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27 敵の敵は味方
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母親との長い親子喧嘩は、父親の取り次ぎもあり言葉では終息していた。それでもみずきは家出を続行し、母は娘と二人きりになることを避けている。
冬と春の間特有の、高く白みがかった空が心地よい。
外出日和の今日は、家出の原因であるフルダイブ機・テテロの回収が行われていた。
「閣下、お腹空いてません? 飴ちゃんどうぞ~」
「ん、ありがとう」
巨大なフルダイブ機をハイエースに積み込み、ボートウィグを運転手に据えてガルドは自宅に向かっていた。彼の体調が心配だったこともあり、ガルドは念のため書類一式を持ちオフィスに出向いていたのであった。
彼らは快く迎え入れてくれ、快く返還してくれた。というのも、中古で価格がメーカー希望よりも高騰しているレアな逸品なのだ。タダなどおかしい、何かあるのではないかと社内で既に噂になっていた。
そこに彼らと顔見知りのボートウィグが事情を説明したところ、喜んで返却に応じてくれた次第である。
【ファウンド・リコメンド】社の七重という女性は、母に代わり謝罪するガルドを制して気に掛けてくれた。コントローラは埋め込んでいないが、フルダイブ界隈に理解ある人物らしい。ボートウィグと友好関係にあり、その彼が不自然にならない程度の尊敬を込めて紹介した少女を少し不思議そうに、そして慈愛の目で見つめていた。
「安全性について、私たちからもそれとなく言ってみましょう……本社直営では広告も出すくらい、弊社はフルダイブ技術を支援しています。日本支部でも何かアクションを起こしたいと思っていたんですよ。大丈夫、きっとお母様も理解してくださいますから」
そう話す妙齢の女性に、ガルドは理想の母親というものを夢見た。
「ふふふ、閣下かわいいー!」
まんまるの飴を頬張り、顔をぷくりと歪ませたガルドを運転手がそう評価した。レモン味のそれは爽やかで、中度の喫煙者であるボートウィグが今日のために買ったタバコの代替品であった。
「前」
こちらを見ながら運転するボートウィグにそう釘を指し、ガルドは今後の予定を考える。家族は相も変わらず休日出勤だったが、それにはガルドの手回しがあった。
まず、母親の休日出勤は後輩ハルの兄に動いてもらった。彼が【ファウンド・リコメンド】に手回しするより早くボートウィグが動いたため、その分そちらの仕事を依頼したのである。朝方電話を受け職場に向かった母は、今ごろハルの兄を手伝っていることだろう。
父の仕事に関しては、小さい頃から持っているパイプを使用した。父の上司の中で、現在は別のビルに異動になったという梅田という男とガルドは幼少期からメル友だった。正確には「ゴルフ仲間」なのである。
四年前にもテテロを運び込むためにそうしたように、父を急なゴルフに誘導してもらうよう依頼をかけた。ここのところご無沙汰だったこともあり、喜んで父を誘った「梅田のおじさん」に限りない謝辞を送った。
幼いころからの付き合いということもあり、ガルドにとっては親戚のようなものであった。こうした相談を持ちかけやすい。今度は父と三人で夕食でも誘おうと決めた。
あとは移動設置・配線処理だ。ガルドも一通りそういったことは熟知しているものの、そもそもあの重い機体を運ぶのがネックである。
「たら~ら~らら~……」
隣の運転手は相当古いナンバーを口ずさみ、心底楽しそうに運転している。この曲がいつの時代の誰の曲なのか、若いガルドにはさっぱりわからない。
ハンドルを握るボートウィグの、パーカーで防寒している腕を見る。灰色のその細腕では、ガルドと一緒でも厳しいだろう。何せ目的地は二階だ。階段を運ぶのは大層苦労するだろう。
「るるるー」
榎本が到着する午後まで待つべきだろうか。母が早く帰宅するパターンだけ不安だったが、無理してテテロを落下させる方が悲劇だ。引き留め役を自信満々に請け負ってくれたハルの兄を信じるしかない。
もしもの事態を考えることに飽きたガルドは、活躍してくれた運転手に奢る昼食を考えることにした。
「たらら~る~」
ご機嫌に白いハイエースを走らせる彼に、呼び出した際の悩みが吹き飛ぶ。顔色が良く、隈が消えていた。元気になったようだった。
港町横浜の、首都圏郊外によくある幹線道路を走る。広い道路と郊外店が並ぶ町は平穏そのもので、心配事が解決するガルドの心もまた、凪いだ海のように静かだった。
「何かご用ですの? あのお方の隣を辞退するというのでしたら、喜んで出入り禁止にして差し上げますの。二度とフロキリにログイン出来ないようにロックしますわよ?」
「チートを公言しない方がいいぞ、お嬢さん……」
「あら、では物理がよろしいですの?」
「ほーぉ、上等! 胸を貸してやるよ。かかってきな、お嬢さん!」
「その『お嬢さん』呼びを即刻止めないと引きちぎりますの!」
永久凍土の上にそびえ立つ巨大な雪山の、嵐吹き荒れる麓に二人はいた。適当に選んだそのエリアはモンスターの難易度も高く、照明や音楽などの雰囲気もシリアスに設定されている。
二人の舌戦の背景として、とてもよく合っていた。
阿国の攻撃宣誓に背負ったハンマーをすらりと抜いたのは、きらびやかな金と白の鎧をまとった榎本だ。いつもの装備から、耐久値が消耗するアイテムである赤のマントを外している。阿国相手に使うのは勿体ない。
「あなたワタクシの年齢ご存じでしょう!? 嫌みですのよ、その呼び方……フン! あなたの住所を暴いてあげますの!」
「げ、なんだそれ! そういう物理かよ!」
「そしたら乗り込んでいって、裸になって警察をよびますのよ!」
「やめろよ、俺が捕まるだろうが!」
美しいウェーブの金髪を振り乱して榎本に脅しをかけるのは、彼が危機感を持っていた女プレイヤーである。
すらりと高い身長を黒と赤のレースが包み、美しく長い指先まで覆っている。肩と胸のあたりがぱっくりと空いているのが妖艶だ。
「ええい、なぜですの!」
「なにがだ」
「なぜあのお方はこんな品の無い無礼な男など側に置きますの!」
突然ヒステリックに喚き始めた女は、赤いピンヒールを備えた脚部装甲でその場をガンガンと踏み鳴らす。そして腰に装備していた片手銃を構え、榎本に向けた。
阿国というネームの彼女は、ガルドを慕うあまり改変データであるMODやチートプログラム、他プレイヤーデータへのハッキングに手を染めた違法プレイヤーであり、ガルドの元ネットストーカーでもあった。
榎本は一人、休日の朝にわざわざこの女を呼び出すこととなった。相互承認の必要があるフレンドの登録は向こうから外されていたが、ロンド・ベルベットの六人を阿国が追跡していないわけがない。休日のギルドホームに転送するロビーで名前を呼べば、五分もかからずに現れ、すぐに場所を移し相対した。
大声で「阿国お嬢さんに会いたい! 俺は、今すぐ、阿国に会いたい!」などと大声で叫んだのが効いていたのかもしれない。
「俺レベルに良い男を選んだんだから、ガルドの目は確かだよな」
「あの方は確かな審美眼をお持ちですわ。ですから! お前なんかが引っ掛かったことこそ、何かの間違いですのよ!」
ピンと伸びたエルフ特有の耳をぴこぴこ動かしながら(そういうアクションがあるのだとエルフ種のマグナも言っていた)銃に弾丸を詰める動作、リロードを行う。金属が噛み合う音がすると、榎本の耳に微かなロックオンアラートが鳴った。ひっきりなしにロックオンされる彼はボリュームを最低レベルに変更している。微かな心音のようなそれは、彼女の殺気のようにべっとりと張り付いてくる。
「それはさておき、阿国、君の力を見込んで頼みがある……ガルドを守るのに一役買ってくれよ」
「なっ、あなたに指図される謂われはありませんの!」
「マジな話なんだ……君なら出来るさ」
「なんですの?」
榎本が真剣な表情になるのを見て、今まで非情な手段ばかりとってきた阿国も一瞬怯む。今一番ガルドに近い場所にいる榎本が忠告するということには、何かあるのかも知れない。怪訝な表情で阿国が見据えてくる。
榎本は少し感情をオーバーにしながら訴える。
「あいつに危険が及ぶかもしれないんだぁっ!」
「なんですって!?」
この阿国を敵ではなく味方につけるという、ロンド・ベルベット参謀印の交渉作戦が始まった。
「こんなので、いいのか」
「ハイ! いやぁ、幸せです……うま! うまぁー!」
近所の美味しいレストランを何件かピックアップしたものの、ボートウィグはキッチンに揃う調味料を見て「自炊できたりします?」と聞いてきた。ガルドの手料理が食べたいというのだ。
「ただのデミハンバーグ、しかもチルド」
「サイコーですよ!」
「そう?」
美味しそうに、しかし熱そうにハンバーグを頬張る彼を見て、「こうして沢山食わせれば健康になるかも」と思ったガルドだった。
ガルドが好きで常備しているチルドのハンバーグは、父が補充してくれていたようだった。久方ぶりの自宅だったため、彼女が望むほど食材は多くない。
あるもので作るとなると、自ずと得意料理に的が絞られてゆく。キッチンシンク下の戸棚を開き、缶詰が並ぶエリアを片手で探った。
ハインツ社のデミグラス缶はストックがあるため、残っていた玉ねぎと合わせてチルドのハンバーグを煮込む。赤ワインとケチャップ、ほんの少しチーズを加えるのを忘れない。
佐野一家でいつも食べている甘くないバゲットをトーストし、何個かは最初から溶けるチーズをかけておく。プレーンとチーズ、焼き上がりに明太子マヨチューブを塗ったものという三種類を出してやる。
ガルドとしてはいつもの手抜き料理だったが、ボートウィグは泣いて喜んだ。誇張無しに泣いてくっついてくる立派なはずの大人を、ガルドはまた好きにさせて泣き止ませた。
見ているこちらが満腹になるようなリアクションをとりながら、ボートウィグがひたすらハンバーグを食べるだけの時間が過ぎてゆく。本来の仕事は後回しにされていた。
ガルドの自宅の玄関には二人で必死に降ろすだけ降ろしたテテロが鎮座しており、辛うじて少し頑張ったのだとわかる。ハイエースから下ろしてたった三段の段差に悲鳴をあげた二人は、これ以上は無理だと早々に諦めた。
「はふはふ、うまぁー」
榎本一人が加わったところで果たして運べるだろうか。もう一人パワーのある男が呼べればいいのだが、残念ながら呼べるような男の知り合いはいなかった。
「料理も上手なんて、さすがっすね!」
「……鈴音舞踏のメンバーに触れ回ったら怒る」
「ええ!? 隠すようなことです!?」
「あのアバターでキッチンに立ってるのを想像されたくない」
「かっこいいと思うけどなぁ。でも僕だけの特権にしときます。その方が、次がありそう!」
笑顔で期待の視線を投げてくるボートウィグに頷きながら、ガルドはアバター姿でこのキッチンに立つ姿をイメージした。背の高いあの姿では、まず天井に頭をぶつける。包丁も小さく、まな板も両断してしまいそうだった。
「閣下~、僕あれが好きですよ」
「パスタ」
「あれ、よくご存じで」
「……あれだけ食べてれば」
ネット上の酒場でパスタを選ぶ彼は、つまみそっちの気で満足だと感じるまで食べ続ける。実際に腹は膨れないのだが、本人が食べる行為そのものに満足するのがVRでの満腹だ。
「いっぱい食べろ」
のんびりとした平穏なブランチが過ぎてゆく。満足気にガルドはコーヒーを一口飲んだ。
冬と春の間特有の、高く白みがかった空が心地よい。
外出日和の今日は、家出の原因であるフルダイブ機・テテロの回収が行われていた。
「閣下、お腹空いてません? 飴ちゃんどうぞ~」
「ん、ありがとう」
巨大なフルダイブ機をハイエースに積み込み、ボートウィグを運転手に据えてガルドは自宅に向かっていた。彼の体調が心配だったこともあり、ガルドは念のため書類一式を持ちオフィスに出向いていたのであった。
彼らは快く迎え入れてくれ、快く返還してくれた。というのも、中古で価格がメーカー希望よりも高騰しているレアな逸品なのだ。タダなどおかしい、何かあるのではないかと社内で既に噂になっていた。
そこに彼らと顔見知りのボートウィグが事情を説明したところ、喜んで返却に応じてくれた次第である。
【ファウンド・リコメンド】社の七重という女性は、母に代わり謝罪するガルドを制して気に掛けてくれた。コントローラは埋め込んでいないが、フルダイブ界隈に理解ある人物らしい。ボートウィグと友好関係にあり、その彼が不自然にならない程度の尊敬を込めて紹介した少女を少し不思議そうに、そして慈愛の目で見つめていた。
「安全性について、私たちからもそれとなく言ってみましょう……本社直営では広告も出すくらい、弊社はフルダイブ技術を支援しています。日本支部でも何かアクションを起こしたいと思っていたんですよ。大丈夫、きっとお母様も理解してくださいますから」
そう話す妙齢の女性に、ガルドは理想の母親というものを夢見た。
「ふふふ、閣下かわいいー!」
まんまるの飴を頬張り、顔をぷくりと歪ませたガルドを運転手がそう評価した。レモン味のそれは爽やかで、中度の喫煙者であるボートウィグが今日のために買ったタバコの代替品であった。
「前」
こちらを見ながら運転するボートウィグにそう釘を指し、ガルドは今後の予定を考える。家族は相も変わらず休日出勤だったが、それにはガルドの手回しがあった。
まず、母親の休日出勤は後輩ハルの兄に動いてもらった。彼が【ファウンド・リコメンド】に手回しするより早くボートウィグが動いたため、その分そちらの仕事を依頼したのである。朝方電話を受け職場に向かった母は、今ごろハルの兄を手伝っていることだろう。
父の仕事に関しては、小さい頃から持っているパイプを使用した。父の上司の中で、現在は別のビルに異動になったという梅田という男とガルドは幼少期からメル友だった。正確には「ゴルフ仲間」なのである。
四年前にもテテロを運び込むためにそうしたように、父を急なゴルフに誘導してもらうよう依頼をかけた。ここのところご無沙汰だったこともあり、喜んで父を誘った「梅田のおじさん」に限りない謝辞を送った。
幼いころからの付き合いということもあり、ガルドにとっては親戚のようなものであった。こうした相談を持ちかけやすい。今度は父と三人で夕食でも誘おうと決めた。
あとは移動設置・配線処理だ。ガルドも一通りそういったことは熟知しているものの、そもそもあの重い機体を運ぶのがネックである。
「たら~ら~らら~……」
隣の運転手は相当古いナンバーを口ずさみ、心底楽しそうに運転している。この曲がいつの時代の誰の曲なのか、若いガルドにはさっぱりわからない。
ハンドルを握るボートウィグの、パーカーで防寒している腕を見る。灰色のその細腕では、ガルドと一緒でも厳しいだろう。何せ目的地は二階だ。階段を運ぶのは大層苦労するだろう。
「るるるー」
榎本が到着する午後まで待つべきだろうか。母が早く帰宅するパターンだけ不安だったが、無理してテテロを落下させる方が悲劇だ。引き留め役を自信満々に請け負ってくれたハルの兄を信じるしかない。
もしもの事態を考えることに飽きたガルドは、活躍してくれた運転手に奢る昼食を考えることにした。
「たらら~る~」
ご機嫌に白いハイエースを走らせる彼に、呼び出した際の悩みが吹き飛ぶ。顔色が良く、隈が消えていた。元気になったようだった。
港町横浜の、首都圏郊外によくある幹線道路を走る。広い道路と郊外店が並ぶ町は平穏そのもので、心配事が解決するガルドの心もまた、凪いだ海のように静かだった。
「何かご用ですの? あのお方の隣を辞退するというのでしたら、喜んで出入り禁止にして差し上げますの。二度とフロキリにログイン出来ないようにロックしますわよ?」
「チートを公言しない方がいいぞ、お嬢さん……」
「あら、では物理がよろしいですの?」
「ほーぉ、上等! 胸を貸してやるよ。かかってきな、お嬢さん!」
「その『お嬢さん』呼びを即刻止めないと引きちぎりますの!」
永久凍土の上にそびえ立つ巨大な雪山の、嵐吹き荒れる麓に二人はいた。適当に選んだそのエリアはモンスターの難易度も高く、照明や音楽などの雰囲気もシリアスに設定されている。
二人の舌戦の背景として、とてもよく合っていた。
阿国の攻撃宣誓に背負ったハンマーをすらりと抜いたのは、きらびやかな金と白の鎧をまとった榎本だ。いつもの装備から、耐久値が消耗するアイテムである赤のマントを外している。阿国相手に使うのは勿体ない。
「あなたワタクシの年齢ご存じでしょう!? 嫌みですのよ、その呼び方……フン! あなたの住所を暴いてあげますの!」
「げ、なんだそれ! そういう物理かよ!」
「そしたら乗り込んでいって、裸になって警察をよびますのよ!」
「やめろよ、俺が捕まるだろうが!」
美しいウェーブの金髪を振り乱して榎本に脅しをかけるのは、彼が危機感を持っていた女プレイヤーである。
すらりと高い身長を黒と赤のレースが包み、美しく長い指先まで覆っている。肩と胸のあたりがぱっくりと空いているのが妖艶だ。
「ええい、なぜですの!」
「なにがだ」
「なぜあのお方はこんな品の無い無礼な男など側に置きますの!」
突然ヒステリックに喚き始めた女は、赤いピンヒールを備えた脚部装甲でその場をガンガンと踏み鳴らす。そして腰に装備していた片手銃を構え、榎本に向けた。
阿国というネームの彼女は、ガルドを慕うあまり改変データであるMODやチートプログラム、他プレイヤーデータへのハッキングに手を染めた違法プレイヤーであり、ガルドの元ネットストーカーでもあった。
榎本は一人、休日の朝にわざわざこの女を呼び出すこととなった。相互承認の必要があるフレンドの登録は向こうから外されていたが、ロンド・ベルベットの六人を阿国が追跡していないわけがない。休日のギルドホームに転送するロビーで名前を呼べば、五分もかからずに現れ、すぐに場所を移し相対した。
大声で「阿国お嬢さんに会いたい! 俺は、今すぐ、阿国に会いたい!」などと大声で叫んだのが効いていたのかもしれない。
「俺レベルに良い男を選んだんだから、ガルドの目は確かだよな」
「あの方は確かな審美眼をお持ちですわ。ですから! お前なんかが引っ掛かったことこそ、何かの間違いですのよ!」
ピンと伸びたエルフ特有の耳をぴこぴこ動かしながら(そういうアクションがあるのだとエルフ種のマグナも言っていた)銃に弾丸を詰める動作、リロードを行う。金属が噛み合う音がすると、榎本の耳に微かなロックオンアラートが鳴った。ひっきりなしにロックオンされる彼はボリュームを最低レベルに変更している。微かな心音のようなそれは、彼女の殺気のようにべっとりと張り付いてくる。
「それはさておき、阿国、君の力を見込んで頼みがある……ガルドを守るのに一役買ってくれよ」
「なっ、あなたに指図される謂われはありませんの!」
「マジな話なんだ……君なら出来るさ」
「なんですの?」
榎本が真剣な表情になるのを見て、今まで非情な手段ばかりとってきた阿国も一瞬怯む。今一番ガルドに近い場所にいる榎本が忠告するということには、何かあるのかも知れない。怪訝な表情で阿国が見据えてくる。
榎本は少し感情をオーバーにしながら訴える。
「あいつに危険が及ぶかもしれないんだぁっ!」
「なんですって!?」
この阿国を敵ではなく味方につけるという、ロンド・ベルベット参謀印の交渉作戦が始まった。
「こんなので、いいのか」
「ハイ! いやぁ、幸せです……うま! うまぁー!」
近所の美味しいレストランを何件かピックアップしたものの、ボートウィグはキッチンに揃う調味料を見て「自炊できたりします?」と聞いてきた。ガルドの手料理が食べたいというのだ。
「ただのデミハンバーグ、しかもチルド」
「サイコーですよ!」
「そう?」
美味しそうに、しかし熱そうにハンバーグを頬張る彼を見て、「こうして沢山食わせれば健康になるかも」と思ったガルドだった。
ガルドが好きで常備しているチルドのハンバーグは、父が補充してくれていたようだった。久方ぶりの自宅だったため、彼女が望むほど食材は多くない。
あるもので作るとなると、自ずと得意料理に的が絞られてゆく。キッチンシンク下の戸棚を開き、缶詰が並ぶエリアを片手で探った。
ハインツ社のデミグラス缶はストックがあるため、残っていた玉ねぎと合わせてチルドのハンバーグを煮込む。赤ワインとケチャップ、ほんの少しチーズを加えるのを忘れない。
佐野一家でいつも食べている甘くないバゲットをトーストし、何個かは最初から溶けるチーズをかけておく。プレーンとチーズ、焼き上がりに明太子マヨチューブを塗ったものという三種類を出してやる。
ガルドとしてはいつもの手抜き料理だったが、ボートウィグは泣いて喜んだ。誇張無しに泣いてくっついてくる立派なはずの大人を、ガルドはまた好きにさせて泣き止ませた。
見ているこちらが満腹になるようなリアクションをとりながら、ボートウィグがひたすらハンバーグを食べるだけの時間が過ぎてゆく。本来の仕事は後回しにされていた。
ガルドの自宅の玄関には二人で必死に降ろすだけ降ろしたテテロが鎮座しており、辛うじて少し頑張ったのだとわかる。ハイエースから下ろしてたった三段の段差に悲鳴をあげた二人は、これ以上は無理だと早々に諦めた。
「はふはふ、うまぁー」
榎本一人が加わったところで果たして運べるだろうか。もう一人パワーのある男が呼べればいいのだが、残念ながら呼べるような男の知り合いはいなかった。
「料理も上手なんて、さすがっすね!」
「……鈴音舞踏のメンバーに触れ回ったら怒る」
「ええ!? 隠すようなことです!?」
「あのアバターでキッチンに立ってるのを想像されたくない」
「かっこいいと思うけどなぁ。でも僕だけの特権にしときます。その方が、次がありそう!」
笑顔で期待の視線を投げてくるボートウィグに頷きながら、ガルドはアバター姿でこのキッチンに立つ姿をイメージした。背の高いあの姿では、まず天井に頭をぶつける。包丁も小さく、まな板も両断してしまいそうだった。
「閣下~、僕あれが好きですよ」
「パスタ」
「あれ、よくご存じで」
「……あれだけ食べてれば」
ネット上の酒場でパスタを選ぶ彼は、つまみそっちの気で満足だと感じるまで食べ続ける。実際に腹は膨れないのだが、本人が食べる行為そのものに満足するのがVRでの満腹だ。
「いっぱい食べろ」
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