落ちこぼれ魔女とドラゴン

神無月りく

文字の大きさ
上 下
17 / 41
第一部

少年ディルク

しおりを挟む
 金色の瞳も銀髪も褐色の肌も、意識を失う前に見た人化したディルクの特徴そのものだ。
 でも、あの時は二十を超えていそうな青年に見えたが、目の前にいるのはどう高く見積もっても、十歳くらいの子供にしか見えない。

 問いかけられた少年は、バツ悪そうに目を伏せる。

「あー……うん。ディルクだ。その、魔力が戻った直後は元の姿だったんだが、時間が経つとこの有様で……ほら、この通り」

 人化を解いたディルクは、前と同じぬいぐるみサイズのドラゴンになり、再び少年の姿になって近くの椅子に腰かける。

「君からもらってる魔力が不十分というわけではない。元の姿を維持するには、ちゃんと自分の中に魔力を蓄積する必要があるんだ。君と釣り合いが取れるようになるのに、どれくらいかかることか」

 憂鬱で重いため息をつくディルク。
 つまりしばらくの間は、ドラゴンでも人化しても子供のままということか。

 ディルクは悲観的に捉えているようだが、あの美青年が四六時中傍にいるとなると、ただでさえ男性に免疫のないオフィーリアの心臓がもたなかった可能性もある。いつかああなるのだとしても、徐々に変化していけば慣れるかもしれない……とは、外見を気にしているディルクには直接言えないが。

「だが、子供の姿でよかったかもしれない。元の姿だったら、君の心が定まる前に、その……いろいろとすっ飛ばして、やらかしてしまったかもしれないし」
「へ?」

 ぼかしてはいたが、なんとなく彼が意味するところを察して顔が赤くなる。

 使い魔は魔女の命令に対し服従する仕様なので、オフィーリアが拒否すればそんなことは起こらないと思うのだが……あの美青年に迫られて拒絶できるだろうか。場の空気に流されてしまうかもしれない。
 無論、それがディルクだからという前提ありきだが。

 ディルクも気まずそうに視線を明後日の方向に向けつつ、咳払いをした。

「あ、あくまで仮定の話で、決して俺の理性が脆弱というわけではなく……いや、失言だった。忘れてくれ」
「え、あ、はい……それでその……全然関係ない質問なんですけど」
「なんだ?」

 どうにかして話題を変えたいのか、妙に前のめりになるディルク。

「えっと、人化する時の服って、どういう仕組みになってるのかなって……体の大きさが違うのに同じ服を着てますし」
「使い魔と同じように、魔力を衣類に変換していることもあるが、だいたいは気に入った服を自身の魔力と同化させて出し入れしている。サイズ調整もこれくらいなら問題ない。まあ、どっちにしろ脱げなくて困るということはないんだが――って、話が戻ってるじゃないか!」

 そこまでは訊いてないし、人と交わることが前提のドラゴンなら当たり前のことだが……知らなくていい情報まで仕入れてしまった。

 ちなみに、魔女と使い魔の恋愛が特に禁じられていないのは、ひとえに『脱げない』からだ。
 人の姿に見えても、服の下の部位がすべて形成されているわけではないし、そもそも服と体が一体化しているので脱げない。
 精神的な愛はともかく、肉体的な愛は遂げられない仕様なのだ。

「そ、その話はともかく、食欲があるなら何か腹に入れた方がいい。君は三日も意識がなかったんだ。食わないと体が持たないぞ」
「三日も?」

 眠っている間夢らしい夢も見た覚えもなく、時間の感覚はまったくないが、まさか三日も眠り続けていたなんて。
 魔力が戻った反動は思ったより大きかったようだ。言われてみれば、胃が空っぽな感じがする。

「ごめんなさい、心配をかけて。じゃあ、少しいただきます」
「分かった。すぐに作ってくるから、横になって待っててくれ」

 そう言ってディルクは椅子から立ち上がると、さりげなくオフィーリアの前髪をかき上げて額に唇を寄せ、はにかんだ笑顔を浮かべて部屋を出ていった。

 最初は何が起きたのかポカンとするだけだったが、戸が閉まる音と同時に脳が状況を認識し、心臓が激しく脈打って沸騰したみたいに顔が熱くなった。

 適切なスキンシップの範疇に入るものだが、親からもそういうことをされた記憶のないオフィーリアからすれば、異性からキスされたというだけで十分衝撃的だった。
 たとえ見た目が年端のいかない少年であっても、本性は大人だと分かっているから、子供のしたことだからと受け流せない。

 誰が見ているわけでもないが、羞恥に染まった顔を隠したくて頭から布団を被って丸まり、唇が触れたところを指先で撫でる。

 愛も恋も経験のないオフィーリアだが、今感じている胸の高鳴りや熱がそういうものだとしたら……考えただけで落ち着かないし、無性にジタバタしたくなる。
 暴れるのはよくないと思い、一旦考えるのを止めてじっと布団にくるまっていた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

処理中です...