21 / 41
幕間
近況報告
しおりを挟む
禁術の一件から、あっという間に半年の月日が流れた。
マリアンナは遠方の里へと旅立ち、ベアトリクスは静かに隠居暮しをしていて、ウォードはすっかりこれまでの落ち着きを取り戻していた。
そしてオフィーリアは……取り戻した魔力とたゆまぬ努力の甲斐あって、着実に一人前の魔女への道を歩んでいた。
朝夕は薬草園の世話をし、昼間は実家の工房を借りてマナテリアル薬を作る。
普通の魔女よりも多忙ではあったが、やりたいことをやる毎日はとても充実しているようで、愚痴をこぼすどころか、以前にもまして笑顔が増えたようにも思える。
それに、今の彼女は一人ぼっちではない。傍にはいつも使い魔となったディルクがいるし、学びに行き詰った時はベアトリクスが手を差し伸べてくれた。
母子の溝が完全に埋まったわけではないが、自然と笑顔を交わせるようになり、遠くない日に普通の母子に戻れる気がする。
彼女を取り巻く人間関係も変わりつつあり、過去の確執からまだギクシャクはするものの、事務的なやり取りは問題なくこなせるようになった。
中には虐げた過去をすっかりなかったことにして、手のひらを返したようにすり寄ってくる者もいたが、聡明なオフィーリアは一定の距離を置いて対応している。
無論、何もかもがうまくいくことばかりではなく、里の外では落ちこぼれ魔女というレッテルが貼られたままで、せっかく出来のいいマナテリアル薬を持ち込んでも、横流しだと疑われて門前払いを食らったり買い叩かれたりと、商売にならないことも多々あった。
ただ、薬の売れ行きは全然芳しくないが、ハーブティーは意外に売れている。
元々オフィーリアのハーブティーは安価でおいしいと評判だったらしく、そこに美容や健康の付加価値を付けたマナテリアルを開発して、“魔女のハーブティー”として売り出したところ、女性を中心に注文が増えている。
駆け出しにしてはいい滑り出しだと言えるだろう。
そんなある日。
十七歳になったオフィーリアは、ついに自分だけの工房を手に入れることとなった。
正確にいえば、自宅兼工房。
ロレンヌが約束したのは工房だけだったのだが、そこに他の魔女から徴収した未回収金とベアトリクスの個人資産を加え、工房付きの一戸建てを建てる計画に変更されたのだ。
建物自体は半月前に仕上がっていたが、そこに運び込む調度品や工房の器具を揃えるのに時間がかかり、何日かに分けて運び込んでいて、それが今日ようやくそれが終わることになっている。
「――えっと、その棚はこの部屋にお願いします。このテーブルは……」
今まで住んでいた管理小屋とは薬草園を挟んで反対側に建てられたレンガ造りの家の前で、図面を見ながら搬入業者に指示しているのは、ここの主となるオフィーリア。
彼女は半年前とは見違えるほど美しくなった。
十分な魔力が体を巡るようになり、本来あるべき美しさが浮き彫りになったのだ。
腫れぼったかった一重まぶたはパッチリとした二重に変化し、外で仕事をしているとは思えないほど色白になった。顔中に散っていたそばかすも薄くなって目立たなくなったし、このままいけばきれいに消えてしまうだろう。
栄養不良もあって痩せぎすだった体にもふっくらと肉がついて、少女から大人の女性へと目覚ましい変化を遂げている。
だが、彼女は自身の美しさに頓着しないというか自覚がないというか……他の男性から熱い視線を向けられても、まったく気づいてない。
今も男たちが重たい荷物を運びつつ、その美しい横顔をチラチラ窺って鼻の下を伸ばしている。
とはいえ、それもほんのわずかな間だけ。
人化して腕を組んで立っているディルクに睨まれれば、みんな冷や汗を流しながら目を逸らし、仕事に勤しんでいく。
着実に本来の姿を取り戻しつつある彼も短期間で劇的な変化を遂げており、すでにオフィーリアと変わらない年齢に見えるまでになった。
背も彼女より頭半分は高くなったし、筋肉がついた逞しい体つきになったし、そうでなくとも精悍な顔立ちと金色の三白眼が合わさるだけで十分な威圧感があるので、十把ひとからげの男たちを退散させるなど造作もない。
それに、この大きさになってからはドラゴンの姿でオフィーリアを背に乗せて町へ行くことが増え、ディルクがそのドラゴンであるという認識も広まった。
……普通なら伝説級の生き物が現れれば相当な騒ぎになるはずだが、周囲の町に顔が効くベアトリクスが前もって事情を説明してくれていたため、これといった混乱はおきなかった。
それに、最初に紹介した時がいつものぬいぐるみサイズだったので、「なに、この可愛い生き物!?」という高評価から始まり、原寸大を披露してもまるで巨大客船でも見るようなキラキラとしたまなざしを向けられ、恐れていたような差別や偏見に晒されることはなかった。
ディルクとしては人間にどう思われようと気にしないが、自分のせいでオフィーリアが悪く言われるのではと心配していたが、杞憂に終わってよかった。
それはともかく、ドラゴンと周知されている彼に直接喧嘩を売ろうとする者は、まずいない。
ごく少数だがドラゴンをも恐れぬ命知らずもいたが、丁重に相手してどちらが上かを教えてやった。オフィーリアに「暴力はダメ」とお説教されてからは、殺気を飛ばすだけにしているが。
そんな強力なドラゴンを従えている魔女ということで、オフィーリアの評価も上向きになり、落ちこぼれの汚名が返上されつつあるのは喜ばしいが……なかなか二人の関係が進展しないのが彼的には悩ましい。
多忙な生活を送っているし、ディルクも最近ようやく釣り合う見た目になってきたところだし、時期尚早だとは分かっているが、こうしてディルクが傍にいても無遠慮な視線を向けてくる輩がいると、どうしても焦ってしまう。
しかし――
マリアンナは遠方の里へと旅立ち、ベアトリクスは静かに隠居暮しをしていて、ウォードはすっかりこれまでの落ち着きを取り戻していた。
そしてオフィーリアは……取り戻した魔力とたゆまぬ努力の甲斐あって、着実に一人前の魔女への道を歩んでいた。
朝夕は薬草園の世話をし、昼間は実家の工房を借りてマナテリアル薬を作る。
普通の魔女よりも多忙ではあったが、やりたいことをやる毎日はとても充実しているようで、愚痴をこぼすどころか、以前にもまして笑顔が増えたようにも思える。
それに、今の彼女は一人ぼっちではない。傍にはいつも使い魔となったディルクがいるし、学びに行き詰った時はベアトリクスが手を差し伸べてくれた。
母子の溝が完全に埋まったわけではないが、自然と笑顔を交わせるようになり、遠くない日に普通の母子に戻れる気がする。
彼女を取り巻く人間関係も変わりつつあり、過去の確執からまだギクシャクはするものの、事務的なやり取りは問題なくこなせるようになった。
中には虐げた過去をすっかりなかったことにして、手のひらを返したようにすり寄ってくる者もいたが、聡明なオフィーリアは一定の距離を置いて対応している。
無論、何もかもがうまくいくことばかりではなく、里の外では落ちこぼれ魔女というレッテルが貼られたままで、せっかく出来のいいマナテリアル薬を持ち込んでも、横流しだと疑われて門前払いを食らったり買い叩かれたりと、商売にならないことも多々あった。
ただ、薬の売れ行きは全然芳しくないが、ハーブティーは意外に売れている。
元々オフィーリアのハーブティーは安価でおいしいと評判だったらしく、そこに美容や健康の付加価値を付けたマナテリアルを開発して、“魔女のハーブティー”として売り出したところ、女性を中心に注文が増えている。
駆け出しにしてはいい滑り出しだと言えるだろう。
そんなある日。
十七歳になったオフィーリアは、ついに自分だけの工房を手に入れることとなった。
正確にいえば、自宅兼工房。
ロレンヌが約束したのは工房だけだったのだが、そこに他の魔女から徴収した未回収金とベアトリクスの個人資産を加え、工房付きの一戸建てを建てる計画に変更されたのだ。
建物自体は半月前に仕上がっていたが、そこに運び込む調度品や工房の器具を揃えるのに時間がかかり、何日かに分けて運び込んでいて、それが今日ようやくそれが終わることになっている。
「――えっと、その棚はこの部屋にお願いします。このテーブルは……」
今まで住んでいた管理小屋とは薬草園を挟んで反対側に建てられたレンガ造りの家の前で、図面を見ながら搬入業者に指示しているのは、ここの主となるオフィーリア。
彼女は半年前とは見違えるほど美しくなった。
十分な魔力が体を巡るようになり、本来あるべき美しさが浮き彫りになったのだ。
腫れぼったかった一重まぶたはパッチリとした二重に変化し、外で仕事をしているとは思えないほど色白になった。顔中に散っていたそばかすも薄くなって目立たなくなったし、このままいけばきれいに消えてしまうだろう。
栄養不良もあって痩せぎすだった体にもふっくらと肉がついて、少女から大人の女性へと目覚ましい変化を遂げている。
だが、彼女は自身の美しさに頓着しないというか自覚がないというか……他の男性から熱い視線を向けられても、まったく気づいてない。
今も男たちが重たい荷物を運びつつ、その美しい横顔をチラチラ窺って鼻の下を伸ばしている。
とはいえ、それもほんのわずかな間だけ。
人化して腕を組んで立っているディルクに睨まれれば、みんな冷や汗を流しながら目を逸らし、仕事に勤しんでいく。
着実に本来の姿を取り戻しつつある彼も短期間で劇的な変化を遂げており、すでにオフィーリアと変わらない年齢に見えるまでになった。
背も彼女より頭半分は高くなったし、筋肉がついた逞しい体つきになったし、そうでなくとも精悍な顔立ちと金色の三白眼が合わさるだけで十分な威圧感があるので、十把ひとからげの男たちを退散させるなど造作もない。
それに、この大きさになってからはドラゴンの姿でオフィーリアを背に乗せて町へ行くことが増え、ディルクがそのドラゴンであるという認識も広まった。
……普通なら伝説級の生き物が現れれば相当な騒ぎになるはずだが、周囲の町に顔が効くベアトリクスが前もって事情を説明してくれていたため、これといった混乱はおきなかった。
それに、最初に紹介した時がいつものぬいぐるみサイズだったので、「なに、この可愛い生き物!?」という高評価から始まり、原寸大を披露してもまるで巨大客船でも見るようなキラキラとしたまなざしを向けられ、恐れていたような差別や偏見に晒されることはなかった。
ディルクとしては人間にどう思われようと気にしないが、自分のせいでオフィーリアが悪く言われるのではと心配していたが、杞憂に終わってよかった。
それはともかく、ドラゴンと周知されている彼に直接喧嘩を売ろうとする者は、まずいない。
ごく少数だがドラゴンをも恐れぬ命知らずもいたが、丁重に相手してどちらが上かを教えてやった。オフィーリアに「暴力はダメ」とお説教されてからは、殺気を飛ばすだけにしているが。
そんな強力なドラゴンを従えている魔女ということで、オフィーリアの評価も上向きになり、落ちこぼれの汚名が返上されつつあるのは喜ばしいが……なかなか二人の関係が進展しないのが彼的には悩ましい。
多忙な生活を送っているし、ディルクも最近ようやく釣り合う見た目になってきたところだし、時期尚早だとは分かっているが、こうしてディルクが傍にいても無遠慮な視線を向けてくる輩がいると、どうしても焦ってしまう。
しかし――
0
お気に入りに追加
107
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】二度目の恋はもう諦めたくない。
たろ
恋愛
セレンは15歳の時に16歳のスティーブ・ロセスと結婚した。いわゆる政略的な結婚で、幼馴染でいつも喧嘩ばかりの二人は歩み寄りもなく一年で離縁した。
その一年間をなかったものにするため、お互い全く別のところへ移り住んだ。
スティーブはアルク国に留学してしまった。
セレンは国の文官の試験を受けて働くことになった。配属は何故か騎士団の事務員。
本人は全く気がついていないが騎士団員の間では
『可愛い子兎』と呼ばれ、何かと理由をつけては事務室にみんな足を運ぶこととなる。
そんな騎士団に入隊してきたのが、スティーブ。
お互い結婚していたことはなかったことにしようと、話すこともなく目も合わせないで過ごした。
本当はお互い好き合っているのに素直になれない二人。
そして、少しずつお互いの誤解が解けてもう一度……
始めの数話は幼い頃の出会い。
そして結婚1年間の話。
再会と続きます。
愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。
それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。
一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。
いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。
変わってしまったのは、いつだろう。
分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。
******************************************
こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏)
7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる