13 / 41
第一部
痣の正体
しおりを挟む
「せわしない猫だな」
「あはは……じゃあ、ごはんを食べたら私たちも行きましょうか。母も姉も忙しい人たちですので、待たせてはいけませんから」
「そうだな。君と結婚できるよう交渉するのに、時間がかかるかもしれないからな」
プロポーズを承諾した覚えはないのだが、ディルクはすでにその気のようだ。
でも、決して悪い気はしない。どうせ落ちこぼれと結婚しようなんて酔狂な男はいないんだし、一緒に過ごした時間はとても幸せだったから、恋愛感情があろうとなかろうと結婚するのはいい選択肢のように思える。
たとえそれが叶わぬ夢だとしても、夢を見るくらい許されていいはずだ。
朝食を終えてディルクと共に小屋を出ると、彼はおもむろにたたんでいた翼を広げ、二、三回軽く動かしたのち、大きく羽ばたいて宙に浮かんだ。
「わっ、もう飛べるんですか?」
「長距離は無理だが、少しくらいなら。歩くより早いし、君と同じ目線で外を見てみたいんだ」
恥ずかしいセリフをさらっと言ってのけるドラゴンから顔を背け、赤くなった頬をごまかすように足早に歩き出した。
道すがら、魔女たちの好奇と恐怖の視線が突き刺さったが、ひそひそと揶揄が聞こえても、ディルクがひと睨みしたらたちまち消えたので、ちょっぴり気分がよかった。
……虎の威を借る狐ならぬ、ドラゴンの威を借る落ちこぼれの自覚はある。
「君は一生懸命里のためになるの仕事をしてるのに、どうしてあんな風に悪口を言われないといけないんだ? まったく腹立たしい奴らだ。何様のつもりだ?」
「仕方ないですよ。落ちこぼれですから」
「だからって、こんなに美して優しくて働き者のオフィーリアを悪く言うなんて、俺は許せないぞ」
プンスカ怒るディルクを宥めつつ、少しだけ遠回りをして里の中を案内しながら実家への道を歩き、屋敷の門の前でウロウロしているロイドに出迎えられた。
まだ怯えているのか挙動不審な彼に案内され、ディルクと共に家の裏手に向かった。
バーディー家の裏はかつて自前の薬草畑があったが、オフィーリアが世話する薬草園にその役割を譲り、現在は空き地になっている。
使い魔の契約を行う場所に制約はないが、ディルクに魔力が行き渡れば本来の大きさを取り戻すかもしれず、広い空間でやるにこしたことはない。上空にいたから正確な大きさは把握していないが、少なく見積もっても普通の家くらいの大きさはあるに違いない。
屋敷に沿って細い道を通り、開けた場所に出ると、母と姉がそこで待っていた。
「いらっしゃい。オフィーリア」
「うふふ。こんにちは、ドラゴンさん。お会いできて光栄よ。わたくしはマリアンナ・バーディー。オフィーリアの姉なの。こちらは私の母のベアトリクス。あなたの傷を治したマナテリアル薬を作った魔女よ」
気持ち悪いくらい機嫌のいい笑みを浮かべ、猫なで声でクズではなく名前で呼ぶ二人に、オフィーリアは顔が引きつりそうになった。自分以外の人当たりがいいのは知っているが、なんだか背中がゾワゾワするような妙な感じがするのだ。
「ディルクだ。その節は世話になった」
一旦地面に降り、丁重に頭を下げるドラゴンに「可愛い!」とマリアンナは指を組んで黄色い悲鳴を上げ、思わずといった様子で駆け寄って抱き上げようとするが、ディルクはそれを睨みつけて阻止した。
「すまないが、まだ君を主人と認める前に一つ確認したいことがある。首の後ろに大き目の星形の赤い痣はあるか?」
「え? あ、あるけど……どうしてそれを?」
巻き毛の上から痣があるだろう箇所を押さえ、マリアンナは首をかしげる。
髪を上げているわけでもなく、ましてや正面に立っているディルクにそれが見えるはずがないのに、的確に言い当てられて気味が悪いと言いたげな表情だ。
「オフィーリアが教えてくれた。その様子では消えてないんだな」
「ええ……自分では見えないけど、見苦しいから人前では髪は絶対下ろしてなさいって……そういえば、お母さんにもあったわよね、赤いのが――って、お母さん?」
マリアンナは横にいる母を見やりつつ同意を求めたが、何故か彼女の顔色が悪い。
「どうしたの、お母さん。具合悪いの?」
「具合も悪くなるだろうな。禁術を暴露されそうになってるんだから」
「「禁術……!?」」
姉妹は声をそろえ、見開いた目で母を見た。
ベアトリクスは一言も発しなかったが、青を通り越して真っ白になった顔と、立っているのがやっとの足腰の震えが、それを如実に肯定していた。
「ベアトリクス様……!?」
「お、お母さん、どういうこと!?」
禁術と聞いて、姉妹も顔色を変えてうろたえる。
魔女が魔力を使って生み出すのは、何も形あるマナテリアルだけではない。
その気になれば魔法のような超常的な現象を起こすことも可能だ。
しかし、遠い昔にそのせいで差別を受け、時に処刑された同胞も数多くいた。だからこそ、そういう“魔法”を禁術と呼び、決して使ってはならないと掟で定められている。
とはいえ、現代ではすでに禁術自体が失われた技術で、使おうとして使えるものではないはずなのに、母はどこでそんなものを。
そもそも禁術を知らない姉妹には、母がどんな種類の禁術を使ったのかすら想像もつかない。
青ざめたままこちらの呼びかけに応えない母にじれ、オフィーリアがディルクをすがるように見ると、重いため息と共に答えてくれた。
「あはは……じゃあ、ごはんを食べたら私たちも行きましょうか。母も姉も忙しい人たちですので、待たせてはいけませんから」
「そうだな。君と結婚できるよう交渉するのに、時間がかかるかもしれないからな」
プロポーズを承諾した覚えはないのだが、ディルクはすでにその気のようだ。
でも、決して悪い気はしない。どうせ落ちこぼれと結婚しようなんて酔狂な男はいないんだし、一緒に過ごした時間はとても幸せだったから、恋愛感情があろうとなかろうと結婚するのはいい選択肢のように思える。
たとえそれが叶わぬ夢だとしても、夢を見るくらい許されていいはずだ。
朝食を終えてディルクと共に小屋を出ると、彼はおもむろにたたんでいた翼を広げ、二、三回軽く動かしたのち、大きく羽ばたいて宙に浮かんだ。
「わっ、もう飛べるんですか?」
「長距離は無理だが、少しくらいなら。歩くより早いし、君と同じ目線で外を見てみたいんだ」
恥ずかしいセリフをさらっと言ってのけるドラゴンから顔を背け、赤くなった頬をごまかすように足早に歩き出した。
道すがら、魔女たちの好奇と恐怖の視線が突き刺さったが、ひそひそと揶揄が聞こえても、ディルクがひと睨みしたらたちまち消えたので、ちょっぴり気分がよかった。
……虎の威を借る狐ならぬ、ドラゴンの威を借る落ちこぼれの自覚はある。
「君は一生懸命里のためになるの仕事をしてるのに、どうしてあんな風に悪口を言われないといけないんだ? まったく腹立たしい奴らだ。何様のつもりだ?」
「仕方ないですよ。落ちこぼれですから」
「だからって、こんなに美して優しくて働き者のオフィーリアを悪く言うなんて、俺は許せないぞ」
プンスカ怒るディルクを宥めつつ、少しだけ遠回りをして里の中を案内しながら実家への道を歩き、屋敷の門の前でウロウロしているロイドに出迎えられた。
まだ怯えているのか挙動不審な彼に案内され、ディルクと共に家の裏手に向かった。
バーディー家の裏はかつて自前の薬草畑があったが、オフィーリアが世話する薬草園にその役割を譲り、現在は空き地になっている。
使い魔の契約を行う場所に制約はないが、ディルクに魔力が行き渡れば本来の大きさを取り戻すかもしれず、広い空間でやるにこしたことはない。上空にいたから正確な大きさは把握していないが、少なく見積もっても普通の家くらいの大きさはあるに違いない。
屋敷に沿って細い道を通り、開けた場所に出ると、母と姉がそこで待っていた。
「いらっしゃい。オフィーリア」
「うふふ。こんにちは、ドラゴンさん。お会いできて光栄よ。わたくしはマリアンナ・バーディー。オフィーリアの姉なの。こちらは私の母のベアトリクス。あなたの傷を治したマナテリアル薬を作った魔女よ」
気持ち悪いくらい機嫌のいい笑みを浮かべ、猫なで声でクズではなく名前で呼ぶ二人に、オフィーリアは顔が引きつりそうになった。自分以外の人当たりがいいのは知っているが、なんだか背中がゾワゾワするような妙な感じがするのだ。
「ディルクだ。その節は世話になった」
一旦地面に降り、丁重に頭を下げるドラゴンに「可愛い!」とマリアンナは指を組んで黄色い悲鳴を上げ、思わずといった様子で駆け寄って抱き上げようとするが、ディルクはそれを睨みつけて阻止した。
「すまないが、まだ君を主人と認める前に一つ確認したいことがある。首の後ろに大き目の星形の赤い痣はあるか?」
「え? あ、あるけど……どうしてそれを?」
巻き毛の上から痣があるだろう箇所を押さえ、マリアンナは首をかしげる。
髪を上げているわけでもなく、ましてや正面に立っているディルクにそれが見えるはずがないのに、的確に言い当てられて気味が悪いと言いたげな表情だ。
「オフィーリアが教えてくれた。その様子では消えてないんだな」
「ええ……自分では見えないけど、見苦しいから人前では髪は絶対下ろしてなさいって……そういえば、お母さんにもあったわよね、赤いのが――って、お母さん?」
マリアンナは横にいる母を見やりつつ同意を求めたが、何故か彼女の顔色が悪い。
「どうしたの、お母さん。具合悪いの?」
「具合も悪くなるだろうな。禁術を暴露されそうになってるんだから」
「「禁術……!?」」
姉妹は声をそろえ、見開いた目で母を見た。
ベアトリクスは一言も発しなかったが、青を通り越して真っ白になった顔と、立っているのがやっとの足腰の震えが、それを如実に肯定していた。
「ベアトリクス様……!?」
「お、お母さん、どういうこと!?」
禁術と聞いて、姉妹も顔色を変えてうろたえる。
魔女が魔力を使って生み出すのは、何も形あるマナテリアルだけではない。
その気になれば魔法のような超常的な現象を起こすことも可能だ。
しかし、遠い昔にそのせいで差別を受け、時に処刑された同胞も数多くいた。だからこそ、そういう“魔法”を禁術と呼び、決して使ってはならないと掟で定められている。
とはいえ、現代ではすでに禁術自体が失われた技術で、使おうとして使えるものではないはずなのに、母はどこでそんなものを。
そもそも禁術を知らない姉妹には、母がどんな種類の禁術を使ったのかすら想像もつかない。
青ざめたままこちらの呼びかけに応えない母にじれ、オフィーリアがディルクをすがるように見ると、重いため息と共に答えてくれた。
0
お気に入りに追加
107
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】二度目の恋はもう諦めたくない。
たろ
恋愛
セレンは15歳の時に16歳のスティーブ・ロセスと結婚した。いわゆる政略的な結婚で、幼馴染でいつも喧嘩ばかりの二人は歩み寄りもなく一年で離縁した。
その一年間をなかったものにするため、お互い全く別のところへ移り住んだ。
スティーブはアルク国に留学してしまった。
セレンは国の文官の試験を受けて働くことになった。配属は何故か騎士団の事務員。
本人は全く気がついていないが騎士団員の間では
『可愛い子兎』と呼ばれ、何かと理由をつけては事務室にみんな足を運ぶこととなる。
そんな騎士団に入隊してきたのが、スティーブ。
お互い結婚していたことはなかったことにしようと、話すこともなく目も合わせないで過ごした。
本当はお互い好き合っているのに素直になれない二人。
そして、少しずつお互いの誤解が解けてもう一度……
始めの数話は幼い頃の出会い。
そして結婚1年間の話。
再会と続きます。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる