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40 ヤンキーちゃん
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ゴールデンウィーク。
日本特有の祝日祭りがやって来た空港は、全国各地から海外へと飛び立つ浮かれた観光客で溢れ返っていた。高い天井に大勢の人間が発するざわめきが反響し、普段とは違う休日の空間作りに一役買っている。
仕事をしている人間などごく少数だ。
「さ、きりきり働きなさい」
利用客が解放されていたであろう単語を躊躇なく吐き捨てる声が鋭く響いた。職場にいれば「お局様」と言われても良さそうな年齢の声である。
その主は、どうやら電話をしているようだった。
こめかみから延びるコードを分厚い高性能スマホに差し、さらにもう一台、スティック状に格納した軽量タイプのスマホを耳に当てて指示を飛ばす妙齢の女性が立っている。上品な赤いワンピースを腰のベルトできゅっと絞めているのだが、くびれが妖艶さを二割増しでアピールしている。
マダムと呼ぶには若いように見えるが、美容に金をかけているのが分かる肌艶だ。実年齢は本人の自己申告通り「ガルド様と並ぶと丁度いい」程度だ。
彼女こそ、見た目がゴリラのようなガルドをまるで王子かなにかのように慕うプレイヤーの阿国である。
「情報に漏れがある可能性には配慮なさい。ピックアップしている特徴と合わせて、服装などでごまかせる範囲を予想してブロックを……ええ、その一覧と照らして……ええい、職務質問でもなんでもなさい!」
ロンド・ベルベットのメンバーが集まっているエリアよりもエントランス側で指示を出していた。ざわめきすれ違う旅行客は、まるで仕事中のような彼女を脇目に楽しそうに笑いあう。しかし阿国は大して気にしていなかった。
愛する人の為に尽くすことが出来るのは、阿国にとっての至福である。
脳波感受型コントローラから文字で指示を出しつつ、口から別のボディガードに発破をかけた。
「用は何か詰問すればよろしいでしょう。所属とネームを……ギルドです。ギルド名。ええ、無所属に注意を。やつらは誰もどこにも入ってないので、とっさに何か言うかもしれませんが……ええ。その時は鈴音どもにでも任せますから」
漆黒のロングワンレンヘアをかきあげながら、阿国は左手で何かを寄越せとジェスチャーする。指を小さく動かしたに過ぎないが、すらりと女性的で妖艶なそれは視線を集めるのには十分だった。
すぐ傍らに立っていた白髪の老婆が、鞄からコップ付きの赤チェック柄をした水筒を取り出す。
「データで白のラベルをつけた奴が協力者の榎本。あなた方に指示を出すこともありますので、答えて差し上げて……顔が広い奴ならば、危機察知は早いはずですわ」
ほかほかと湯気をたてる水筒の中身は白湯だ。それほど高温ではないのだろう。婆やからそれを受け取り口をつけ、ルージュをきっかり塗った赤い唇を濡らす程度含んですぐに突き返した。
「……ええ、ええ。ではよろしく」
通話を切った阿国に、婆やが「もう一口いかがですか?」と勧める。
「大丈夫よ婆や、それよりワタクシ、自分でもあちらに……」
「なりません」
「もう、顔馴染みがすぐそばにいるのに……」
「ダメなものはダメです。あまり近づかれては危ないですよ」
ものものしい警備を送り出した張本人が出向くなど危険だと、婆やは阿国を動かさなかった。
成田国際空港。晴天、旅行日和だ。
GW初日ということもあり人でごった返している。その人混みに拍車をかけるように、frozen-killing-onlineの熱心なプレイヤーたちが世界大会壮行式を執り行っていた。
ガルドと夜叉彦の初顔出しということもあり、動画撮影とその中継も行われている。視聴人数は徐々に増加しており、回線の重みで中継が中断するカメラも現れるほどである。複数人の配信者がいたことに安堵しつつ、熱心なプレイヤー達はロンド・ベルベットの一挙一動に注目していた。
空港に実際集まったのは四十人程度である。集団が雑多に見送りをしているようにしか見えないが、毎回恒例の彼らなりの式典だ。
「……あそこに混ざるのか」
「うーん、ネナベなんて別に珍しくないっすけど、閣下の場合は特殊というか……」
「騒ぎそうだな」
「あ、あの一団! ほら、閣下のコピープレイヤーの少年達ですよ。大剣ヘビィボディでパリィ重視のスキル構成丸パクリ」
「おー、騒ぎそうな奴らだな」
「色紙とペン持ってますね!」
「ぎゃはは! 有名人だな、ガルド!」
「ハァ……覚悟の上だ」
「つかあっちの一団、榎本さんのファンプレイヤーじゃないですか。チャラチャラしてる」
「あいつら鬱陶しいんだよなー。嫌いじゃないが、なんつーか……ノリが暑苦しい」
「それで済ませる榎本さんはスゴいですけどね、僕だったらキョドって相手できないレベルな奴らですよ」
「ああ」
名ばかりの雑多な集団からかなり離れた通路の一角に、海外用スーツケースを抱えた三人が控えている。主役のはずの榎本とガルド、そして現地までついてくることとなったギルド・鈴音舞踏絢爛衆のボートウィグだ。
混雑のせいで壮行式のメンバーにはバレていないようだが、顔の割れている榎本が見つかるのは時間の問題だった。
「見つかったらどうするよ。『外身はおっさん、中身は女子高生、ガルドちゃんです☆』みたいな感じか」
「絶対しない」
「そうっすよ! 閣下がそんなチャラいわけないじゃないですか。『待たせたな』でいいと思います」
「それもしない」
本気で悩んでいるのは自分だけだと頭を悩ませ、ガルドが決意を固める。首を一回振り顔を上げて宣言した。
「いつも通りだ」
「男気あるな!」
「僕らで接近する対象はパリィしますから! ね、榎本さん!」
「お前みたいな細っこいのじゃ一人パリィしただけで吹っ飛ぶだろーが……って、見ろよ、来たぞ!」
榎本が様子を見て不敵に笑う。遠目でよく見えないが、マグナやジャスティンの側に見知らぬ背の高い男がヌッと現れた。頭と肩や腕の比率から、彼がとても筋肉質だと分かる。
「え、誰です?」
「影武者だ。阿国に用意してもらっててな……似てるが、なんだあれ! アバターよりイケメンじゃねーか!」
「……笑える」
「閣下っ、閣下の方がカッコいいですよぅ! あんなの、あんなの偽物ですからぁー!」
なかなか爽やかな流し目の、上腕二頭筋が立派な影武者にガルドは嫉妬した。アバターのフェイスを端正に弄らなかった自分が悪いのだが、それにしてもアバターガルドより何割も上を行くイケメンである。
なるほど、かくばったアゴをシャープにするだけでも違うものだな。ガルドはイケメンの定義をまざまざと見せつけられる思いだった。
「来たな」
「作戦開始! えーっと? 予定では、彼が気を逸らしてるうちにウチらが先に進んでぇ……」
「彼は進まない。そこを颯爽とあいつが通過する。ファーストクラス専用の検査エリアに入っていくんだ。これでバレてしまうかもな」
「映像撮ってるから、そこから広まるかもだね。うーん、帰りが心配」
「帰りの便は夜中にしたからな! 心配するな、大丈夫だ!」
「ジャスのその根拠のない『大丈夫』、こういうときは心強いな~」
無口なガルドを演じるコツは、ただその場で黙っていること。
そう指示をされた影武者の男は、ピチピチの黒Tシャツだけでは隠しきれない程筋肉質な腕を組みアピールする。組んだ腕に豊かな胸が乗り、むちりとボリュームを増やした。
それだけで周りのメンバーからは男女混ざった歓声が上がる。
想像通りのガルドのリアルに、鈴音はもちろん一般プレイヤーも興奮が隠しきれないでいた。
「うっわ、ガルドすげー筋肉! リアルでもそうなんだなぁ」
「アバターよりイケメンじゃん、しかも怖くない!」
「洋服のセンスは意外。もっと芋っぽいの想像してたー」
口々にそう評論し合うファンプレイヤー達は、しかし必要以上に近付かなかった。謎の距離と空間を一定に保ち、誰も特攻を仕掛けない。
ギルドメンバーが壁になっているのもあるが、彼自身が威圧感をわざと出しているのが大きいようだった。雇用主の阿国から本物の画像を見せられた影武者は、命令通り眉間にシワを意図的にグッと寄せて周囲を睨み続けていた。
「しかし榎本が来ないのは変に思われるぞ。まだか?」
「あと少ししたら来ると思うよ。それより……」
「夜叉彦! がんばってね!」
「きゃあっ! 手ぇ振って~」
「リアルもかわいい!」
黄色い声援を聞いて、夜叉彦が手をヒラヒラと振った。一際外野の声が大きくなり、それを隣のジャスティンが呆れ顔で流す。
「アバターはともかく、こんな冴えない既婚者のどこがいいんだか……」
「ははは、俺もそう思う」
夜叉彦は女性に人気があり、それは幸か不幸かオフでも変わらなかった。顔の造形はくたびれた中年だというのに、夜叉彦ファンの女性達はそのままリアルでもファン活動を続行する。
しかし夜叉彦の顔はそれほど悪いものではなかった。
コロコロと変わる表情はアバターと変わらない。そのお陰か笑いシワが出来ており、人の良さそうな印象が強い。
妻の改造で眉は整っている。長さを抑え眉間を剃ったため、清楚で明るい目元になっていた。元々シンメトリーで整った顔をしているのだ。抜群な美しさはないが、容姿だけでファンを辞めるような鈴音メンバーはいない。
そんなこととは露知らず、仲間達は夜叉彦の現状をからかい始めた。
「奥さんはこの事知っとるのか?」
「言うわけないだろ……仕事ってことにしたから、見送りも無いし」
「へぇー内緒なんだー、後ろめたい? ねぇねぇ、VRMMOのアイドルはどんな気分?」
「茶化すなよメロ、前線メンバーには全員鈴音みたいなのがいるじゃんか。同じだって」
いつも通りイジる際の、笑みをこぼすメロはとても楽しげだった。夜叉彦の返しも最もだが、女性ファンを獲得している人数ランキングで日鯖内トップ一、二を争う彼とは、そもそも大きく話が違ってくる。
「同じな訳なかろう、お前の同行希望凄かっただろうが!」
「自腹だってのに張り切りすぎなんだよ。一番付き合いの長かった奴を選ぶってのも、前もって情報流してたのにさ」
「で、男にしたと。それでホモ説浮上ねぇ……」
「俺、既婚者だって隠してないのにぃ……」
ハワイまで同行し大会を観戦する日本人プレイヤーの中でも、出場チーム:ロンド・ベルベットとほぼ一緒に行動するスタッフ的な役割の人物を自然と「同行者」や「執事」、「御付き」と呼ぶ風習が出来ていた。
しかしフロキリに限った通称ではなく、他の世界大会開催ゲームでも使われる用語だ。給料が発生することもあるが、基本的に仕事ではないためボランティアである。
アイドルポジションのプロゲーマーには女性ファンが同行することが多い。リアルの顔はともかくアバターが端正で紳士的な性格をしていると女性人気が跳ね上がる傾向にあり、フロキリの場合はそれが夜叉彦だった。
女性ファンの同行をわざと蹴った夜叉彦は、彼とその同行者のリアルでの顔が割れた途端に掲示板で炎上しはじめてしまった。
夜叉彦はまた一つため息をついて、感じ取っているフロキリ専用の掲示板をそっと閉じる。
ギルドメンバー全員のこめかみから垂れるコードの先、スマホのウェブ閲覧がその悲惨な様子を伝えていた。大荒れだ。主に女性ファンが騒ぎ散らし、謎の単語をベラベラと羅列していく。夜叉彦以下ギルドメンバーはその言葉の意味がよくわからない。
とりあえず理解できたのは「ネカマなアネさんが予想外にイケメン美青年」「夜叉彦の優しそうな顔がベテランアイドルみたい」「女性ファンが割り込めないくらい仲良し」という言葉くらいだった。
夜叉彦はちらりと横を見た。この子と仲良く見えているのであれば心外だ。明らかに彼は自分に冷たく演じているのである。
それが演技だと全員知っているからこその反応だった。
「夜叉彦の選択は間違っていないぞ。配偶者を連れていかないのであれば、男が支援に入るというのは誠実で間違っていない」
マグナがそうフォローに入る。すぐ隣に立つ彼の恋人は、下唇を噛み何かを耐えていた。
「……リアルなツンデレはじめて見た」
夜叉彦の脇でつまらなそうに携帯機ゲームをプレイしているのが、夜叉彦の同行役に当選したプレイヤーだ。
ブリーチで明るい金髪に仕上げた猫っ毛が柔らかく揺れ、厚めにカットした前髪の下で長い睫毛が瞬きする。ワックスで整えているのだろう、身なりの整った様子から雑誌の読者モデルでもしていそうな青年だ。
身長は小柄で夜叉彦の肩程までしかなく、グレーのニットセーターとトリコロールカラーのメッセンジャーバッグがまさに今時の大学生といった風貌だった。
学年で三番目くらいの美形、という表現が適しているだろう。顔立ちは整っている方だが、少しキツそうな目付きがその評価を少し下げる。
「MISIAとはその、ほんと大昔からの付き合いなんだ。なんと言うか安心感がダントツなんだよ」
「ベツにテメーの世話なんかするつもり、サラサラねーし」
しっかり話を聞いている辺りで気にしているのが明確なのだが、彼はやる気のない口調で文句を言う。
「あはは、精神面のコンディション整えるのにいいんだよ。MISIAと話してるといつも通りって感じがして」
「ベッタリ張り付くとでも思ってんのかよ、フツーに観光行くし。つか他鯖の有名プレイヤー目当てだし。テメーなんて、無視すっからな! ……世話なんざするかよっ」
ここでちらりと青年が夜叉彦に顔を向けるが、機嫌を害された猫のようにキッと睨み付けてすぐゲームに戻すに終わった。
「……相変わらず冷たいけど、これで落ち着く?」
メロがそう心配するがこれもイジリの一環だ。一年も共にしていればこれが二人のいつもの姿なのだと嫌でも理解できる。
鈴音舞踏絢爛衆の「夜叉彦を慕う強力な女性メンバー達」をまとめているのが、男で女性キャラを操るネカマのMISIAだ。
ログインしてるときもこの汚い喋り口調は変わらず、一昔前の不良レディースのようなアバターも相まって「アネさん」と夜叉彦女性ファンに慕われていた。
夜叉彦ファンには三パターンある。夜叉彦をアイドル感覚で追う者と、「みんなのアネさん」MISIAを慕う者。そして二人の奇妙な掛け合いと戦闘での暴れっぷりを楽しみにするコンビファンだ。
「ふん、せいぜい頑張れよ、オ・ジ・サン?」
「うわ強気。イラつかないの?」
「全然。可愛いよ」
夜叉彦は顔をくしゃりとさせながら笑った。
小バカにするような言い方でMISIAが彼をオジサンと呼んだのは、決して悪口でもイラつかせるためでもない。
事実、彼は夜叉彦の甥っ子にあたる青年だった。
日本特有の祝日祭りがやって来た空港は、全国各地から海外へと飛び立つ浮かれた観光客で溢れ返っていた。高い天井に大勢の人間が発するざわめきが反響し、普段とは違う休日の空間作りに一役買っている。
仕事をしている人間などごく少数だ。
「さ、きりきり働きなさい」
利用客が解放されていたであろう単語を躊躇なく吐き捨てる声が鋭く響いた。職場にいれば「お局様」と言われても良さそうな年齢の声である。
その主は、どうやら電話をしているようだった。
こめかみから延びるコードを分厚い高性能スマホに差し、さらにもう一台、スティック状に格納した軽量タイプのスマホを耳に当てて指示を飛ばす妙齢の女性が立っている。上品な赤いワンピースを腰のベルトできゅっと絞めているのだが、くびれが妖艶さを二割増しでアピールしている。
マダムと呼ぶには若いように見えるが、美容に金をかけているのが分かる肌艶だ。実年齢は本人の自己申告通り「ガルド様と並ぶと丁度いい」程度だ。
彼女こそ、見た目がゴリラのようなガルドをまるで王子かなにかのように慕うプレイヤーの阿国である。
「情報に漏れがある可能性には配慮なさい。ピックアップしている特徴と合わせて、服装などでごまかせる範囲を予想してブロックを……ええ、その一覧と照らして……ええい、職務質問でもなんでもなさい!」
ロンド・ベルベットのメンバーが集まっているエリアよりもエントランス側で指示を出していた。ざわめきすれ違う旅行客は、まるで仕事中のような彼女を脇目に楽しそうに笑いあう。しかし阿国は大して気にしていなかった。
愛する人の為に尽くすことが出来るのは、阿国にとっての至福である。
脳波感受型コントローラから文字で指示を出しつつ、口から別のボディガードに発破をかけた。
「用は何か詰問すればよろしいでしょう。所属とネームを……ギルドです。ギルド名。ええ、無所属に注意を。やつらは誰もどこにも入ってないので、とっさに何か言うかもしれませんが……ええ。その時は鈴音どもにでも任せますから」
漆黒のロングワンレンヘアをかきあげながら、阿国は左手で何かを寄越せとジェスチャーする。指を小さく動かしたに過ぎないが、すらりと女性的で妖艶なそれは視線を集めるのには十分だった。
すぐ傍らに立っていた白髪の老婆が、鞄からコップ付きの赤チェック柄をした水筒を取り出す。
「データで白のラベルをつけた奴が協力者の榎本。あなた方に指示を出すこともありますので、答えて差し上げて……顔が広い奴ならば、危機察知は早いはずですわ」
ほかほかと湯気をたてる水筒の中身は白湯だ。それほど高温ではないのだろう。婆やからそれを受け取り口をつけ、ルージュをきっかり塗った赤い唇を濡らす程度含んですぐに突き返した。
「……ええ、ええ。ではよろしく」
通話を切った阿国に、婆やが「もう一口いかがですか?」と勧める。
「大丈夫よ婆や、それよりワタクシ、自分でもあちらに……」
「なりません」
「もう、顔馴染みがすぐそばにいるのに……」
「ダメなものはダメです。あまり近づかれては危ないですよ」
ものものしい警備を送り出した張本人が出向くなど危険だと、婆やは阿国を動かさなかった。
成田国際空港。晴天、旅行日和だ。
GW初日ということもあり人でごった返している。その人混みに拍車をかけるように、frozen-killing-onlineの熱心なプレイヤーたちが世界大会壮行式を執り行っていた。
ガルドと夜叉彦の初顔出しということもあり、動画撮影とその中継も行われている。視聴人数は徐々に増加しており、回線の重みで中継が中断するカメラも現れるほどである。複数人の配信者がいたことに安堵しつつ、熱心なプレイヤー達はロンド・ベルベットの一挙一動に注目していた。
空港に実際集まったのは四十人程度である。集団が雑多に見送りをしているようにしか見えないが、毎回恒例の彼らなりの式典だ。
「……あそこに混ざるのか」
「うーん、ネナベなんて別に珍しくないっすけど、閣下の場合は特殊というか……」
「騒ぎそうだな」
「あ、あの一団! ほら、閣下のコピープレイヤーの少年達ですよ。大剣ヘビィボディでパリィ重視のスキル構成丸パクリ」
「おー、騒ぎそうな奴らだな」
「色紙とペン持ってますね!」
「ぎゃはは! 有名人だな、ガルド!」
「ハァ……覚悟の上だ」
「つかあっちの一団、榎本さんのファンプレイヤーじゃないですか。チャラチャラしてる」
「あいつら鬱陶しいんだよなー。嫌いじゃないが、なんつーか……ノリが暑苦しい」
「それで済ませる榎本さんはスゴいですけどね、僕だったらキョドって相手できないレベルな奴らですよ」
「ああ」
名ばかりの雑多な集団からかなり離れた通路の一角に、海外用スーツケースを抱えた三人が控えている。主役のはずの榎本とガルド、そして現地までついてくることとなったギルド・鈴音舞踏絢爛衆のボートウィグだ。
混雑のせいで壮行式のメンバーにはバレていないようだが、顔の割れている榎本が見つかるのは時間の問題だった。
「見つかったらどうするよ。『外身はおっさん、中身は女子高生、ガルドちゃんです☆』みたいな感じか」
「絶対しない」
「そうっすよ! 閣下がそんなチャラいわけないじゃないですか。『待たせたな』でいいと思います」
「それもしない」
本気で悩んでいるのは自分だけだと頭を悩ませ、ガルドが決意を固める。首を一回振り顔を上げて宣言した。
「いつも通りだ」
「男気あるな!」
「僕らで接近する対象はパリィしますから! ね、榎本さん!」
「お前みたいな細っこいのじゃ一人パリィしただけで吹っ飛ぶだろーが……って、見ろよ、来たぞ!」
榎本が様子を見て不敵に笑う。遠目でよく見えないが、マグナやジャスティンの側に見知らぬ背の高い男がヌッと現れた。頭と肩や腕の比率から、彼がとても筋肉質だと分かる。
「え、誰です?」
「影武者だ。阿国に用意してもらっててな……似てるが、なんだあれ! アバターよりイケメンじゃねーか!」
「……笑える」
「閣下っ、閣下の方がカッコいいですよぅ! あんなの、あんなの偽物ですからぁー!」
なかなか爽やかな流し目の、上腕二頭筋が立派な影武者にガルドは嫉妬した。アバターのフェイスを端正に弄らなかった自分が悪いのだが、それにしてもアバターガルドより何割も上を行くイケメンである。
なるほど、かくばったアゴをシャープにするだけでも違うものだな。ガルドはイケメンの定義をまざまざと見せつけられる思いだった。
「来たな」
「作戦開始! えーっと? 予定では、彼が気を逸らしてるうちにウチらが先に進んでぇ……」
「彼は進まない。そこを颯爽とあいつが通過する。ファーストクラス専用の検査エリアに入っていくんだ。これでバレてしまうかもな」
「映像撮ってるから、そこから広まるかもだね。うーん、帰りが心配」
「帰りの便は夜中にしたからな! 心配するな、大丈夫だ!」
「ジャスのその根拠のない『大丈夫』、こういうときは心強いな~」
無口なガルドを演じるコツは、ただその場で黙っていること。
そう指示をされた影武者の男は、ピチピチの黒Tシャツだけでは隠しきれない程筋肉質な腕を組みアピールする。組んだ腕に豊かな胸が乗り、むちりとボリュームを増やした。
それだけで周りのメンバーからは男女混ざった歓声が上がる。
想像通りのガルドのリアルに、鈴音はもちろん一般プレイヤーも興奮が隠しきれないでいた。
「うっわ、ガルドすげー筋肉! リアルでもそうなんだなぁ」
「アバターよりイケメンじゃん、しかも怖くない!」
「洋服のセンスは意外。もっと芋っぽいの想像してたー」
口々にそう評論し合うファンプレイヤー達は、しかし必要以上に近付かなかった。謎の距離と空間を一定に保ち、誰も特攻を仕掛けない。
ギルドメンバーが壁になっているのもあるが、彼自身が威圧感をわざと出しているのが大きいようだった。雇用主の阿国から本物の画像を見せられた影武者は、命令通り眉間にシワを意図的にグッと寄せて周囲を睨み続けていた。
「しかし榎本が来ないのは変に思われるぞ。まだか?」
「あと少ししたら来ると思うよ。それより……」
「夜叉彦! がんばってね!」
「きゃあっ! 手ぇ振って~」
「リアルもかわいい!」
黄色い声援を聞いて、夜叉彦が手をヒラヒラと振った。一際外野の声が大きくなり、それを隣のジャスティンが呆れ顔で流す。
「アバターはともかく、こんな冴えない既婚者のどこがいいんだか……」
「ははは、俺もそう思う」
夜叉彦は女性に人気があり、それは幸か不幸かオフでも変わらなかった。顔の造形はくたびれた中年だというのに、夜叉彦ファンの女性達はそのままリアルでもファン活動を続行する。
しかし夜叉彦の顔はそれほど悪いものではなかった。
コロコロと変わる表情はアバターと変わらない。そのお陰か笑いシワが出来ており、人の良さそうな印象が強い。
妻の改造で眉は整っている。長さを抑え眉間を剃ったため、清楚で明るい目元になっていた。元々シンメトリーで整った顔をしているのだ。抜群な美しさはないが、容姿だけでファンを辞めるような鈴音メンバーはいない。
そんなこととは露知らず、仲間達は夜叉彦の現状をからかい始めた。
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「言うわけないだろ……仕事ってことにしたから、見送りも無いし」
「へぇー内緒なんだー、後ろめたい? ねぇねぇ、VRMMOのアイドルはどんな気分?」
「茶化すなよメロ、前線メンバーには全員鈴音みたいなのがいるじゃんか。同じだって」
いつも通りイジる際の、笑みをこぼすメロはとても楽しげだった。夜叉彦の返しも最もだが、女性ファンを獲得している人数ランキングで日鯖内トップ一、二を争う彼とは、そもそも大きく話が違ってくる。
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「で、男にしたと。それでホモ説浮上ねぇ……」
「俺、既婚者だって隠してないのにぃ……」
ハワイまで同行し大会を観戦する日本人プレイヤーの中でも、出場チーム:ロンド・ベルベットとほぼ一緒に行動するスタッフ的な役割の人物を自然と「同行者」や「執事」、「御付き」と呼ぶ風習が出来ていた。
しかしフロキリに限った通称ではなく、他の世界大会開催ゲームでも使われる用語だ。給料が発生することもあるが、基本的に仕事ではないためボランティアである。
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身長は小柄で夜叉彦の肩程までしかなく、グレーのニットセーターとトリコロールカラーのメッセンジャーバッグがまさに今時の大学生といった風貌だった。
学年で三番目くらいの美形、という表現が適しているだろう。顔立ちは整っている方だが、少しキツそうな目付きがその評価を少し下げる。
「MISIAとはその、ほんと大昔からの付き合いなんだ。なんと言うか安心感がダントツなんだよ」
「ベツにテメーの世話なんかするつもり、サラサラねーし」
しっかり話を聞いている辺りで気にしているのが明確なのだが、彼はやる気のない口調で文句を言う。
「あはは、精神面のコンディション整えるのにいいんだよ。MISIAと話してるといつも通りって感じがして」
「ベッタリ張り付くとでも思ってんのかよ、フツーに観光行くし。つか他鯖の有名プレイヤー目当てだし。テメーなんて、無視すっからな! ……世話なんざするかよっ」
ここでちらりと青年が夜叉彦に顔を向けるが、機嫌を害された猫のようにキッと睨み付けてすぐゲームに戻すに終わった。
「……相変わらず冷たいけど、これで落ち着く?」
メロがそう心配するがこれもイジリの一環だ。一年も共にしていればこれが二人のいつもの姿なのだと嫌でも理解できる。
鈴音舞踏絢爛衆の「夜叉彦を慕う強力な女性メンバー達」をまとめているのが、男で女性キャラを操るネカマのMISIAだ。
ログインしてるときもこの汚い喋り口調は変わらず、一昔前の不良レディースのようなアバターも相まって「アネさん」と夜叉彦女性ファンに慕われていた。
夜叉彦ファンには三パターンある。夜叉彦をアイドル感覚で追う者と、「みんなのアネさん」MISIAを慕う者。そして二人の奇妙な掛け合いと戦闘での暴れっぷりを楽しみにするコンビファンだ。
「ふん、せいぜい頑張れよ、オ・ジ・サン?」
「うわ強気。イラつかないの?」
「全然。可愛いよ」
夜叉彦は顔をくしゃりとさせながら笑った。
小バカにするような言い方でMISIAが彼をオジサンと呼んだのは、決して悪口でもイラつかせるためでもない。
事実、彼は夜叉彦の甥っ子にあたる青年だった。
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それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
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アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
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毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
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