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第一部
母へすがる
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十件すべてを回り終えると、すっかり日は高く昇っていた。
指定された時間にはギリギリ間に合ったが、ドラゴンの争いに巻き込まれて薬草畑が傷んでしまい、しばらくはいつも通りの納品できるかとうか分からない旨を告げると、何故か行く先々で「これだから落ちこぼれは!」と叱責を受けた。
――自分のせいではないのに。
心の中では不貞腐れながらも表面的には必死に謝って、できるだけ要望に応える旨を伝えて納得、はしてもらえないだろうがその場は解放してもらえた。
それ以上に彼女をもっと憂鬱にさせたのは、里を守ってくれた銀のドラゴンを癒すためにマナテリアル薬を分けてくれないかとお願いしたところ、法外な値段を吹っかけられてあしらわれてしまったことだ。
マナテリアル自体普通の品の数倍の値段がするものだが、傷薬くらいなら庶民でも手が届く範囲のはず。なのに、都会の一等地に豪華な屋敷が建つような値段を言い渡され、本気で卒倒するかと思った。
オフィーリアの稼ぎでは一生かかっても払えない額だし、人ではないとはいえ恩義のある相手に誠意を見せない彼女たちが腹立たしくて要求を突っぱねたが、そもそも自分がマナテリアル薬を作れればこんな思いをしなくて済んだと思うと、落ちこぼれ魔女の自分が悔しくて虚しかった。
でも、ここで諦めるわけにはいかない。
いちるの望みをかけ、母を訪ねることにした。
家族の情に訴えるなんてしたくないが、銀のドラゴンが身を挺してオフィーリアを、里を守ってくれたことをちゃんと話せば分かってくれるはず。
そう思って、配達以外で訪れることのない実家の戸を叩いた。
「あん? なんの用だよ、クズ」
応対に出てきたのは、生意気そうな顔立ちの少年。一見オフィーリアと変わらない年頃の普通の人間に見えるが、使い魔が“人化”しているだけで、元の姿は黒猫だ。
彼の名前はロイド。母ベアトリクスの使い魔だ。
「ベアトリクス様にお取次ぎをお願いします」
「嫌だね。どうせ金の無心に来たんだろ? 帰れ、帰れ」
一度だってお金を借りに来たことなどないのを知っているくせに、このロイドは胡乱な目でオフィーリアを睨み、虫でも払うようにシッシと手を動かす。
「違います。ただ、傷に効くマナテリアル薬を分けていただきたいだけです」
「はあ? そんなもん、町に行けばいくらでも売ってるだろ? つか、お前、怪我してねぇんだからいらねぇじゃん」
「怪我をしてるのは私じゃなくてドラゴンです。さっき空の上で争ってたのが、ここからでも見えたでしょう」
「あー、あれね。それとどう関係あるのさ?」
「片方がブレスを吐こうとしたのを止めるために身を挺して反らし、里を守ってくれたんです。そのドラゴンは重症で、町を往復している時間が惜しいので、こうしてお願いしているんです。
ベアトリクス様と直接お話できないなら、その旨を伝えてマナテリアルをいただいてきてはくれませんか? お金を払えといえば払います。私が払える額であれば、ですけど……手持ちで足りなければ、あとからきちんとお支払いするので」
お願いします、と深く頭を下げるオフィーリアを見ながら、黒猫少年は後頭部をかいて面倒くさそうにため息をついた。
「……一応話はしてみる。でも、ご主人様がどう返事するかは知らねぇ」
「ありがとうございます」
ロイドは口も態度も悪いが、里中から嫌われているオフィーリアに対して、ほんの少しだけ甘い。
幼い頃に忙しい母に代わり面倒を見てくれた影響もあるだろうし、彼自身も親から捨てられた過去があるせいで同情してくれている節もあるのだろう。
そもそも、彼女につらく当たるのはベアトリクスの命令だからだ。
使い魔は基本、主人の命令に逆らうことはできない。
ただの言いなり人形のような使い魔がほとんどで、ロイドのようにある程度の自由意志を持つものはかなり希少だ。それでも命令に完全に反する行動はできない。
そのわずかに効く自由の中で、オフィーリアの意思を聞き取ってくれる。彼女にとってロイドは唯一無二の味方である。
ロイドが家の中に消え、五分少々経ち……再び開いた戸から出てきたのは、母ベアトリクス本人だった。
四十過ぎという年齢を微塵も感じさせない若さと美貌を誇る彼女は、冷たいまなざしを向け、オフィーリアの前にいた。
配達の時だってロイドに応対させて自分が出てくることはないのに、どういう風の吹き回しだろう。
「ベアトリクス様……ご無沙汰しております」
血の繋がった母親なのに母とは呼べない。落ちこぼれのオフィーリアとは親でも子でもないと、ベアトリクスが禁じているからだ。
「話は聞きました。ところで、そのドラゴンはどのような状態なのですか?」
「えっと……怪我をして衰弱してて、魔力は多分ほとんどない状態です。体も縮んだみたいに小さくなって、私でも抱えられるぬいぐるみみたいな大きさになってます」
「なるほど。であれば、一つ条件を飲めば、望むマナテリアル薬を差し上げましょう。無論、お代はいただきません」
「え?」
思いがけない提案に目をしばたかせるが、あまりに都合のいい話すぎて、母の言葉でありながら信用ならない。でも、藁にも縋る思いで問い返した。
「そ、それは、どのような条件でしょう?」
指定された時間にはギリギリ間に合ったが、ドラゴンの争いに巻き込まれて薬草畑が傷んでしまい、しばらくはいつも通りの納品できるかとうか分からない旨を告げると、何故か行く先々で「これだから落ちこぼれは!」と叱責を受けた。
――自分のせいではないのに。
心の中では不貞腐れながらも表面的には必死に謝って、できるだけ要望に応える旨を伝えて納得、はしてもらえないだろうがその場は解放してもらえた。
それ以上に彼女をもっと憂鬱にさせたのは、里を守ってくれた銀のドラゴンを癒すためにマナテリアル薬を分けてくれないかとお願いしたところ、法外な値段を吹っかけられてあしらわれてしまったことだ。
マナテリアル自体普通の品の数倍の値段がするものだが、傷薬くらいなら庶民でも手が届く範囲のはず。なのに、都会の一等地に豪華な屋敷が建つような値段を言い渡され、本気で卒倒するかと思った。
オフィーリアの稼ぎでは一生かかっても払えない額だし、人ではないとはいえ恩義のある相手に誠意を見せない彼女たちが腹立たしくて要求を突っぱねたが、そもそも自分がマナテリアル薬を作れればこんな思いをしなくて済んだと思うと、落ちこぼれ魔女の自分が悔しくて虚しかった。
でも、ここで諦めるわけにはいかない。
いちるの望みをかけ、母を訪ねることにした。
家族の情に訴えるなんてしたくないが、銀のドラゴンが身を挺してオフィーリアを、里を守ってくれたことをちゃんと話せば分かってくれるはず。
そう思って、配達以外で訪れることのない実家の戸を叩いた。
「あん? なんの用だよ、クズ」
応対に出てきたのは、生意気そうな顔立ちの少年。一見オフィーリアと変わらない年頃の普通の人間に見えるが、使い魔が“人化”しているだけで、元の姿は黒猫だ。
彼の名前はロイド。母ベアトリクスの使い魔だ。
「ベアトリクス様にお取次ぎをお願いします」
「嫌だね。どうせ金の無心に来たんだろ? 帰れ、帰れ」
一度だってお金を借りに来たことなどないのを知っているくせに、このロイドは胡乱な目でオフィーリアを睨み、虫でも払うようにシッシと手を動かす。
「違います。ただ、傷に効くマナテリアル薬を分けていただきたいだけです」
「はあ? そんなもん、町に行けばいくらでも売ってるだろ? つか、お前、怪我してねぇんだからいらねぇじゃん」
「怪我をしてるのは私じゃなくてドラゴンです。さっき空の上で争ってたのが、ここからでも見えたでしょう」
「あー、あれね。それとどう関係あるのさ?」
「片方がブレスを吐こうとしたのを止めるために身を挺して反らし、里を守ってくれたんです。そのドラゴンは重症で、町を往復している時間が惜しいので、こうしてお願いしているんです。
ベアトリクス様と直接お話できないなら、その旨を伝えてマナテリアルをいただいてきてはくれませんか? お金を払えといえば払います。私が払える額であれば、ですけど……手持ちで足りなければ、あとからきちんとお支払いするので」
お願いします、と深く頭を下げるオフィーリアを見ながら、黒猫少年は後頭部をかいて面倒くさそうにため息をついた。
「……一応話はしてみる。でも、ご主人様がどう返事するかは知らねぇ」
「ありがとうございます」
ロイドは口も態度も悪いが、里中から嫌われているオフィーリアに対して、ほんの少しだけ甘い。
幼い頃に忙しい母に代わり面倒を見てくれた影響もあるだろうし、彼自身も親から捨てられた過去があるせいで同情してくれている節もあるのだろう。
そもそも、彼女につらく当たるのはベアトリクスの命令だからだ。
使い魔は基本、主人の命令に逆らうことはできない。
ただの言いなり人形のような使い魔がほとんどで、ロイドのようにある程度の自由意志を持つものはかなり希少だ。それでも命令に完全に反する行動はできない。
そのわずかに効く自由の中で、オフィーリアの意思を聞き取ってくれる。彼女にとってロイドは唯一無二の味方である。
ロイドが家の中に消え、五分少々経ち……再び開いた戸から出てきたのは、母ベアトリクス本人だった。
四十過ぎという年齢を微塵も感じさせない若さと美貌を誇る彼女は、冷たいまなざしを向け、オフィーリアの前にいた。
配達の時だってロイドに応対させて自分が出てくることはないのに、どういう風の吹き回しだろう。
「ベアトリクス様……ご無沙汰しております」
血の繋がった母親なのに母とは呼べない。落ちこぼれのオフィーリアとは親でも子でもないと、ベアトリクスが禁じているからだ。
「話は聞きました。ところで、そのドラゴンはどのような状態なのですか?」
「えっと……怪我をして衰弱してて、魔力は多分ほとんどない状態です。体も縮んだみたいに小さくなって、私でも抱えられるぬいぐるみみたいな大きさになってます」
「なるほど。であれば、一つ条件を飲めば、望むマナテリアル薬を差し上げましょう。無論、お代はいただきません」
「え?」
思いがけない提案に目をしばたかせるが、あまりに都合のいい話すぎて、母の言葉でありながら信用ならない。でも、藁にも縋る思いで問い返した。
「そ、それは、どのような条件でしょう?」
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