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聖書
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教皇と会って味方につけるという今回の一番の目的が果たされたので、勇司は教団についていくつか教えてもらった。
ユーピテル教は多神教であり、他国の神様も分け隔てなく敬っているらしい。これはアルビオンがまだ国ではなかった頃から、多国籍の民族があつまる特異な土地だったことが関係している。日本の八百万の神々と同じように、他国の神様を次々と吸収していった結果なのだとか。
ユーピテルというのは数いる神々を束ねる最高神の名前で、この神様が時々神託を下すのでそれを受け取って人々に知らせるのが教団の主な仕事だという。
この神託を聞くには多大な魔力と信仰心が必要で、教皇は信仰心を示す為に日々祭壇に祈りを捧げる必要があるのだという。
「つまり、君の仕事はお祈りなんだ」
「今のところはそうですね」
ヨアニスは頬張ったクッキーで口をもごつかせながら頷いた。時々食べかすがついた口元をアウラが拭ってやっている。
彼の子供らしい姿に勇司はついつい頬が緩んでしまう。こっちの世界に来てからというもの、頭を悩ませる出来事ばかりだったのでほのぼのとした光景になんだか癒される。それにクロ以外の人間と話すのが久しぶりで新鮮だった。
「勇者の伝説を語り継ぐ為の機関ってことは……勇者の能力についても知っているってこと?」
「はい。勿論です」
ヨアニスはこくりと頷いた。
「じゃあ、勇者の能力について何か知ってることがあるなら教えて欲しいんだけど。他の人間の能力を使えるのは知っているんだけど、それ以外のことは俺もクロもさっぱりで」
テオフィルスの一件から、勇者の伝説の中に何か強くなるヒントがあるんじゃないかと勇司は考えていた。なのでクロに勇者の伝説について聞いていたのだが、クロは断片的にしか知らず特に収穫が得られなかったのだ。勇司が現在分かっているのは、簡単な勇者誕生の経緯ぐらいだ。
元々魔王は人々の負の感情が寄り集まって意思を持った存在で、更なる負の力を求めて人々を襲うようになったのだという。これに立ち向かう為に最高神であるユーピテルから力を授けられたのが勇者だ。恐怖や不安といった負の感情を吸収する化け物に対抗するには、魔王と同じように他者から力を吸い取るしかないという発想のようだ。
魔王の発生から数百年経った現在、研究が進んだ魔術によって魔王が意思を持って生き物のように破壊を繰り返す手前で抑え込むことが出来るようになったのだという。しかし抑え込むまでが手いっぱいで破壊までには至れず、結局勇者に頼っている状況が続いている。
「申し訳ございません。僕は教皇ではありますが、まだ修行の身。教団に伝わる勇者の書『スクリーバ』を読めないんです」
「すくりーば?」
勇司はまた新たに出てきた単語に首を傾げた。西洋寄りの異世界ゆえか横文字が多い。
「勇者の伝説が書かれた魔導書です。我が教団の聖書はスクリーバの一部を、農民でも分かるように吟遊詩人が作り直した物語を書き写したものなんです」
「なるほど。それで、その魔導書を読むには条件が必要ってこと?」
「はい。勇者争奪戦争があった時に、スクリーバにかけられた魔法を厳重にしたんです。勇者様が他国に召喚されたり、弱点が研究されるのを防ぐ必要がありましたので……」
「そっか。こっちの事情が全く知らない状況で他国に呼ばれたら、そこの奴らのことを信じるしかないもんな」
「ええ、それに弱点を握れれば無理やり言うことを聞かせることもできるので」
政略結婚しろと言われているだけで、強行されていないだけまだマシということか。
勇司は思ったよりも自分の意志を通すには敵が多いことを再確認し、身体が重くなったように感じた。これならば勇者なんだから戦えと言われた方が良かったかもしれない。考えることが多すぎて頭が痛くなってくる。
「えーっと……教皇様」
「勇者様は僕より立場が上になりますので、どうぞ気軽にヨアニスとお呼び下さい」
「でも……」
勇者は王位を継承することは分かっているが、だからといって教皇を呼び捨てにして良いものなのだろうか。ただでさえ彼は若いというのに、ぽっと出の自分なんかが呼び捨てにしていたら権威に傷がつくとか、舐められるとかあるんじゃないだろうか。
勇司はヨアニスの提案を受け入れていいものか自分では判断が付かなかったので、ちらっと彼の後ろに立っているアウラに視線を向けた。この中では恐らく一番この国の常識を理解しているのは彼だ。アウラは勇司の思っていることが分かったようで、ゆっくりと首を縦に振った。
「じゃあ、ヨアニス。君の他にスクリーバを読める人のあてはないの?」
「現在、勇者様の伝説が書かれた書物を読めるのは僕が知っている限りではトール様だけです」
「またあいつか!」
勇司は思わずテーブルを拳で叩いてしまった。脳裏には鳴神が「あはは」と楽しそうに笑っている顔が浮かぶ。きっと奴はこの展開を予知していただろう。
「あいつはきっと俺のことを笑っていやがる……」
「あっ、あの、トール様は読めることを伝えられなかったんだと思います」
頭を抱えてうな垂れる勇司に、ヨアニスは慌てたように言った。
「え? なんで?」
「トール様がスクリーバを読めるのはたまたまだからです」
「たっ、たまたま?」
「この国にはあらゆる国の、あらゆる民族が出入りしています。城の召使いや兵士も他国の者が多く、彼らを締め出す訳にはいかなかったんです」
そう言えば勇者争奪戦でも他国の人間が多くて戦えなかった、と言っていたことを勇司は思い出した。どうやら国籍の者を追い出してしまうと戦だけでなく、国の運営もできない状態にまで行っていたようだ。
「そこでスクリーバを読める人間をこの国に昔からいる血族と異世界から来る者に限定したんです。勇者様は異世界人として生まれることもありますので。トール様は異世界人であり、魔力が高いので読む条件をたまたま満たしたようなんです」
「でも、なんでそれが俺に聖書を読めることを言えない理由になるんだ?」
「それは……」
「勇者様を懐柔するより、トール様を捕らえて勇者様の弱点を探し出す方が楽だと考える人間がでてくるからです。あの人はただでさえ恨みを買っているので、攻撃できる理由が出来たと喜ぶ輩が場内にもいるでしょうし」
口ごもるヨアニスの代わりにアウラが言った。その口調は非常に冷静で、淡々としていた。
「それは……確かに」
勇司は鳴神に危険が及ぶことよりも、恨みを買っていることの方が妙に納得してしまった。
ユーピテル教は多神教であり、他国の神様も分け隔てなく敬っているらしい。これはアルビオンがまだ国ではなかった頃から、多国籍の民族があつまる特異な土地だったことが関係している。日本の八百万の神々と同じように、他国の神様を次々と吸収していった結果なのだとか。
ユーピテルというのは数いる神々を束ねる最高神の名前で、この神様が時々神託を下すのでそれを受け取って人々に知らせるのが教団の主な仕事だという。
この神託を聞くには多大な魔力と信仰心が必要で、教皇は信仰心を示す為に日々祭壇に祈りを捧げる必要があるのだという。
「つまり、君の仕事はお祈りなんだ」
「今のところはそうですね」
ヨアニスは頬張ったクッキーで口をもごつかせながら頷いた。時々食べかすがついた口元をアウラが拭ってやっている。
彼の子供らしい姿に勇司はついつい頬が緩んでしまう。こっちの世界に来てからというもの、頭を悩ませる出来事ばかりだったのでほのぼのとした光景になんだか癒される。それにクロ以外の人間と話すのが久しぶりで新鮮だった。
「勇者の伝説を語り継ぐ為の機関ってことは……勇者の能力についても知っているってこと?」
「はい。勿論です」
ヨアニスはこくりと頷いた。
「じゃあ、勇者の能力について何か知ってることがあるなら教えて欲しいんだけど。他の人間の能力を使えるのは知っているんだけど、それ以外のことは俺もクロもさっぱりで」
テオフィルスの一件から、勇者の伝説の中に何か強くなるヒントがあるんじゃないかと勇司は考えていた。なのでクロに勇者の伝説について聞いていたのだが、クロは断片的にしか知らず特に収穫が得られなかったのだ。勇司が現在分かっているのは、簡単な勇者誕生の経緯ぐらいだ。
元々魔王は人々の負の感情が寄り集まって意思を持った存在で、更なる負の力を求めて人々を襲うようになったのだという。これに立ち向かう為に最高神であるユーピテルから力を授けられたのが勇者だ。恐怖や不安といった負の感情を吸収する化け物に対抗するには、魔王と同じように他者から力を吸い取るしかないという発想のようだ。
魔王の発生から数百年経った現在、研究が進んだ魔術によって魔王が意思を持って生き物のように破壊を繰り返す手前で抑え込むことが出来るようになったのだという。しかし抑え込むまでが手いっぱいで破壊までには至れず、結局勇者に頼っている状況が続いている。
「申し訳ございません。僕は教皇ではありますが、まだ修行の身。教団に伝わる勇者の書『スクリーバ』を読めないんです」
「すくりーば?」
勇司はまた新たに出てきた単語に首を傾げた。西洋寄りの異世界ゆえか横文字が多い。
「勇者の伝説が書かれた魔導書です。我が教団の聖書はスクリーバの一部を、農民でも分かるように吟遊詩人が作り直した物語を書き写したものなんです」
「なるほど。それで、その魔導書を読むには条件が必要ってこと?」
「はい。勇者争奪戦争があった時に、スクリーバにかけられた魔法を厳重にしたんです。勇者様が他国に召喚されたり、弱点が研究されるのを防ぐ必要がありましたので……」
「そっか。こっちの事情が全く知らない状況で他国に呼ばれたら、そこの奴らのことを信じるしかないもんな」
「ええ、それに弱点を握れれば無理やり言うことを聞かせることもできるので」
政略結婚しろと言われているだけで、強行されていないだけまだマシということか。
勇司は思ったよりも自分の意志を通すには敵が多いことを再確認し、身体が重くなったように感じた。これならば勇者なんだから戦えと言われた方が良かったかもしれない。考えることが多すぎて頭が痛くなってくる。
「えーっと……教皇様」
「勇者様は僕より立場が上になりますので、どうぞ気軽にヨアニスとお呼び下さい」
「でも……」
勇者は王位を継承することは分かっているが、だからといって教皇を呼び捨てにして良いものなのだろうか。ただでさえ彼は若いというのに、ぽっと出の自分なんかが呼び捨てにしていたら権威に傷がつくとか、舐められるとかあるんじゃないだろうか。
勇司はヨアニスの提案を受け入れていいものか自分では判断が付かなかったので、ちらっと彼の後ろに立っているアウラに視線を向けた。この中では恐らく一番この国の常識を理解しているのは彼だ。アウラは勇司の思っていることが分かったようで、ゆっくりと首を縦に振った。
「じゃあ、ヨアニス。君の他にスクリーバを読める人のあてはないの?」
「現在、勇者様の伝説が書かれた書物を読めるのは僕が知っている限りではトール様だけです」
「またあいつか!」
勇司は思わずテーブルを拳で叩いてしまった。脳裏には鳴神が「あはは」と楽しそうに笑っている顔が浮かぶ。きっと奴はこの展開を予知していただろう。
「あいつはきっと俺のことを笑っていやがる……」
「あっ、あの、トール様は読めることを伝えられなかったんだと思います」
頭を抱えてうな垂れる勇司に、ヨアニスは慌てたように言った。
「え? なんで?」
「トール様がスクリーバを読めるのはたまたまだからです」
「たっ、たまたま?」
「この国にはあらゆる国の、あらゆる民族が出入りしています。城の召使いや兵士も他国の者が多く、彼らを締め出す訳にはいかなかったんです」
そう言えば勇者争奪戦でも他国の人間が多くて戦えなかった、と言っていたことを勇司は思い出した。どうやら国籍の者を追い出してしまうと戦だけでなく、国の運営もできない状態にまで行っていたようだ。
「そこでスクリーバを読める人間をこの国に昔からいる血族と異世界から来る者に限定したんです。勇者様は異世界人として生まれることもありますので。トール様は異世界人であり、魔力が高いので読む条件をたまたま満たしたようなんです」
「でも、なんでそれが俺に聖書を読めることを言えない理由になるんだ?」
「それは……」
「勇者様を懐柔するより、トール様を捕らえて勇者様の弱点を探し出す方が楽だと考える人間がでてくるからです。あの人はただでさえ恨みを買っているので、攻撃できる理由が出来たと喜ぶ輩が場内にもいるでしょうし」
口ごもるヨアニスの代わりにアウラが言った。その口調は非常に冷静で、淡々としていた。
「それは……確かに」
勇司は鳴神に危険が及ぶことよりも、恨みを買っていることの方が妙に納得してしまった。
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