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乗馬場にて2

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「数日後にパレードですか」
「そうなんです。何か良い練習方法ご存じないですか?」
「うーん……乗馬に必要な筋肉は特殊ですので、何度も乗って慣れるしかない部分が大きいんですよね」

クロの問いにアイザックは難しそうな顔で顎をかいた。何事も近道は無いということか、と勇司は少しばかり落胆した。
何故アイザックも話に加わっているのかと言うと、勇司達が乗馬の練習をしていると聞いて指南役を買って出たのだ。勇司は初め断ろうと思ったのだが、クロがちゃんと教えた経験がある者に習った方がいいと言ってきたのだ。なんでもクロに乗馬を教えたのはアイザックなのだという。

「ユージ様、乗られていかがでした?」
「うーん……そうだな、なんか不安定過ぎるっていうか……尻も足もふらふらするって感じかな?」

馬に乗った時の何とも言えない心もとなさを思い出しながら勇司は言った。馬の背中には人間が乗りやすいように鞍はあるのだが、鞍に乗っても下半身に力を入れていないと左右どちらかに身体が傾いてしまう。怖くて手を鞍の端から離すことが出来ず、ついつい前かがみの姿勢になってしまった。日常生活では平らな所に座るのがほとんどで、馬の背中のように曲線で出来た場所に座るなどしたことが無い。

「なるほど。下手したら馬が動き出したら落馬していたかもしれませんね」
「らっ、落馬?!」

思わぬ言葉に勇司は引きつった声を上げた。一メートル以上ある場所から落ちるだなんて考えただけで痛そうだ。

「止まったままの馬と、動いている馬は違いますからね。当日までなるべく馬に乗って慣れて下さい」
「わっ、分かった」

アイザックは勇司の返事に満足そうに頷くと馬の方に視線を向け、しばらく何やら考え込み始めた。考える時の癖なのか、髭の感触を確かめるかのように指先で顎を触っている。

「ふむ……歩くだけなら、鞍を変えれば問題は解決しそうですね」
「え? それだけでどうにかなるのか?」

思わぬ言葉に勇司はあっけにとられた。パレードまでの数日みっちりスパルタコースを作られるかもしれないと覚悟していたので、それが鞍を変えるだけでなくなるならありがたい。

「地域や用途によって馬の鞍の形状や素材は変わるんですよ。この鞍は鐙が皮のみで作られていますが、足の裏で踏む部分を鉄に変えてしっかり踏めるようにするだけでも違うと思います」
「へー……」

アイザックは鞍の部位を実際に手で示しながら、簡単な用途や扱い方を説明してくれた。初心者にも分かりやすく、丁寧な教え方に勇司は素直に感心してしまった。元は戦士だと言っていたので、習うよりも慣れろと言い出すタイプだと思っていただけに意外だ。それに使いやすい道具に変えるだなんて、初心者過ぎて思いつきもしなかった。
クロに言われた通り、アイザックに指南役を頼んでよかった。これでパレードはなんとかなりそうだ。

「とまあ、そんな感じで鞍を改良すれば『乗るだけ』なら……姿勢はやはり特訓ですね。ユージ様は勇者なのですから、これを機に普段の姿勢も直しましょう!」
「え?」
「そうですね! 折角のお顔立ちが良いのに、猫背気味なの俺も勿体ないなと思ってたんですよ!」
「はっ?」

アイザックの提案に誰よりも乗り気なクロに驚いた。というか顔立ちが良いだなんて言われて少し動揺してしまった。
勇司は生まれてこの方容姿を褒められた経験などなく、あって育ての親が「鼻筋が良い」と言っただけだ。勇司自身は自分の容姿を「決して醜くはない」ぐらいの認識しかない。

「いやっ、とりあえずパレードだけ間に合わせれば十分なんで……」
「よくないですよ! この間みたいにユージ様が『使用人』だなんて言われて嫌な思いして欲しくないですし」
「おや? そんなことあったんですか?」
「あっ、はい。テオフィルス様に言われました」

親切にしてくれるアイザックの手前テオフィルスの愚行は隠しておこうと思ったが、勇司が止める間もなくクロがあっさりと答えてしまった。

「それはうちの甥が申し訳ないことを……」
「いえ、すんだことですのでもう大丈夫です……」

アイザックが腰をかがめて深々と頭を下げて来るので、思わず勇司も腰をかがめて丁寧な言葉づかいで応えた。

「後で言っておきますから安心して下さい」
「いえ、本当にお気になさらず。使用人ぽい俺が悪いんで」
「ユージ様、そんなことありません! ユージ様はそんなに使用人らしくないですよ! 少なくとも富豪のご子息ぐらいには見えます!」
「それって褒めてんの? けなしてんの?!」

一体何のやり取りなのか。二人でぺこぺこし合ったあげく、不覚にもツッコミを入れてしまった。アイザックは勇司の発言に起こった様子もなく、はははと笑っている。お互いに打ち解けてきた証拠なのかもしれない。
あまり話せる相手がいない世界で知り合いが増えることは良いことなのだが、お見合いを破談に持っていきたい勇司にとってアイザックは敵側なので勇司は複雑な気持ちだった。

「ユージ様、次は道端であった人からでも騎士に見えるように頑張りましょうね!」
「例えのせいで、目標が逆に難しくなっている気がするのは俺だけなの?」
「ユージ様はカッコいいので大丈夫です!」
「うぐっ……」

本日二度目になるクロの褒め言葉に、勇司は思わず言葉に詰まった。鳴神やアイザックが言ったのなら社交辞令だと思って聞き流せただろうが、クロは無駄に目を輝かせて言うので上手く受け流せない。「勇者だから」という枕詞がつくかもしれないが、本気でそう思っているのが表情から分かってしまうので無下にできない。
前のは話の流れで何となく流せたが、今回は真正面でド直球にキラキラした眼差しを受けてしまったので受け流すのは不可能だった。

「がっ、頑張ります」
「はい! 頑張りましょう!」

クロの勢いに押されて頑張ると言った勇司と、尻尾を振って本気で応援しているクロを見てアイザックは微笑ましそうにくすくすと笑っていた。

「なるほど、ユージ様は直球な褒め言葉に弱いんですね。覚えておきます」
「覚えておいて頂かなくて結構です」

勇司のぶっきらぼうな言葉を聞いてアイザックは「ははっ」と声を上げて笑った。勇司は笑うアイザックに対して何か言い返そうと思考を巡らせたが、結局何も言い返す言葉が出て来ず黙っていた。
後で覚えて置け、と勇司は心の中で小さな復讐を誓うのだった。
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