落ちこぼれ魔女とドラゴン

神無月りく

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第一部

母からの呼び出し

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「俺は活火山の麓にある、混血ドラゴンの集落で育った」

 母親は人間だが父が純血ドラゴンであるディルクは、能力的に純血と大差ないそうだが、四分の一や八分の一になれば、『ドラゴンに変身できる長生きな人間』というだけの存在も多いという。

 そういう人たちは人間社会に溶け込むのも難しく、ドラゴンの血を持つ者同士肩を寄せ合って暮らす集落が点在するそうだ。

「母親が早くに死んで、それを聞きつけた父親がそこに預けたんだ。自分の子なんだから自分で育てろよ、って思うだろうが、純血ドラゴンのオスは子育てしない性質だから、放っておかれなかっただけマシだった……あ、俺はちゃんと責任もって育てるぞ! 君だけに負担をかけたりしないし、他の女にうつつを抜かしたりしないからな!」

 拳を作って力説するディルク。
 本人は真面目な宣言をしているつもりなのだろうが、ぬいぐるみサイズで言われても微笑ましい光景にしか見えない。でも、それを言ったら傷つくだろうから、ぐっと堪えて「そういう男性って素敵ですね」と返した。
 
 素敵と言われて、まんざらでもない様子で目を細めたディルクだったが、すぐに表情が曇ってしまった。

「だが……俺はあの金のドラゴンに負けた。混血なのを馬鹿にされて、カッとなって喧嘩を買って、挙句があのザマだ。独り立ちして、火山の主になって、縄張り争いも負け知らずだったから、自分の力を過信してた。カッコ悪いよな」
「ディルクさん……」

 がっくりとうなだれるドラゴンの頭を、オフィーリアはゆっくりと撫でた。

「そんなことないです。ディルクさんは私に気づいて、ブレスから守ってくれました。空からはちっぽけにしか見えない私を、その身を挺して。とってもカッコよかったです」
「いや、そんな……」 

「ドラゴンのことはよく分かりませんけど、自分の勝利のために無関係な人や土地ごと焼き払うことを厭わない人の方が、よっぽどカッコ悪いです。ディルクさんは自分を卑下することなんかないですよ」
「う、うん……」

「それに、自分の過ちを認めて反省できる人は、とても尊敬できます」
「わ、分かった、分かったから、もうやめてくれ! これ以上君に褒められたら、嬉しすぎて死んでしまいそうだ!」

 ディルクは短い前足で頭を抱え、毛布の上でジタバタ暴れる。
 嬉しくて死ぬってどういうことなのか。
 オフィーリアは首を傾げつつ、しばらくそっとしておいた方がいいと考え、夕食の準備を始めた。

*****

 翌朝は、昨日の雨が嘘のようにすっきりと晴れ渡っていた。
 イモを茹でながらディルクの怪我の具合を確かめると、鱗はまだ完全に生えてはいないが、傷自体はかさぶたもほとんどなくなり、ほぼ完治しているように見えた。

「よかったですね。もう包帯も薬もいらないですよ」
「そうか。治ったのはいいが、もう君に手当してもらえないのは残念だ」
「わざと怪我したら怒りますからね」
「し、しないって」

 ブンブン首を振るディルクに忍び笑いを漏らし、茹で上がったイモをザルに上げたところで、窓を突く音が聞こえた。見やると、そこにはロイドらしき黒猫がいた。

 窓を開けてやると、黒猫はドラゴンを警戒しつつも室内に飛び降り、スルリと少年の姿になる。

「おはようございます。こんな朝早くにどうしたんです?」

 オフィーリアの問いに、ロイドが落ち着きなくチラチラとドラゴンを伺いつつ答えた。

「……主がドラゴンの引き渡しを要求している。すぐに拘束具をはめて、俺に引き渡せ」
「え……?」
「使い魔の聴力なめんな。お前らがイチャついてる会話、外からでも丸聞こえなんだよ。バカップルかよ」
「い……!?」

 渋面のロイドに揶揄されて、オフィーリアは赤面する。

 イチャつくとかバカップルとかまったく自覚はなかったが、聞きようによってはそう取られてもおかしくない会話をしていたらしい。

「とにかく、そのことを報告したら、本格的に情が移らねぇうちに使い魔にするってさ。だから拘束具を――」
「拘束具って、これのことか?」

 今まで黙って話を聞いていたディルクは、部屋の隅に置いてあった拘束具を手に取り、切れ味抜群の爪でスパッと切り裂いてしまった。
 真っ二つにした端から、スパスパ切り刻み、みじん切りになって床にこぼれた拘束具はなんとも哀れだった。

 どんな猛獣でも拘束できる、というのが売りのマナテリアル器具があっけなく破壊され、昨日その性能を見たオフィーリアでも驚いたが、それを知らないロイドは肝をつぶして縮み上がり、恐怖のあまり黒猫の姿に戻ってしまった。

「のわああああ! ちょ、トラでもオオカミでも噛み千切れない拘束具だぞ!? なんつー物騒な爪持ってんだよ!?」
「爪自体がどうこうというより、爪に魔力を集中させて切れ味を上げているだけだ」
「さらっと解説すんなよ! 怖ぇぇ!」

 そういう仕組みだったのかと納得するオフィーリアとは裏腹に、ロイドは全身の毛を逆撫でてシャーシャーと威嚇の声を上げる。猫の本能が暴走している。
 ディルクはそれを歯牙にかける様子もなく、呆れたような困惑したような顔で見つめた。

「ま、まあまあ……それじゃあ、私がディルクさんを連れて行きますよ」

 両者の間に割って入り、取りなすようにオフィーリアは言う。
 ディルクがロイドに何かするとは思えないが、この調子ではロイドが勝手に暴走して自滅しかねない。
 それに、少しでもディルクと長くいたいという身勝手な願望もある。

 そんな気持ちを察したわけではないだろうが、ロイドは一秒でもドラゴンと一緒にいたくないのか「じゃ、頼んだ!」と言い残し、窓を飛び越えて一目散に逃げていった。
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