落ちこぼれ魔女とドラゴン

神無月りく

文字の大きさ
上 下
6 / 41
第一部

突然の求婚

しおりを挟む
 その途中、大通りに面したオープンカフェで、見目も身なりもいい男性と向かい合い、楽しそうに談笑する魔女の姿を見つけて足を止めた。

 マリアンナだ。自分と同じ金髪だが、肩より少し長いくらいで揃えているだけのオフィーリアと違い、腰あたりまで伸ばしてゆるく巻き、リボンのついたカチューシャをはめている。
 アーモンド型の緑の瞳も、オフィーリアは腫れぼったい一重まぶたなのに対し、くっきりとした二重まぶたに長いつけまつ毛をつけていて華やかだ。

 なるほど。マリナンアが忙しい理由は、仕事ではなくデートか。

 この国の女性は、大体二十歳前後で結婚する。魔女は人生のほとんどを里で過ごすので、なかなか出会いがなく、知り合いや親族のコネでお見合いをして結婚することが多い。

 マリアンナの作る薬は大変人気で、大店の薬問屋とも取引があるから、相手はそこの若旦那か番頭クラスの出世頭だろう。遠目から見ても親密そうなので、ただのお見合い相手というより恋人に近い関係なのかもしれない。

 オフィーリアもそろそろお見合いの時期だが、落ちこぼれの魔女と結婚しようなんて殊勝な男性はいない。母からそういう話を持ち込まれたこともなければ、町へ降りてもナンパされたことだって一度もない。

 薬草園さえあれば暮らしには困らない。だから別に結婚なんてしなくても……とは思うが、楽しそうにデートしている姉を見ていると、つい羨ましいとか妬ましいとかいう感情が湧き上がる。

 そんな浅ましい自分をいさめるように首をブンブン振り、気持ちを切り替えて薬草園へ駆け出した。

******

 母からもらったマナテリアルは、オフィーリアの薬より断然よく効いた。

 人間なら塗ったところから傷口が塞がり、炎症による熱や腫れが引いていくが、ドラゴンではその効果は半分以下のようだ。
 それでも、簡単に傷口が開くことはなさそうだし、出かける前より呼吸も落ち着いた。予断を許さない状態は脱したと言えるだろう。

 ほっとしながら包帯を巻きなおし、毛布をかけてあげようとした時、ドラゴンが身じろぎをした。

 まぶたが開き、瞳孔の裂けた金色の瞳がオフィーリアを捉えると、もぞもぞと毛布から出て立ち上がる。

「……ああ、よかった。無事だったんだな」

 オフィーリアが何か言う前に、ドラゴンが目を細めてそう言葉を発した。
 少し高いが、間違いなく男性の声だった。

 ドラゴンが人間と同等の知性を持つらしいことは知っていたが、人間の言葉をしゃべれるなんて思わなかったので面食らってしまい、思わず半歩後ずさってしまった。

「え、あ、その、お蔭様で……ありがとうございました」
「いや、迷惑をかけたのはこちらだし、礼を言うべきは手当てをしてもらった俺の方だ。俺はディルク。君の名前を聞いてもいいだろうか?」
「……オフィーリア、です」

「オフィーリアか。美しい君にぴったりの名前だな」
「へあ?」

 臆面なく美しいなどと言われ、オフィーリアは真っ赤になった。

 お世辞で可愛いと言われたことくらいはあるが、美しいなんて誉め言葉は生まれてこの方聞いたことがない。しかも、美醜にうるさいというドラゴンに。

 ドラゴンと人間の感覚は違うのか、それともディルクと名乗る彼だけが独特なのか……ドキドキする胸を押さえつつ「社交辞令、社交辞令」と心の中で繰り返し念じて気持ちを落ち着かせる。

「あ、ありがとうございます。お世辞でもうれしいです」
「俺はそんなつまらない嘘は言わない。ましてや、愛しい相手に嘘をつく理由がない」
「は、はい?」

 耳慣れない言葉が連続で飛んできて、どんどん混乱していく。
 人間的には愛しいって好きって意味だけど、ドラゴン的には別の意味があるに違いない。そう思い込もうとするが――

「一目で君に心奪われた。俺と結婚してくれ」

 超ストレートなプロポーズに、頭の中が真っ白になった。

 確かに、さっきカフェで男性と仲睦まじくしているマリアンナを見て、心から羨ましいと感じた。
 恋人なんかいらないとか結婚したくないとか、そんなの強がりでしかない。

 でも、初対面の相手、しかもドラゴンからプロポーズされても、正直戸惑いしか感じない。異種族婚なんておとぎ話の世界だ。
 おまけにぬいぐるみにしか見えない大きさだから、格好いいというより可愛いので、まるで幼い子供のおままごとに付き合っているような気分すらする。

 幸か不幸か失神しなかったが、完全に思考停止してしまう。

 ピシリと固まったままのオフィーリアを見上げ、ドラゴンは悲しそうにうなだれた。

「そ、そうだよな。君と俺じゃ釣り合いは取れないよな。ボロボロだし負け犬だしチビだし魔力はすっからかんだし……」

 どうせ俺なんて、とネガティブな言葉をつぶやくたび頭がどんどん下がっていき、しまいには床にペタンと倒れ込んでしまった。

 それを見てはたと我に返り、オロオロ言い訳しながらディルクを抱き起す。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約者に選んでしまってごめんなさい。おかげさまで百年の恋も冷めましたので、お別れしましょう。

ふまさ
恋愛
「いや、それはいいのです。貴族の結婚に、愛など必要ないですから。問題は、僕が、エリカに対してなんの魅力も感じられないことなんです」  はじめて語られる婚約者の本音に、エリカの中にあるなにかが、音をたてて崩れていく。 「……僕は、エリカとの将来のために、正直に、自分の気持ちを晒しただけです……僕だって、エリカのことを愛したい。その気持ちはあるんです。でも、エリカは僕に甘えてばかりで……女性としての魅力が、なにもなくて」  ──ああ。そんな風に思われていたのか。  エリカは胸中で、そっと呟いた。

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

処理中です...