19 / 19
乗馬場にて2
しおりを挟む
「数日後にパレードですか」
「そうなんです。何か良い練習方法ご存じないですか?」
「うーん……乗馬に必要な筋肉は特殊ですので、何度も乗って慣れるしかない部分が大きいんですよね」
クロの問いにアイザックは難しそうな顔で顎をかいた。何事も近道は無いということか、と勇司は少しばかり落胆した。
何故アイザックも話に加わっているのかと言うと、勇司達が乗馬の練習をしていると聞いて指南役を買って出たのだ。勇司は初め断ろうと思ったのだが、クロがちゃんと教えた経験がある者に習った方がいいと言ってきたのだ。なんでもクロに乗馬を教えたのはアイザックなのだという。
「ユージ様、乗られていかがでした?」
「うーん……そうだな、なんか不安定過ぎるっていうか……尻も足もふらふらするって感じかな?」
馬に乗った時の何とも言えない心もとなさを思い出しながら勇司は言った。馬の背中には人間が乗りやすいように鞍はあるのだが、鞍に乗っても下半身に力を入れていないと左右どちらかに身体が傾いてしまう。怖くて手を鞍の端から離すことが出来ず、ついつい前かがみの姿勢になってしまった。日常生活では平らな所に座るのがほとんどで、馬の背中のように曲線で出来た場所に座るなどしたことが無い。
「なるほど。下手したら馬が動き出したら落馬していたかもしれませんね」
「らっ、落馬?!」
思わぬ言葉に勇司は引きつった声を上げた。一メートル以上ある場所から落ちるだなんて考えただけで痛そうだ。
「止まったままの馬と、動いている馬は違いますからね。当日までなるべく馬に乗って慣れて下さい」
「わっ、分かった」
アイザックは勇司の返事に満足そうに頷くと馬の方に視線を向け、しばらく何やら考え込み始めた。考える時の癖なのか、髭の感触を確かめるかのように指先で顎を触っている。
「ふむ……歩くだけなら、鞍を変えれば問題は解決しそうですね」
「え? それだけでどうにかなるのか?」
思わぬ言葉に勇司はあっけにとられた。パレードまでの数日みっちりスパルタコースを作られるかもしれないと覚悟していたので、それが鞍を変えるだけでなくなるならありがたい。
「地域や用途によって馬の鞍の形状や素材は変わるんですよ。この鞍は鐙が皮のみで作られていますが、足の裏で踏む部分を鉄に変えてしっかり踏めるようにするだけでも違うと思います」
「へー……」
アイザックは鞍の部位を実際に手で示しながら、簡単な用途や扱い方を説明してくれた。初心者にも分かりやすく、丁寧な教え方に勇司は素直に感心してしまった。元は戦士だと言っていたので、習うよりも慣れろと言い出すタイプだと思っていただけに意外だ。それに使いやすい道具に変えるだなんて、初心者過ぎて思いつきもしなかった。
クロに言われた通り、アイザックに指南役を頼んでよかった。これでパレードはなんとかなりそうだ。
「とまあ、そんな感じで鞍を改良すれば『乗るだけ』なら……姿勢はやはり特訓ですね。ユージ様は勇者なのですから、これを機に普段の姿勢も直しましょう!」
「え?」
「そうですね! 折角のお顔立ちが良いのに、猫背気味なの俺も勿体ないなと思ってたんですよ!」
「はっ?」
アイザックの提案に誰よりも乗り気なクロに驚いた。というか顔立ちが良いだなんて言われて少し動揺してしまった。
勇司は生まれてこの方容姿を褒められた経験などなく、あって育ての親が「鼻筋が良い」と言っただけだ。勇司自身は自分の容姿を「決して醜くはない」ぐらいの認識しかない。
「いやっ、とりあえずパレードだけ間に合わせれば十分なんで……」
「よくないですよ! この間みたいにユージ様が『使用人』だなんて言われて嫌な思いして欲しくないですし」
「おや? そんなことあったんですか?」
「あっ、はい。テオフィルス様に言われました」
親切にしてくれるアイザックの手前テオフィルスの愚行は隠しておこうと思ったが、勇司が止める間もなくクロがあっさりと答えてしまった。
「それはうちの甥が申し訳ないことを……」
「いえ、すんだことですのでもう大丈夫です……」
アイザックが腰をかがめて深々と頭を下げて来るので、思わず勇司も腰をかがめて丁寧な言葉づかいで応えた。
「後で言っておきますから安心して下さい」
「いえ、本当にお気になさらず。使用人ぽい俺が悪いんで」
「ユージ様、そんなことありません! ユージ様はそんなに使用人らしくないですよ! 少なくとも富豪のご子息ぐらいには見えます!」
「それって褒めてんの? けなしてんの?!」
一体何のやり取りなのか。二人でぺこぺこし合ったあげく、不覚にもツッコミを入れてしまった。アイザックは勇司の発言に起こった様子もなく、はははと笑っている。お互いに打ち解けてきた証拠なのかもしれない。
あまり話せる相手がいない世界で知り合いが増えることは良いことなのだが、お見合いを破談に持っていきたい勇司にとってアイザックは敵側なので勇司は複雑な気持ちだった。
「ユージ様、次は道端であった人からでも騎士に見えるように頑張りましょうね!」
「例えのせいで、目標が逆に難しくなっている気がするのは俺だけなの?」
「ユージ様はカッコいいので大丈夫です!」
「うぐっ……」
本日二度目になるクロの褒め言葉に、勇司は思わず言葉に詰まった。鳴神やアイザックが言ったのなら社交辞令だと思って聞き流せただろうが、クロは無駄に目を輝かせて言うので上手く受け流せない。「勇者だから」という枕詞がつくかもしれないが、本気でそう思っているのが表情から分かってしまうので無下にできない。
前のは話の流れで何となく流せたが、今回は真正面でド直球にキラキラした眼差しを受けてしまったので受け流すのは不可能だった。
「がっ、頑張ります」
「はい! 頑張りましょう!」
クロの勢いに押されて頑張ると言った勇司と、尻尾を振って本気で応援しているクロを見てアイザックは微笑ましそうにくすくすと笑っていた。
「なるほど、ユージ様は直球な褒め言葉に弱いんですね。覚えておきます」
「覚えておいて頂かなくて結構です」
勇司のぶっきらぼうな言葉を聞いてアイザックは「ははっ」と声を上げて笑った。勇司は笑うアイザックに対して何か言い返そうと思考を巡らせたが、結局何も言い返す言葉が出て来ず黙っていた。
後で覚えて置け、と勇司は心の中で小さな復讐を誓うのだった。
「そうなんです。何か良い練習方法ご存じないですか?」
「うーん……乗馬に必要な筋肉は特殊ですので、何度も乗って慣れるしかない部分が大きいんですよね」
クロの問いにアイザックは難しそうな顔で顎をかいた。何事も近道は無いということか、と勇司は少しばかり落胆した。
何故アイザックも話に加わっているのかと言うと、勇司達が乗馬の練習をしていると聞いて指南役を買って出たのだ。勇司は初め断ろうと思ったのだが、クロがちゃんと教えた経験がある者に習った方がいいと言ってきたのだ。なんでもクロに乗馬を教えたのはアイザックなのだという。
「ユージ様、乗られていかがでした?」
「うーん……そうだな、なんか不安定過ぎるっていうか……尻も足もふらふらするって感じかな?」
馬に乗った時の何とも言えない心もとなさを思い出しながら勇司は言った。馬の背中には人間が乗りやすいように鞍はあるのだが、鞍に乗っても下半身に力を入れていないと左右どちらかに身体が傾いてしまう。怖くて手を鞍の端から離すことが出来ず、ついつい前かがみの姿勢になってしまった。日常生活では平らな所に座るのがほとんどで、馬の背中のように曲線で出来た場所に座るなどしたことが無い。
「なるほど。下手したら馬が動き出したら落馬していたかもしれませんね」
「らっ、落馬?!」
思わぬ言葉に勇司は引きつった声を上げた。一メートル以上ある場所から落ちるだなんて考えただけで痛そうだ。
「止まったままの馬と、動いている馬は違いますからね。当日までなるべく馬に乗って慣れて下さい」
「わっ、分かった」
アイザックは勇司の返事に満足そうに頷くと馬の方に視線を向け、しばらく何やら考え込み始めた。考える時の癖なのか、髭の感触を確かめるかのように指先で顎を触っている。
「ふむ……歩くだけなら、鞍を変えれば問題は解決しそうですね」
「え? それだけでどうにかなるのか?」
思わぬ言葉に勇司はあっけにとられた。パレードまでの数日みっちりスパルタコースを作られるかもしれないと覚悟していたので、それが鞍を変えるだけでなくなるならありがたい。
「地域や用途によって馬の鞍の形状や素材は変わるんですよ。この鞍は鐙が皮のみで作られていますが、足の裏で踏む部分を鉄に変えてしっかり踏めるようにするだけでも違うと思います」
「へー……」
アイザックは鞍の部位を実際に手で示しながら、簡単な用途や扱い方を説明してくれた。初心者にも分かりやすく、丁寧な教え方に勇司は素直に感心してしまった。元は戦士だと言っていたので、習うよりも慣れろと言い出すタイプだと思っていただけに意外だ。それに使いやすい道具に変えるだなんて、初心者過ぎて思いつきもしなかった。
クロに言われた通り、アイザックに指南役を頼んでよかった。これでパレードはなんとかなりそうだ。
「とまあ、そんな感じで鞍を改良すれば『乗るだけ』なら……姿勢はやはり特訓ですね。ユージ様は勇者なのですから、これを機に普段の姿勢も直しましょう!」
「え?」
「そうですね! 折角のお顔立ちが良いのに、猫背気味なの俺も勿体ないなと思ってたんですよ!」
「はっ?」
アイザックの提案に誰よりも乗り気なクロに驚いた。というか顔立ちが良いだなんて言われて少し動揺してしまった。
勇司は生まれてこの方容姿を褒められた経験などなく、あって育ての親が「鼻筋が良い」と言っただけだ。勇司自身は自分の容姿を「決して醜くはない」ぐらいの認識しかない。
「いやっ、とりあえずパレードだけ間に合わせれば十分なんで……」
「よくないですよ! この間みたいにユージ様が『使用人』だなんて言われて嫌な思いして欲しくないですし」
「おや? そんなことあったんですか?」
「あっ、はい。テオフィルス様に言われました」
親切にしてくれるアイザックの手前テオフィルスの愚行は隠しておこうと思ったが、勇司が止める間もなくクロがあっさりと答えてしまった。
「それはうちの甥が申し訳ないことを……」
「いえ、すんだことですのでもう大丈夫です……」
アイザックが腰をかがめて深々と頭を下げて来るので、思わず勇司も腰をかがめて丁寧な言葉づかいで応えた。
「後で言っておきますから安心して下さい」
「いえ、本当にお気になさらず。使用人ぽい俺が悪いんで」
「ユージ様、そんなことありません! ユージ様はそんなに使用人らしくないですよ! 少なくとも富豪のご子息ぐらいには見えます!」
「それって褒めてんの? けなしてんの?!」
一体何のやり取りなのか。二人でぺこぺこし合ったあげく、不覚にもツッコミを入れてしまった。アイザックは勇司の発言に起こった様子もなく、はははと笑っている。お互いに打ち解けてきた証拠なのかもしれない。
あまり話せる相手がいない世界で知り合いが増えることは良いことなのだが、お見合いを破談に持っていきたい勇司にとってアイザックは敵側なので勇司は複雑な気持ちだった。
「ユージ様、次は道端であった人からでも騎士に見えるように頑張りましょうね!」
「例えのせいで、目標が逆に難しくなっている気がするのは俺だけなの?」
「ユージ様はカッコいいので大丈夫です!」
「うぐっ……」
本日二度目になるクロの褒め言葉に、勇司は思わず言葉に詰まった。鳴神やアイザックが言ったのなら社交辞令だと思って聞き流せただろうが、クロは無駄に目を輝かせて言うので上手く受け流せない。「勇者だから」という枕詞がつくかもしれないが、本気でそう思っているのが表情から分かってしまうので無下にできない。
前のは話の流れで何となく流せたが、今回は真正面でド直球にキラキラした眼差しを受けてしまったので受け流すのは不可能だった。
「がっ、頑張ります」
「はい! 頑張りましょう!」
クロの勢いに押されて頑張ると言った勇司と、尻尾を振って本気で応援しているクロを見てアイザックは微笑ましそうにくすくすと笑っていた。
「なるほど、ユージ様は直球な褒め言葉に弱いんですね。覚えておきます」
「覚えておいて頂かなくて結構です」
勇司のぶっきらぼうな言葉を聞いてアイザックは「ははっ」と声を上げて笑った。勇司は笑うアイザックに対して何か言い返そうと思考を巡らせたが、結局何も言い返す言葉が出て来ず黙っていた。
後で覚えて置け、と勇司は心の中で小さな復讐を誓うのだった。
0
お気に入りに追加
14
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

例え何度戻ろうとも僕は悪役だ…
東間
BL
ゲームの世界に転生した留木原 夜は悪役の役目を全うした…愛した者の手によって殺害される事で……
だが、次目が覚めて鏡を見るとそこには悪役の幼い姿が…?!
ゲームの世界で再び悪役を演じる夜は最後に何を手に?
攻略者したいNO1の悪魔系王子と無自覚天使系悪役公爵のすれ違い小説!
R指定はないけれど、なんでかゲームの攻略対象者になってしまったのだが(しかもBL)
黒崎由希
BL
目覚めたら、姉にゴリ推しされたBLゲームの世界に転生してた。
しかも人気キャラの王子様って…どういうことっ?
✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻
…ええっと…
もう、アレです。 タイトル通りの内容ですので、ぬるっとご覧いただけましたら幸いです。m(_ _)m
.
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

どうやら生まれる世界を間違えた~異世界で人生やり直し?~
黒飴細工
BL
京 凛太郎は突然異世界に飛ばされたと思ったら、そこで出会った超絶イケメンに「この世界は本来、君が生まれるべき世界だ」と言われ……?どうやら生まれる世界を間違えたらしい。幼い頃よりあまりいい人生を歩んでこれなかった凛太郎は心機一転。人生やり直し、自分探しの旅に出てみることに。しかし、次から次に出会う人々は一癖も二癖もある人物ばかり、それが見た目が良いほど変わった人物が多いのだから困りもの。「でたよ!ファンタジー!」が口癖になってしまう凛太郎がこれまでと違った濃ゆい人生を送っていくことに。
※こちらの作品第10回BL小説大賞にエントリーしてます。応援していただけましたら幸いです。
※こちらの作品は小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しております。

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください
わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。
まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!?
悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
*
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる