8 / 10
兎に翡翠の価値は分からない
人は慣れてきた時に大体失敗する
しおりを挟む
エメラルドに雇われてからというもの、シロの毎日は忙しかった。何故ならば数年かけてエメラルドがためたゴミやガラクタを分別し、捨てなければいけなかったからだ。
シロの当分の目標は屋敷を綺麗に片付けること。そして次はエメラルドに人並みの生活を送らせることだった。
片付けというのは簡単そうに聞こえるが、結構な体力と知識が必要な仕事である。年月を重ねた汚れはちょっとやそっとでは取れず、中にはよく分からない体勢で数時間粘らなければいけない汚れもあるのだ。
そしてゴミ。ゴミは焼却所に捨てに行けばいいのだが、中には素材としてリサイクルできるものもある。決してこの国は資材が豊かというわけではないので、他に流用できるものはなるべくそういった店に持って行っていた。勿論、シロが村で貧乏な暮らしをしていたのでもったいないと思ったというのもある。
シロの一日はほとんど屋敷の片づけで終わるのだが、買い出しやリサイクルの為に色々な店に訪れている内に人脈が増えた。
最初はみんなシロが兎獣人だからと警戒していたが、シロが真面目なのが分かると気さくに話しかけてくれるようになった。野菜を販売している店の女性オーナーのカンナさんなんかはオマケをくれるようにまでなっていた。
「最初は愛想悪くしちゃってごめんなさいね、昔ここいらでやんちゃしてたのが兎獣人だったから~」
大抵の店は仲良くなるとこんな風にシロに最初の態度を謝った。
職業紹介所の時といい、店の人々の反応といい、一体どれだけの悪さをしたのか。逆にその悪さをしたという兎獣人の顔を見てみたいと思うようになったぐらいだった。
「ただいま戻りましたー」
シロが帰ってきてもほとんど返事は帰ってこない。頭を使い過ぎて腹を空かせたエメラルドが玄関で待っていることもあるが、本当にまれな時だ。
屋敷の主であるエメラルドは大抵奥にある実験室にこもり、シロには分からない魔法の実験をしている。瞼を少しふせ、じっと実験器具を見つめるエメラルドの真剣な横顔はほれぼれする程美しかった。
シロが働き始める前、エメラルドは実験室で食べるのも寝るのもすませていたが、今は別の部屋に寝床を整えてそこで寝るようにはなった。
「不思議だね……実験室じゃないところで寝ると、いつもよりも眠りが深い気がする」
食事の時、エメラルドはいつもこんな風に日々の変化をシロに報告する。
彼なりに同居人とコミュニケーションをはかろうとしているのか、それとも従者の仕事を褒めようとしているのか、動機はよく分からないがエメラルドが話しているのを聞くのがシロは好きだ。低い声で語り掛けるような話し方がとても良いと思っている。
エメラルドはゴミ溜めを作り出すようなダメ人間だと分かっているのだが、日に日に自分が彼に心酔しているような気がしてならない。説明しようがない引力がエメラルドからは発せられており、シロはそれに惹きつけられているような気がしていた。
このまま彼という深みにハマって行ってしまうんだろうか。
シロがまだ名前もついていないエメラルドへの感情をぼんやりと考えている時、事件は起こった。
その日、シロはいつものように部屋の片づけを進めていた。すると沢山のガラスで出来た小瓶が入った箱が出てきたのだ。
箱は仕切りがされており、小瓶同士が直接ぶつからないようにしてあった。ほとんどの瓶が空っぽの中、一つだけ中に液体が残ってある瓶があった。
「なんだろう、これ?」
シロは液体の入った小瓶を箱から出すとしげしげと観察した。
傭兵や旅人が持っていたポーションに似ているが、液体の色が違う。紫に近い濃いピンク色をしている。それに瓶だって凝った模様が入っていてなんだか高そうだった。
なんとなく気になってシロが瓶の蓋を開けてみた。
「うっ……!」
匂いを嗅ぐ前に、強い香りが瓶から溢れ出してシロの鼻腔を刺激した。甘い匂いがしたかと思うと、目の前がくらっと揺れる。
マズイ、毒薬かもしれない!
シロは急いで瓶から顔を遠ざけ、鼻を覆ったが遅かった。鼻腔から伝わってきた甘い匂いが脳を痺れさせ、身体の動きを奪っていく。
「あっ……え?」
気がつけばシロは身体の力が抜け、床に横たわっていた。
身体に影響がある薬がまさか本の下に埋まっているとは思わず、完全に油断していた。好奇心で軽々しく開けるんじゃなかったという後悔は遅く、シロが倒れた拍子にぶちまけられた液体から立ち上った匂いがどんどん部屋中に広がって行った。
シロの当分の目標は屋敷を綺麗に片付けること。そして次はエメラルドに人並みの生活を送らせることだった。
片付けというのは簡単そうに聞こえるが、結構な体力と知識が必要な仕事である。年月を重ねた汚れはちょっとやそっとでは取れず、中にはよく分からない体勢で数時間粘らなければいけない汚れもあるのだ。
そしてゴミ。ゴミは焼却所に捨てに行けばいいのだが、中には素材としてリサイクルできるものもある。決してこの国は資材が豊かというわけではないので、他に流用できるものはなるべくそういった店に持って行っていた。勿論、シロが村で貧乏な暮らしをしていたのでもったいないと思ったというのもある。
シロの一日はほとんど屋敷の片づけで終わるのだが、買い出しやリサイクルの為に色々な店に訪れている内に人脈が増えた。
最初はみんなシロが兎獣人だからと警戒していたが、シロが真面目なのが分かると気さくに話しかけてくれるようになった。野菜を販売している店の女性オーナーのカンナさんなんかはオマケをくれるようにまでなっていた。
「最初は愛想悪くしちゃってごめんなさいね、昔ここいらでやんちゃしてたのが兎獣人だったから~」
大抵の店は仲良くなるとこんな風にシロに最初の態度を謝った。
職業紹介所の時といい、店の人々の反応といい、一体どれだけの悪さをしたのか。逆にその悪さをしたという兎獣人の顔を見てみたいと思うようになったぐらいだった。
「ただいま戻りましたー」
シロが帰ってきてもほとんど返事は帰ってこない。頭を使い過ぎて腹を空かせたエメラルドが玄関で待っていることもあるが、本当にまれな時だ。
屋敷の主であるエメラルドは大抵奥にある実験室にこもり、シロには分からない魔法の実験をしている。瞼を少しふせ、じっと実験器具を見つめるエメラルドの真剣な横顔はほれぼれする程美しかった。
シロが働き始める前、エメラルドは実験室で食べるのも寝るのもすませていたが、今は別の部屋に寝床を整えてそこで寝るようにはなった。
「不思議だね……実験室じゃないところで寝ると、いつもよりも眠りが深い気がする」
食事の時、エメラルドはいつもこんな風に日々の変化をシロに報告する。
彼なりに同居人とコミュニケーションをはかろうとしているのか、それとも従者の仕事を褒めようとしているのか、動機はよく分からないがエメラルドが話しているのを聞くのがシロは好きだ。低い声で語り掛けるような話し方がとても良いと思っている。
エメラルドはゴミ溜めを作り出すようなダメ人間だと分かっているのだが、日に日に自分が彼に心酔しているような気がしてならない。説明しようがない引力がエメラルドからは発せられており、シロはそれに惹きつけられているような気がしていた。
このまま彼という深みにハマって行ってしまうんだろうか。
シロがまだ名前もついていないエメラルドへの感情をぼんやりと考えている時、事件は起こった。
その日、シロはいつものように部屋の片づけを進めていた。すると沢山のガラスで出来た小瓶が入った箱が出てきたのだ。
箱は仕切りがされており、小瓶同士が直接ぶつからないようにしてあった。ほとんどの瓶が空っぽの中、一つだけ中に液体が残ってある瓶があった。
「なんだろう、これ?」
シロは液体の入った小瓶を箱から出すとしげしげと観察した。
傭兵や旅人が持っていたポーションに似ているが、液体の色が違う。紫に近い濃いピンク色をしている。それに瓶だって凝った模様が入っていてなんだか高そうだった。
なんとなく気になってシロが瓶の蓋を開けてみた。
「うっ……!」
匂いを嗅ぐ前に、強い香りが瓶から溢れ出してシロの鼻腔を刺激した。甘い匂いがしたかと思うと、目の前がくらっと揺れる。
マズイ、毒薬かもしれない!
シロは急いで瓶から顔を遠ざけ、鼻を覆ったが遅かった。鼻腔から伝わってきた甘い匂いが脳を痺れさせ、身体の動きを奪っていく。
「あっ……え?」
気がつけばシロは身体の力が抜け、床に横たわっていた。
身体に影響がある薬がまさか本の下に埋まっているとは思わず、完全に油断していた。好奇心で軽々しく開けるんじゃなかったという後悔は遅く、シロが倒れた拍子にぶちまけられた液体から立ち上った匂いがどんどん部屋中に広がって行った。
10
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…



ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる