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251 みずきの武器
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Aは戦闘が苦手らしい。
向き不向き以前の問題だ。まず攻勢に出ようという気が無い。とにかく安全無事に「佐野みずきを守る」ことだけ考えていて、建物全体が占拠されて危険に陥るかも、などとは考えてもいない。
「いいか、A」
みずきはAに拮抗状態を作る必要性を説明した。
アクションゲームであるフロキリを、ロンド・ベルベットの大人で切磋琢話しながら楽しんでいた経験から編み出した「ガルド」なりの戦術を言葉にする。
「敵のリーチとコッチのリーチがぶつかる点が、自陣の……この建物まで入ってくると……えーと」
だいぶマシになったが、まだまだ寝起きのように頭がぼんやりとしていて言葉が上手く出てこない。
「そこから、押し返すのが……距離を広げるのが、その拮抗地点が完成した後だと、すごく難しくなる」
伝わっている自信はない。案の定Aが操作権を持つ一本の腕が手首をかしげた。
「……決まりきる前に、ポジションをこっちに有利な場所までもっていく。ゾンビアタックのセオリー」
<セオリー? なるほど、そういうものなのか。キミがそう言うならそうすべきだがね。ならば命令をしたまえ、みずき。ボクを上手に使いたまえ>
「マップ」
<情報保護の意味もあり、区画ごとのマップはあるが全体図は無いのでね>
「全部寄越せ。コッチで合わせてみる。あと、作って欲しいプログラムがある。いいか>
<今かね?>
「今」
みずきは強めに言った。既に攻め込まれているというのに、Aは悠長な様子が一向に直らない。みずきは改めて「自分がしっかりしなければ」と思い直す。
「ただ直進するだけのやつと、ただチョップするだけのやつ」
脳波コンで直列繋ぎに繋がった腕を四本同時に操作し、みずきは試しに腕でチョップを繰り出してみた。
地下と呼んでいるが、おそらく本当に地面を掘って作ったわけではなさそうだ。そもそも地下がこんなに沢山フロア分けされているとは思えない。上に建てるより難しいだろう。Aすら全容を知らないという地図のパーツをかき集め、それらしい場所に当てはめて知ったのは「地上なし、地下十五階建て」という事実だった。
地下だ。上には「木」としか書いてない。つまり一階建ての建物の上に木を生やして隠し、あとの施設は全て地下なのだ。
だとしても十五階分も掘れるものだろうか。人間にとって未開の地・深海ならともかく。そう思った瞬間、みずきは「それもある」と思ってしまった。海の中に、筒のようにして建物を落としているのかもしれない。浮力が気になる。穴が開いたときの倒壊も気になる。
「はぁ……」
みずきは疲れて倒れ込むようにして椅子にもたれた。機械腕で作られた椅子はごつごつとしていて固く、人工皮膚の白さと、奥に見える金属パーツが透けて浮かび上がり爬虫類を思わせる。今は微動だにしないが、きびきびと動く内部機関を見ているのは案外面白かった。
右側の腕のマニピュレーターを脳波コンで操作し、指を握ったり開いたりさせて中を見る。よく聞くとウィンウィンと機械が作動する音がする。フルダイブ中には得られなかった遅延の無い物質の動きは、不思議とみずきを落ち着かせた。
08-010フロア、地下八階の中央にある巨大な倉庫の前。みずきの背中側に続く全面ガラス張りの向こうは、地下八階から地下十階までを吹き抜けのようにブチ抜いた大空間の倉庫がある。
中には大量の、Aが一万は超えると言った労務作業用ロボットアームが整然と並んでいた。組み込みプログラムをAが書き変えている最中で、ベルトコンベアの要領で整然と並んだまま移動している。
人の手を模したロボットハンドが付いているのは、その中でも限られた一部だったらしい。ほとんどは工場に置かれているような、ジョイントの手首から先が五本指では無くなっている。総鉄製の外構カバーを持ったものも多く、人工筋肉のタイプより重いのか、付け根から下は大きな箱状の装置に変わっていた。
「三階は放棄。時限装置は?」
<完了した。作成はBJ06の担当者だが、信頼できるのでね。成功確率66%>
「次。四階の落とし穴は?」
<完了した。作成はBJ03の担当者なのでね。うまく作動するか分からないが、落とし穴の条件に合わないためデバッグは今後予定にないのでね>
「賭けだし、もう時間が無い。次、五階のフォーメーション」
<未完了だ。作成はBJ04の担当者。パネル同士が接触し移動が阻害されるため、解消の方法として一番早く実現するものを考えている、らしいがね。完全にログアウトしてコチラに専念してくれているが、アバターの背中をBJ04がさすり続けていてね。反応する専用の自動応対モーションを作るのに五分ほどロスタイムが……>
「04、確かマグナのピートか。有人のスタッフなんだな」
<おっと>
思わぬところで「マグナのペット・ピートは中身が人間だ」と分かった。薄々みずきは気付いていたが。
「ならいい、任せる」
<うん。アルファルドはオーナーが信頼を寄せる凄腕の持ち主なのでね。彼が言うには、敵の侵攻は四階で止まるだろう、とのことでね>
「だといいけど。次の、地下五階は?」
<BJ05を担当する者だが、使い物にならないのでね。こちらはボクが兼務しているのでね>
「つかいものにならない?」
それはつまり、AJ・田岡を担当している氷結晶城の吟遊詩人サルガスのような、素朴でポンコツな出来のAIだということだろうか。みずきは気になるが、今はとにかく時間が無い。首を振って話題を切り替える。
「いや、まず五階の進捗。どう?」
<まぁまぁだがね>
「最低限、アームが通路で密集してふさげればいい。破損してもパーツの山で入り口を隠せる」
<通常通路を先んじて我々が破壊し完全に封鎖、保管用の地下空間を通路に作り替えて、別通路として転用……なかなか思い切った作戦だがね>
「爆破されても通路なら大丈夫。地図通りなら、その先は産廃置き場……さんぱい?」
<産業廃棄物、つまりゴミでね>
「ん、ゴミ捨て場か」
みずきはロボットアーム製の椅子から立ち上がった。タイヤ式の移動パネルがすかさず足元に移動してくる。まるで傅くような仕草だ。
「A、いいからそっちに集中」
<ふむ、承知した>
一言釘を刺すと、Aが静かに操作を手放す気配がした。動かなくなったパネルをみずきは自分の意思で動かす。ガラス張りの中の一部分が自動ドアになっているのを見つけ、掛かっているロックを、脳波コン経由のPCで鍵を開けた。
下に広がる圧倒的な空間に、みずきは成田空港を思い出した。
<上層で動きがあったようだがね>
「振動がないならまだ大丈夫」
倉庫は静かなままだ。コンクリートが崩れるとき特有の、ぱらぱらとした破片や粉塵も見当たらない。
<む……報告は事実かね!?>
「A?」
<みずき、イーラーイの私兵が我々の回線への有線接続に成功したようだがね!>
「……そっちはどうしようもない」
<確かにみずきにはどうしようもないがね、これは大変マズいのでね! ログインしている他のBJのユーザーに影響があるのでね!>
「っ!」
みずきは急に冷えた肝を押さえるように、腹の上を拳で押した。
<プログラムの書き換えでボクは手が離せないのでね!>
「どうすればいい!?」
<他のコンタクターが対応するが、その分トラップ作成が停止するのでね。引き継いで対応を頼みたいのだがね>
「他のコンタクターから引き継ぎを? まさか……自分が起きてるの知ってるのか!?」
<え? いや、知らない。ボクとこうしてコンタクトを取っていることも秘密にしているのだがね>
「バレたら駄目だろう!」
<引継ぎは不可能と? ではトラップは捨て置くとして、そうなるとこのフロアが最終防衛ラインとなるのだがね。みずきを危険にさらすくらいなら、いっそ存在を晒した方がマシではないのかね?>
「過保護か! いいっ、ここで迎え撃つ!」
<ボクは反対だがね>
みずきは少々強引に、無理やりAの発言権を止めた。続けて「いいから早くそっち終わらせろ」と言い、側にあったAの言語系イメージを奥へ仕舞うように押す。プログラム書き換えの順番を待つアームのベルトコンベヤーの速度が、早速少しだけ早くなった。Aには急いで終わらせてもらうしかない。
「行くぞ」
準備のできたロボットアームを二十本引き連れ、みずきは滑るようにフロアを上がる裏の搬入ルートへ走り出した。
頼れるのは自分と、自分の新しい腕だけだ。
Aと離れた今、この建物内にみずきを知る人物は誰もいない。だが一人ではなかった。複腕がみずきの前後左右を埋め、一寸の隙間もないようガードしている。自分自身の周囲は何も見えないが、表側のフロアである07のエリア10付近を監視カメラで見ることが出来ていた。
通路のすぐ裏を走る搬入路だ。そして壁は脆く、鉄製の重量型アームに掘削用パイルバンカーの装備を付けた配下アームの一突きで粉砕できる。
「このまま上に行けば地下六階、その真上が五階、Aがアームを並べてたフロア。その上からはトラップが……中途半端なのも含めてだけど」
「ぎゅるぎゅる」
「お前はこの地下七階にいろ。通信帯はそのまま。こちらの指示に従いつつ、カメラに対象が映り込んだら特攻。いいな」
「ぎゅるんぎゅるん」
アームの手首が二回回る。
みずきの右側を守っていた余剰のアイアンアームが一体、ずっしりとする機体をゆっくりと搬入路の出口に向かって車線変更、みずきたちの一団から離脱していった。有線の並列接続からも外れ、無線でのコントロールになる。
みずきは素人の女子高生だ。繋がるのが精一杯で、送受信をラグなく行うなど技術と準備が間に合っておらず不可能だった。本体に書き込んだ指示命令を最大限生かすぐらいしか出来ない。
だがみずきには、感性で伸ばしてきた脳波コン操作の高等技術があった。
フィーリングで言いたいことを思い浮かべ、口にしつつ、脳からこめかみを通じて出力されているのはコンパイラ言語だった。自覚など無いまま日本語ではないものを送信している。
脳波コンで思い浮かべたみずきの言葉が、Aの支援などないままロボットアームに届く言葉へ瞬時に言い換えられ伝わってく。届いた言語をアームは届いた指示をコンパイルし、命令として受け取る部分だけはAに組まれていた。
「ぎゅるる」
手首を回し、返事のように答える。
「頑張れ。後から増員させる」
「きゅる……」
みずきはふんわり微笑むと、残りのアームを引き連れさらに上へ登っていく。
残されたアームはぽつんと一体、手首から先についた杭のような鉄の棒を壁に隠すようにして、ぴたりと動きを止めた。
「このフロアはフォーメーションだ。後から来る追加のロボットアームが後ろを担当する。お前たちは最前列で先導役だ。互い違いにタンクとアタッカーでポジションを……そう。いい感じ。リーチの長いお前は中央。タンク二枚で守り切れ。そのままエンゲージ……カメラに敵が映り込んだら、すぐ加速して突撃しろ。速度は遅いのに合わせて、一斉に」
「ぶるん」
「ぎゅるぎゅる」
「お前だけキャタピラー式か……じゃ、こっちと交代。ああ、重いのか。その重さを生かすなら坂道がいい。鉄板をアッチに引っ掛けて橋みたいにして行くといいかも。ああ、設置、移動、待機の順で。もし設置できなければ移動は無し」
「カカカカカ」
「次行くぞ。あー……前任者の作った落とし穴に注意しつつ、足りてない脇道に敵が来たら突撃してアームを振り回せ。注意の方法が未入力? えっと、つまり、移動カーソルの中心点に。半径2mには侵入しないこと」
「ぎゅるぎゅる」
「そっちのお前は反対側に待機して、そっちの、その地点を中心にすること」
「ぎゅん」
「撃たれたら後退。タイヤが生きてる限り距離を取って、相手のリーチの範囲外にいる時だけその場にある瓦礫を投げろ。Aに投げ方教わっただろう?」
「ぎゅ」
「よし、ここで待機。いいな」
「ぎゅるる」
「次、このフロアは……お前たちは書き換え前だな? 08-010-001まで搬入ルートで帰還、Aに書き変えてもらうといい。その後は随時07フロアの10エリアあたりに移動」
「(場所の指定が曖昧)」
「ん……」
みずきは脳波コンで全てのフロアの映像を見た。目の奥がちかちかする。首を振って左を見ようとすると、四階の画像が左へ向いた。慌てて直してリアルの首をひねろうとすると、全ての映像が右へ向く。
「やってやる」
こめかみが熱い。接敵も近い。
「うぃいい、カッカッカッカッ」
周囲のアームが一斉に、威勢の良いかけ声のような駆動音を立てた。
向き不向き以前の問題だ。まず攻勢に出ようという気が無い。とにかく安全無事に「佐野みずきを守る」ことだけ考えていて、建物全体が占拠されて危険に陥るかも、などとは考えてもいない。
「いいか、A」
みずきはAに拮抗状態を作る必要性を説明した。
アクションゲームであるフロキリを、ロンド・ベルベットの大人で切磋琢話しながら楽しんでいた経験から編み出した「ガルド」なりの戦術を言葉にする。
「敵のリーチとコッチのリーチがぶつかる点が、自陣の……この建物まで入ってくると……えーと」
だいぶマシになったが、まだまだ寝起きのように頭がぼんやりとしていて言葉が上手く出てこない。
「そこから、押し返すのが……距離を広げるのが、その拮抗地点が完成した後だと、すごく難しくなる」
伝わっている自信はない。案の定Aが操作権を持つ一本の腕が手首をかしげた。
「……決まりきる前に、ポジションをこっちに有利な場所までもっていく。ゾンビアタックのセオリー」
<セオリー? なるほど、そういうものなのか。キミがそう言うならそうすべきだがね。ならば命令をしたまえ、みずき。ボクを上手に使いたまえ>
「マップ」
<情報保護の意味もあり、区画ごとのマップはあるが全体図は無いのでね>
「全部寄越せ。コッチで合わせてみる。あと、作って欲しいプログラムがある。いいか>
<今かね?>
「今」
みずきは強めに言った。既に攻め込まれているというのに、Aは悠長な様子が一向に直らない。みずきは改めて「自分がしっかりしなければ」と思い直す。
「ただ直進するだけのやつと、ただチョップするだけのやつ」
脳波コンで直列繋ぎに繋がった腕を四本同時に操作し、みずきは試しに腕でチョップを繰り出してみた。
地下と呼んでいるが、おそらく本当に地面を掘って作ったわけではなさそうだ。そもそも地下がこんなに沢山フロア分けされているとは思えない。上に建てるより難しいだろう。Aすら全容を知らないという地図のパーツをかき集め、それらしい場所に当てはめて知ったのは「地上なし、地下十五階建て」という事実だった。
地下だ。上には「木」としか書いてない。つまり一階建ての建物の上に木を生やして隠し、あとの施設は全て地下なのだ。
だとしても十五階分も掘れるものだろうか。人間にとって未開の地・深海ならともかく。そう思った瞬間、みずきは「それもある」と思ってしまった。海の中に、筒のようにして建物を落としているのかもしれない。浮力が気になる。穴が開いたときの倒壊も気になる。
「はぁ……」
みずきは疲れて倒れ込むようにして椅子にもたれた。機械腕で作られた椅子はごつごつとしていて固く、人工皮膚の白さと、奥に見える金属パーツが透けて浮かび上がり爬虫類を思わせる。今は微動だにしないが、きびきびと動く内部機関を見ているのは案外面白かった。
右側の腕のマニピュレーターを脳波コンで操作し、指を握ったり開いたりさせて中を見る。よく聞くとウィンウィンと機械が作動する音がする。フルダイブ中には得られなかった遅延の無い物質の動きは、不思議とみずきを落ち着かせた。
08-010フロア、地下八階の中央にある巨大な倉庫の前。みずきの背中側に続く全面ガラス張りの向こうは、地下八階から地下十階までを吹き抜けのようにブチ抜いた大空間の倉庫がある。
中には大量の、Aが一万は超えると言った労務作業用ロボットアームが整然と並んでいた。組み込みプログラムをAが書き変えている最中で、ベルトコンベアの要領で整然と並んだまま移動している。
人の手を模したロボットハンドが付いているのは、その中でも限られた一部だったらしい。ほとんどは工場に置かれているような、ジョイントの手首から先が五本指では無くなっている。総鉄製の外構カバーを持ったものも多く、人工筋肉のタイプより重いのか、付け根から下は大きな箱状の装置に変わっていた。
「三階は放棄。時限装置は?」
<完了した。作成はBJ06の担当者だが、信頼できるのでね。成功確率66%>
「次。四階の落とし穴は?」
<完了した。作成はBJ03の担当者なのでね。うまく作動するか分からないが、落とし穴の条件に合わないためデバッグは今後予定にないのでね>
「賭けだし、もう時間が無い。次、五階のフォーメーション」
<未完了だ。作成はBJ04の担当者。パネル同士が接触し移動が阻害されるため、解消の方法として一番早く実現するものを考えている、らしいがね。完全にログアウトしてコチラに専念してくれているが、アバターの背中をBJ04がさすり続けていてね。反応する専用の自動応対モーションを作るのに五分ほどロスタイムが……>
「04、確かマグナのピートか。有人のスタッフなんだな」
<おっと>
思わぬところで「マグナのペット・ピートは中身が人間だ」と分かった。薄々みずきは気付いていたが。
「ならいい、任せる」
<うん。アルファルドはオーナーが信頼を寄せる凄腕の持ち主なのでね。彼が言うには、敵の侵攻は四階で止まるだろう、とのことでね>
「だといいけど。次の、地下五階は?」
<BJ05を担当する者だが、使い物にならないのでね。こちらはボクが兼務しているのでね>
「つかいものにならない?」
それはつまり、AJ・田岡を担当している氷結晶城の吟遊詩人サルガスのような、素朴でポンコツな出来のAIだということだろうか。みずきは気になるが、今はとにかく時間が無い。首を振って話題を切り替える。
「いや、まず五階の進捗。どう?」
<まぁまぁだがね>
「最低限、アームが通路で密集してふさげればいい。破損してもパーツの山で入り口を隠せる」
<通常通路を先んじて我々が破壊し完全に封鎖、保管用の地下空間を通路に作り替えて、別通路として転用……なかなか思い切った作戦だがね>
「爆破されても通路なら大丈夫。地図通りなら、その先は産廃置き場……さんぱい?」
<産業廃棄物、つまりゴミでね>
「ん、ゴミ捨て場か」
みずきはロボットアーム製の椅子から立ち上がった。タイヤ式の移動パネルがすかさず足元に移動してくる。まるで傅くような仕草だ。
「A、いいからそっちに集中」
<ふむ、承知した>
一言釘を刺すと、Aが静かに操作を手放す気配がした。動かなくなったパネルをみずきは自分の意思で動かす。ガラス張りの中の一部分が自動ドアになっているのを見つけ、掛かっているロックを、脳波コン経由のPCで鍵を開けた。
下に広がる圧倒的な空間に、みずきは成田空港を思い出した。
<上層で動きがあったようだがね>
「振動がないならまだ大丈夫」
倉庫は静かなままだ。コンクリートが崩れるとき特有の、ぱらぱらとした破片や粉塵も見当たらない。
<む……報告は事実かね!?>
「A?」
<みずき、イーラーイの私兵が我々の回線への有線接続に成功したようだがね!>
「……そっちはどうしようもない」
<確かにみずきにはどうしようもないがね、これは大変マズいのでね! ログインしている他のBJのユーザーに影響があるのでね!>
「っ!」
みずきは急に冷えた肝を押さえるように、腹の上を拳で押した。
<プログラムの書き換えでボクは手が離せないのでね!>
「どうすればいい!?」
<他のコンタクターが対応するが、その分トラップ作成が停止するのでね。引き継いで対応を頼みたいのだがね>
「他のコンタクターから引き継ぎを? まさか……自分が起きてるの知ってるのか!?」
<え? いや、知らない。ボクとこうしてコンタクトを取っていることも秘密にしているのだがね>
「バレたら駄目だろう!」
<引継ぎは不可能と? ではトラップは捨て置くとして、そうなるとこのフロアが最終防衛ラインとなるのだがね。みずきを危険にさらすくらいなら、いっそ存在を晒した方がマシではないのかね?>
「過保護か! いいっ、ここで迎え撃つ!」
<ボクは反対だがね>
みずきは少々強引に、無理やりAの発言権を止めた。続けて「いいから早くそっち終わらせろ」と言い、側にあったAの言語系イメージを奥へ仕舞うように押す。プログラム書き換えの順番を待つアームのベルトコンベヤーの速度が、早速少しだけ早くなった。Aには急いで終わらせてもらうしかない。
「行くぞ」
準備のできたロボットアームを二十本引き連れ、みずきは滑るようにフロアを上がる裏の搬入ルートへ走り出した。
頼れるのは自分と、自分の新しい腕だけだ。
Aと離れた今、この建物内にみずきを知る人物は誰もいない。だが一人ではなかった。複腕がみずきの前後左右を埋め、一寸の隙間もないようガードしている。自分自身の周囲は何も見えないが、表側のフロアである07のエリア10付近を監視カメラで見ることが出来ていた。
通路のすぐ裏を走る搬入路だ。そして壁は脆く、鉄製の重量型アームに掘削用パイルバンカーの装備を付けた配下アームの一突きで粉砕できる。
「このまま上に行けば地下六階、その真上が五階、Aがアームを並べてたフロア。その上からはトラップが……中途半端なのも含めてだけど」
「ぎゅるぎゅる」
「お前はこの地下七階にいろ。通信帯はそのまま。こちらの指示に従いつつ、カメラに対象が映り込んだら特攻。いいな」
「ぎゅるんぎゅるん」
アームの手首が二回回る。
みずきの右側を守っていた余剰のアイアンアームが一体、ずっしりとする機体をゆっくりと搬入路の出口に向かって車線変更、みずきたちの一団から離脱していった。有線の並列接続からも外れ、無線でのコントロールになる。
みずきは素人の女子高生だ。繋がるのが精一杯で、送受信をラグなく行うなど技術と準備が間に合っておらず不可能だった。本体に書き込んだ指示命令を最大限生かすぐらいしか出来ない。
だがみずきには、感性で伸ばしてきた脳波コン操作の高等技術があった。
フィーリングで言いたいことを思い浮かべ、口にしつつ、脳からこめかみを通じて出力されているのはコンパイラ言語だった。自覚など無いまま日本語ではないものを送信している。
脳波コンで思い浮かべたみずきの言葉が、Aの支援などないままロボットアームに届く言葉へ瞬時に言い換えられ伝わってく。届いた言語をアームは届いた指示をコンパイルし、命令として受け取る部分だけはAに組まれていた。
「ぎゅるる」
手首を回し、返事のように答える。
「頑張れ。後から増員させる」
「きゅる……」
みずきはふんわり微笑むと、残りのアームを引き連れさらに上へ登っていく。
残されたアームはぽつんと一体、手首から先についた杭のような鉄の棒を壁に隠すようにして、ぴたりと動きを止めた。
「このフロアはフォーメーションだ。後から来る追加のロボットアームが後ろを担当する。お前たちは最前列で先導役だ。互い違いにタンクとアタッカーでポジションを……そう。いい感じ。リーチの長いお前は中央。タンク二枚で守り切れ。そのままエンゲージ……カメラに敵が映り込んだら、すぐ加速して突撃しろ。速度は遅いのに合わせて、一斉に」
「ぶるん」
「ぎゅるぎゅる」
「お前だけキャタピラー式か……じゃ、こっちと交代。ああ、重いのか。その重さを生かすなら坂道がいい。鉄板をアッチに引っ掛けて橋みたいにして行くといいかも。ああ、設置、移動、待機の順で。もし設置できなければ移動は無し」
「カカカカカ」
「次行くぞ。あー……前任者の作った落とし穴に注意しつつ、足りてない脇道に敵が来たら突撃してアームを振り回せ。注意の方法が未入力? えっと、つまり、移動カーソルの中心点に。半径2mには侵入しないこと」
「ぎゅるぎゅる」
「そっちのお前は反対側に待機して、そっちの、その地点を中心にすること」
「ぎゅん」
「撃たれたら後退。タイヤが生きてる限り距離を取って、相手のリーチの範囲外にいる時だけその場にある瓦礫を投げろ。Aに投げ方教わっただろう?」
「ぎゅ」
「よし、ここで待機。いいな」
「ぎゅるる」
「次、このフロアは……お前たちは書き換え前だな? 08-010-001まで搬入ルートで帰還、Aに書き変えてもらうといい。その後は随時07フロアの10エリアあたりに移動」
「(場所の指定が曖昧)」
「ん……」
みずきは脳波コンで全てのフロアの映像を見た。目の奥がちかちかする。首を振って左を見ようとすると、四階の画像が左へ向いた。慌てて直してリアルの首をひねろうとすると、全ての映像が右へ向く。
「やってやる」
こめかみが熱い。接敵も近い。
「うぃいい、カッカッカッカッ」
周囲のアームが一斉に、威勢の良いかけ声のような駆動音を立てた。
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なんとノートに書き込んだ人物は日露戦争中だということだったのだ!
ずっと冗談と思っている少年は、日露戦争の経緯を書き込んだ結果、相手から今後の日本について助言を求められる。こうして少年による思わぬ歴史改変がはじまったのだった。
※地名、話し方など全て現代基準で記載しています。違和感があることと思いますが、なるべく分かりやすくをテーマとしているため、ご了承ください。
※この小説はなろうとカクヨムへも投稿しております。

Select Life Online~最後にゲームをはじめた出遅れ組
瑞多美音
SF
福引の景品が発売分最後のパッケージであると運営が認め話題になっているVRMMOゲームをたまたま手に入れた少女は……
「はあ、農業って結構重労働なんだ……筋力が足りないからなかなか進まないよー」※ STRにポイントを振れば解決することを思いつきません、根性で頑張ります。
「なんか、はじまりの街なのに外のモンスター強すぎだよね?めっちゃ、死に戻るんだけど……わたし弱すぎ?」※ここははじまりの街ではありません。
「裁縫かぁ。布……あ、畑で綿を育てて布を作ろう!」※布を売っていることを知りません。布から用意するものと思い込んでいます。
リアルラックが高いのに自分はついてないと思っている高山由莉奈(たかやまゆりな)。ついていないなーと言いつつ、ゲームのことを知らないままのんびり楽しくマイペースに過ごしていきます。
そのうち、STRにポイントを振れば解決することや布のこと、自身がどの街にいるか知り大変驚きますが、それでもマイペースは変わらず……どこかで話題になるかも?しれないそんな少女の物語です。
出遅れ組と言っていますが主人公はまったく気にしていません。
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※VRMMO物ですが、作者はゲーム物執筆初心者です。つたない文章ではありますが広いお心で読んで頂けたら幸いです。
※1話約2000〜3000字程度です。時々長かったり短い話もあるかもしれません。
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