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兎に翡翠の価値は分からない
雇われました
しおりを挟む「奇遇だね。もしかして隣に滞在してたの?」
「え、ええ。そうです」
この間少し話をしただけだというのに黒髪の男は近づいてきたかと思うと、親し気に話しかけてきた。
「エメ、誰だそいつ?」
黒髪の男はどうやらエメというらしい。エメを押しのけてシロとの間に割り込んできたかと思うと、偉そうな態度で指を指してくるルビィにシロは少しだけイラっとした。
しかし近づいてくると改めてルビィの大きさに驚かされる。ルビィとシロの身長差は頭一つ分くらいある。
「話したじゃないか。この間私がお腹を空かせて道に倒れたって」
「ああ、こいつがそうなのか! 悪かったな、面倒かけて」
「いっ、いえ。人助けは当たり前のことですので」
ルビィは寄せていた眉間の皺を解くと、シロに笑いかけてきた。警戒していただけで、そんなに嫌な奴ではなさそうだ。
「そうだ、彼を雇うのはどうかな? 仕事探してるって言ってたし」
「えっ?」
急に話題の中心にされてシロは驚いて思わず声を上げた。
確かに前に会った時仕事を探しているとは言った。まだ見つかっていないし、雇ってくれるならばありがたいが……正直黒ずくめの男達がどんな仕事をしているのか田舎で暮らしていたシロには見当がつかない。
「確かに見ず知らずのエメを助けたぐらいだ、お人好しで面倒見は良さそうだが……」
そう言ってルビィはじろじろとシロを観察し始めた。
一体なんなんだ。エメといい、ルビィといい、この都に住んでいるローブを着た男は何故こんなあからさまに人を観察するんだろうか?
シロはまだ一言もやるとは言っていないのに念入りに身なりを確認されて正直、不愉快な気分になった。
「でもなー……兎の獣人は大抵ワガママで自分で着替えもできないような奴ばっかだって聞くぞ?」
「そっ、それどこの情報ですか! 間違ってます! そんなの偏見です!」
ルビィの言葉にシロは思わず噛みつくように言った。
都に来てからというものずっと兎獣人だからと偏見の目にさらされ、色々なことを無理だと言われた。正直もううんざりだった。
「少なくとも僕は自分で自分の面倒は見れますし、これでも五人の弟達を立派に育て上げたんです! 家事は一通りこなせますし、畑もやっていたので多少の力仕事もできます!」
シロは堂々と胸を張って言った。母親に捨てられてからというもの、誰かの庇護の下ではなく自分の身体で稼いできたのだ。それは誰にも否定できない事実で、シロの実績だ。他の兎獣人がどうとかは関係ない。
「ふーん……じゃあ、家政婦として雇われてもかまわないんだな」
「勿論です! むしろ任せて下さい!」
シロは自信満々に胸を叩いて見せた。ハッキリと言い切るシロの姿に、うんうんとルビィは満足そうに頷いたかと思うとニヤリと笑った。
「仕事は掃除洗濯、買い出しに、飯の世話もしてくれ。こいつ放っておくと何日も食わないから。あと、実験の手伝いもすることもなるがいいか?」
「実験の手伝い?」
実験ということは、彼らは薬学者か何かなのだろうか?
「そう身構えることねーぞ、痛いことはしない。魔道具を実際に使って、使用感を言葉にしてくれればいい」
「魔道具て……あんた達、もしかして魔法使いだったのか?!」
魔法使い。この国では非常に希少な職業だ。魔力があれば誰でもなれる訳ではない。魔力と技術、その両方が備わってはじめて魔法使いになれる。
昔の戦争で多くの人々が死に、魔法使いの数も激減していた。都に行ってもなかなか会うことは出来ない職業のトップだ。
「なんだ? 魔法使い見るのは初めてか?」
驚いて目を丸くするシロを見て、ルビィはからかうように言った。
「あっ、あのっ、僕は村で育ったので……」
「なんだ、本当に初めてだったのかよ」
急に身体を丸めて縮こまるシロを見て、ルビィはあははと声を上げて笑っていた。
何故職業紹介所が二人の登場で騒がしくなったのか今なら分かる。魔法使いがやって来たのをみんな珍しがっていたのだ。
「喜べ、お前は今日から魔法使いのお世話係だ」
そう言ってルビィはシロの肩をバシバシと痛いほどに叩いた。
全然喜べない。シロは嫌なことを言われて勢いで言い返しただけで、一言もやる気なんてなかった。それに魔法使いの世話係だなんて本来もっと教養のある人間がやるもんじゃないのか?
「これからよろしくね」
あれこれ思うところがあったのだが、エメがあまりにも優しい微笑みで握手を求めて来たのでシロは握り返す以外の選択肢はなかった。
こんな美しい人に逆らえるはずがない!
生まれてから十数年。シロは唐突に魔法使いの世話係になると共に、自分が相当なメンクイであることに気づかされるのであった。
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