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337 断片的な外

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「三橋くんが帰ったって!?」
「遅かったな、ぷっとん」
 意見の聞き取りと士気向上を目的にした緊急会合が終わり、人がはけてきた氷結晶城のメイン広場。飛び込んできたのは等身が大きく背の小さな少女型の、正しくはフェアリエン種という妖精モチーフのアバターだ。ピンクに寄った服装で手足を一生懸命振って走ってくるのが愛らしい。
「最悪三橋くんはどうでもいいとして、他のみんなは!? 絶望してたりしない!? 一人抜けて興奮状態とか!」
「ない」
「テンションは!」
「大丈夫」
 ガルドと榎本が順よく淡々と返事をしてやると、ようやくぷっとんは「へ?」と肩の力を抜いた。
「我々も危惧していたところだが、やはりフロキリプレイヤーたちは一味も二味も違うようだ。何も変わらない。少しばかり、三橋へのリスペクトが上昇」
「『戦略的安寧』ってやつは揺るぎないぜ、ぷっとん」
「あらま、想像以上にタフね」
「はっは! だよな!」
「自慢の奴らさ。この程度どうということはない。ははは」
 榎本とマグナが声をあげて笑う。ぷっとんの合流に気づいたのか、鈴音のメンバーと語り合う夜叉彦が話を切り上げて寄ってきた。
「温泉旅行中だったのにね、ぷっとん。お疲れ様。田岡さんは?」
「後ろから来るわ。遅いから置いてきちゃった」
「じゃ、田岡さんが来たら場所を移して打ち合わせかな? 向こう側に伝えてもらわないとね」
「一応三橋関連の話はさせといたけど、そうね。もうちょっと詳しく聞こうかしら」
「最近の田岡は頭もはっきりとしてきたからな。難しいところまで言えるだろう」
「そーね。ガッツリ頼みましょ。みんなは大丈夫?」
「布袋さんこそ、三橋さんと仲良かったじゃないですか」
「配慮しますよ?」
「おー? 言うわねぇー」
 ガルドは和気藹々と歩き始めた一団から少し離れた後方を、後追う形でついていく。一緒に並ばなかったのは、会話よりも仕事に集中したかったからだ。
 脳の奥で、以前噛ませてもらった生身用のサブデバイスを意識する。
「……」
「三橋くんがログアウトしたとして、十中八九ベルベットが絡んでるってわけでしょう?」
「そうだよ、アイツに違いない! 複雑だよホント」
「メロにとってはそうでしょうけど、特に鈴音の中にはベルベットを今でも慕ってる子は多いでしょ? ヴァーツはほら、ちょっとアレだけど」
「今更引退したオンゲを引っ掻き回すなっつーの」
「まぁまぁ。外で頑張ってくれてると思うよぉー」
「どうだか」
 再ログインした時、あの場で「佐野みずき」たちの身柄を拘束したのは叶野を含む協力技術者たちだった。彼らは全員が全員計画の賛同者というわけではないらしい。それは叶野が関西弁で語ったことであり、研究者たちが視線で訴えていたことでもある。
 そもそもAやムリフェインといったBJグループ担当者と、ミッドウェーの研究者がどこまで親密だったのか分からないが、おそらく技術でいえばBJ側の方が慎重で丁寧だったのだと分かる。叶野が「BJを24時間フォローしろなんて無謀」といった類の愚痴を漏らしていたのだ。つまりAたちはそれが出来るほど熟練していて、腕が良く、ミッドウェー島には代わりになるような技術者がいないということを示している。
「そういえば、三橋さんがやってた仕事の引き継ぎとかって……」
「それは難しい」
「大谷さん、把握してるんですか」
「探している女性がいることは聞いている。直属の上司が大事にしていた娘さんだそうだ。その彼女が、サンバガラスに加入した元・ソロプレイヤー」
「ああ、めんじゃこさんですね」
「彼女に散々振り回されてたよなぁ、三橋くん」
「その代わりを誰がするんだ?」
「誰もしなくていいんじゃない?」
「……」
 三橋のログアウトは知られているのだろうか。三橋本人の安全もそうだが、彼を救い出した人物が危害を加えられやしないだろうか。犯人側はどこまで情報を得ているのだろうか。ガルドはひとつ気になると何もかもが気になり、いてもたってもいられなくなっていた。
 そこで思い出したのだ。ミッドウェー島に引っ立てられた時、佐野みずきのこめかみにくっついていた小さなサブデバイスがつけられっぱなしであったことに。
<ONLINE>
 BJ管理側と情報を共有していないのだとすれば、ミッドウェー研究者たちは「どうすればいいかわからない」状態だっただろう。サブデバイスはAが独断で、その場でセットしたものだ。取っていいのかどうかも分からず、指示を仰ごうにもAは今忙しく、取るよりつけたままの方がいいと思われたかもしれない。
 もしくは、叶野のような反抗的なスタッフがわざとそのままにしていたのかもしれない。
<接続先 を 選択>
<パスワード>
 蜘蛛のWEBのような触感がする。ベタベタとしていてしつこい何かを、ガルドの手で鬱陶しく振り払うイメージ。
<接続 します>
 Aが仕込んだ支援AIは言葉を話せない。キーボードやマウスと同じように、デバイスとしてガルドの手足となって動く。生きている。リアルのこめかみについたままで、電源も生きているのだろう。いや、再ログインしてからしばらく経っているのだから充電してくれたに違いない。誰か、きっと味のしないお粥を持ってきてくれた日本人だ。
 気づくのが遅くなってしまったが、今のガルドにならばリアル側を偵察できる。生唾を飲む。気づかれないよう慎重に、三橋のことを調べなければ。
<検索>
「おい、おいガルド」
<『ロシア/被験者/グループ名不明』……『男性』>
 くそ。ガルドは歯痒く思う。三橋という個人名ばかり気にしていたが、彼を犯人たちはなんと呼んでいたのだろうか。Aに聞こうにも返事はない。大雑把な検索ワードばかり思い浮かぶ。
「ガルド」
<『若くて、日電社員、ウズベキスタンからの飛行機に搭乗中拉致され、ロシアへ運ばれた』>
「起きろー!」
「んぐ!?」
 大声が耳を貫いた。
「飛ぶなら選んでから飛べよ、ガルド。寝てんのか?」
「榎本……」
 いつの間にかギルドホーム行きのゲート・ドア前まで来ていた。周囲には榎本以外誰もいない。
「サンバガラスの方も人が増えたからな。ミーティングはチーマイのホームだ。いくぞー」
「ストップ」
「あ?」
「今、忙しい。外にアクセスしてみる」
「へ? なんだって?」
「やってみることを思いつくのが遅くなった」
「あー、外にアクセス? え、どうやって」
「……」
「あ、おい。入ってる……のか? ったく、そんなフルで別窓覗きながら、よくそんなスムーズにここまで歩いてこれるよな」
「……」
「仕方ねぇなぁオイ。<マグナ、ちょっと俺ら野暮用できたわ。先にはじめててくれ>」
<突然どうした>
<ちょっとな>


 清潔な水の匂い、消毒液と空気清浄機の匂い。
 燃えるような左腕の痛み。
 小柄な自分の肩、腹の奥のチクチクとした痛み。
 舌が口の中に張り付いている感覚。喉が渇いている気がする。久しぶりだが、そう遠い感覚ではない。
 ログアウトしたわけではないらしい。口を動かそうとすると、ガルドのデジタル的な口がモゴモゴと動く。ひげに覆われた硬い顎の感覚がフィードバックされ、佐野みずきの柔らかく細い顎は遠く感じた。
 雪がちらつく氷結晶城城下町の、石畳で覆われた地面を踏む感触もある。
<オン ライン>
 耳の奥で聞こえるのはAでもガルドでもない声だ。あまり聞き慣れない女性の、ボソボソとした覇気のない声だった。
<検索結果 0 件>
<ロシアに関する情報 は ありません>
「ないのか」
<基本的な 情報を閲覧する 権限>
「権限不足? ハ」
 鼻を鳴らす。虚空を睨むように力を入れ、声の主に名刺を投げつけるイメージ。
<許諾?>
「ベルベットと同等程度のアカウントだ」
<パスワード>
「ほら」
 片手を振って、蜘蛛糸を蹴散らす。女の声……録音したものを聞くような違和感を覚える
が、間違いなく佐野みずきの声で聞こえていたサブデバイスの支援AI音声が、耳にするには多すぎる情報量でめちゃくちゃに喋り出す。
<回収
「……現在進行形?」
「何がだ?」
 ガルドと榎本は同時に首を傾げた。
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