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勇者のお仕事
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鳴神の話を簡単に要約すると、最近の勇者というのはただ単に魔王を封印しなおせばいいというわけではないらしい。
数千年勇者という存在ありきで歴史が動いてきたこの世界では、勇者は絶対的な権力の象徴。この世界の王。偶像。とにかく、国の王様以上の存在でそれ故に政治的なことを無視できないのだという。
勇司と鳴神が滞在している国『アルビオン』は、地球で言うところのメッカ、エルサレム、聖地。代々勇者を輩出する聖なる地で、魔王を封印しなおした後に過ごす国。それ故に他の国からも一目置かれていた。
そのせいかアルビオンに憧れる者が多く、色々な人間が他国から集まった。勇者に憧れる戦士や魔法使いが集まった結果、アルビオンには彼らを育成する機関が出来たのだ。今国内には魔法の研究所である魔塔だけでなく、戦士の育成所や、魔法を使わない一般市民のエリートが通う学園もあるのだという。この世界の重要な施設はほとんどこの国にあり、それらの施設の運営で国は成り立っている。
何故俺が勇者として婚活を迫られたのかというと、この国の在り方が重要になってくる。アルビオンは残念なことに資源があまり無かった。魔法の道具に必要な魔石や、薬草だけでなく、食料までもが国民を十分食わせて行けるだけの量が無かった。それ故に、長年資源については他国を頼っていた。
他国は資源などを支援する代わりに、自分の国の人材をアルビオンに留学させた。そして、アルビオンの人々も人材育成に力を注いでいた。多くの優秀な機関があることもあり、アルビオンはそれでなんとか国を回せていた。
しかしそんな平和は長くは続かなかった。ここ数十年で周辺国のパワーバランスが変わり、若くして即位したある国の王がこう言ったのだ。
「勇者を育てられるのはアルビオンだけでは無い筈だ」
そして起こったのが勇者争奪戦だった。
初めはアルビオンも若い王の言葉に怒り、伝統を踏みにじるのかと声を上げていたのだが戦争となると話は変わった。アルビオンにいる人間のほとんどはこの国に学びに来た他国の人間で、アルビオンで戦える人間は少なかった。本格的に戦争になれば、ほとんどの人間は祖国を選ぶだろう。
戦争には勝てない。というか、アルビオンは参加できない。勇者の国として中立を保つしかない。けれども様々な国の人間が入り乱れる国では勇者がいつ誘拐されてもおかしくはなかった。
そこで神殿の神官は勇者がどこの誰なのか神託を受けてすぐ、その子供を地球へと逃がしたのだ。それが俺なのだという。
「大体今の状況は分かったけど、それでなんで俺が婚活しなきゃいけないわけ?」
「理由は二つ。単純に魔王を封印する為の戦力確保が必要なのと、戦争を終結させた時に結ばれた盟約があるからさ」
「盟約?」
聞きなれない言葉に勇司は首を傾げた。
「この世界で絶対的な人気の勇者を自分の国に確保する。そんな理由で始まった戦争が、勇者不在でどうやって終結したと思う?」
「えっ? わかねーけど……全員が諦めた、とか?」
「いつか勇者が戻ってくるのは分かり切っていることなのに? 死人も出した戦争だ。勇者本人が居なくとも、勇者を引き込む権利だけでも欲しいとは思うんじゃないか?」
「たっ、確かに……え、じゃあどうしたんだ?」
話が読めない勇司に対し、鳴神はもったいぶるように足を組み替えてから口を開いた。
「彼らは勇者自身に選ばせることにしたんだ」
「ゆっ、勇者自身て……俺か?!」
「そう、お前!」
ビシッと指を指してきたかと思うと鳴神はケラケラと快活に笑った。
知らないうちに戦争になるような事柄の最終選択を押し付けられた勇司にとっては笑い事じゃない。
「『勇者が行く国は勇者自身に選ばせる。勇者の決定事項に口出しはしない』ていうことで合意したんだ。そんでもって一番手っ取り早くお前を引き込むために各国から人が集まってるのが今の状況」
「おっ、俺そんなこと決めらんないぞ! そもそもこの世界にだってついさっき来たばっかだし……」
「戸惑う気持ちはよく分かるよ。でももう周りは動いてる。止められないんだ」
勇司はことの重大さに眩暈がした。膝の上に置いた手を思わず強く握ると、手の中には汗が滲んでいた。
「すぐに決めろとは言っていない。ただ、お前に向けられる好意が決して真っ直ぐなものばかりじゃないことは頭に入れておいてくれ」
「わ、分かった……」
勇司はとりあえず頷いて見せた。鳴神はそんな勇司の姿を満足そうに見つめている。
もし目の雨に居るのが鳴神ではなく、全く知らない異世界人だったならば勇司はここまで落ち着いて話を聞いていなかったかもしれない。勇者だとか、婚活だとか、男とイチャイチャしろだとか色々言われたが別に今すぐ男と結婚するわけじゃ……ん? 婚活するなら大抵は異性とさせられるもんじゃないのか? 同性愛を否定するつもりはないが、何故鳴神は相手が男前提で話をしていたんだ?
「ちょっと待て、状況は分かった。状況は分かったけど、そこでなんで男とイチャイチャとか、アナルセックスが出てくるんだ?」
「あっ、そこ説明してなかったな」
再びパニックに陥りそうになる勇司に対し、鳴神は苛立たしいほどに冷静だ。今だって勇司が頭を悩ませているのに、説明よりもぽちゃぽちゃと砂糖を入れるのを優先している。マイペース過ぎる!
「実は勇者には特殊能力があってだな……」
「特殊能力? 伝説の聖剣を使えるとか?」
痛いのは嫌だが、そういう特殊アイテムが使える設定はいい。聞いただけでわくわくする。
「聖剣? 聖剣は大分前に失われたって聞いたけどー」
「失われちゃったのかよ!」
早々に聖剣への希望を断ち切られ、勇司は肩を落とした。婚活とか面倒なことではなく、できるなら見栄えの良いことがしたい。もう成人しているが男らしく、派手なものへの憧れはやはりある。
「聖剣なくてもお前の能力は凄いぞ! なんたって触れ合った者の能力をコピーするっていう能力なんだからな!」
「ええっ?! 何それ、チートじゃん!!」
「そう、チートだよ。チート!!」
鳴神の言葉を聞いて聖剣で一度折られた高揚感が、あっという間に復活する。ファンタジーの世界への期待で勇司の心臓はドキドキと脈を打ち始めた。
「え、なに、じゃあさ、じゃあ……例えばだけど、魔法使えたりとかするわけ?」
ワクワクする気持ちが抑えられず、勇司は身を乗り出して尋ねた。
「魔法は勇者の力使わなくても鍛錬次第で使えると思うけど」
「え、じゃあ固有スキルとかそういう奴か?」
「そう。例えばだけど、誘惑とか、並列思考とか、隠密とか、吸血とか……特定の種族しか使えないスキルとか、結構習得が難しいのも努力なしで覚えられるんだ」
「へー、便利じゃん! なんだ、勇者も結構楽しそうじゃんか!」
「まあ、習得する為にはキスとかセックスとか粘膜同士の接触が条件なんだけどな! だからお前には手っ取り早く戦士とセックスを……」
「お断りします!」
全力で拒否の言葉を言う勇司を、鳴神はまたあははっと声を上げて笑った。他人事だと思って笑い過ぎである。いつか鳴神が困った時は仕返しに笑ってやろう。勇司は心の中でそっと誓うのだった。
数千年勇者という存在ありきで歴史が動いてきたこの世界では、勇者は絶対的な権力の象徴。この世界の王。偶像。とにかく、国の王様以上の存在でそれ故に政治的なことを無視できないのだという。
勇司と鳴神が滞在している国『アルビオン』は、地球で言うところのメッカ、エルサレム、聖地。代々勇者を輩出する聖なる地で、魔王を封印しなおした後に過ごす国。それ故に他の国からも一目置かれていた。
そのせいかアルビオンに憧れる者が多く、色々な人間が他国から集まった。勇者に憧れる戦士や魔法使いが集まった結果、アルビオンには彼らを育成する機関が出来たのだ。今国内には魔法の研究所である魔塔だけでなく、戦士の育成所や、魔法を使わない一般市民のエリートが通う学園もあるのだという。この世界の重要な施設はほとんどこの国にあり、それらの施設の運営で国は成り立っている。
何故俺が勇者として婚活を迫られたのかというと、この国の在り方が重要になってくる。アルビオンは残念なことに資源があまり無かった。魔法の道具に必要な魔石や、薬草だけでなく、食料までもが国民を十分食わせて行けるだけの量が無かった。それ故に、長年資源については他国を頼っていた。
他国は資源などを支援する代わりに、自分の国の人材をアルビオンに留学させた。そして、アルビオンの人々も人材育成に力を注いでいた。多くの優秀な機関があることもあり、アルビオンはそれでなんとか国を回せていた。
しかしそんな平和は長くは続かなかった。ここ数十年で周辺国のパワーバランスが変わり、若くして即位したある国の王がこう言ったのだ。
「勇者を育てられるのはアルビオンだけでは無い筈だ」
そして起こったのが勇者争奪戦だった。
初めはアルビオンも若い王の言葉に怒り、伝統を踏みにじるのかと声を上げていたのだが戦争となると話は変わった。アルビオンにいる人間のほとんどはこの国に学びに来た他国の人間で、アルビオンで戦える人間は少なかった。本格的に戦争になれば、ほとんどの人間は祖国を選ぶだろう。
戦争には勝てない。というか、アルビオンは参加できない。勇者の国として中立を保つしかない。けれども様々な国の人間が入り乱れる国では勇者がいつ誘拐されてもおかしくはなかった。
そこで神殿の神官は勇者がどこの誰なのか神託を受けてすぐ、その子供を地球へと逃がしたのだ。それが俺なのだという。
「大体今の状況は分かったけど、それでなんで俺が婚活しなきゃいけないわけ?」
「理由は二つ。単純に魔王を封印する為の戦力確保が必要なのと、戦争を終結させた時に結ばれた盟約があるからさ」
「盟約?」
聞きなれない言葉に勇司は首を傾げた。
「この世界で絶対的な人気の勇者を自分の国に確保する。そんな理由で始まった戦争が、勇者不在でどうやって終結したと思う?」
「えっ? わかねーけど……全員が諦めた、とか?」
「いつか勇者が戻ってくるのは分かり切っていることなのに? 死人も出した戦争だ。勇者本人が居なくとも、勇者を引き込む権利だけでも欲しいとは思うんじゃないか?」
「たっ、確かに……え、じゃあどうしたんだ?」
話が読めない勇司に対し、鳴神はもったいぶるように足を組み替えてから口を開いた。
「彼らは勇者自身に選ばせることにしたんだ」
「ゆっ、勇者自身て……俺か?!」
「そう、お前!」
ビシッと指を指してきたかと思うと鳴神はケラケラと快活に笑った。
知らないうちに戦争になるような事柄の最終選択を押し付けられた勇司にとっては笑い事じゃない。
「『勇者が行く国は勇者自身に選ばせる。勇者の決定事項に口出しはしない』ていうことで合意したんだ。そんでもって一番手っ取り早くお前を引き込むために各国から人が集まってるのが今の状況」
「おっ、俺そんなこと決めらんないぞ! そもそもこの世界にだってついさっき来たばっかだし……」
「戸惑う気持ちはよく分かるよ。でももう周りは動いてる。止められないんだ」
勇司はことの重大さに眩暈がした。膝の上に置いた手を思わず強く握ると、手の中には汗が滲んでいた。
「すぐに決めろとは言っていない。ただ、お前に向けられる好意が決して真っ直ぐなものばかりじゃないことは頭に入れておいてくれ」
「わ、分かった……」
勇司はとりあえず頷いて見せた。鳴神はそんな勇司の姿を満足そうに見つめている。
もし目の雨に居るのが鳴神ではなく、全く知らない異世界人だったならば勇司はここまで落ち着いて話を聞いていなかったかもしれない。勇者だとか、婚活だとか、男とイチャイチャしろだとか色々言われたが別に今すぐ男と結婚するわけじゃ……ん? 婚活するなら大抵は異性とさせられるもんじゃないのか? 同性愛を否定するつもりはないが、何故鳴神は相手が男前提で話をしていたんだ?
「ちょっと待て、状況は分かった。状況は分かったけど、そこでなんで男とイチャイチャとか、アナルセックスが出てくるんだ?」
「あっ、そこ説明してなかったな」
再びパニックに陥りそうになる勇司に対し、鳴神は苛立たしいほどに冷静だ。今だって勇司が頭を悩ませているのに、説明よりもぽちゃぽちゃと砂糖を入れるのを優先している。マイペース過ぎる!
「実は勇者には特殊能力があってだな……」
「特殊能力? 伝説の聖剣を使えるとか?」
痛いのは嫌だが、そういう特殊アイテムが使える設定はいい。聞いただけでわくわくする。
「聖剣? 聖剣は大分前に失われたって聞いたけどー」
「失われちゃったのかよ!」
早々に聖剣への希望を断ち切られ、勇司は肩を落とした。婚活とか面倒なことではなく、できるなら見栄えの良いことがしたい。もう成人しているが男らしく、派手なものへの憧れはやはりある。
「聖剣なくてもお前の能力は凄いぞ! なんたって触れ合った者の能力をコピーするっていう能力なんだからな!」
「ええっ?! 何それ、チートじゃん!!」
「そう、チートだよ。チート!!」
鳴神の言葉を聞いて聖剣で一度折られた高揚感が、あっという間に復活する。ファンタジーの世界への期待で勇司の心臓はドキドキと脈を打ち始めた。
「え、なに、じゃあさ、じゃあ……例えばだけど、魔法使えたりとかするわけ?」
ワクワクする気持ちが抑えられず、勇司は身を乗り出して尋ねた。
「魔法は勇者の力使わなくても鍛錬次第で使えると思うけど」
「え、じゃあ固有スキルとかそういう奴か?」
「そう。例えばだけど、誘惑とか、並列思考とか、隠密とか、吸血とか……特定の種族しか使えないスキルとか、結構習得が難しいのも努力なしで覚えられるんだ」
「へー、便利じゃん! なんだ、勇者も結構楽しそうじゃんか!」
「まあ、習得する為にはキスとかセックスとか粘膜同士の接触が条件なんだけどな! だからお前には手っ取り早く戦士とセックスを……」
「お断りします!」
全力で拒否の言葉を言う勇司を、鳴神はまたあははっと声を上げて笑った。他人事だと思って笑い過ぎである。いつか鳴神が困った時は仕返しに笑ってやろう。勇司は心の中でそっと誓うのだった。
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