上 下
297 / 380

291 drink it!

しおりを挟む
 サルガスは、要するにアンケートタイプのアプリ改良BOTである。
 そう結論が出された今は、以前より矢継ぎ早かつ淡々としたアンケートを吐き出されるサンドバッグのような扱いに変わっていた。
 拉致直後の、ガルドやメロが言葉を選びながら行っていた改善依頼とは違う。住環境の改善に必要そうなキーワードを聞かせるだけのBOTとして扱われている。結果が上手く出ないのも含め、一般的なAIだ。
「ギリギリだったね、日本語フォント」
「夜叉彦のそれもかっこいい」
「へへへ~ありがと、ガルド。背中に背負うのっていいよね」
「なんで義なんだよ」
「ヒーローっぽいじゃん」
「そんな趣味あったか?」
 蛍光色に光る綿毛から辛うじて見える夜叉彦の背中には、アップデートが間に合った日本語フォント装飾で書かれた筆文字の「義」の字がくっきりと書かれている。ガルドの金色に輝く豪華絢爛な胸部装甲プレートに「怒髪天」の三文字——榎本が決めた文字だ。逆に榎本の袴には大きく「二枚目寄りの三枚目」と書かれている。ガルドが決めたものだ。
「二人とももうちょっと派手にしないと、周りに比べて質素だと目立つよ?」
「ゲーム上の妙、ってやつだな」
「十分派手」
「確かに普段に比べて派手なのは分かるんだけどさ」
 夜叉彦は尻尾を振って見せびらかせてきた。
 恐竜のような尻尾は、付け根から先へかけてライトが流れるように点滅している。鮮やかなケミカルライトらしい輝きは、一昔前の「映え」という文化をガルドに思い起こさせた。廃れてかなり経つがまだ人気な文化だ。
「ガルドはもうちょっと装飾に動きつけた方がいいし」
「装飾に動き?」
「榎本はかっこいいんだけど『ダサさ』が足りないよね」
「ダサい感じを敢えて目指してみたつもりなんだが!?」
 榎本の装備に生えている羽は、まるで天使のコスプレのような違和感がある。だがゲーム内で本当に天使を表現する類の羽に近いせいか、リアルで見るほどダサいわけではない。
「かっこつけて見えるんだよね」
「かっこつけてないわけないだろ」
「ダサい恰好をするのがかっこいいと思っている、ってこと?」
 夜叉彦が目を丸くしている。ガルドは反対の言葉同士が両立しているらしい解釈に混乱し、榎本は自信満々で「おう」と返事をした。
「ダサかっこいいって難しい」
「そうだねぇ、ガルド。俺からすればダサいってギャグ的なアレだよね。ネタっていうのかな。そういう感じ」
「あー、少し昔の流行りだからな」
 着こんだ直後は恥ずかしがっていたことを棚に上げつつ、榎本は腰をひねって背中の羽でガルドのアバターボディにちょっかいをかけた。羽でビンタするつもりだったのだろう。だが半透明にすり抜けるばかりで、接触する感覚はない。
「うざ」
「っへっへ、横幅デカっていいだろ」
「金には負ける」
「百式そのまんま着てるだけじゃシンプル過ぎるよ、ガルド」
「この輝きで足りないのか……」
 ガルドは黄金に輝く鎧を見下ろし、ため息をついた。顔まで覆うフルフェイスは非表示にしているが、あえて被ってしまってもいい気がする。目立ちたくないが目立たないと目立ってしまうという、ゲーム中ならではの文化に顔を赤らめた。
「これ以上派手にはちょっと……」
「どうせアバターじゃん。かっこいい恰好でスクショ取りまくるの気持ちいいよ」
「あとで眺めて『あんときのだ』ってすぐ分かるのがいいよなぁ」
「そうそう」
 榎本と夜叉彦が羽や尻尾を振り回して笑っている。遠くに見えてきた「お祭り」の会場をうろつく友人たちも、全員ガルドの金色がかすむほど豪華な恰好をしていた。シンプルなガルドは入口の時点で既に浮いている。
 パーティ会場に柄のない和服で入っていくようなものだろうか。
 ガルドは少し立ち止まり、非表示にしていた追加装飾品である「マント:ONRYO」を表示設定に変えた。
「うっわ! 出た!」
「ひゃわー! ガルド、それ持ってんの!?」
 遅れたガルドを振り返った二人が驚いている。ガルドは「初めて装備した」と補足しながら、ニヤリと笑って歩き出した。


 羽や恐竜の尻尾に負けない背後霊が、金色のガルドの背中から飛び出している。悪霊と名付けられたマント装備は、全くマントの役割を果たしていない。ガルドの背中から頭の上へ覆いかぶさるように爪の長い両手をかぶせ、溶けかかった霊魂が叫んでいるような顔が今にもガルドを食らおうと上から襲い掛かっている状態で停止している。時たま雄たけびを上げるエフェクトがついており、身をよじらせて叫んでいる。
「こっわ」
「怨霊マントって持ってないなぁ」
「俺も持ってねぇよ。イベントのレアドロだぞ?」
「ふふん」
「うわ、ドヤ顔だよ」
 ガルドは鼻高々に足を進めるが、内心ちょっと怖かった。一人称のガルドからマントはほとんど見えないのだが、たまにホラー映画で聞くような怨霊のうめき声が耳元から聞こえ、さらに勝手に叫び、その上たまに上からガルドをのぞき込んでくる。
 落ちくぼんだ真っ黒な目の空洞が一瞬赤く光るのが怖い。だからこそずっとインベントリに収納しっぱなしだったのだが、今目立たないためにはこれしかないとガルドは判断した。
「わーっ、大将かっけー!」
「百式にホラーってどうよ」
「ガルドとセットで二倍怖いってな。あっはは」
「あ、ちょっと被っちゃいましたか。でもまぁ全然違うというか……いかにもって感じですね、ガルドさん」
「いかにも……」
 優しそうな声で毒のある事を言うのは、ヴァーツの中でも比較的常識人な「けんうっど!」だ。夜叉彦の言う通り、ガルドと同じ金色のジパングゴールド装備にこれでもかと点滅するライトをくっつけている。クリスマスのイルミネーションを思わせる点滅のライトと、腰に下げた「口がOの字にぽっかりあいた黄色い鶏」の形をした片手剣がよく目立つ。
「いかにも化け物背負った金色のゴリラって感じです」
「けんうっど」
「ぎゃははは! シルバーバックがゴールドでウォーキングデッド! ぎゃはは!」
「DBB……か?」
 横から飛び出してきたミラーボールが何かしゃべっている。
「なんだよガルドぉ~、相変わらず無口。ムスッ。イエァ!」
 直径1mほどの球体が全身で光を反射しながら右へ左へと転がっている。長身男性だったアバターの名残はない。どこでどうゲットしたのか分からないが、どうやら何かのコラボアイテムらしい。見慣れないロゴが背面に大きく載っている。
「まぶしっ」
 榎本が指をタカタカと動かし、非表示だったものを表示に切り替えた。素早く榎本の目元が派手なサングラスで覆われる。赤と青と白のストライプは、明らかにアメリカ国旗をイメージした配色だ。フレームの形が星なのも意図的だろう。
「オッ、榎本もアメリカンじゃーん!」
「いえーい」
 意味もなく榎本までその場でステップを踏み始めた。DBBと揃ってはしゃぐ様子はまるで子どもだ。
「アルコールは? あっち? っしゃ、飲むぞ~遊ぶぞ~」
「サルガスに『注文』してた例のアレ、どんなガワになった?」
「おおい、まずは開会式だろー?」
「乾杯さっきあっちで声聞こえたけど」
「もっと上がる曲かけて」
「FOOO! YEAH!」
「やっぱ仮想だとウーファーっぽさがないよなぁ」
「跳んで揺らすのも効果ないぞ」
「叩くしかない! 各々、太鼓を持てぃ!」
 大勢のプレイヤーたちが適当に装備をぶつけ合い、ガントレットを打ち鳴らし、響くような低音の衝突音を上げている。中には口を使ってボイスパーカッションをしている者もおり、次第にぎこちない音楽モドキに整い始めた。
「ライブハウスみたいだな」
 榎本がしみじみとしており、周囲の面々に「だよな」と同意を得ている。ガルドは行ったこともないリアルのライブハウスを想像し、赤の他人しかいない室内への魅力に首を傾げた。
 絶対にここの方がいいだろう。フロキリを好きな者しかいないという安心感と、同じ時間と世界を共有する仲間たちだ。ソロプレイばかりで縁が遠いとしても、一夜のクラブでたまたま現在地が同じだけの人間よりはよっぽど密な仲をしている。
 以前大会合を開催した広間は、救助され顔ぶれに加わったソロのメンバーが加わったため窮屈なほど人が密集していた。ガルドは思わず笑顔になる。この広場だけ切り抜けば、かつて同時接続が万を超えた時代に戻ったかのようだ。
 嬉しくて笑っているガルドの笑顔と、直上から唸る怨霊マントの悲鳴が重なる。手作りで作られた提灯やガス灯の光が上からスポットライトのように当たっているため、鼻と顎以外の顔全面が真っ暗になった。
 笑った口元の歯だけが光る。
「ひっ」
「うわ!」
「脅かすなよ」
 何もしていないガルドは、眉をぐんとハの字にして周囲に無実を訴えかけた。


 人をかき分ける。出店を一つ一つ見て、榎本と一緒に冷やかしていく。
 出店の店主も全員拉致被害同士のゲーム仲間たちだ。金のやり取りもなく、押し付けるようにして渡してくる串の形の食べ物を何本も何本もガルドは食べ続けた。
「りんご飴どう? こんな大きいの、リアルじゃ食べきれないよね」
「この何も入ってないのがいいんだよ。キャベツを焼いただけってのが」
「ケバブ! ソースは二種類! ヨーグルトとチリだぜ」
 夏の陽気が狭い広場いっぱいに凝縮されている。遠くで誰かがけたたましく笑う声がし、続けてガルドの横から人が転んだような大きな音が聞こえた。誰がどこにいるのか分からないが、とにかく全員ここで騒いでいるのは間違いない。
「っはー! 最高!」
 榎本はすぐ隣にいるが、たくさんのプレイヤーたちとひっきりなしに喋っては踊り、突然殴り合い、ダメージを追わないフレンドリファイヤ設定で腕をガッチリとぶつけあって楽しんでいる。
 ガルドは隣で串挿しのお祭りフードを食べながら祭りの様子を眺めていた。時折話しかけられるが、榎本に比べると人数も内容も少ない。少々遠巻きに見られているらしい。
「アラぁ? 随分静かじゃない。せっかくなんだからもっとはしゃいでいいのよ~?」
 すれ違いざまにチートマイスター・サブギルドマスターのぷっとんがガルドを心配した。だがガルドは満足げに一つ笑い、十分楽しんでいるのだと胸を張る。
「これくらいがいい。ちょうどいい」
「そぉ? 年相応に見えちゃってるわよ。はいこれ、あげる」
 背の小さなぷっとんから見上げる形で、無理やりピンクの綿のようなものを渡された。綿あめだ。黄色や青の砂糖菓子がくっついている。
 しかしガルドは両手の指の間にいっぱい焼き鳥を持っていたため、ぷっとんに押し付けられた綿あめを握る余裕はなく、ぺろりと一瞬で食べきった。
「そ、そのマント着てるとさ。綿あめがモツに見えちゃうね。あはは」
 口いっぱいに広がるストレートな甘さとふわふわした感覚がすぐに消え、ぷっとんもすぐに通り過ぎて去っていった。
「おっと。あ? なにチンケにうろうろしてんだ、ガルド」
 適当に歩いているといつかはぶつかるだろうと思ったが、ガルドにぶつかってケロリとしていられる人間は多くない。たまたま今日初めてぶつかったのは、逆にガルドを揺さぶるのが好きな変わり者だった。
「JINGO」
「へっへ、ほらよ。頭から被りたいのか?」
「それは困る」
 ミン神殿でボディに変更を加えたのだろう。以前と違い裸に蛍光グリーンの塗料を塗りたくっている。が、尖った耳と声、そして特徴的なゲスい笑顔でJINGOだと分かった。イレギュラー対策チームとして、城の地下ダンジョンにて長いこと一緒にいたヴァーツの男だ。ガルドのような屈強な人間が苦渋に顔をゆがませるのが見たい、という面倒臭い性癖を隠さない。
 今にでもカップの中身を頭からぶっかけられそうになりながら、JINGOが持つ飲み物をガルドはなんとか受け取った。柔らかいプラスチックの透明なカップには、色が濃いビールがなみなみと注がれている。
「こら。ガルドは飲まないぞ」
 榎本が中身を見て制しようとするが、ついガルドは受け取ってしまった。
「あ、おい」
 渡した本人はあっという間に人込みにまぎれ、返すこともできなくなってしまった。派手な蛍光グリーンの身体だが、同じくらい派手なプレイヤーたちにまぎれるとすぐに見えなくなる。ガルドはあっけにとられながら、手の中にあるビールを眺めた。しゅわしゅわと音がしている。
「待ってろガルド、コッチ飲み干したら貰ってやるから」
 榎本が隣で飲んでいるものも同じようなビールだ。色は逆に少し薄い。喉をごきゅりと言わせながら美味しそうに飲み干そうとしている。
 フルダイブの「生」の方がよっぽど旨いのだと言っていたが、リアルの発泡酒や第三の酒類はどれだけまずいのだろうか。実際コレはおいしいのだろうか。首をかしげても想像がつかず、ガルドは思い切って手に持ったプラコップをぐいとあおった。
「あっ」
 口をつけると、嗅いだことのない独特な香りが鼻をついた。
 酔っている人間の口臭なら数回嗅いだが、あのえぐいアルコールのにおいとは全くの別物だった。唇に炭酸の刺激が触れるが、ジンジャーエールほど強くない。大人の香りというものだろう。どことなくスースーするような気がする。
 一口飲み下す。
 祭りだからだろうか。あれだけ嫌だった飲酒が気にならなかった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

王立辺境警備隊にがお絵屋へようこそ!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:85pt お気に入り:537

はずれのわたしで、ごめんなさい。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:546pt お気に入り:5,740

🌟ネットで探偵ものがたり 2024.2.11 完結しました

エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:14,448pt お気に入り:39

婚約者が実は私を嫌っていたので、全て忘れる事にしました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:9,528pt お気に入り:288

元邪神って本当ですか!? 万能ギルド職員の業務日誌

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:3,507pt お気に入り:10,925

処理中です...