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第12話 舗装された道
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「真昼さんは、誰かと付き合ったことってある?」
「私? いえ、今まで一度もないけれど……」
「そうなんだ。私も無いんだよね。だから、付き合うってどういう感覚なのか、よく分からなくて……」
「…………」
こんな切り出し方をしたら、私の気持ちはほとんど伝わってしまうだろう。でも仕方ない。慎重に、あるいは論理的に話すなんて不可能に近かった。
私の鼓動の速さとは無関係に、観覧車は一定のスピードを保って回り続ける。その冷静さが今は羨ましかった。
「なんかさ……私、意外と面倒な性格してるみたい。今までずっと、白黒はっきりするのを避けてたんだよね。今のままでも十分幸せだったし」
誰かとの関係に始まりを作ってしまったら、そう遠くない未来に終わりが来るんじゃないか、っていう恐怖感が心の中を渦巻いていた。
だったら始まりなんて作らずに、曖昧なまま今の関係をだらだらと続けていけばいいんじゃないかって。
……まあ、それに耐え切れなくなったから、こうやって本音だだ洩れで喋っているんだけど。
「……付き合うってどういうことか、真昼さんは考えたことある?」
「うーん、そうね……私も経験したことはないから、想像でしか言えないけれど。例えば、相手が他の人とお付き合いを始めたら、って考えてみたりしたらいいんじゃない?」
それはつまり、真昼さんが別の人と……。
上手く想像できないけど、もしそんな相手がいたら、私は――
反射的に、左の手をぎゅっと握りしめてしまっていた。
沸々と湧いてくる黒くてどろどろした感情に、自分でも驚いてしまう。
「もし、それが嫌なんだったら、やっぱりその人のことが好きなんだと思うし……お付き合いしてもいいんじゃないかなって思うわ」
「それが……例えばそれが、その人を独り占めしたいって気持ちから来ててもいいのかな……?」
いつの間にか、地面が遠くなった。
地上から離れると、まるで重力から解放されたみたいにふわふわとした浮遊感が襲い掛かってくる。
「そうね……もちろん『正解』は無いと思うけど、いいんじゃないかしら? 好きな人を独占したいっていう気持ちは、とても自然なことだもの」
「そっか……うん、そうだね……」
真昼さんは道を作ってくれている。
彼女の方へと向かう道を、真っ直ぐに。
石ころを取り除いて、舗装までしてくれている。
だからあとは、目の前に敷かれた道を勢いよく駆け出せばいいだけだった。
「私……真昼さんのこと、独り占めしたい。ずっと二人で一緒にいたい。私のことだけ見ていて欲しい。まだ付き合うってどういうことか、ちゃんと分かってないけど……それでも良かったら、私と付き合って欲しい」
そこまでまくし立てたあと、しばらく辺りを静寂が包み込んだ。
動画をコマ送りで見るみたいに、世界全てがスローモーションになる。
観覧車も、遠く見える人影も、真昼さんも。
あらゆるものが、時の流れを無理やり遅くされたようにゆっくりと動いていた。
心臓の音だけが、この世で一番速いリズムを刻んでいた。
真昼さんの柔らかそうな唇が、僅かに動いた。
「……嬉しいわ。私も、おんなじ気持ちだったから」
「それって……」
「好きよ。私も、みつはさんのこと」
好き。
たったその一言で、身体中の神経に電流が駆け巡った。
窓から差し込む夕焼けの色が、急に鮮やかに映えて見えた。世界の色づき方が変わった気がした。
真昼さんが、私のことを、好き!
その真実が、私の心の核を激しく揺さぶってくる。
「私も……私も、真昼さんのこと、好きだよ!」
声が震えてしまって、凄く情けない声になってしまったけど、構わずに言う。私の思いが伝わってくれさえすれば、それでいい。
「ええ……ありがとう。じゃあ、今からみつはさんは私の彼女ね」
「う、うんっ。真昼さんは、私の彼女。私たちは……こ、恋人」
「ふふ、そうね。恋人同士って、なんだか素敵な響き。小説の世界でしか体験したことなかったもの」
真昼さんは私の肩に腕を回して、軽く抱き寄せてきた。長い黒髪が頬に触れてくすぐったい。
彼女がそんな大胆なことをしてくるなんて思わなくて、どきまぎしてしまう。
自分から肌に触れるのは平気なのに、真昼さんから触れられると妙に緊張しちゃって、身体が固くなる。
「こうされるの、嫌?」
「う、ううん。嫌じゃないし、嬉しいよ。でも、真昼さんがしてくるなんて意外だったからさ」
「そう? 私、恋人が出来たらちょっと憧れてたの。こういうことするの」
「そうなんだ。真昼さんって、意外とロマンチスト?」
「どうでしょうね。恋愛小説を読んだりするのは好きだから、そうかもしれないわね」
難しい物理の勉強をしていることもあれば、恋愛小説を読んだりもして、学校では物憂げな美少女に思われていて……。
知れば知るほど、不思議な性格をしている。
だからこそ、もっともっと知りたくなる。
それが真昼さんの魅力だった。
「あ、もう一つやってみたいことがあったわ」
「なに?」
肩を抱かれる感触に段々慣れてきて、今は満たされた気持ちでいっぱいだった。私って単純。でも、誰かに恋するってそういうものなんだろう。
「名前だけで呼び合うの。だから、私はみつはさんのことみつはって呼ぶわ。いいかしら?」
「うん、いいけど……なんか気恥ずかしいなあ。ま、真昼」
「ふふ、みつは」
「~~~~~~~っ!」
ただ「さん」を取っただけなのに、呼び捨ての破壊力は抜群だった。
一気に距離が縮まったというか、「恋人感」が半端じゃない。
今までは敬称を付けることで、私たちの付かず離れずみたいな距離感が保たれていたのだろうか。
二人とも顔は真っ赤だったけど、それは夕焼けのせいということにして、お互い触れないでおいた。
「私? いえ、今まで一度もないけれど……」
「そうなんだ。私も無いんだよね。だから、付き合うってどういう感覚なのか、よく分からなくて……」
「…………」
こんな切り出し方をしたら、私の気持ちはほとんど伝わってしまうだろう。でも仕方ない。慎重に、あるいは論理的に話すなんて不可能に近かった。
私の鼓動の速さとは無関係に、観覧車は一定のスピードを保って回り続ける。その冷静さが今は羨ましかった。
「なんかさ……私、意外と面倒な性格してるみたい。今までずっと、白黒はっきりするのを避けてたんだよね。今のままでも十分幸せだったし」
誰かとの関係に始まりを作ってしまったら、そう遠くない未来に終わりが来るんじゃないか、っていう恐怖感が心の中を渦巻いていた。
だったら始まりなんて作らずに、曖昧なまま今の関係をだらだらと続けていけばいいんじゃないかって。
……まあ、それに耐え切れなくなったから、こうやって本音だだ洩れで喋っているんだけど。
「……付き合うってどういうことか、真昼さんは考えたことある?」
「うーん、そうね……私も経験したことはないから、想像でしか言えないけれど。例えば、相手が他の人とお付き合いを始めたら、って考えてみたりしたらいいんじゃない?」
それはつまり、真昼さんが別の人と……。
上手く想像できないけど、もしそんな相手がいたら、私は――
反射的に、左の手をぎゅっと握りしめてしまっていた。
沸々と湧いてくる黒くてどろどろした感情に、自分でも驚いてしまう。
「もし、それが嫌なんだったら、やっぱりその人のことが好きなんだと思うし……お付き合いしてもいいんじゃないかなって思うわ」
「それが……例えばそれが、その人を独り占めしたいって気持ちから来ててもいいのかな……?」
いつの間にか、地面が遠くなった。
地上から離れると、まるで重力から解放されたみたいにふわふわとした浮遊感が襲い掛かってくる。
「そうね……もちろん『正解』は無いと思うけど、いいんじゃないかしら? 好きな人を独占したいっていう気持ちは、とても自然なことだもの」
「そっか……うん、そうだね……」
真昼さんは道を作ってくれている。
彼女の方へと向かう道を、真っ直ぐに。
石ころを取り除いて、舗装までしてくれている。
だからあとは、目の前に敷かれた道を勢いよく駆け出せばいいだけだった。
「私……真昼さんのこと、独り占めしたい。ずっと二人で一緒にいたい。私のことだけ見ていて欲しい。まだ付き合うってどういうことか、ちゃんと分かってないけど……それでも良かったら、私と付き合って欲しい」
そこまでまくし立てたあと、しばらく辺りを静寂が包み込んだ。
動画をコマ送りで見るみたいに、世界全てがスローモーションになる。
観覧車も、遠く見える人影も、真昼さんも。
あらゆるものが、時の流れを無理やり遅くされたようにゆっくりと動いていた。
心臓の音だけが、この世で一番速いリズムを刻んでいた。
真昼さんの柔らかそうな唇が、僅かに動いた。
「……嬉しいわ。私も、おんなじ気持ちだったから」
「それって……」
「好きよ。私も、みつはさんのこと」
好き。
たったその一言で、身体中の神経に電流が駆け巡った。
窓から差し込む夕焼けの色が、急に鮮やかに映えて見えた。世界の色づき方が変わった気がした。
真昼さんが、私のことを、好き!
その真実が、私の心の核を激しく揺さぶってくる。
「私も……私も、真昼さんのこと、好きだよ!」
声が震えてしまって、凄く情けない声になってしまったけど、構わずに言う。私の思いが伝わってくれさえすれば、それでいい。
「ええ……ありがとう。じゃあ、今からみつはさんは私の彼女ね」
「う、うんっ。真昼さんは、私の彼女。私たちは……こ、恋人」
「ふふ、そうね。恋人同士って、なんだか素敵な響き。小説の世界でしか体験したことなかったもの」
真昼さんは私の肩に腕を回して、軽く抱き寄せてきた。長い黒髪が頬に触れてくすぐったい。
彼女がそんな大胆なことをしてくるなんて思わなくて、どきまぎしてしまう。
自分から肌に触れるのは平気なのに、真昼さんから触れられると妙に緊張しちゃって、身体が固くなる。
「こうされるの、嫌?」
「う、ううん。嫌じゃないし、嬉しいよ。でも、真昼さんがしてくるなんて意外だったからさ」
「そう? 私、恋人が出来たらちょっと憧れてたの。こういうことするの」
「そうなんだ。真昼さんって、意外とロマンチスト?」
「どうでしょうね。恋愛小説を読んだりするのは好きだから、そうかもしれないわね」
難しい物理の勉強をしていることもあれば、恋愛小説を読んだりもして、学校では物憂げな美少女に思われていて……。
知れば知るほど、不思議な性格をしている。
だからこそ、もっともっと知りたくなる。
それが真昼さんの魅力だった。
「あ、もう一つやってみたいことがあったわ」
「なに?」
肩を抱かれる感触に段々慣れてきて、今は満たされた気持ちでいっぱいだった。私って単純。でも、誰かに恋するってそういうものなんだろう。
「名前だけで呼び合うの。だから、私はみつはさんのことみつはって呼ぶわ。いいかしら?」
「うん、いいけど……なんか気恥ずかしいなあ。ま、真昼」
「ふふ、みつは」
「~~~~~~~っ!」
ただ「さん」を取っただけなのに、呼び捨ての破壊力は抜群だった。
一気に距離が縮まったというか、「恋人感」が半端じゃない。
今までは敬称を付けることで、私たちの付かず離れずみたいな距離感が保たれていたのだろうか。
二人とも顔は真っ赤だったけど、それは夕焼けのせいということにして、お互い触れないでおいた。
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