3 / 41
第一部
ドラゴン対ドラゴン
しおりを挟む
鋼より硬い鱗に覆われた巨体に圧倒的な怪力と魔力を持ち、必殺技ともいえる炎のブレスは海さえも干上がらせる、すべての生き物の頂点に立つ王の中の王。
活火山の火口近くに居を構え、そこからあふれるマナを養分に暮らす彼らは、おとぎ話のように人間や家畜を食らったりしない。
それゆえに人の目に触れることは滅多になく、あるとすれば、住処にしていた火山が死んでしまったか、あるいは住処を別のドラゴンに奪われたかのどちらかだという。
この場合はきっと後者だろう。近隣の土地に火山はないが、ドラゴンの飛行能力があれば百キロ程度さしたる距離ではないはず。
伝説級の生き物を目の当たりにし、興奮したのも束の間。ドラゴン同士の戦闘の余波か、さっきよりも激しい突風が縦横無尽に吹き荒れて、立っているどころか目も開けるのも困難な状況になった。
「うわっ……!」
身を低くしてその場を離れようとしたオフィーリアだったが、自分が積んでいた麻袋に足を引っかけて躓いてしまった。立ち上がろうにも風圧が強すぎて、焦る気持ちとは裏腹に体は思うように動かない。
どうにか四つん這いになり、ジリジリと小屋の方向へ向かうが、向かい風にあおられて尻もちをついてしまう。
どうしよう。
風が強すぎてこれ以上進むのも無理そうだし、かといって、このままでは紙切れのように飛ばされてしまいそうだし、まさに進退きわまった状態だ。
里の魔女たちも異変には気づいているだろうが、危険を察知して家にこもっているに違いない。
腕で顔を覆いながら、争うドラゴンたちを見上げる。
優勢なのは金のドラゴン。全身から魔力がみなぎっているのが、魔女のオフィーリアには分かる。マナテリアルを生み出すことはできなくても、魔力の流れくらいなら感じられるのだ。
眺めている間にも金のドラゴンはその優位を崩すことなく、鋭い鉤爪や牙で攻撃を繰り出し、羽ばたきによる風圧で相手を吹っ飛ばす。
ブレスを吐かないのは、人里だと認識しているからか、それとも弱者をいたぶるのが趣味なのか……オフィーリアにとっては、どちらにしろ僥倖なことだ。この位置ではブレスが直撃して即死一択だし、威力如何では里も丸ごと焼け野原になってしまう。
対する銀のドラゴンの魔力は枯渇寸前。鉄壁の鱗もはがれて傷だらけだし、まさに満身創痍だ。迫りくる攻撃をかわすのがやっとといった感じで、対空状態を保っているだけでも奇跡に近い。反撃する余力ももうないだろう。
見るからに決着はついているのだし、これ以上争う必要はないと思うのだが、金のドラゴンは執拗に銀のドラゴンを攻撃する。
やがて、大きく振りかぶった一撃が顔面を直撃し……劣勢だったついに銀のドラゴンが力尽きたようだ。
ぐったりとした様子で墜ちてくる。
それを悠然と見下ろす金のドラゴンは、まるで笑うように口を開け――そこに魔力が集まるのをオフィーリアは感じた。
里どころか周辺の町さえきれいさっぱり消滅するような、魔女でも扱いきれない膨大な魔力を。
ブレスだ。ブレスでとどめを刺す気だ。
恐怖で全身が凍り付いて動かない。そもそも、逃げ場なんかない。
ただただ金のドラゴンを見上げるしかないオフィーリアと、墜落する銀のドラゴンの目が合った。銀のドラゴンは驚きに目をみはると同時に、死力を振り絞って羽ばたいて空中にとどまり、金のドラゴンに向かって矢のように突撃した。
金と銀が上空で激しくぶつかり合い、人間の耳では形容できない悲鳴が響き渡る。
その衝撃で金のドラゴンの口は真上を向き、ブレスは空に向かって放たれた。超高温のブレスは雲を焼き、その余波の熱であたり一面真っ白な蒸気に包まれる。
白に閉ざされた視界の向こう側で、何度かドラゴンたちが争う音が聞こえたのちに静まり返り、ゆっくりと飛び去る音がした。
もうさっきのような魔力は感じない。危機は……あの金のドラゴンは去ったと考えていいだろう。
蒸気と冷や汗でぐっしょりと濡れた体をゆっくりと起こし、震える足であたりを見回すうちに、ぼんやりと視界が開けてきた。
薬草畑は嵐のあとのように荒れていたが、時間をかければ修復は可能な範囲内でほっとする。
それより、銀のドラゴンはどうなったのだろう。
あの体で飛んで行ったとも考えられないが、あの巨体が墜ちれば地震のような地鳴りがしそうだ。無事に逃げられたならいいけど……と考えていると、近くの草むらからポサッと音がした。
「え?」
音がした方を探してみると、子供の枕元にいそうな大きなぬいぐるみのようなトカゲ……ではなくドラゴンが落ちていた。
この傷だらけでボロボロの体は、さっきの銀のドラゴンに違いない。
どうしてこんなに縮んだのか不明だが、今は悩んでいる場合ではない。目も開いてないしピクリとも動かないし、死んでいるかもしれないのだ。
そっと持ち上げてみると、オフィーリアの腕力でも普通に持てるくらいの体重しかないようで、思ったより軽くて驚いたが、まだ腹が上下して呼吸をしているし、傷だらけの鱗も温かいから生きているのだろう。
ドラゴンどころか動物の治療自体したことないが、助けてもらった恩があるのに放っておくことはできない。
急いで小屋に連れ帰ると、汲んできた井戸水で傷口を丁寧に洗って薬を塗り、シーツを割いて作った包帯を巻いた。自分で作ったただの傷薬だから即効性はないが、炎症や痛み抑えて修復力を高める配合なのは己の身で実証済みだ……ドラゴンに効くかはさておき。
応急処置をしたあとは、毛布で包んで火を熾した暖炉の前に置く。苦しそうにしているのは心配だが、素人にできるのはこれくらいだ。あとは様子を見るしかない。
ドラゴンの容態は気がかりだが、今日は配達を十件も頼まれている。
ドラゴンの件は多くの魔女が知るところだろうが、それを理由にすっぽかすことはできない。報酬の代わりにクレームと悪口をたんまりともらう羽目になる。ぼんやりしている暇はない。
オフィーリアは素早く体を拭いて着替え、荷物を掴んで飛び出した。
活火山の火口近くに居を構え、そこからあふれるマナを養分に暮らす彼らは、おとぎ話のように人間や家畜を食らったりしない。
それゆえに人の目に触れることは滅多になく、あるとすれば、住処にしていた火山が死んでしまったか、あるいは住処を別のドラゴンに奪われたかのどちらかだという。
この場合はきっと後者だろう。近隣の土地に火山はないが、ドラゴンの飛行能力があれば百キロ程度さしたる距離ではないはず。
伝説級の生き物を目の当たりにし、興奮したのも束の間。ドラゴン同士の戦闘の余波か、さっきよりも激しい突風が縦横無尽に吹き荒れて、立っているどころか目も開けるのも困難な状況になった。
「うわっ……!」
身を低くしてその場を離れようとしたオフィーリアだったが、自分が積んでいた麻袋に足を引っかけて躓いてしまった。立ち上がろうにも風圧が強すぎて、焦る気持ちとは裏腹に体は思うように動かない。
どうにか四つん這いになり、ジリジリと小屋の方向へ向かうが、向かい風にあおられて尻もちをついてしまう。
どうしよう。
風が強すぎてこれ以上進むのも無理そうだし、かといって、このままでは紙切れのように飛ばされてしまいそうだし、まさに進退きわまった状態だ。
里の魔女たちも異変には気づいているだろうが、危険を察知して家にこもっているに違いない。
腕で顔を覆いながら、争うドラゴンたちを見上げる。
優勢なのは金のドラゴン。全身から魔力がみなぎっているのが、魔女のオフィーリアには分かる。マナテリアルを生み出すことはできなくても、魔力の流れくらいなら感じられるのだ。
眺めている間にも金のドラゴンはその優位を崩すことなく、鋭い鉤爪や牙で攻撃を繰り出し、羽ばたきによる風圧で相手を吹っ飛ばす。
ブレスを吐かないのは、人里だと認識しているからか、それとも弱者をいたぶるのが趣味なのか……オフィーリアにとっては、どちらにしろ僥倖なことだ。この位置ではブレスが直撃して即死一択だし、威力如何では里も丸ごと焼け野原になってしまう。
対する銀のドラゴンの魔力は枯渇寸前。鉄壁の鱗もはがれて傷だらけだし、まさに満身創痍だ。迫りくる攻撃をかわすのがやっとといった感じで、対空状態を保っているだけでも奇跡に近い。反撃する余力ももうないだろう。
見るからに決着はついているのだし、これ以上争う必要はないと思うのだが、金のドラゴンは執拗に銀のドラゴンを攻撃する。
やがて、大きく振りかぶった一撃が顔面を直撃し……劣勢だったついに銀のドラゴンが力尽きたようだ。
ぐったりとした様子で墜ちてくる。
それを悠然と見下ろす金のドラゴンは、まるで笑うように口を開け――そこに魔力が集まるのをオフィーリアは感じた。
里どころか周辺の町さえきれいさっぱり消滅するような、魔女でも扱いきれない膨大な魔力を。
ブレスだ。ブレスでとどめを刺す気だ。
恐怖で全身が凍り付いて動かない。そもそも、逃げ場なんかない。
ただただ金のドラゴンを見上げるしかないオフィーリアと、墜落する銀のドラゴンの目が合った。銀のドラゴンは驚きに目をみはると同時に、死力を振り絞って羽ばたいて空中にとどまり、金のドラゴンに向かって矢のように突撃した。
金と銀が上空で激しくぶつかり合い、人間の耳では形容できない悲鳴が響き渡る。
その衝撃で金のドラゴンの口は真上を向き、ブレスは空に向かって放たれた。超高温のブレスは雲を焼き、その余波の熱であたり一面真っ白な蒸気に包まれる。
白に閉ざされた視界の向こう側で、何度かドラゴンたちが争う音が聞こえたのちに静まり返り、ゆっくりと飛び去る音がした。
もうさっきのような魔力は感じない。危機は……あの金のドラゴンは去ったと考えていいだろう。
蒸気と冷や汗でぐっしょりと濡れた体をゆっくりと起こし、震える足であたりを見回すうちに、ぼんやりと視界が開けてきた。
薬草畑は嵐のあとのように荒れていたが、時間をかければ修復は可能な範囲内でほっとする。
それより、銀のドラゴンはどうなったのだろう。
あの体で飛んで行ったとも考えられないが、あの巨体が墜ちれば地震のような地鳴りがしそうだ。無事に逃げられたならいいけど……と考えていると、近くの草むらからポサッと音がした。
「え?」
音がした方を探してみると、子供の枕元にいそうな大きなぬいぐるみのようなトカゲ……ではなくドラゴンが落ちていた。
この傷だらけでボロボロの体は、さっきの銀のドラゴンに違いない。
どうしてこんなに縮んだのか不明だが、今は悩んでいる場合ではない。目も開いてないしピクリとも動かないし、死んでいるかもしれないのだ。
そっと持ち上げてみると、オフィーリアの腕力でも普通に持てるくらいの体重しかないようで、思ったより軽くて驚いたが、まだ腹が上下して呼吸をしているし、傷だらけの鱗も温かいから生きているのだろう。
ドラゴンどころか動物の治療自体したことないが、助けてもらった恩があるのに放っておくことはできない。
急いで小屋に連れ帰ると、汲んできた井戸水で傷口を丁寧に洗って薬を塗り、シーツを割いて作った包帯を巻いた。自分で作ったただの傷薬だから即効性はないが、炎症や痛み抑えて修復力を高める配合なのは己の身で実証済みだ……ドラゴンに効くかはさておき。
応急処置をしたあとは、毛布で包んで火を熾した暖炉の前に置く。苦しそうにしているのは心配だが、素人にできるのはこれくらいだ。あとは様子を見るしかない。
ドラゴンの容態は気がかりだが、今日は配達を十件も頼まれている。
ドラゴンの件は多くの魔女が知るところだろうが、それを理由にすっぽかすことはできない。報酬の代わりにクレームと悪口をたんまりともらう羽目になる。ぼんやりしている暇はない。
オフィーリアは素早く体を拭いて着替え、荷物を掴んで飛び出した。
0
お気に入りに追加
107
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】旦那様、わたくし家出します。
さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。
溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。
名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。
名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。
登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*)
第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

寡黙な貴方は今も彼女を想う
MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。
ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。
シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。
言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。
※設定はゆるいです。
※溺愛タグ追加しました。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる