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第一部
落ちこぼれ魔女の暮らし
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「それに、人間に敵意を持つドラゴンもいないわけではないし、そういう想像もやむなしだ……ふあぁ」
ディルクがしゃべりながら欠伸をする。
怪我は塞がったとはいえ、完全に治ったわけではないし、体力も元に戻ったわけではない。まだ安静が必要な身だ。
「ごめんなさい、いろいろ話し込んでしまって。疲れたでしょう。いい寝床じゃないですけど、ゆっくり寝ててください」
「ああ。お言葉に甘えて、少し休ませてもらう。君はどうするんだ?」
「薬草園の手入れがあるので、夕方まで外で作業してますよ」
「そうか……手伝えなくて悪いな……」
重いまぶたを上下させながら言葉を紡ぐディルクを安心させるように、毛布の上から背中を撫でてあげると、ふにゃっと口元を幸せそうに歪めて寝入った。
可愛い寝顔に気持ちがほっこりするが、いつまでもそれを眺めているわけにもいかない。オフィーリアは道具を揃えて外に出た。
*****
日が落ちる前に作業を切り上げ、小屋に戻って来たオフィーリアは、暖炉の前に置かれていた毛布が空になっているのを見て驚いた。
慌てて駆け寄って確かめてみてもドラゴンの姿はない。
プロポーズした舌の根も乾かぬうちに逃げるなんて考えられないが、やっぱり気の迷いだったと悟ったのか、使い魔になるのが嫌になったのか……嫌な想像をしていると、土間の方でゴソゴソ物音がするのに気づいた。
「……ディルクさん?」
「なんだ?」
オフィーリアの呼びかけに、ひょっこりとディルクが顔を出した。
見つかってほっとしたが、彼の前足にはイモの入った麻袋が握られてるので、違う意味で驚いた。
「おなかが減ってたんですか?」
「いや、君を待っている間に食事でも作ろうと思ったんだが、どこを探してもイモしか見当たらなくて……他の食材はどこに仕舞ってあるんだ?」
何を作ろうとしたのか、そもそもドラゴンは料理ができるのか、いろいろ突っ込みたいところはあるが、まずは彼の質問に答えるべきだろう。
「戸棚にベーコンとチーズと乾パンがあります。他にあるのは、ハーブティーとか調味料くらいですね」
「……それだけか?」
「ええ。私は落ちこぼれなので、貧乏なんです」
ついこの間町に下りてポプリを売ってきたが、イモ以外の食料を買いだめしたらなくなった。
ちなみに、イモは小屋の裏の空きスペースで家庭菜園している。マナが満ちている土地なので、イモくらいなら大した肥料なしでも大豊作だ。
と、そこまでくわしくは説明しなかったが、貧乏と聞いてディルクは口をあんぐりと開けて麻袋をポトリと落とした。
「そ、そうなのか? では、あのリンゴは、君の貴重な食糧だったんじゃないのか?」
「そんな大層なものじゃないです。もらい物ですし。イモなら売るほどあるので」
「イモだけでは栄養が偏るぞ! くそっ、俺が万全な状態なら、鹿でも猪でも山ほど狩ってやるのに!」
「気持ちは嬉しいですが、山ほども食べられないので」
人の話を聞かず、悔しそうに地団駄を踏むドラゴンにやんわり断りを入れ、床に落ちた麻袋を拾っていつもの食事の支度を始めた。
茹でたイモに、削ったベーコンとチーズと自家製ハーブソルトをかけるだけだが、シンプルゆえに飽きのこない味だ。面倒な手順もなく、洗い物も少なくていいので楽だし。
少し多めに作ってディルクにも勧めてみたが、「君はもっとたくさん食べないとダメだ!」と言って、皿ごと突っ返された。ドラゴンからすれば、よっぽど量が少なく見えるのだろう。
質素な食事を終え、後片付けを済ませて、あとは寝支度だけになった。
体を拭こうとぬるま湯を張った桶を用意し、衣服に手をかけようとしたが、衝立も壁もないので全部がドラゴンに丸見えだ。
人化するとはいえ、その姿を見たことのないオフィーリアの中ではドラゴンは動物枠だし、裸を見られても別にどうということはないが、破廉恥な女だと思われたくないので一声かけた。
「あの、これから着替えるので……」
「着替っ……!」
暖炉の前でウトウトしていたディルクが、弾かれたようにあたふたし始め、毛布を頭から被った。
何もそんなに慌てなくてもいいと思うのだが。
「ゆ、ゆっくりでいいぞ。お、俺のことはきき気にするな」
そんな風に言われると逆に落ち着かないが、寝る前に汗を拭っておかないと気持ちが悪いので、さっさと済ませることにした。
服も下着も脱ぎ、ぬるま湯に浸したタオルで手足を拭く。
何度見ても貧相な体だ。ディルクが見たらきっとがっかりするに違いない。
いや、見せる機会なんかないはずだけど……本当に結婚しない限り。
そういう場面をうっかり想像して一人赤面したオフィーリアは、急いで寝間着に着替えて桶を片づけた。
「もういいですよ」
「そうか」
まるでずっと息を止めていたかのように大きく深呼吸し、毛布から顔を出すディルク。
気を遣わせて悪いと思いつつ、いちいち仕草が可愛くて和んでしまう。
「じゃあ、そろそろ明かりを消しますね。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
ランプを吹き消し、ベッドに潜り込む。
暗闇の中、自分以外の気配があることに妙な安心感を抱きつつ、夢に落ちていった。
ディルクがしゃべりながら欠伸をする。
怪我は塞がったとはいえ、完全に治ったわけではないし、体力も元に戻ったわけではない。まだ安静が必要な身だ。
「ごめんなさい、いろいろ話し込んでしまって。疲れたでしょう。いい寝床じゃないですけど、ゆっくり寝ててください」
「ああ。お言葉に甘えて、少し休ませてもらう。君はどうするんだ?」
「薬草園の手入れがあるので、夕方まで外で作業してますよ」
「そうか……手伝えなくて悪いな……」
重いまぶたを上下させながら言葉を紡ぐディルクを安心させるように、毛布の上から背中を撫でてあげると、ふにゃっと口元を幸せそうに歪めて寝入った。
可愛い寝顔に気持ちがほっこりするが、いつまでもそれを眺めているわけにもいかない。オフィーリアは道具を揃えて外に出た。
*****
日が落ちる前に作業を切り上げ、小屋に戻って来たオフィーリアは、暖炉の前に置かれていた毛布が空になっているのを見て驚いた。
慌てて駆け寄って確かめてみてもドラゴンの姿はない。
プロポーズした舌の根も乾かぬうちに逃げるなんて考えられないが、やっぱり気の迷いだったと悟ったのか、使い魔になるのが嫌になったのか……嫌な想像をしていると、土間の方でゴソゴソ物音がするのに気づいた。
「……ディルクさん?」
「なんだ?」
オフィーリアの呼びかけに、ひょっこりとディルクが顔を出した。
見つかってほっとしたが、彼の前足にはイモの入った麻袋が握られてるので、違う意味で驚いた。
「おなかが減ってたんですか?」
「いや、君を待っている間に食事でも作ろうと思ったんだが、どこを探してもイモしか見当たらなくて……他の食材はどこに仕舞ってあるんだ?」
何を作ろうとしたのか、そもそもドラゴンは料理ができるのか、いろいろ突っ込みたいところはあるが、まずは彼の質問に答えるべきだろう。
「戸棚にベーコンとチーズと乾パンがあります。他にあるのは、ハーブティーとか調味料くらいですね」
「……それだけか?」
「ええ。私は落ちこぼれなので、貧乏なんです」
ついこの間町に下りてポプリを売ってきたが、イモ以外の食料を買いだめしたらなくなった。
ちなみに、イモは小屋の裏の空きスペースで家庭菜園している。マナが満ちている土地なので、イモくらいなら大した肥料なしでも大豊作だ。
と、そこまでくわしくは説明しなかったが、貧乏と聞いてディルクは口をあんぐりと開けて麻袋をポトリと落とした。
「そ、そうなのか? では、あのリンゴは、君の貴重な食糧だったんじゃないのか?」
「そんな大層なものじゃないです。もらい物ですし。イモなら売るほどあるので」
「イモだけでは栄養が偏るぞ! くそっ、俺が万全な状態なら、鹿でも猪でも山ほど狩ってやるのに!」
「気持ちは嬉しいですが、山ほども食べられないので」
人の話を聞かず、悔しそうに地団駄を踏むドラゴンにやんわり断りを入れ、床に落ちた麻袋を拾っていつもの食事の支度を始めた。
茹でたイモに、削ったベーコンとチーズと自家製ハーブソルトをかけるだけだが、シンプルゆえに飽きのこない味だ。面倒な手順もなく、洗い物も少なくていいので楽だし。
少し多めに作ってディルクにも勧めてみたが、「君はもっとたくさん食べないとダメだ!」と言って、皿ごと突っ返された。ドラゴンからすれば、よっぽど量が少なく見えるのだろう。
質素な食事を終え、後片付けを済ませて、あとは寝支度だけになった。
体を拭こうとぬるま湯を張った桶を用意し、衣服に手をかけようとしたが、衝立も壁もないので全部がドラゴンに丸見えだ。
人化するとはいえ、その姿を見たことのないオフィーリアの中ではドラゴンは動物枠だし、裸を見られても別にどうということはないが、破廉恥な女だと思われたくないので一声かけた。
「あの、これから着替えるので……」
「着替っ……!」
暖炉の前でウトウトしていたディルクが、弾かれたようにあたふたし始め、毛布を頭から被った。
何もそんなに慌てなくてもいいと思うのだが。
「ゆ、ゆっくりでいいぞ。お、俺のことはきき気にするな」
そんな風に言われると逆に落ち着かないが、寝る前に汗を拭っておかないと気持ちが悪いので、さっさと済ませることにした。
服も下着も脱ぎ、ぬるま湯に浸したタオルで手足を拭く。
何度見ても貧相な体だ。ディルクが見たらきっとがっかりするに違いない。
いや、見せる機会なんかないはずだけど……本当に結婚しない限り。
そういう場面をうっかり想像して一人赤面したオフィーリアは、急いで寝間着に着替えて桶を片づけた。
「もういいですよ」
「そうか」
まるでずっと息を止めていたかのように大きく深呼吸し、毛布から顔を出すディルク。
気を遣わせて悪いと思いつつ、いちいち仕草が可愛くて和んでしまう。
「じゃあ、そろそろ明かりを消しますね。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
ランプを吹き消し、ベッドに潜り込む。
暗闇の中、自分以外の気配があることに妙な安心感を抱きつつ、夢に落ちていった。
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