薬じゃなくてハーブティーにした方がいいって」
薬に使う薬草は一般の市場に出回らないことも多く、薬問屋を通して仕入れるくらいなら普通に薬を買った方が安くつく場合もある。
そのお金を出し渋って、知識のない素人が野山に入って野草摘みなどしたら、薬草と毒草と間違えて命取りになる劇薬を作りかねない。キノコ狩りと同じ理屈だ。
それに、庶民が自力で薬作れるようになったら、薬問屋の商売に差し障りがある。営業妨害だと文句をつけられることは避けた方がいい。
というベアトリクスの弁を、さもありなんとうなずきながらディルクは聞いた。
「まあ、それを差し引いても、オフィーリアは“魔女のハーブティー”で売り出し中なんだし、確かにハーブティー講座の方が知名度は上がると思うぞ」
「ふふ、お母さんにも同じことを言われたわ」
「それに、ハーブティーなら男が寄り付かなくて安心だ」
「……ロイドにも同じことを言われたわ」
女性の方が気兼ねしないとはいえ、顧客に偏りが出るのはどうだろうと思う。
異性に注目される容姿である自覚がないオフィーリアは、ロイドやディルクが彼女を案じている気持ちが理解できず首をひねった。
*****
いつもの仕事に加え、講座の下準備に追われる日々を送るうち、寒さがいよいよ本格的になってきた。
ウォードやその周辺は、夏の涼しさとは裏腹に冬の冷え込みは厳しくないが、代わりにひどく空気が乾燥している。風邪に加え、肌荒れと火事の季節の到来だ。
火事はそれぞれに用心してもらうしかないが、美肌効果の“魔女のハーブティー”は以前にもましてよく売れるようになってきた。
そんな忙しい折――オフィーリアは珍しくベアトリクスに呼び出され、一通の注文書を受け取った。
駆け出しの娘のために、かつての伝手を使って顧客候補を探してくれることはあったが、こちらを通さず仕事をもらってくることなどなかったので驚き……依頼主を聞いてさらに驚いた。
ミーヤの両親から、手紙と一緒に謝礼の果物が届いた。
夫婦で青果店を営んでいるそうで、『店の余り物で恐縮ですが』と文面に記されていたが、どれも色艶がよくて甘い匂いがしている。彼らの目利きの良さがうかがえる品々だ。
甘党のディルクがいればあっという間に消費してしまいそうだが、少し実家にお裾分けしようと思う。
手紙には無事に快復したことの報告や、ミーヤが世話になった感謝丁寧な文体で綴られていた他、末尾に件のバカ息子についての記述があった。
あの女性だけでなくご近所総出でこってり絞られた結果、真面目に仕事をするようになったらしい。
その殊勝さがいつまでもつやら、と大人たちは懸念しているようだが、彼が相応の罰を受けたことは確かだし、更生のきっかけにはなっただろう。
手紙の他に、封筒の中にミーヤが描いたらしい絵も同封されていた。ドラゴンに乗った時の様子を描いたもののようだが……それを見てディルクはひどく落ち込んでいた。
「俺はこんなに変な生き物に見えているのか……?」
乗っている二人の女の子は、オフィーリアとミーヤだとなんとなく認識できるが、ドラゴンの方は角と羽の生えた謎の生物にしか見えない。
とはいえ、幼児の画力ならこんなものだろうし、特徴を捉えているだけよく描けていると思う。
「子供の絵ってこんなものじゃない?」
「そうなのか? 集落のやんちゃ坊主共はじっとしてるのが苦手で、ちっともお絵描きなんかしなかったから、子供の画力はよく分からないんだが、これが普通なのか?」
「多分ね」
オフィーリアがうなずくと、ディルクはよりショックを受けた様子で、がっくりとうなだれた。
「だ、大丈夫よ。ディルクはとても素敵なドラゴンだから。銀の鱗はキラキラしててきれいだし、宝石みたいな金色の目も凛々しくて……あ、その……」
フォローしようといろいろと誉め言葉を並べるうちに恥ずかしくなり、ゴニョゴニョと言葉を濁してごまかした。
でも、おかげでディルクの機嫌はすっかり治ったようで、「君がそう言ってくれるなら問題ない」と言ってはにかんだ笑みを浮かべた。
「ところで、ミーヤで思い出したが、この間話してた“講座”はどうするんだ?」
先日の出来事をきっかけに、庶民に風邪薬や傷薬などの常備薬の作り方を教える講座を開くことを思いついた。
誰かに教えることの楽しさを知ったというのもあるが、高価なマナテリアル薬を売るよりも、安価で人々のためになるのではないかと考えたのだ。
話題が変わってほっとしつつ、オフィーリアは答えた。
「あ、うん。お母さんに相談してみたんだけど、案自体はいいけど、薬じゃなくてハーブティーにした方がいいって」
薬に使う薬草は一般の市場に出回らないことも多く、薬問屋を通して仕入れるくらいなら普通に薬を買った方が安くつく場合もある。
そのお金を出し渋って、知識のない素人が野山に入って野草摘みなどしたら、薬草と毒草と間違えて命取りになる劇薬を作りかねない。キノコ狩りと同じ理屈だ。
それに、庶民が自力で薬作れるようになったら、薬問屋の商売に差し障りがある。営業妨害だと文句をつけられることは避けた方がいい。
というベアトリクスの弁を、さもありなんとうなずきながらディルクは聞いた。
「まあ、それを差し引いても、オフィーリアは“魔女のハーブティー”で売り出し中なんだし、確かにハーブティー講座の方が知名度は上がると思うぞ」
「ふふ、お母さんにも同じことを言われたわ」
「それに、ハーブティーなら男が寄り付かなくて安心だ」
「……ロイドにも同じことを言われたわ」
女性の方が気兼ねしないとはいえ、顧客に偏りが出るのはどうだろうと思う。
異性に注目される容姿である自覚がないオフィーリアは、ロイドやディルクが彼女を案じている気持ちが理解できず首をひねった。
*****
いつもの仕事に加え、講座の下準備に追われる日々を送るうち、寒さがいよいよ本格的になってきた。
ウォードやその周辺は、夏の涼しさとは裏腹に冬の冷え込みは厳しくないが、代わりにひどく空気が乾燥している。風邪に加え、肌荒れと火事の季節の到来だ。
火事はそれぞれに用心してもらうしかないが、美肌効果の“魔女のハーブティー”は以前にもましてよく売れるようになってきた。
そんな忙しい折――オフィーリアは珍しくベアトリクスに呼び出され、一通の注文書を受け取った。
駆け出しの娘のために、かつての伝手を使って顧客候補を探してくれることはあったが、こちらを通さず仕事をもらってくることなどなかったので驚き……依頼主を聞いてさらに驚いた。
0
お気に入りに追加
107
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です

【完結】二度目の恋はもう諦めたくない。
たろ
恋愛
セレンは15歳の時に16歳のスティーブ・ロセスと結婚した。いわゆる政略的な結婚で、幼馴染でいつも喧嘩ばかりの二人は歩み寄りもなく一年で離縁した。
その一年間をなかったものにするため、お互い全く別のところへ移り住んだ。
スティーブはアルク国に留学してしまった。
セレンは国の文官の試験を受けて働くことになった。配属は何故か騎士団の事務員。
本人は全く気がついていないが騎士団員の間では
『可愛い子兎』と呼ばれ、何かと理由をつけては事務室にみんな足を運ぶこととなる。
そんな騎士団に入隊してきたのが、スティーブ。
お互い結婚していたことはなかったことにしようと、話すこともなく目も合わせないで過ごした。
本当はお互い好き合っているのに素直になれない二人。
そして、少しずつお互いの誤解が解けてもう一度……
始めの数話は幼い頃の出会い。
そして結婚1年間の話。
再会と続きます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる