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兎に翡翠の価値は分からない
掃き溜めに美丈夫1
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ああ、ダメだ。自分が何とかしないと。
まるで泥棒が入ったかのような有様の乱雑とした室内を見て、シロは頭が痛くなった。
積み上げられた本は途中で崩れて雪崩を起こし、さらに雪崩が起きた上に服が置かれている。食器や鍋はテーブルの上ではなく床に置かれているかと思えば腐っているのか、それとも元々そういう色なのか分からない液体が入っている。棚に物が置かれ過ぎたせいで窓は開けられなくなっているし、床にキノコや苔が生えてしまっている。
シロの雇い主である美しい男は特に気にした様子もなくその中を進み、床に落ちている書類や何だか分からない液体を踏みつけている。その姿を見てシロは「ひっ!」と小さく悲鳴を上げてしまった。
東洋のことわざで「掃き溜めに鶴」という言葉があるが、その通りの状況が今まさに目の前に広がっている。シロは仕事初日前にして自分の仕事の過酷さに気づいたのだった。
シロがうっかり握手してしまった後はまさの嵐のようだった。あれよあれよと話が進み、書類が作成されたかと思うと契約のサインをさせられていた。
魔法使いは紹介所にも影響力があるらしく、普通は数日待たされるであろう書類仕事がものの数時間で片付けられていくのを見てシロは目が回りそうだった。ただでさえ田舎暮らしで文字を読む習慣があまりないのに、契約となると難しい言い回しが混じってくる。話を聞いているだけで物凄い体力を消耗した。
「これで君は今日から私の従者だね」
シロが最後の書類にサインをし終えた時、エメラルドグリーンに輝く瞳を真っ直ぐシロに向けて男は言った。頭を少し傾げると、髪の毛が重力に従ってさらりと流れて行く。
「私はエメラルド。しがない魔法使いだ。これから頼んだよ、シロくん」
「はっ、はい。よろしくお願いいたします」
視線が合うように腰をかがめ、至近距離で微笑みかけてくるエメラルドにシロは心臓がドキドキした。これは彼の美しさに慣れるまでしばらくかかりそうだ。
エメラルド。美しい瞳とおそろいの宝石の名前を聞いて、シロはなんて彼にピッタリの名前なんだろうと思った。きっと彼の名付け親も、彼の美しい瞳に魅了された一人なのだ。ルビィが呼んでいたエメというのはどうやら彼の愛称らしい。
「んじゃ、オレは帰るからな。ちゃんとそいつと一緒に家帰れよ!」
ルビィは紹介所の係員が書類を受け取ったのを見届けると、エメラルドを置いてあっという間に帰ってしまった。
影の様に物静かに動くエメラルドに対し、ルビィは歩くだけでも存在感がある。彼がバタバタと出て行く音を聞いて落ち着いていた筈の紹介所が、彼の孫座に気づいてまた少しだけ騒がしくなった。まるで生きた嵐のような男だ。
「エメラルド様とあの人はどういう関係なんですか?」
「どうして?」
「お友達にしては性格があまりにも違うような気がして……」
何気ない疑問に、エメラルドはしばらく黙って思案していたかと思うと
「私たちって友達なのかな……?」
と予想の斜め上を行く答えを出してきてシロは驚いた。
エメラルドの性格上そう言っているだけなのか、それとも本当に友達というほど親しくないのか、シロにはまだ判断材料が少なすぎて分からなかった。
しかし書類を作成している時、仕事内容の条件を話していたのは実際の雇い主であるエメラルドではなくルビィだった。「こいつは料理のあたため方もよく分かってない」「家の中で倒れる可能性があるから住み込みにしてくれ」と、やたらエメラルドの生活に詳しかった。
恐らく、一般的な友達の様に仲良く遊ぶ仲ではないが親しいということだけは分かる。
「とりあえず、これから君の仕事場になる私の家に案内するよ」
「あ、じゃあ荷物をまとめてきます!」
シロは飛ぶように宿屋に戻ると急いで荷物をまとめた。元々仕事が見つからなければ帰るつもりでいたので、それほど荷物はない。物の数分で荷造りを終えると鍵を宿屋の主人に返し、シロは仕事場へと旅立つことになった。
まるで泥棒が入ったかのような有様の乱雑とした室内を見て、シロは頭が痛くなった。
積み上げられた本は途中で崩れて雪崩を起こし、さらに雪崩が起きた上に服が置かれている。食器や鍋はテーブルの上ではなく床に置かれているかと思えば腐っているのか、それとも元々そういう色なのか分からない液体が入っている。棚に物が置かれ過ぎたせいで窓は開けられなくなっているし、床にキノコや苔が生えてしまっている。
シロの雇い主である美しい男は特に気にした様子もなくその中を進み、床に落ちている書類や何だか分からない液体を踏みつけている。その姿を見てシロは「ひっ!」と小さく悲鳴を上げてしまった。
東洋のことわざで「掃き溜めに鶴」という言葉があるが、その通りの状況が今まさに目の前に広がっている。シロは仕事初日前にして自分の仕事の過酷さに気づいたのだった。
シロがうっかり握手してしまった後はまさの嵐のようだった。あれよあれよと話が進み、書類が作成されたかと思うと契約のサインをさせられていた。
魔法使いは紹介所にも影響力があるらしく、普通は数日待たされるであろう書類仕事がものの数時間で片付けられていくのを見てシロは目が回りそうだった。ただでさえ田舎暮らしで文字を読む習慣があまりないのに、契約となると難しい言い回しが混じってくる。話を聞いているだけで物凄い体力を消耗した。
「これで君は今日から私の従者だね」
シロが最後の書類にサインをし終えた時、エメラルドグリーンに輝く瞳を真っ直ぐシロに向けて男は言った。頭を少し傾げると、髪の毛が重力に従ってさらりと流れて行く。
「私はエメラルド。しがない魔法使いだ。これから頼んだよ、シロくん」
「はっ、はい。よろしくお願いいたします」
視線が合うように腰をかがめ、至近距離で微笑みかけてくるエメラルドにシロは心臓がドキドキした。これは彼の美しさに慣れるまでしばらくかかりそうだ。
エメラルド。美しい瞳とおそろいの宝石の名前を聞いて、シロはなんて彼にピッタリの名前なんだろうと思った。きっと彼の名付け親も、彼の美しい瞳に魅了された一人なのだ。ルビィが呼んでいたエメというのはどうやら彼の愛称らしい。
「んじゃ、オレは帰るからな。ちゃんとそいつと一緒に家帰れよ!」
ルビィは紹介所の係員が書類を受け取ったのを見届けると、エメラルドを置いてあっという間に帰ってしまった。
影の様に物静かに動くエメラルドに対し、ルビィは歩くだけでも存在感がある。彼がバタバタと出て行く音を聞いて落ち着いていた筈の紹介所が、彼の孫座に気づいてまた少しだけ騒がしくなった。まるで生きた嵐のような男だ。
「エメラルド様とあの人はどういう関係なんですか?」
「どうして?」
「お友達にしては性格があまりにも違うような気がして……」
何気ない疑問に、エメラルドはしばらく黙って思案していたかと思うと
「私たちって友達なのかな……?」
と予想の斜め上を行く答えを出してきてシロは驚いた。
エメラルドの性格上そう言っているだけなのか、それとも本当に友達というほど親しくないのか、シロにはまだ判断材料が少なすぎて分からなかった。
しかし書類を作成している時、仕事内容の条件を話していたのは実際の雇い主であるエメラルドではなくルビィだった。「こいつは料理のあたため方もよく分かってない」「家の中で倒れる可能性があるから住み込みにしてくれ」と、やたらエメラルドの生活に詳しかった。
恐らく、一般的な友達の様に仲良く遊ぶ仲ではないが親しいということだけは分かる。
「とりあえず、これから君の仕事場になる私の家に案内するよ」
「あ、じゃあ荷物をまとめてきます!」
シロは飛ぶように宿屋に戻ると急いで荷物をまとめた。元々仕事が見つからなければ帰るつもりでいたので、それほど荷物はない。物の数分で荷造りを終えると鍵を宿屋の主人に返し、シロは仕事場へと旅立つことになった。
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