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65 城と椿
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「で、満足?」
「うむ!」
「圧倒的達成感」
元々のフロキリでは存在しなかったバスルームは、他のエリアと似たインテリアデザインで整えられていた。カビや防水のことなどお構い無しの美しい木の内装は、どこかドールハウスやモデルハウスのような現実感の無さがある。海外ゲームの名残か、トイレとシャワーブースが同じバスルームに設えてあるのも、六人にとっては現実的ではなかった。
壁はエントランスのそれに近い板張りで、床は暖かみのある石タイルがハニカム状に配置されていた。ガラス張りのシャワーブース、その中に首だけ出ているシャワーヘッドはメッキのレトロゴールドだった。ご丁寧に備え付けタオルにはドアノッカーと同じ黒い鹿の柄が描かれている。
「これだけひっぱれば十分だろ……で? なくなったか」
「一ミリも減らないことが分かった!」
夜叉彦が満足げに息を吐きながらそう断言した。彼の後ろに見えるペーパー引き出し部分のロールは、ビニールから下ろし立てのようにふっくらと分厚い。一ミリも、というのは事実なのだろう。測らなくても分かるほど完璧に分厚かった。
「安心だな、メロ」
「ま、まーね! ドラッグストアに行かなくて済むじゃん」
「買い置きして場所に悩むことも無さそうだな」
メロとマグナの自虐ジョークが炸裂する。乾いた笑いがバスルームに響いた。
「これで色々分かった気がするな」
榎本がおもむろにきびすを返し、同じ室内にあるシャワーブースに近寄っていく。ここ三日間で使用済みであり、どこに何があるかは把握していた。汚れも発生しないVR内だが、何故かシャワーから上がると身体がすっきりしたような気になる。ガルドはいつも通り朝に使用しており、風呂椅子が無いことを少し不満に思っていた。
榎本はブース隣の棚から、毎日使用していたバスタオルをひっつかむ。そしてトイレとは反対側にあるミラー付きの洗面台に立った。古めかしいが美しい金メッキの回転ハンドルをきゅっと捻り、出てきた水にタオルを浸した。滴る水が床も濡らす。
びちょびちょにしたタオルを、そのまま元のタオルかけに戻した。
「榎本、一体何を……おお?」
ジャスティンが瞠目した。
ぐっしょりと吸ったタオルが、みるみるうちに端から乾いていく。珪藻土のように水分をあっという間に失い、数秒で元のふんわりタオルへと戻った。
気付くと床も濡れていない。
「床もタオルも、こんなにすぐ乾くわけないよな」
この三日間できっかり三回シャワーを使っていたはずの仲間達は、タオルの驚くべき速乾性に目をぱちくりさせた。
使用後に掛け直したまま、その後の乾き具合など気にもしなかったのだ。独り身の榎本だけが家事を何から何まで行う男で、洗濯物が密室で放置すればどうなるか、身をもってよく知っていた。
「え、なにこれ」
「怖いな」
「やはり……水に濡れた状態を『状態異常』だと認識しているようだ。定位置に戻ることでそれが回復、リセットされたんだろう。この一件から察するに、装飾オブジェクトだったものには相当な自動回復が備わっている。気にせず使えるぞ」
マグナがそう説明するのを片耳で聞きながら、仲間達はとりあえず辺りにふんわり敷き詰められているトイレットペーパーを片付け始める。
中心に手や足を使って寄せ集める。こんもりと白い山になるころ、メロが一旦ラウンジまで戻っていった。アイテムボックスをこつこつとノックする音が遠くから聞こえ、ガルドは不思議に思いながら紙をわさわさと触って楽しむ。
戻ってきたメロは杖を持っていた。
「とりあえずえーい」
メロが水属性の単詠唱魔法を選択し、大量にあった紙を消しにかかった。
武器や装備以外であれば耐久値がある。マントや投げナイフ、罠などのバトル用小道具類に設定されたものだが、それがどうも様々な装飾品まで及んでいるらしい。
その耐久値を越えるダメージを受けると消滅し、越えなければ自己回復してゆく。回復するためには「定位置」に戻す必要があり、トイレットペーパーはホルダー。タオルは棚やタオル掛けが定位置らしい。
メロは魔法スキルを試し、耐久値を越える攻撃を受けて紙は全て消えた。
「なんで水? 普通に杖で殴ってもいいのに」
「え、だってトイレだよ?」
水属性にしたのはイメージの問題だったらしい。メロが笑いながら話すその内容に、仲間達は笑いながら感心した。
「さて、紙の心配はなくなったな。次に行くぞ」
マグナがバスルームから戻り、歩きながらそう切り出した。座らずそのまま進むよう促す。
ラウンジではなく個室が並ぶエントランスエリアの、最も扉に近い部分。大きく鎮座するメイン仕様のアイテムボックス前に立つ。
「お、とうとうだな!」
「ああ」
「別にログアウトとかのコマンドが使えないだけで、後は普段通りだぞ。そんな緊張すんなよ」
「ダメージ感覚も変わらなかったぞ?」
「サンキューなジャス。いきなり『俺を殴れ!』とか言い出したときはどうしようか悩んだが、無駄じゃなかったぜ」
「だろう!」
自信満々に切り出したジャスティンは、満足げな顔をして鼻頭を一つ掻いた。
つい昨晩の唐突な暴行要求に驚いたが、榎本の一発にも痛みを全く感じないことをジャスティンは証明して見せた。
「畳の素材かぁ……」
夜叉彦が空中をぼんやりと見つめながらそう呟く。インテリアの素材を集めるのは個人の楽しみだが、今回の目的はもちろん別のところにあった。
「とにかく青椿亭だ。戦闘エリアは行かないからな」
まるでクラスの委員長のようだとガルドは思い、それを囃し立てるお調子者を思い出しながら再現してみる。
「ぶー」
突然のガルドから発せられたブーイングに、榎本も驚きながら即座に同調する声をあげた。
「ぶーぶー!」
バトル大好きな二人の不満そうな表情に、マグナは譲らないといったスタンスで返事をした。
「……そんな顔してもダメだぞ」
「むう」
マグナはガルドのぶうたれた顔に思わず眉尻を下げた。甘やかすつもりはなかったが、ポーカーフェイスのガルドがこうして表情を崩す様子にいつも弱い。
「今度山に連れてってやるから、今日はいい子にしてろ」
「よっしゃ」
隣でにやにや笑いながら榎本がそう喜ぶと、こぶしで二回ボックスを叩いた。彼にしか見えない装備メニューから、セット済みの無属性一軍装備を脳波コンの架空クリックで素早く選択する。
瞬時にラフな革鎧が一転、氷の粒子に包まれながら白と金が印象的な赤マント付きの武装へと切り替わった。
「さっさと行こうぜ!」
「子どもか」
「言ってろ」
そして次々に仲間達は武器を取る。
敵が出るようなエリアには行かないが、念のために世界大会対策で練り上げたオールマイティ最練装備で玄関前に揃い踏む。耐久値のある装飾品も全て身に付けた。ジャスティンは脳天を守るヘッドギアまで着けている。
目指すはここと同じ中央エリア、城に向かう途中に建つ贔屓の酒場「青椿亭」だ。
日本サーバー最強ギルドの六人は、何時いかなる時もチームワークを忘れない。無理をしない程度に協調し合い、相手の弱点を補うよう意識して行動するのが強みだった。
「飛べないとめんどいな」
公式で使用される「ファストトラベル」という名前を動作で称しながら、榎本は楽しそうに町を歩いていた。
「確かに、ホームから城までは飛べるし。この道を歩くのなんて久しぶりだ。用事無いからなぁ……」
夜叉彦がのびをひとつしながら返す。
「メルヘンだ」
「おお、童話的でいいな!」
先頭を歩くガルドとジャスティンは、目に入る色合いをそう表現しながら歩いた。
ギルドホームがあるエリアから城へ向かう城下町は、後方のロンドン風からうって変わり「北欧デザイン」になっている。
近代のモダンなデザインが並び、絵本のような愛らしい色合いが華を添える商店街が見事だ。煉瓦もロンドンの重厚な色合いから一転、赤みの強いものになった。くすんでいた壁は塗り立てのペンキのように鮮やかだ。
そして、その町をしんしんと雪が降り包んでゆく。
「ホームも居心地良いが、引きこもりは気分が暗くなるからな。やはり三日目で出てきて正解だった」
「リアルでは引きこもりでも?」
「酪農家からすればSEは全員引きこもりに見えるだろうが、俺は毎朝通勤していたからな。断じて引きこもりではない」
「だから農家だってば! 牛飼ってない!」
「牛……いいね、乳。チーズのたっぷりかかったグラタン食べたい。こんがり焼き目のついたやつ」
「いいな! じゃ、俺はスパゲッティだ!」
「魚がいい」
「牛でいじられてたの聞いてたよね、牛縛りで希望挙げないの? ほんとみんな自由すぎる~」
「では俺が子牛のシチューをチョイスしよう」
「律儀だな、マグナ」
「ニンジンは好きだ。なにより熱々のものが食べたい」
「ずっと冷たいかヌルいのばっかりだったからなぁ」
仲間達は青椿亭のメニューを次々に声に出す。しかしNPCや受付AIがいるかどうかはまだ不明だ。無駄足になる可能性はゼロではない。
まず初日の装備販売店に店員がいなかったことを考えると、望みは薄かった。実際に大勢いたはずの「町民AI」の姿はゼロで、プレイヤーもたった六人に減った。町は廃墟に近い。
それでもうきうきとした様子でメンバーが歩くのは、街頭や店内照明が明るく灯っているからだった。加えてBGMにお馴染みの曲が流れている。この町の共通テーマ曲を北欧風にアレンジした、このエリア限定のものだ。完全にフロキリ時代と同じ仕様の町になっている。
「……店員、いるといいな」
ジャスティンが珍しくポツリと漏らす。独り言ですら大声だった彼がボリュームを落とすのを、他のメンバーは聞き逃さずフォローに入った。
「ジャス、きっと大丈夫だ」
「そうそう。どんな仕組みで食材を調理してたのかわからないけど、なんとかなるって」
「そうだな。もし今回がダメでも、ぷっとんを見つけてやれば全て解決する。今は俺たちに出来る調査を片っ端から片付けるだけだ」
「あいつなら色々MOD持ってるだろ」
「アイテムボックスまで改造していたからな、規格外だと思うぞ。使えればだいぶ住みやすくなるはずだ」
そうやって理想を雑談として共有しあううちに、視界に大きな建物の一部が現れた。若干のカーブを描いていた通りが隠れていた、氷や水晶のような透明感のある城の入り口が見えてくる。
「あ……」
氷結晶城という名前がつけられたその城は、世界を自由に出入り出来たころの入り口だった。
「こっちにもあるよな、そりゃ」
「ログインの為だけの城、なんだけどね」
全員がその雄大な城をじっと見つめ、あることを考える。
「……試しに座ってみたり、する?」
メロが振り向きざまに、おずおずと提案した。
ログインの際は座った状態でやって来る。その複数ある玉座に座ったとき、果たしてどうなるのだろうか。あっさりログアウトできないだろうか。希望を込めてメロは仲間に聞いてみたのだった。
全員が「ありえない」ことだとは理解していた。
フロキリはログアウトボタンがあるゲームだ。たとえマッチング待機中でもクエスト中であっても、もちろん中断リタイア扱いになるが、ログアウト可能だった。
今はない。
動作一つで抜け出せたら苦労しないだろう。そんなことは全員分かっている。
「……青椿亭済ませたら、行ってみよう」
ガルドも勿論分かっていたが、メロの意見に同意した。解決法としての信憑性はともかく、可能性が欠片でもあるのならば試したかった。
「寄るくらいならいいんじゃね?」
「もちろんだとも!」
仲間達も嫌な顔一つせずに乗り気であることを示した。メロは逆に驚いた様子で仲間たちを見回していた。どうやら反対されると思っていたようだ。ガルドはそう思ったメロの考えも理解できる。
「どうせ、なんて反対の理由にはならない」
ガルド自身、心のどこかでは期待を裏切られることへの恐怖がある。なにも起こらなかった時にがっかりするのは嫌だったが、不安を押し殺して仲間に小さく笑い掛けた。
「何もなかったとしても、気にしない……『エリア調査』だと思えば楽しい」
ガルドが城の探索をそう表現すると、弾かれたように仲間達が笑いだした。
エリア調査というのはガルド達がフロキリで行ってきた「新規フィールドエリアお試しトライ」の通称だ。
「くくっ、本物の調査活動だな!」
「フロキリじゃなくなったこのゲーム、全部俺たちで調査するのか」
「ワクワクしてきた」
「おお! 隅から隅まで踏破してやろう!」
直前とは一転、楽しそうな声をあげながら城の見える街路を後にした。いつも空ビンが落ちているジューススタンドを目印に、一つ角を曲がり馴染みの店へ進む。
「懐かしいよな、エリアの調査なんて」
「夜叉彦なんて全然したことないでしょ」
「一回あるよ。信徒の塔」
「うわー結構前だなー」
「秋ごろだったか?」
「ああ」
懐かしむように、つい一年前のエリア調査について語り出す。そして青椿の生け垣が見えてくるまで歩き続けた。
「うむ!」
「圧倒的達成感」
元々のフロキリでは存在しなかったバスルームは、他のエリアと似たインテリアデザインで整えられていた。カビや防水のことなどお構い無しの美しい木の内装は、どこかドールハウスやモデルハウスのような現実感の無さがある。海外ゲームの名残か、トイレとシャワーブースが同じバスルームに設えてあるのも、六人にとっては現実的ではなかった。
壁はエントランスのそれに近い板張りで、床は暖かみのある石タイルがハニカム状に配置されていた。ガラス張りのシャワーブース、その中に首だけ出ているシャワーヘッドはメッキのレトロゴールドだった。ご丁寧に備え付けタオルにはドアノッカーと同じ黒い鹿の柄が描かれている。
「これだけひっぱれば十分だろ……で? なくなったか」
「一ミリも減らないことが分かった!」
夜叉彦が満足げに息を吐きながらそう断言した。彼の後ろに見えるペーパー引き出し部分のロールは、ビニールから下ろし立てのようにふっくらと分厚い。一ミリも、というのは事実なのだろう。測らなくても分かるほど完璧に分厚かった。
「安心だな、メロ」
「ま、まーね! ドラッグストアに行かなくて済むじゃん」
「買い置きして場所に悩むことも無さそうだな」
メロとマグナの自虐ジョークが炸裂する。乾いた笑いがバスルームに響いた。
「これで色々分かった気がするな」
榎本がおもむろにきびすを返し、同じ室内にあるシャワーブースに近寄っていく。ここ三日間で使用済みであり、どこに何があるかは把握していた。汚れも発生しないVR内だが、何故かシャワーから上がると身体がすっきりしたような気になる。ガルドはいつも通り朝に使用しており、風呂椅子が無いことを少し不満に思っていた。
榎本はブース隣の棚から、毎日使用していたバスタオルをひっつかむ。そしてトイレとは反対側にあるミラー付きの洗面台に立った。古めかしいが美しい金メッキの回転ハンドルをきゅっと捻り、出てきた水にタオルを浸した。滴る水が床も濡らす。
びちょびちょにしたタオルを、そのまま元のタオルかけに戻した。
「榎本、一体何を……おお?」
ジャスティンが瞠目した。
ぐっしょりと吸ったタオルが、みるみるうちに端から乾いていく。珪藻土のように水分をあっという間に失い、数秒で元のふんわりタオルへと戻った。
気付くと床も濡れていない。
「床もタオルも、こんなにすぐ乾くわけないよな」
この三日間できっかり三回シャワーを使っていたはずの仲間達は、タオルの驚くべき速乾性に目をぱちくりさせた。
使用後に掛け直したまま、その後の乾き具合など気にもしなかったのだ。独り身の榎本だけが家事を何から何まで行う男で、洗濯物が密室で放置すればどうなるか、身をもってよく知っていた。
「え、なにこれ」
「怖いな」
「やはり……水に濡れた状態を『状態異常』だと認識しているようだ。定位置に戻ることでそれが回復、リセットされたんだろう。この一件から察するに、装飾オブジェクトだったものには相当な自動回復が備わっている。気にせず使えるぞ」
マグナがそう説明するのを片耳で聞きながら、仲間達はとりあえず辺りにふんわり敷き詰められているトイレットペーパーを片付け始める。
中心に手や足を使って寄せ集める。こんもりと白い山になるころ、メロが一旦ラウンジまで戻っていった。アイテムボックスをこつこつとノックする音が遠くから聞こえ、ガルドは不思議に思いながら紙をわさわさと触って楽しむ。
戻ってきたメロは杖を持っていた。
「とりあえずえーい」
メロが水属性の単詠唱魔法を選択し、大量にあった紙を消しにかかった。
武器や装備以外であれば耐久値がある。マントや投げナイフ、罠などのバトル用小道具類に設定されたものだが、それがどうも様々な装飾品まで及んでいるらしい。
その耐久値を越えるダメージを受けると消滅し、越えなければ自己回復してゆく。回復するためには「定位置」に戻す必要があり、トイレットペーパーはホルダー。タオルは棚やタオル掛けが定位置らしい。
メロは魔法スキルを試し、耐久値を越える攻撃を受けて紙は全て消えた。
「なんで水? 普通に杖で殴ってもいいのに」
「え、だってトイレだよ?」
水属性にしたのはイメージの問題だったらしい。メロが笑いながら話すその内容に、仲間達は笑いながら感心した。
「さて、紙の心配はなくなったな。次に行くぞ」
マグナがバスルームから戻り、歩きながらそう切り出した。座らずそのまま進むよう促す。
ラウンジではなく個室が並ぶエントランスエリアの、最も扉に近い部分。大きく鎮座するメイン仕様のアイテムボックス前に立つ。
「お、とうとうだな!」
「ああ」
「別にログアウトとかのコマンドが使えないだけで、後は普段通りだぞ。そんな緊張すんなよ」
「ダメージ感覚も変わらなかったぞ?」
「サンキューなジャス。いきなり『俺を殴れ!』とか言い出したときはどうしようか悩んだが、無駄じゃなかったぜ」
「だろう!」
自信満々に切り出したジャスティンは、満足げな顔をして鼻頭を一つ掻いた。
つい昨晩の唐突な暴行要求に驚いたが、榎本の一発にも痛みを全く感じないことをジャスティンは証明して見せた。
「畳の素材かぁ……」
夜叉彦が空中をぼんやりと見つめながらそう呟く。インテリアの素材を集めるのは個人の楽しみだが、今回の目的はもちろん別のところにあった。
「とにかく青椿亭だ。戦闘エリアは行かないからな」
まるでクラスの委員長のようだとガルドは思い、それを囃し立てるお調子者を思い出しながら再現してみる。
「ぶー」
突然のガルドから発せられたブーイングに、榎本も驚きながら即座に同調する声をあげた。
「ぶーぶー!」
バトル大好きな二人の不満そうな表情に、マグナは譲らないといったスタンスで返事をした。
「……そんな顔してもダメだぞ」
「むう」
マグナはガルドのぶうたれた顔に思わず眉尻を下げた。甘やかすつもりはなかったが、ポーカーフェイスのガルドがこうして表情を崩す様子にいつも弱い。
「今度山に連れてってやるから、今日はいい子にしてろ」
「よっしゃ」
隣でにやにや笑いながら榎本がそう喜ぶと、こぶしで二回ボックスを叩いた。彼にしか見えない装備メニューから、セット済みの無属性一軍装備を脳波コンの架空クリックで素早く選択する。
瞬時にラフな革鎧が一転、氷の粒子に包まれながら白と金が印象的な赤マント付きの武装へと切り替わった。
「さっさと行こうぜ!」
「子どもか」
「言ってろ」
そして次々に仲間達は武器を取る。
敵が出るようなエリアには行かないが、念のために世界大会対策で練り上げたオールマイティ最練装備で玄関前に揃い踏む。耐久値のある装飾品も全て身に付けた。ジャスティンは脳天を守るヘッドギアまで着けている。
目指すはここと同じ中央エリア、城に向かう途中に建つ贔屓の酒場「青椿亭」だ。
日本サーバー最強ギルドの六人は、何時いかなる時もチームワークを忘れない。無理をしない程度に協調し合い、相手の弱点を補うよう意識して行動するのが強みだった。
「飛べないとめんどいな」
公式で使用される「ファストトラベル」という名前を動作で称しながら、榎本は楽しそうに町を歩いていた。
「確かに、ホームから城までは飛べるし。この道を歩くのなんて久しぶりだ。用事無いからなぁ……」
夜叉彦がのびをひとつしながら返す。
「メルヘンだ」
「おお、童話的でいいな!」
先頭を歩くガルドとジャスティンは、目に入る色合いをそう表現しながら歩いた。
ギルドホームがあるエリアから城へ向かう城下町は、後方のロンドン風からうって変わり「北欧デザイン」になっている。
近代のモダンなデザインが並び、絵本のような愛らしい色合いが華を添える商店街が見事だ。煉瓦もロンドンの重厚な色合いから一転、赤みの強いものになった。くすんでいた壁は塗り立てのペンキのように鮮やかだ。
そして、その町をしんしんと雪が降り包んでゆく。
「ホームも居心地良いが、引きこもりは気分が暗くなるからな。やはり三日目で出てきて正解だった」
「リアルでは引きこもりでも?」
「酪農家からすればSEは全員引きこもりに見えるだろうが、俺は毎朝通勤していたからな。断じて引きこもりではない」
「だから農家だってば! 牛飼ってない!」
「牛……いいね、乳。チーズのたっぷりかかったグラタン食べたい。こんがり焼き目のついたやつ」
「いいな! じゃ、俺はスパゲッティだ!」
「魚がいい」
「牛でいじられてたの聞いてたよね、牛縛りで希望挙げないの? ほんとみんな自由すぎる~」
「では俺が子牛のシチューをチョイスしよう」
「律儀だな、マグナ」
「ニンジンは好きだ。なにより熱々のものが食べたい」
「ずっと冷たいかヌルいのばっかりだったからなぁ」
仲間達は青椿亭のメニューを次々に声に出す。しかしNPCや受付AIがいるかどうかはまだ不明だ。無駄足になる可能性はゼロではない。
まず初日の装備販売店に店員がいなかったことを考えると、望みは薄かった。実際に大勢いたはずの「町民AI」の姿はゼロで、プレイヤーもたった六人に減った。町は廃墟に近い。
それでもうきうきとした様子でメンバーが歩くのは、街頭や店内照明が明るく灯っているからだった。加えてBGMにお馴染みの曲が流れている。この町の共通テーマ曲を北欧風にアレンジした、このエリア限定のものだ。完全にフロキリ時代と同じ仕様の町になっている。
「……店員、いるといいな」
ジャスティンが珍しくポツリと漏らす。独り言ですら大声だった彼がボリュームを落とすのを、他のメンバーは聞き逃さずフォローに入った。
「ジャス、きっと大丈夫だ」
「そうそう。どんな仕組みで食材を調理してたのかわからないけど、なんとかなるって」
「そうだな。もし今回がダメでも、ぷっとんを見つけてやれば全て解決する。今は俺たちに出来る調査を片っ端から片付けるだけだ」
「あいつなら色々MOD持ってるだろ」
「アイテムボックスまで改造していたからな、規格外だと思うぞ。使えればだいぶ住みやすくなるはずだ」
そうやって理想を雑談として共有しあううちに、視界に大きな建物の一部が現れた。若干のカーブを描いていた通りが隠れていた、氷や水晶のような透明感のある城の入り口が見えてくる。
「あ……」
氷結晶城という名前がつけられたその城は、世界を自由に出入り出来たころの入り口だった。
「こっちにもあるよな、そりゃ」
「ログインの為だけの城、なんだけどね」
全員がその雄大な城をじっと見つめ、あることを考える。
「……試しに座ってみたり、する?」
メロが振り向きざまに、おずおずと提案した。
ログインの際は座った状態でやって来る。その複数ある玉座に座ったとき、果たしてどうなるのだろうか。あっさりログアウトできないだろうか。希望を込めてメロは仲間に聞いてみたのだった。
全員が「ありえない」ことだとは理解していた。
フロキリはログアウトボタンがあるゲームだ。たとえマッチング待機中でもクエスト中であっても、もちろん中断リタイア扱いになるが、ログアウト可能だった。
今はない。
動作一つで抜け出せたら苦労しないだろう。そんなことは全員分かっている。
「……青椿亭済ませたら、行ってみよう」
ガルドも勿論分かっていたが、メロの意見に同意した。解決法としての信憑性はともかく、可能性が欠片でもあるのならば試したかった。
「寄るくらいならいいんじゃね?」
「もちろんだとも!」
仲間達も嫌な顔一つせずに乗り気であることを示した。メロは逆に驚いた様子で仲間たちを見回していた。どうやら反対されると思っていたようだ。ガルドはそう思ったメロの考えも理解できる。
「どうせ、なんて反対の理由にはならない」
ガルド自身、心のどこかでは期待を裏切られることへの恐怖がある。なにも起こらなかった時にがっかりするのは嫌だったが、不安を押し殺して仲間に小さく笑い掛けた。
「何もなかったとしても、気にしない……『エリア調査』だと思えば楽しい」
ガルドが城の探索をそう表現すると、弾かれたように仲間達が笑いだした。
エリア調査というのはガルド達がフロキリで行ってきた「新規フィールドエリアお試しトライ」の通称だ。
「くくっ、本物の調査活動だな!」
「フロキリじゃなくなったこのゲーム、全部俺たちで調査するのか」
「ワクワクしてきた」
「おお! 隅から隅まで踏破してやろう!」
直前とは一転、楽しそうな声をあげながら城の見える街路を後にした。いつも空ビンが落ちているジューススタンドを目印に、一つ角を曲がり馴染みの店へ進む。
「懐かしいよな、エリアの調査なんて」
「夜叉彦なんて全然したことないでしょ」
「一回あるよ。信徒の塔」
「うわー結構前だなー」
「秋ごろだったか?」
「ああ」
懐かしむように、つい一年前のエリア調査について語り出す。そして青椿の生け垣が見えてくるまで歩き続けた。
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