上 下
346 / 401

339 なんて危険なことをしてるんだ美空は

しおりを挟む
 ガルドが見聞きした内容は、データ形式がバラバラだったものを無理やり文字列の日本語に書き換えて報告書の形に整えられた。ガルドがAIへイメージを送って出力したもので、口語に近い文体だが不備や誤字はない。
 データとして抽出すれば、脳波コン持ちには共有など数秒で事足りる。だからこそ、先に送っておいた報告書が読まれる時間より、榎本とガルドがチートマイスター・ギルドホームへ到着する時間の方が遅かった。
「が、ガル、ガルドっ!」
「うおわっ、なんだなんだ。ぷっとんじゃなくてお前かよ」
 ドアを開いてすぐ、掴みかかる勢いで乗り込んできたのは夜叉彦だった。ツンツンとした前髪が当たるほど近く寄ってきた夜叉彦が、珍しく焦った表情を隠さず詰め寄ってくる。
「この、この、報告書さぁ!」
 指で虚空をトントン叩いているが、ガルド達には手にしている夜叉彦側の報告書画面が見えていない。榎本は見えているかのように頷いた。
「おう、どーよ。コイツが向こう側を『覗き見』して取ってきた情報だ。すげぇだろ」
「なんで榎本が自慢げなんだよ、すごいのはガルドだけだろ。そんなことより! この『美空』だよ! 美空の情報、もうちょっとない!?」
「ミソラ? ああ、ベルベット傘下から離脱したとかいう」
 ガルドは隣で首を傾げ、もう一度こめかみの感覚を鋭利にした。目のピントがぐんと遠くに行き、宙を無気力に見つめたまま棒立ちになる。
「ねぇガルド……あれ? これもう潜ってるの?」
「おう。とりあえず落ち着け、夜叉彦。そっちの椅子までガルドの誘導頼む」
「手を引けばいい? やば、俺今手汗すごいよ」
「手汗エフェクト後からつけてるだけだろ。オートでスイッチオン? まじかよ、おいおい。どうしたんだよそんな興奮して」
「興奮!? 違うよ、動揺だよ!」
 夜叉彦の声が遠くに聞こえる。ガルドは夜叉彦に手を引かれている自覚もないまま、なすがままに歩いた。視界には確かにマカロンカラー一色に染まったチートマイスターのギルドホームロビーが見えているのだが、目の奥に届かない。
 ガルドは、言われた通り「美空」について調べた。得られるのはベルベットが意識して記録した美空に関するデータばかりだ。客観的なものはない。
<美空ちゃん 対象とセットで移動>
<支援>
<移動>
<対象の奪取チーム 計画通り>
<美空ちゃん 協力表明 チームへ組み込んで>
<移動路確保>
<完了 手配済み区画へ侵入>
<警備ドローン手配>
<阿国チャンと通話してる? 傍受できる?>
「阿国」
「阿国!?」
「阿国がどうした」
 ガルドの口から漏れ出た言葉に周囲がワッと身を乗り出した。ガルドの目は相変わらずすりガラスのように周囲をシャットアウトしており、通話ログやドローンへ飛ばしている信号を探るのに夢中だ。
<秘匿暗号通信のため 傍受不可>
<要注意>
<阿国チャンと美空チャンってそういえば知り合いだったワ。うっかりうっかり>
「ベルベット……」
 気の抜けた通話記録にガルドはため息をつき、夜叉彦を中心とした会議メンバーはワタワタと憶測に顔を青ざめ落ち着きなく動き回っている。
「あ、あの阿国と美空が会ってる? どうなってるだ外は」
「そもそも美空ってのは知り合いなのか、夜叉彦」
「リアルで最後に会った飲み会の時に言ってただろ? なぁ」
「ジャスが覚えてるとは」
「なにおう」
「あははは! 夜叉彦、ブルブル震えすぎー」
「メロはどうなんだよ、ベルベットに呆れてるぞガルド」
「全くアイツは爪が甘いんだよ」
<急いで頂戴、教授。政府の動きが思ったより早いわ>
<◼︎◼︎◼︎◼︎ ◼︎◼︎◼︎ ◼︎◼︎ ◼︎◼︎◼︎◼︎>
「うっ!?」
 ノイズの強い返事に一瞬たじろぎ、ガルドは集中力を切らせた。
「ガルド!?」
「っは、ぁ……強烈なフィルター……あれが……」
 白亜教授、だろう。
 ガルドは直感した。ベルベットに急ぐよう頼まれていた男性らしいが、年齢も声質も外部にバレないようフィルターをかけている。ベルベットの持つログでこれ以上教授の発言を探るのは危険だ。ガルドの耳がおかしくなりそうだった。
「大丈夫か?」
「ガルドぉ」
「お疲れー」
「一息ついたらどうだ? ほれ」
 気がつくと、ガルドの座る真ピンクのハート型ソファを囲むように、さまざまな顔ぶれが取り囲んでいた。ジャスティンはジョッキに入ったビールを手にしている。
「ん」
 もらって一口飲み、もう一口多めに煽ってからガルドは報告を始めた。
「白亜教授の声は聞こえなかった。ブロックされてる」
「キョージュ?」
「ああ。ベルベットと協力関係にありそうだった」
「メロ、聞いたことある?」
「うーん、そもそもアイツの知り合い多すぎー。把握しきれないし、教授の知り合いなんて二人、三人なんてザラだったから……」
「なるほど、判別つかないか」
「で、ガルド。美空については?」
「阿国と通話していたらしい。ベルベットが傍受しようとして弾かれてた」
「阿国……」
「阿国と美空、か。そもそもどんな繋がり?」
「……夜叉彦、美空というのは」
 ガルドの目線に夜叉彦が一つ深呼吸してから小さく答える。
「奥さんの名前……朝比奈美空」
「…………そうか」
「阿国と知り合うきっかけなんてねぇ、十中八九、今回の拉致事件に対応する形で出来た『被害者家族連絡会』に決まってるわ」
「ぷっとん、それって自主的なやつ? 美空が参加して、阿国が接触したってこと?」
「そうなるわね」
「対象とベルベットが呼んでいた三橋と、どうもセットで移動していたらしい。奪取チームという単語も出た」
「三橋の奪取をチームで行っていて、ベルベットが協力か指揮してたってことか」
「ん」
「なるほど、美空はそれに加わって……え?」
「む?」
「美空ちゃんは三橋くんと移動してた、は確実ね。三橋くんは奪取チームが奪った、というのも確実。つまり……」
「ベルベットは、美空を奪取チームに加えていた」
「どっ、どういうことー!?」
 夜叉彦が後ろに後退り、ファンシーなデザートが乗った猫脚ローテーブルに盛大にぶつかった。ヨーロピアンなティーカップががちゃんがちゃんと音を立てて揺れる。
「ちょっとー」
「どういう、どういうこと!? 美空が、え、だって三橋ってロシア、ロシアで捕まってて、つかま、えーっと、ロシアからどこだっけ」
「北海道の稚内だ」
「稚内! ロシアから近いよね!?」
「えーっと、確か最北端だからそうだねぇ」
「海! 海を超えて三橋と一緒にロシアから稚内まで来たってこと!?」
「あぶな……おっと」
 マグナが口に手を当ててハッとする。
「危ないよ、危ない危ない! あぁあー美空ぁー!」
 夜叉彦が錯乱している。
 ガルドはもう一度詳細を調べるべく、再度リアルのこめかみへ再接続した。
しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

神速の冒険者〜ステータス素早さ全振りで無双する〜

FREE
ファンタジー
Glavo kaj Magio 通称、【GKM】 これは日本が初めて開発したフルダイブ型のVRMMORPGだ。 世界最大規模の世界、正確な動作、どれを取ってもトップレベルのゲームである。 その中でも圧倒的人気な理由がステータスを自分で決めれるところだ。 この物語の主人公[速水 光]は陸上部のエースだったが車との交通事故により引退を余儀なくされる。 その時このゲームと出会い、ステータスがモノを言うこの世界で【素早さ】に全てのポイントを使うことを決心する…

運極さんが通る

スウ
ファンタジー
『VRMMO』の技術が詰まったゲームの1次作、『Potential of the story』が発売されて約1年と2ヶ月がたった。 そして、今日、新作『Live Online』が発売された。 主人公は『Live Online』の世界で掲示板を騒がせながら、運に極振りをして、仲間と共に未知なる領域を探索していく。……そして彼女は後に、「災運」と呼ばれる。

最悪のゴミスキルと断言されたジョブとスキルばかり山盛りから始めるVRMMO

無謀突撃娘
ファンタジー
始めまして、僕は西園寺薫。 名前は凄く女の子なんだけど男です。とある私立の学校に通っています。容姿や行動がすごく女の子でよく間違えられるんだけどさほど気にしてないかな。 小説を読むことと手芸が得意です。あとは料理を少々出来るぐらい。 特徴?う~ん、生まれた日にちがものすごい運気の良い星ってぐらいかな。 姉二人が最新のVRMMOとか言うのを話題に出してきたんだ。 ゲームなんてしたこともなく説明書もチンプンカンプンで何も分からなかったけど「何でも出来る、何でもなれる」という宣伝文句とゲーム実況を見て始めることにしたんだ。 スキルなどはβ版の時に最悪スキルゴミスキルと認知されているスキルばかりです、今のゲームでは普通ぐらいの認知はされていると思いますがこの小説の中ではゴミにしかならない無用スキルとして認知されいます。 そのあたりのことを理解して読んでいただけると幸いです。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

アニラジロデオ ~夜中に声優ラジオなんて聴いてないでさっさと寝な!

坪庭 芝特訓
恋愛
 女子高生の零児(れいじ 黒髪アーモンドアイの方)と響季(ひびき 茶髪眼鏡の方)は、深夜の声優ラジオ界隈で暗躍するネタ職人。  零児は「ネタコーナーさえあればどんなラジオ番組にも現れ、オモシロネタを放り込む」、響季は「ノベルティグッズさえ貰えればどんなラジオ番組にもメールを送る」というスタンスでそれぞれネタを送ってきた。  接点のなかった二人だが、ある日零児が献結 (※10代の子限定の献血)ルームでラジオ番組のノベルティグッズを手にしているところを響季が見つける。  零児が同じネタ職人ではないかと勘付いた響季は、献結ルームの職員さん、看護師さん達の力も借り、なんとかしてその証拠を掴みたい、彼女のラジオネームを知りたいと奔走する。 ここから第四部その2⇒いつしか響季のことを本気で好きになっていた零児は、その熱に浮かされ彼女の核とも言える面白さを失いつつあった。  それに気付き、零児の元から走り去った響季。  そして突如舞い込む百合営業声優の入籍話と、みんな大好きプリント自習。  プリントを5分でやっつけた響季は零児とのことを柿内君に相談するが、いつしか話は今や親友となった二人の出会いと柿内君の過去のこと、更に零児と響季の実験の日々の話へと続く。  一学年上の生徒相手に、お笑い営業をしていた少女。  夜の街で、大人相手に育った少年。  危うい少女達の告白百人組手、からのKissing図書館デート。  その少女達は今や心が離れていた。  ってそんな話どうでもいいから彼女達の仲を修復する解決策を!  そうだVogue対決だ!  勝った方には当選したけど全く行く気のしない献結啓蒙ライブのチケットをプレゼント!  ひゃだ!それってとってもいいアイデア!  そんな感じでギャルパイセンと先生達を巻き込み、ハイスクールがダンスフロアに。 R15指定ですが、高濃度百合分補給のためにたまにそういうのが出るよというレベル、かつ欠番扱いです。 読み飛ばしてもらっても大丈夫です。 検索用キーワード 百合ん百合ん女子高生/よくわかる献血/ハガキ職人講座/ラジオと献血/百合声優の結婚報告/プリント自習/処世術としてのオネエキャラ/告白タイム/ギャルゲー収録直後の声優コメント/雑誌じゃない方のVOGUE/若者の缶コーヒー離れ

VRMMOでチュートリアルを2回やった生産職のボクは最強になりました

鳥山正人
ファンタジー
フルダイブ型VRMMOゲームの『スペードのクイーン』のオープンベータ版が終わり、正式リリースされる事になったので早速やってみたら、いきなりのサーバーダウン。 だけどボクだけ知らずにそのままチュートリアルをやっていた。 チュートリアルが終わってさぁ冒険の始まり。と思ったらもう一度チュートリアルから開始。 2度目のチュートリアルでも同じようにクリアしたら隠し要素を発見。 そこから怒涛の快進撃で最強になりました。 鍛冶、錬金で主人公がまったり最強になるお話です。 ※この作品は「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過した【第1章完結】デスペナのないVRMMOで〜をブラッシュアップして、続きの物語を描いた作品です。 その事を理解していただきお読みいただければ幸いです。

異世界でネットショッピングをして商いをしました。

ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。 それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。 これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ) よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m hotランキング23位(18日11時時点) 本当にありがとうございます 誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。

Anotherfantasia~もうひとつの幻想郷

くみたろう
ファンタジー
彼女の名前は東堂翠。 怒りに震えながら、両手に持つ固めの箱を歪ませるくらいに力を入れて歩く翠。 最高の一日が、たった数分で最悪な1日へと変わった。 その要因は手に持つ箱。 ゲーム、Anotherfantasia 体感出来る幻想郷とキャッチフレーズが付いた完全ダイブ型VRゲームが、彼女の幸せを壊したのだ。 「このゲームがなんぼのもんよ!!!」 怒り狂う翠は帰宅後ゲームを睨みつけて、興味なんか無いゲームを険しい表情で起動した。 「どれくらい面白いのか、試してやろうじゃない。」 ゲームを一切やらない翠が、初めての体感出来る幻想郷へと体を委ねた。 それは、翠の想像を上回った。 「これが………ゲーム………?」 現実離れした世界観。 でも、確かに感じるのは現実だった。 初めて続きの翠に、少しづつ増える仲間たち。 楽しさを見出した翠は、気付いたらトップランカーのクランで外せない大事な仲間になっていた。 【Anotherfantasia……今となっては、楽しくないなんて絶対言えないや】 翠は、柔らかく笑うのだった。

処理中です...