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354 下から眺める市街地戦

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 皿へ撒かれて散った豆のような点を、陽太郎は興奮しながら血走った脳で見た。
 明らかに腕の良いパイロットが乗っている。以前つくばの街中で敵対した研究者たちのドローンとは雲泥の差で、グリーンランドで敵対した自動操縦のドローン軍とも練度の違いが素人目でわかるほどだ。
「す、すげぇ」
 規律正しいようには全く見えない。キビキビとしているわけでもない。遊びを持った余裕がある。その余裕が、色の違う点たちの動きに素早く反応して臨機応変に対応しているのだ。これが、グリーンランドの地下施設で数台をコントロールした陽太郎には神がかったテクニックだと分かる。
<敵機は素人のようだがね>
「だとしてもすげぇよ」
<彼らは人間対人間もしくは自身対機械の戦闘に特化しているようなのでね。ドローンを使った戦闘は訓練していないのだろうね>
「人数差は?」
<敵ユーザー18、操作ドローン数は21。こちら側は二人で『数ダースほど』の操作をして……>
「二人!? 日電ってそんな人不足してないだろ!」
<む? いや、そちらの事情は知らんがね>
「え?」
<見てみたまえね、感動しないかね? キミはあの二人を知っているそうじゃないかね。み……ガルドの歴史的な大勝利の瞬間を目の当たりにし、是非書物にしたためたまえね>
「ガルドさん? このドローン、まさか拉致側から操作してるのか?」
<素晴らしいと思わないかね?>
「どうやるんだ一体」
<この凄さが理解できない男ではないと思ったのだがね>
「ありえねーだろ、フルダイブしながらドローン操作なんざ」
<技術的に不可能なのでね、彼らは今ログアウトして操作に専念していてだね>
「……助けるはずが、俺は助けられてるってわけか。ガルドさん……ログアウトできたならそのまま逃げたり、できないのか……?」
<逃げる? 誰から、どこへだね?>
「……う、ん」
 陽太郎はごくりと生唾を飲んだ。
 Aの返事はごく自然な言い方だったが、深い溝のような空気をまとっている。何らかの大きな差のような溝は、隠された事実なのだろう。それを知らないからこそ乗れた車であり、知らないからこそ指示に従う気になれている状況だ。
 彼が何者なのか。ガルドとどんな関係であり、なぜ自分や日電を助けてくれるのか。わからないまま信じるしかない。陽太郎は今、自身が所属している日電社とAを名乗る男が共通の思惑で動いているのではないのだとはっきり理解した。明らかにAは、ガルドへの窓口ではあるが、正気かどうかのボーダーに立っている。
 車は消防車と同じ速度で街中へと進んでいく。その背後で、まるで陽太郎の存在に気づいていないような様子で、北海道稚内の空をドローン軍が飛んでいく。堂々と、キビキビと。
「……ドローンショーのデモストに見えるな」
<おお、それは良いアイディア。拡散しておこうかね>
「なぁ、あれって戦ってるのか? ベルベットが集めた若いのと」
<うまく誘導しているだけでね。数を減らす目的はないのでね>
「誘導?」
<つい今しがた方針を、かの……ガルドが打ち出したのでね。『ベルベットは仲間に間違いないのだから、ちょっとお灸を据えるだけ』とね>
 鳥の群れに似たドローンの集合体は、素人が見ればショーの練習をしているようにも見えた。ドンパチの音はしない。だがマップで見ると各地で衝突を起こしている。赤と青の点がぶつかり、どちらかが残っている。
 一昔前の戦争とは違う。身の回りで起きていて、一見すると闘いには見えない。肉眼で見ても、小さな黒い点が空高いところでゆっくり飛行しているだけだ。
「そんなもんなのか」
<肩透かしかね? 実際、どいつもこいつも動機が不純かつバラバラなのでね。しかし龍田だけの問題ではなく、今こうなっているのはクソジジイのせい……あれさえ始末できれば……>
「ボスのニイチャンのことか? 逮捕しちゃえば?」
<証拠がない上に、残念ながらすぐ塀を飛び越えてくるのでね>
「参ったね」
 口では言いながら、陽太郎はアイディアを絞り出そうとあれこれ考えていた。日本からフルダイブ技術を排斥したい晃五郎が、犯罪行為に手を染めることで寸分の隙もないほど鉄壁の技術の壁を組んでいる。世論まで操作できるほどに。だがそれだけだ。理由は知らない。ガルドたちプレイヤーを救いたいだけの陽太郎にとって興味はない。
 ならば、事実が知れてしまえばいいではないか。なぜボスがそうしなかったのかと考え、陽太郎は「あぁ……」と落胆した。日電は確かに晃五郎の息がかかった情報操作の過去がある。罪に問われるだろう。だが社員一人一人ではなく、指示した人物……晃九郎、社長になるだろう。その上の晃五郎も道連れにはできるが、日電は旗印を失い現状のような被害者追跡業務はできなくなる。
「時期を見計らってるのか、ボスは」
 実際、グリーンランドやアラスカ、協力者阿国が一度乗り込むところまでいったクルーズ客船二隻など、被害者の位置特定まで至っている。現在陽太郎を助けているAなる男はガルドのことに詳しい様子でもあり、現在位置もおそらく知っているのだろう。
「ガルドさんたちの位置さえわかって、安全が確保できれば……ボスはきっと、自主する勢いで世間に『計画』のことを公表するぞ」
<だからこそ、彼らBJの位置は明かせないのでね。安全は保証できるがね>
「……なるほど、晃五郎はどうしようもないってことかぁ」
<やっぱ殺すしかないのではないかね?>
「それはそっちでやってくれよ」
 陽太郎は確信した。Aは計画を肯定的に進める立場なのだ。
 ドローンが街中から沿岸部へ移動していく。陽太郎は逆方向へと勝手に進む車の中から、粒の舞う空を眺めた。
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