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兎に翡翠の価値は分からない
兎の目に真珠
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床が冷たい。そんな風に思ったのはシロの身体が熱くなっているせいだった。
「あっ……ぅう……」
シロは助けを呼ぼうとして口を開いたが、漏れ出てきたのは熱い吐息だった。匂いを嗅いだだけだというのに、毒はシロの身体を確実に蝕んでいた。身体が熱くなっていくのに合わせて頭もボーっとし始め、息も段々と荒くなっていく。
このまま自分は死んでしまうんだろうか? そんな風に思ってしまう程身体の変化が激しい。
村で暮らしていた時に山で摘んできた山菜に毒性のあるものが混じっていて体調を崩したことがあったが、その時と比べようもない程悪い。熱が意思を持っているかのように身体の中を動き回っているのを感じる。
「た、助けて……」
シロは何とか言葉をひねり出したが、その声は小さくて奥の部屋で実験をしているエメラルドの耳には届きそうもない。
このまま部屋で助けが来るのを待つという手もあるが、毒の進行具合を考えるとエメラルドが気づいた時は手遅れの状態になっているかもしれない。そもそもこの毒が何かすらも分からず、シロは不安でいっぱいだった。
折角仕事も見つかって都の人とも仲良くなったというのに、自分の人生はここで終わってしまうのか。そう考えたら目から涙がじわっと出てきた。
「うっ、うぅ~……」
ぽたりと一滴涙が床に落ちると、もう我慢できなかった。今までは弟達が居たから泣くのをこらえて必死になって働いてこれたが、そんなやせ我慢はもう無理だ。なぜならば、シロは一人の時間が欲しくて弟達を置いて出てきたのだから。
もう自由になりたいだなんてワガママなことを考えたから、きっと罰が当たったんだ。
そう思ったら涙はダムが決壊したかのように目から溢れ出てきた。
身体が思うように動かなくて怖い。いつ見つけてもらえるかも分からなくて不安だし、何より一人ぼっちは嫌だ。誰にも弱音がはけない。
村に居た時からずっとそうだった。どこかでずっと、お父さんが帰ってきてくれるんじゃないかと思っていた。お母さんが置いて行ったことを許して欲しいと、謝りに帰ってくるんじゃないかと思っていた。それまで、それまでは僕がしっかりしなきゃいけない。弟達を不安にさせない様に、僕が頑張らなくちゃいけない。
でも、もう嫌になって出てきてしまったから今一人ぼっちにされてしまった。ごめんなさい。もう、ワガママは言わないから僕を一人にしないで……。
熱のせいで上手く動かない脳は嫌なことばかりシロに思い出させ、彼を追い詰めていった。床には涙で染みができ、部屋にはシロの嗚咽が響き渡る。
「シロ……」
誰かが名前を呼んだ。その声は一滴の水が水面に波紋を作るようにシロの心に響き渡り、彼を現実へと引き戻していった。
「君、何してるの?」
首を少しだけ動かして声がした方を見ると、エメラルドが自分のことを見下ろしているのが見えた。
「エメ、ラルド……さま……」
「どうしたの? なんで泣いてるの?」
エメラルドはゆっくりと床に膝をつくと、シロの涙を指先でそっと拭った。
ずっとそうやって誰かに慰めて欲しかった。守ってもらいたかった。今まで無視してきた気持ちが、心の奥底から声を上がているのをシロは感じていた。
「君を傷つけるものなんて、ここにはないよ。もしあっても、私がどうにかしてあげる」
「うっ、うぇっ、うっう~……」
優しく慈しむように言うエメラルドの膝にすがってシロは泣いた。
元はと言えばしっかりと薬の管理をしていないエメラルドのせいでこんなことになっているのだが、この時は少しもそんなことを思わなかった。
ただ今まで沢山我慢してきた分、誰かに甘えていたかった。
「あっ……ぅう……」
シロは助けを呼ぼうとして口を開いたが、漏れ出てきたのは熱い吐息だった。匂いを嗅いだだけだというのに、毒はシロの身体を確実に蝕んでいた。身体が熱くなっていくのに合わせて頭もボーっとし始め、息も段々と荒くなっていく。
このまま自分は死んでしまうんだろうか? そんな風に思ってしまう程身体の変化が激しい。
村で暮らしていた時に山で摘んできた山菜に毒性のあるものが混じっていて体調を崩したことがあったが、その時と比べようもない程悪い。熱が意思を持っているかのように身体の中を動き回っているのを感じる。
「た、助けて……」
シロは何とか言葉をひねり出したが、その声は小さくて奥の部屋で実験をしているエメラルドの耳には届きそうもない。
このまま部屋で助けが来るのを待つという手もあるが、毒の進行具合を考えるとエメラルドが気づいた時は手遅れの状態になっているかもしれない。そもそもこの毒が何かすらも分からず、シロは不安でいっぱいだった。
折角仕事も見つかって都の人とも仲良くなったというのに、自分の人生はここで終わってしまうのか。そう考えたら目から涙がじわっと出てきた。
「うっ、うぅ~……」
ぽたりと一滴涙が床に落ちると、もう我慢できなかった。今までは弟達が居たから泣くのをこらえて必死になって働いてこれたが、そんなやせ我慢はもう無理だ。なぜならば、シロは一人の時間が欲しくて弟達を置いて出てきたのだから。
もう自由になりたいだなんてワガママなことを考えたから、きっと罰が当たったんだ。
そう思ったら涙はダムが決壊したかのように目から溢れ出てきた。
身体が思うように動かなくて怖い。いつ見つけてもらえるかも分からなくて不安だし、何より一人ぼっちは嫌だ。誰にも弱音がはけない。
村に居た時からずっとそうだった。どこかでずっと、お父さんが帰ってきてくれるんじゃないかと思っていた。お母さんが置いて行ったことを許して欲しいと、謝りに帰ってくるんじゃないかと思っていた。それまで、それまでは僕がしっかりしなきゃいけない。弟達を不安にさせない様に、僕が頑張らなくちゃいけない。
でも、もう嫌になって出てきてしまったから今一人ぼっちにされてしまった。ごめんなさい。もう、ワガママは言わないから僕を一人にしないで……。
熱のせいで上手く動かない脳は嫌なことばかりシロに思い出させ、彼を追い詰めていった。床には涙で染みができ、部屋にはシロの嗚咽が響き渡る。
「シロ……」
誰かが名前を呼んだ。その声は一滴の水が水面に波紋を作るようにシロの心に響き渡り、彼を現実へと引き戻していった。
「君、何してるの?」
首を少しだけ動かして声がした方を見ると、エメラルドが自分のことを見下ろしているのが見えた。
「エメ、ラルド……さま……」
「どうしたの? なんで泣いてるの?」
エメラルドはゆっくりと床に膝をつくと、シロの涙を指先でそっと拭った。
ずっとそうやって誰かに慰めて欲しかった。守ってもらいたかった。今まで無視してきた気持ちが、心の奥底から声を上がているのをシロは感じていた。
「君を傷つけるものなんて、ここにはないよ。もしあっても、私がどうにかしてあげる」
「うっ、うぇっ、うっう~……」
優しく慈しむように言うエメラルドの膝にすがってシロは泣いた。
元はと言えばしっかりと薬の管理をしていないエメラルドのせいでこんなことになっているのだが、この時は少しもそんなことを思わなかった。
ただ今まで沢山我慢してきた分、誰かに甘えていたかった。
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