上 下
362 / 379

355 ニンジャ初陣大勝利

しおりを挟む
 消防車の間に隠れながら、市内北西部の海岸沿いへと進む。消防署はどうやら街中腹から外れた場所にあるようだ。一階部分が車庫になっている大きな建物と広い敷地が見え、中へ消防車が入っていくのに陽太郎は息をついた。
「ふぅ。ここまで来りゃ大丈夫だろ。日電が詰めてる大学のキャンパスまで行き先変更してくれよ」
<行くと思うかね?>
「……じゃあどっか隠れてるからさ」
<このまま港へ直行だがね>
「は!?」
 陽太郎一人が乗っている軽自動車はそのまま止まる気配もなく海岸沿いの道を進み続けた。俄然焦る。ベルベット側に拉致されないよう守ってくれたはいいが、逆に謎の勢力Aに拉致される流れになってしまっていた。よく考えれば陽太郎はAが操る車に自分から乗り込み、自分から日電への連絡を止めてしまっている。
「自業自得、か」
<おや、諦めのニュアンスかね?>
「ちげー、これは覚悟。覚悟してんだよ」
 同窓の仲間にチャットで「ゴメン二人とも。俺はもうだめだ、ガルドさんたちのところに行くよ」と独り言のように送信する。確かに一種の諦めにも近い感覚だが、ベルベット側に拉致されるよりよっぽどマシだ。
<もちろん悪いようはしないし、『彼ら』も君の安全が最優先だと言っているのでね。キミ、このまま帰ったら公安に何されるか分からんのでね>
「日電はほったらかしで、個人はしょっぴくのかよ」
<公安と言っても数名事情を知る派閥の人間だけでね。企業一つ追うほどの物量はいないのでね。適当にでっち上げて学生一人くらい許されても、情興庁直轄だった企業を丸ごと牢屋に入れるのは流石に不可能でね。それにしても……キミはボクと喋りすぎたのでね、半分はそのせいでね>
「お前のせいかよ!」
<ほら、空を見たまえね。あの子が打ち上げ花火を上げるところでね>
「話逸らすな!」
 これで日本は見納めかもしれないな、などと感傷的になりながら空を見る。彼が「あの子」と呼ぶ人間が誰だか分からないが、敬愛するガルドの仲間、拉致被害者の誰かだろう。
 ドローンの駆動音が常軌を逸した量の鳥の群れが起こす羽ばたき音に聞こえる。誰か、街に住む一般人はカメラを向けているだろうか。稚内の空では物珍しい風景だ。
 マップを感覚して重ねて視界の補助にしてみると、何が起こっているのか理解できる。
「墜落した機体が街に落ちないよう、海に誘導してるのか」
<風向きも計算しつつ、危険のない場所まで引き付けてからウェブで絡めて羽を止めるという戦法でね。どうかね? 闇雲に操作されたベルベット・ボーイズのドローンが死中に機を見出し体当たりしてくるのを、時にかわして時に甘んじて受け、人間に被害が及ばないよう配慮までしている様が見えないかね?>
「……アンタら、拉致なんてして何がしたいんだ? 俺も対象になるってんなら、ここまで骨を折って助ける価値のある目的があるのか?」
<人によって違う、としか返事はできないがね。あるものは金のため。あるものは技術利権のため。あるものは信仰、あるものは復讐>
 復讐の部分だけ声のトーンが低い。
<だが共通しているのはだね、誰も死なないように、誰の命も奪わないように、と願われていたはずだということでね。キミのことも、龍田だって殺したいわけではない。ただし自由の身にしておくと不都合がある、ということでね>
「いい迷惑だぜ」
<そうそう、明確な殺意を持っていた男はちゃんと処分したのでね、安心したまえね。命の保証された捕虜、とでも思ってもらえれば>
「どうせ車から飛び降りて逃げようとしたら殺すんだろ、お前も。ベルベットも」
<こめかみがフリーになっているキミであれば、殺すより先に傀儡化が優先されるがね>
 一緒だ。同じ意味だ。送信エラーになって戻ってきた仲間へのメッセージを片目に見ながら、陽太郎はこめかみを撫でた。黒ネンドによってマリオネットにされて連れ去られたプレイヤーたちの元に行けるのだと思えば、不安や絶望を通り越して一周回ってチャンスだとほくそ笑む。
 自分がここからどう連れ去られるとしても、行き先はガルドに今一番近い男・Aの基地だ。証拠が少しでも残れば、国彦や滋行、日電のスタッフたちが追いかけてくれる。見つけてくれる。
「傀儡の方がマシだな」
<そうかね? ならば後ほどそうしようかね>
「いいって逃げないから! 案内しろよ……歩くからさ」
<おお、賢い>
「バカにしやがってクソー」
<ご褒美に道中の飲食物の料金はボクが払おうと思うのでね>
「コンビニなんてこの辺もうないぞ」
<デリバリーはどうかね? やったことないのだがね>
「なんでもいいなら高いの頼んでやる! ページどれ使えばいい? 海鮮丼がいいなぁ」
<海鮮丼ならこれとかどうかね>
「お、これ! これがいい! いくらとえびとかにとまぐろとウニ!」
<ホタテもつけようかね?>
「太っ腹ぁ!」
 強がりで元気に振る舞う部分もあるが、陽太郎は陽気だった。


「Aが彼を安全なところまで護送する」
「そいつを追ってるってのはベルベットと、裏で協定結んだっつー『晃五郎』だろ? そしたら日本全土ダメだな、警察も情興庁も噛んでる」
「今回の交戦が脅しとして響くかは微妙やなぁ。姐さんは晃五郎に前々から出資うけとってなぁ、無碍にできんのや。ここの運営資金の7割やぞ。キミらのご飯やて全部晃五郎経由なんやで」
「だからベルベットは悪くない、ってことだな」
「せや」
「(にっちもさっちも行かない立場ということは理解できるが、情報漏洩を防ぐためだけに殺人を許容することはできない)」
「(だよな。ましてやお前のファンプレイヤーだって話じゃねぇの。いくらベルベットでもそれはダメだ)」
「(拉致も本当は許し難い)」
「(そこは折れようぜ、相棒。日本にそのままにはできないだろ)」
「……だから、こうして存在をアピールしてる。ベルベットには今アリバイがある。Aの存在は晃五郎にはバレてない。ディンクロンも後手に回ってることは伝わってるはずだ。完全な第三者が首を突っ込んできていることぐらい、晃五郎には伝わったはず」
「まさかキミら被害者が外に出てきて、わざわざハワイから日本まで通信飛ばして大暴れしとるとは思いもせぇへんよ! 今頃血眼でキミらのこと探させとるで、部下に。知らんけど。とりあえず北海道は大丈夫そうや。任務完了! お疲れさん!」
「一旦は、な。晃五郎を完封できなきゃ俺らだって少年だって日本にゃ帰れねぇぞ」
「そこだな」
「そこやな」
「ベルベットが人質に取られてるようなもんだ。このまま俺らが隠密ニンジャ工作員やってくにしても限度ってもんがあるぜ」
「うーん、まぁ計画が完了、つまり目的達成すればええんやない? 晃五郎も満足して財布も閉じて、姐さんも解放されるって訳や。どや?」
「……その計画って、結局謎なんだが」
「えっ」
「え、じゃねーよ」
「知らへんで今まで……正気か?」
「お前らが勝手に拉致してそのまんま来てるんだろぉ!? そっちのが疑わしいわ! 正気か!?」
「アカン……墓穴掘ったわ」

しおりを挟む

処理中です...