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勇者召還
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「ああ、勇者様! どうかこの世界をお救い下さい!」
その声は石壁に反射し、部屋中によく響いた。ざわめく人々を背負い、白々しい演技をする男を他人事のように眺めて勇司は頭をかいた。
今どきゲームでも聞かない定番で直球な台詞。それがビックリするほど似合うぐらい、彼の格好はこってこての魔法使いの物だった。某指輪を火山に投げ入れる映画にエキストラで出演していても違和感がない。
「見て下さい、皆さまの呼びかけに答えて勇者様がご降臨なさいましたよ!」
さっきから何を言っているんだか。さっさと三文芝居を辞めてくれ。勇司はぼんやりとこってこての魔法使い、鳴神を見つめてそう思っていた。だから周りの異様な程に熱を孕んだ視線が自分だけに注がれているのに気づくまで少し時間がかかった。
これから面倒くさいことが起こります。鳴神の台詞は明らかにそう告げているというのに、勇司はどこか夢見心地だった。
だって、何の覚悟もなく連れて来られてしまった。その証拠に勇司が着ているのはくたびれた灰色のスウェットで、片方の足にだけサンダルをひっかけていた。どちらも安いことで有名なチェーン店で購入したものだ。こんな大勢の人々の前で着るものではない。
「さあ、勇者様。集まった人々にお声を聞かせてあげて下さい」
「え? えっと、頑張ります?」
急展開にまったくついて行けず、時差ぼけしているかのような脳みそは気の利いた台詞の一つもひねり出せなかった。
しかし明らかに戸惑いを隠せない声だというのに、周りは何故かわっと声を上げる。訳が分からず固まる勇司の手を鳴神が掴んで上へと上げる。まるでボクシングのチャンピオンにするように、天高く拳が上がるとまた意味もなく周りがやんやと声を上げる。
はじめて赤ん坊が立った時の親のような、大げさすぎる周りの反応に勇司は眩暈がした。こんなことになるのなら、ドアを開けなければよかった。今頃後悔しても後の祭りである。
いつもの勇司だったら扉を開け、突然の来訪者を招き入れるような真似はしなかった。友人の少ない一人暮らしの男の家に突然やってくる奴は大体何かのセールスマンだ。関わり合う必要はない。
しかし数分前に玄関のチャイムを何度も鳴らし、さらには「入ってますか~?」と扉をドンドン叩き、勇司の平穏な休日を邪魔してきた迷惑男は違った。迷惑なのはセールスマンと同じなのだが、勇司にとって歓迎すべき男だったからだ。
歓迎すべき迷惑男、鳴神透は勇司の数少ない友人だった。彼と仲良くしていたのは小学生の頃で、ここ数年会っていなかったが見た瞬間すぐに分かった。
鳴神は美形という訳ではないのに、個々のパーツが特徴的で印象に残る顔立ちをしていた。目元にホクロがあり、口の端が少し上がっているのでいつも笑っているように見えた。彼の自由奔放な性格を表しているかのような癖毛はふわふわとしている。不思議と人を惹きつける魅力のある面白い奴で、小さい頃は一緒にイタズラをして怒られたりした仲だった。
勇司は「うるさい! 近所迷惑だ、どっかいけ!」と怒鳴ってやるつもりで玄関に向かったというのに、鳴神の姿を見た途端に怒りが失せた。それどころか懐かしさがこみ上げてきて、つい扉を開けてしまった。
数年ぶりに会った鳴神はハロウィンかよ、と言いたくなるような出で立ちでドアの前に立っていた。何かの宗教の司祭のような祭服を着て、これまたファンタジー映画で魔法使いのお爺さんが持っているような杖を持っていた。
「おめでとう、勇司! お前は異世界の勇者に選ばれました~!」
鳴神は挨拶よりも先に、訳の分からない言葉を吐き出した。まるで旅行の懸賞にでも当たったかのように言っているが、内容は現実離れしている。
異世界の勇者って、ネット小説の読みすぎだろ。
ああ、そういえばこいつはこういうおふざけが大好きな奴だった。純粋に久しぶりに会えて嬉しさが一気に消え、面倒くさいという気持ちが湧き上がった。
「結構です」
何が結構なのか自分でも分からなかったが、勇司は迷惑男に断りを入れるとさっさと扉を閉めようとドアノブに手を伸ばした。伸ばしたが、ある筈のドアノブを掴めず手は空気を掴んだ。
あれ? と思って周りを見回すと、扉どころか自分の部屋が丸ごと消えていた。
いつの間にか勇司の勝手知ったるアパートはどこかに消え失せていたのだ。その代わりに勇司の目の前に広がっているのは石造りの見慣れない空間だった。まるで西洋にある古い城の広間のようなその部屋に、鳴神と同じような祭服を着た何十人もの人々が自分達二人を取り囲むようにいる。その奥にはこれまた西洋ファンタジー映画に出てきそうな騎士の格好をした人や、貴族の格好をした人々がいる。
いつの間に自分は映画の撮影現場に迷い込んでしまったのだろうか?
「結構ってなんだよ~。ノリ悪いな、お前」
状況が呑み込めず混乱する勇司とは正反対に鳴神は落ち着いた様子で、それどころか愉快そうにケラケラと笑った。
「いやいや、ノリの問題じゃないだろ! 久しぶりに会ったと思ったら急に『勇者』とか対応に困るだろ!」
他に聞くべきことは沢山ある筈なのに勇司は鳴神の記憶と違わぬ雰囲気につられ、つい軽快にツッコミを入れてしまった。じわじわと嫌な予感が肌を這っているというのに、どうも鳴神のゆるい雰囲気を見ると何もかも冗談のように思えてくるから不思議だ。
「それもそうだよな。いやー、こういう時に言う良い台詞が思いつかなくて」
「こういう時? 普通に『久しぶり』とかでよくないか?」
そう、自分達二人は数年ぶりに再会を果たしただけ。ただそれだけだ。周りでざわざわしている知らないおじさん達とか、俺には全く見えない。
勇司は夢のような状況を無視し、鳴神だけに集中した。もはやこの場所において勇司が知っている者は鳴神しかいない。石造りの建物独特のひんやりとした空気が足元から段々と体温を奪ってくるが、これはただの夢。そう、夢なのだ。夢ならばさっさと覚めて欲しい。
「えー。友人とはいえ相手は勇者様なんだから、そういうわけにもいかないでしょー」
嫌に軽い鳴神の声は勇司が目をそらそうとしている事態を、嫌でも鼻先に突き付けてくる。
「だからなんだよ、その勇者って」
「そのままさ。お前はこの世界を救う勇者になるんだよ」
「はぁ? 意味分かんないんだけど……冗談だよな?」
「お前、周りの状況見て冗談だって思えるワケ?」
言われて身体が固まった。本当は分かっている。冗談じゃないっていうことは、この特異な状況から嫌という程に分かる。
鳴神が黙ると自然と周囲のざわめきが勇司の耳に届いた。皆口々に勇者がどうのこうの話している。
勇司が何も言えずに黙っていると、鳴神が近づいてきて目の前で跪いた。周囲のざわめきがそれで一気に引いていく。
「勇者様、魔塔の主であるトールが勇者様のご来訪を歓迎致します」
鳴神は先ほどとは別人のように頭を垂れて勇司に言った。彼は目の前の現実から目を背けようとする勇司の希望を踏みにじるようにニヤッと笑い、そして話は冒頭に戻る。
その声は石壁に反射し、部屋中によく響いた。ざわめく人々を背負い、白々しい演技をする男を他人事のように眺めて勇司は頭をかいた。
今どきゲームでも聞かない定番で直球な台詞。それがビックリするほど似合うぐらい、彼の格好はこってこての魔法使いの物だった。某指輪を火山に投げ入れる映画にエキストラで出演していても違和感がない。
「見て下さい、皆さまの呼びかけに答えて勇者様がご降臨なさいましたよ!」
さっきから何を言っているんだか。さっさと三文芝居を辞めてくれ。勇司はぼんやりとこってこての魔法使い、鳴神を見つめてそう思っていた。だから周りの異様な程に熱を孕んだ視線が自分だけに注がれているのに気づくまで少し時間がかかった。
これから面倒くさいことが起こります。鳴神の台詞は明らかにそう告げているというのに、勇司はどこか夢見心地だった。
だって、何の覚悟もなく連れて来られてしまった。その証拠に勇司が着ているのはくたびれた灰色のスウェットで、片方の足にだけサンダルをひっかけていた。どちらも安いことで有名なチェーン店で購入したものだ。こんな大勢の人々の前で着るものではない。
「さあ、勇者様。集まった人々にお声を聞かせてあげて下さい」
「え? えっと、頑張ります?」
急展開にまったくついて行けず、時差ぼけしているかのような脳みそは気の利いた台詞の一つもひねり出せなかった。
しかし明らかに戸惑いを隠せない声だというのに、周りは何故かわっと声を上げる。訳が分からず固まる勇司の手を鳴神が掴んで上へと上げる。まるでボクシングのチャンピオンにするように、天高く拳が上がるとまた意味もなく周りがやんやと声を上げる。
はじめて赤ん坊が立った時の親のような、大げさすぎる周りの反応に勇司は眩暈がした。こんなことになるのなら、ドアを開けなければよかった。今頃後悔しても後の祭りである。
いつもの勇司だったら扉を開け、突然の来訪者を招き入れるような真似はしなかった。友人の少ない一人暮らしの男の家に突然やってくる奴は大体何かのセールスマンだ。関わり合う必要はない。
しかし数分前に玄関のチャイムを何度も鳴らし、さらには「入ってますか~?」と扉をドンドン叩き、勇司の平穏な休日を邪魔してきた迷惑男は違った。迷惑なのはセールスマンと同じなのだが、勇司にとって歓迎すべき男だったからだ。
歓迎すべき迷惑男、鳴神透は勇司の数少ない友人だった。彼と仲良くしていたのは小学生の頃で、ここ数年会っていなかったが見た瞬間すぐに分かった。
鳴神は美形という訳ではないのに、個々のパーツが特徴的で印象に残る顔立ちをしていた。目元にホクロがあり、口の端が少し上がっているのでいつも笑っているように見えた。彼の自由奔放な性格を表しているかのような癖毛はふわふわとしている。不思議と人を惹きつける魅力のある面白い奴で、小さい頃は一緒にイタズラをして怒られたりした仲だった。
勇司は「うるさい! 近所迷惑だ、どっかいけ!」と怒鳴ってやるつもりで玄関に向かったというのに、鳴神の姿を見た途端に怒りが失せた。それどころか懐かしさがこみ上げてきて、つい扉を開けてしまった。
数年ぶりに会った鳴神はハロウィンかよ、と言いたくなるような出で立ちでドアの前に立っていた。何かの宗教の司祭のような祭服を着て、これまたファンタジー映画で魔法使いのお爺さんが持っているような杖を持っていた。
「おめでとう、勇司! お前は異世界の勇者に選ばれました~!」
鳴神は挨拶よりも先に、訳の分からない言葉を吐き出した。まるで旅行の懸賞にでも当たったかのように言っているが、内容は現実離れしている。
異世界の勇者って、ネット小説の読みすぎだろ。
ああ、そういえばこいつはこういうおふざけが大好きな奴だった。純粋に久しぶりに会えて嬉しさが一気に消え、面倒くさいという気持ちが湧き上がった。
「結構です」
何が結構なのか自分でも分からなかったが、勇司は迷惑男に断りを入れるとさっさと扉を閉めようとドアノブに手を伸ばした。伸ばしたが、ある筈のドアノブを掴めず手は空気を掴んだ。
あれ? と思って周りを見回すと、扉どころか自分の部屋が丸ごと消えていた。
いつの間にか勇司の勝手知ったるアパートはどこかに消え失せていたのだ。その代わりに勇司の目の前に広がっているのは石造りの見慣れない空間だった。まるで西洋にある古い城の広間のようなその部屋に、鳴神と同じような祭服を着た何十人もの人々が自分達二人を取り囲むようにいる。その奥にはこれまた西洋ファンタジー映画に出てきそうな騎士の格好をした人や、貴族の格好をした人々がいる。
いつの間に自分は映画の撮影現場に迷い込んでしまったのだろうか?
「結構ってなんだよ~。ノリ悪いな、お前」
状況が呑み込めず混乱する勇司とは正反対に鳴神は落ち着いた様子で、それどころか愉快そうにケラケラと笑った。
「いやいや、ノリの問題じゃないだろ! 久しぶりに会ったと思ったら急に『勇者』とか対応に困るだろ!」
他に聞くべきことは沢山ある筈なのに勇司は鳴神の記憶と違わぬ雰囲気につられ、つい軽快にツッコミを入れてしまった。じわじわと嫌な予感が肌を這っているというのに、どうも鳴神のゆるい雰囲気を見ると何もかも冗談のように思えてくるから不思議だ。
「それもそうだよな。いやー、こういう時に言う良い台詞が思いつかなくて」
「こういう時? 普通に『久しぶり』とかでよくないか?」
そう、自分達二人は数年ぶりに再会を果たしただけ。ただそれだけだ。周りでざわざわしている知らないおじさん達とか、俺には全く見えない。
勇司は夢のような状況を無視し、鳴神だけに集中した。もはやこの場所において勇司が知っている者は鳴神しかいない。石造りの建物独特のひんやりとした空気が足元から段々と体温を奪ってくるが、これはただの夢。そう、夢なのだ。夢ならばさっさと覚めて欲しい。
「えー。友人とはいえ相手は勇者様なんだから、そういうわけにもいかないでしょー」
嫌に軽い鳴神の声は勇司が目をそらそうとしている事態を、嫌でも鼻先に突き付けてくる。
「だからなんだよ、その勇者って」
「そのままさ。お前はこの世界を救う勇者になるんだよ」
「はぁ? 意味分かんないんだけど……冗談だよな?」
「お前、周りの状況見て冗談だって思えるワケ?」
言われて身体が固まった。本当は分かっている。冗談じゃないっていうことは、この特異な状況から嫌という程に分かる。
鳴神が黙ると自然と周囲のざわめきが勇司の耳に届いた。皆口々に勇者がどうのこうの話している。
勇司が何も言えずに黙っていると、鳴神が近づいてきて目の前で跪いた。周囲のざわめきがそれで一気に引いていく。
「勇者様、魔塔の主であるトールが勇者様のご来訪を歓迎致します」
鳴神は先ほどとは別人のように頭を垂れて勇司に言った。彼は目の前の現実から目を背けようとする勇司の希望を踏みにじるようにニヤッと笑い、そして話は冒頭に戻る。
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