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19 男達のロマン
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タワーシールドを愛用している彼は、前方の視界が狭い。小窓から見える景色だけで戦うのは、想像以上に不便だった。それでもこの武器を手放さないのは、それに見合うだけのパワーがあるからだ。
上から放物線を描きながら落下してくる、そのコロンと丸い金属物をジャスティンは冷静に見ていた。手榴弾は爆発する時刻を丁寧に教えてくれている。表面の凹凸に沿った筋が、上から下に赤く発光してきた。これが全体に行き渡った瞬間、人一人包み込む程度の爆発が起こるのだ。
突っ込んでいってボマーに攻撃されることの多いジャスティンは、飽きるほどその瞬間を目にしてきた。愛するゲームの攻撃モーションであるため実際に飽きたことはないが、またかと思う程度には多い。
したがって、対処法も心得ている。
前傾姿勢を維持しつつ、体重を若干右に寄せて直後に右足を左側に踏み込む。
ジャスティンが得意な「位置変更なしの【見切り】スキル」だ。
清々しいサウンドと共に、自分が鮮やかなブルーのエフェクトをまとっているのがわかる。成功だった。
防御職は、そもそも見切りをする職ではない。防御するか見切るか悩んでいるタイムラグがその判定にひっかかるため、基本的に防御職は防御をするものだ。
ジャスティンは、その「とっさの判断」が高速で出来る数少ないプレイヤーだ。ベテランだからというものではない。彼がトッププレイヤー、世界レベルのタンクだという点につきる。
爆発も爆風もジャスティンには当たらない。ジャスティンは次の一手にすでに入っていた。燃え盛る炎のなかで、腰のアイテムボックス袋を引っ張り一覧を呼び出す。
そして常備している「煙幕(黒)」を選択し、地面に叩きつけた。
続けて、少ないスキルの中から一番チャージの長いものをスタートさせる。相手プレイヤーは自分が放った煙幕で目視できないが、武器の金属音が前方から聞こえる。そこめがけて大雑把に発射すればよい。
「どっせい!」
盾を両手で構え地面にどすんと設置する。すると自動的に変形を始めた。タワーシールドは中央で横にスパッと切れ、前方の空間が圧縮され、突如砲身が出現する。太く長いそれは、大昔の大筒大砲のようだった。
右手の取っ手は引き金になり、地面との接地面は盾状から脚部へと変化し油圧ジャッキのようになる。圧力の掛かる、しゅーという効果音が聞こえ、芸が細かいなとジャスティンはいつも感心していた。
この武器を作ったのは、十中八九男のスタッフだろう。メカやギミックが好きな、マグナのような男だ。この熱意に敬意を込め、ジャスティンはしっかりと右手の人差し指をトリガーにかける。
ジャスティンは思わず笑みをこぼした。敵に突っ込んでいくのも好きだ。格好良く見切り回避もしたい。もちろん味方を敵の攻撃から守るのも譲れない。だが、ドデカい攻撃もしたい。
わがままなジャスティンは、その全てが両立出来るタワーシールド単独装備を愛していた。
爆発のせいで、ジャスティンが無事かどうかわからない。マップを開けばHPバーで判断できるが、そんな暇はなかった。早速盾装備の二人がこっちを見ている上に、後方で守られている魔法職が詠唱を済ませつつある。
「なんだってんだよ、三対一に変わり無いじゃないか」
夜叉彦がぼやきながら、バックステップで位置取りを開始する。盾二人は近距離攻撃であり、ミドルレンジを選択できる夜叉彦としては、迷わず距離をとっておきたいところだ。
「マグナの支援も止まってるし、メロは遠いし、ジャスは相変わらず突っ込んでってこんなだし」
納刀している刀を腰だめに構えるスキルアクションをしながら、足だけは素早く後方へ飛んでいく。近接武器持ちとしては珍しい軽量ボディの夜叉彦は、一度の後退ジャンプで相当な距離を稼ぐことができた。
その一方で飽きずにぼやき続けているのは、夜叉彦の焦っているときの精神安定剤代わりであった。
相手魔法職プレイヤーのスキルが発動する。手にしていた本を振り上げ、花が咲くようにぱっと魔方陣が広がった。赤く光るそれは炎属性で、畳で言うと四畳分程度。そうなると、【長詠唱系複合魔法・中】だろう。追尾の効果が無いことに、夜叉彦は安堵した。避けやすい。
夜叉彦はその攻撃が着弾する前にせめて一発、とスキルを発動させる。一秒間のチャージ、周囲のBGMの音量がかき消え、夜叉彦のアバターボディの周囲が夏の飛び水のように揺らぐ。
勢い良く右手で居合いを一太刀、抜刀してすぐ納刀する。刃の軌道がそのまま高速で飛んでいき、白く光輝く太刀筋が敵に迫った。
【抜刀居合い斬り】と呼ばれる刀専用のスキルは、夜叉彦がヘビーローテーションしている利便性の良いスキルだった。彼は息をするように意識せず発動できる。その着弾スピードは魔法より早い。敵へのHITタイミングの予想は、敵の炎魔法が自分に当たるタイミングとほぼ同時だ。
そしてそのままステップを踏む。夜叉彦の【見切り】はその場で一回転するため、まるでダンスのようだ。迫り来る炎を軽やかに回避し、続けてまたもう一太刀繰り出すために手を刀に添えた。
「がはははは!」
ふと野太い笑い声が響く。先ほど爆発していたはずのジャスティンが黒い煙をまといながら立っていた。その手にあるはずの盾は、質量保存の法則を無視した大きさの砲台に変形している。
「ありゃまぁ、はしゃいじゃって……」
「ふはあっ、喰らえぃ!」
瞬間、甲高いアニメのような発射音と共に、閃光が相手プレイヤー三人を一直線に包む。あまりにも太すぎるレーザービームが、ジャスティンのキャノンからまっすぐ発射された。
マップでジャスティンの生存を確認していたマグナは、その後の展開を予想していた。黒い煙幕で爆炎が続いているかのように偽装するテクニックは、世界では通用しない。後で釘を指しておくことPC上にメモしておく。
戦闘中でもお構いなしにマルチタスクをしているが、今日のマグナの仕事は戦闘参加ではなく「参謀」である。訓練が円滑にできているか、目的に会わせた効率的な訓練かどうか、状況に合わせて判断するポジションである。
本気装備のメカニカルな肩回りが若干邪魔だが、マグナはそれさえも愛していた。配色は気に入っている白・赤・青のビビッドなロボカラーで、角張ったデザインのこの装備にまさにぴったりである。
しかし弓を構えずらい。チャージだけは下方向に向けて構え、打つときだけ狙いを上げるのがマグナのスタイルであった。
全員のステータスを目でざっと閲覧しながら、いつものように下降ぎみに構える。中央の盾を二枚も貼った長詠唱系魔法職を撃破した後は、夜叉彦には榎本の支援に行ってもらう。その時間短縮のための支援スキル、【速度強化・中】をチャージする。
ジャスティンは動けない。あの特大砲撃のあとは、盾を戻すのに時間が掛かる。満タンだったMPも空っぽになっている。足も遅い。放っておくのがベストな判断だ。彼は勝手に「HPがもっとも低いメンバー」の元まで走る。
遠くで戦うガルドは、とても理想的な動きをしていた。二人を相手取り、メロにターゲットが行かないように威圧をかけているのが流石である。しかしその効果が現れすぎて、本来の目的までたどり着かなそうだった。
世界でもこのままガルド効果で対応できるのならば安心だが、キーマンであるメロ自身で対処できるようにしてもらいたい。残念だが、今回はその訓練は諦めた。勝利することを優先事項とすることにする。
そのメロは、詠唱を八割済ませたようだ。本来なら三倍は掛かる長い長い詠唱を短くしているのは、ふざけた装飾をした杖と防御力を捨てた紙装甲の効果だ。あの装備は、初心者の攻撃でも三回喰らえばダウンするほどに紙っぺらである。
ロンド・ベルベットは火力重視のメンバーが揃っている。タンクのなかでも珍しいタワーシールドオンリーのジャスティン、動きが鈍いが破壊力のある武器を持っている榎本とガルド、豊富な手数で敵を圧倒する中距離刀装備の夜叉彦。だが抜きん出て火力が高いのは、間違いなく召喚魔法の使い手メロだ。
対ギルド戦では、技量だけでは世界には食らいついていけない。相手の情報を研究し、こちらの情報は可能な限り隠す。それができて初めて、世界大会で戦っていける。
メロが「以前の大会よりもさらに紙装甲さを増している」というのは、ロンド・ベルベットとしては隠したい情報のひとつだった。
速度強化のスキルを込めた矢を、夜叉彦に当てる。サクッといい音をたててヒットしたが、夜叉彦は砲撃をしながら高笑いをするジャスティンから目を離さない。
「夜叉彦、榎本に」
言葉足らずだが、彼なら理解できるだろう。
ハッとした後に手をヒラヒラを振り、了解したことを伝えてくる。駆け出す彼は颯爽と飛ぶブルーインパルスのようだった。
接近と中距離の両立をしている夜叉彦は、装備を軽量化し移動速度を早めている。そこにマグナの支援を重ねがけているため、侍というより忍者に近いスピードが出せるようになっていた。
相手プレイヤー三人は、地面に臥せっている。モンスターのように爆散しないものの、装備のカラーがモノトーンになっていた。ダウンしているのがそれで分かる。
対ギルド戦はリスポーンしない。六人全員がダウンすると、それで終了になる。残り三人、一人は夜叉彦が加わったのですぐに決着がつくだろう。それどころか、メロの攻撃があと一分程度で発動する。広範囲攻撃のそれは、エリアの右端と左端だろうと全体に特大ダメージを与える。決着はあっという間に着くだろう。
勝利は確定しているが、油断しない。全力で挑む。AIを相手にしているクエストとの違いは、相手の情報を全て把握していないからこその不慮の事態だ。
それに、今日の目的は勝利ともう一つ。メロの弱点について訓練しなければならない。半ば諦めているその訓練を少しでも行おうと、マグナはガルドとメロがいる方角へ走り出した。
ガルドの顔は怖い。わざとではないのだが、最初の設定によるものなのだろうか、どうにも直らない。そして、本人は意図していないもののそれは戦闘において効果的だった。
操作するプレイヤーがいる場合、ターゲット対象は気持ちの持ちようによる。攻撃をたくさん繰り出したものがヘイト値を上げるプログラムは、もちろん人間には組み込まれていない。ガルドは、固有の迫力で一身にプレイヤー達のヘイトを集めていく。
「ひぃっ!」
魔法使いの女性プレイヤーがひきつったような悲鳴を漏らす。胴体に打ち込んだはずの電撃系魔法をものともせず、こちらを凄みのある目で睨んできている。
目線がこちらから離れない。その上眉間のシワを一段深くし、鼻息をふんと出した。
怒っている。むしろ自分は彼に怒られている。女性プレイヤーの恐怖心がさらに上塗りされた。
「おい、援護頼むぞ!」
「え、ええ!」
片手剣士の声に応じ、弱点であるはずの雷系魔法スキルを一覧から呼び出す。眼前に円形のゲージが現れ、それが満タンになるまでは動けない。
そこにぐんと踏み込み距離を詰めたガルドが、彼女の前で剣を構えている片手剣士に飛びかかった。無論負けじと攻撃を剣で弾く。パリィからのカウンターが片手剣の強みだ。そして、そのスピードは大剣では対応できないほど高速に返ってくる。
この調子で続けざまに食らわせられれば、いかにプロクラスのプレイヤーといえど完封できるはずだ。しかも魔法で弱点を突ける。通常ならば二対一でこちらが勝つはずなのだ。
勝てる!魔法職の彼女は安易にそう確信した。
ガルドは一般プレイヤーではない。パリィに関してはこと日本サーバー内では敵無しの、トップランカーだ。
ぎり、と歯が軋む。ガルドは弾かれた剣をそのまま後ろにブン回した。スキルではない、ただの本人の剣筋だ。
だからこそトリッキーな攻撃が出来る。日々榎本と無茶な少人数攻略をしているなかで編み出した、オリジナルのモーション。名前はつけていないが、「偽装振りかぶり」としているものの導入部分である。
相手プレイヤーとは反対方面に剣を振り、一旦ピタリと止めた。そのまま足や体ごと、ぐるんと横回転する。ゲームの判定としては「剣を所持したまま体がその場で方向転換している」ことになっているらしい。大剣は相手側まで移動し、あとはそのまま力を入れ直して斬るだけだった。
パリィ後のカウンターが出来ないはずの大剣で、片手剣と同等のスピードカウンターをやってのける。
その見たこともない攻撃モーションに、片手剣士は瞠目した。先ほどのパリィ回避もよくわからなかったが、今度の剣さばきも何が起きたのかさっぱりわからなかった。新種のスキルだろうか、疑問が沸いてきてはパニックに拍車をかけた。
無茶な姿勢からの攻撃のため、ヒット音は浅い。だが、通常攻撃での攻撃で、ガルドの動作はスキル時よりもスムーズで素早かった。
切った直後、片手剣士のパリィカウンターを【見切り】スキルで難なく避けた上で、続けて大きく振りかぶるフリをする。
通常攻撃ではあり得ないほどゆっくりと振り上げ、あたかもそういったスキルなのだとアピール。
「来るっ!」
スキルが来るとなると、片手剣士は得意な対処法に移る。見切り、スキルでのパリィ、盾防御のどれかだ。
「上から振りかぶり叩きつけ」た状態から派生する大剣スキルは、盾で全て防御できる。盾持ちのプレイヤーの間では常識だった。鋭く見切った片手剣士は、迷わず盾防御を選択する。
「なかなかいい腕だ」
その常識を、ガルドは利用した。
盾による防御を貫くことのできるスキルは、僅かだ。モーションも限られていて、エフェクトが豪華なのが特徴だった。
相手が剣とは反対に持っている小型の片手盾を構えたのを確認すると、ガルドはガード破りのスキルを思い浮かべる。今している「上から振りかぶり叩きつけ」る動作は、ガルドのスキルスロットには入っていない。ただのモーションとして処理されるため、スキルエフェクトも現れなかった。
次の動きは考えるまでもない、ガルドが気に入っているスキルの導入だった。両手から片手に持ち方を変え、レイピアのような動きで、身の丈もあろうかという大剣を突き攻撃するスタイル。それを流れるように準備する。
「なぁっ!」
格闘ゲームなどでは見かけたことのある、コマンドキャンセル。
しかしこのゲーム内ではあり得ない。フロキリではスキルは任意でキャンセル出来ない。
何が起こったのか分からないまま、彼は自身の盾を大剣が通過してゆくのをぼんやりと見つめていた。
重いはずの大剣が、まるで木枝のように片手で振るわれてゆく。
「落陽」という名前のそのスキルは、剣士のスキルとしては珍しくMPを消費する。十八連撃を叩き込み、最後に半円型の軌道を描くのが特徴だ。赤と黒の光がしばらく留まり、揺らぐ。夕日のようで美しい。
水平線に沈む夕日とは、こういう色をしているのだろうか。本物を見たことのないガルドは、いつか日の沈む海岸を見てみたいと思った。
そこそこ近い距離で長い詠唱を始めていたのだが、皆ガルドに夢中でこちらに気付いてもくれない。メロは少々不満げだった。それに、本来の目的にこんな様子ではたどり着けない。
「こんなに派手な格好してるのに、ガン無視なんて酷い~!」
「そうだな。だが戦闘としては良いことじゃないか。ほら」
駆けつけたマグナが、走りながらチャージしていたのだろう、【チャージ加速・小】の矢を打ち込む。効果は些細なものだが、あと数秒残っていた詠唱が完了した。
地面に展開していた魔方陣が花開くようにさらに展開された。辺りを飲み込み、離れていたガルドの足元にまで輝きが灯る。
「ええ!?」
相手の魔法使いがその光を見て仰天した。すっかりガルドに気圧され、長詠唱の召還系魔法使いの存在を忘れていたのだ。
ロンド・ベルベットの攻撃は高火力、なかでも最も大きな攻撃を仕掛けてくるのが唯一の魔法職プレイヤー:メロだというのは、上を目指す戦闘系ギルドならば誰でも知っている周知の事実だ。
それを忘れているなんて、うっかりにしては酷い。彼女はゾッとした。普通のギルド相手ならば、すぐに魔法使いへ対応していただろう。
目の前の大剣使いが目に入る。輝く魔方陣に下から照らされ、恐ろしさが増している。
彼さえ、彼さえいなければ!……こんなに……これほど一人に夢中にはならなかったはずだ。彼女は悔しさと共に、楽しくなった。面白いのだ。
それはきっと、カリスマというやつだろう。これほど面白い戦闘をしてくれるガルドという、カリスマ性を持つプレイヤーとのバトル。最高に面白かった。
彼女がそう畏怖と敬意を込めて見つめる先に、大きな大きな影が現れた。
ガルドの背後に、頭が三つある狼が霧と共に出現する。銀色の毛並みの光沢が耽美でうっとりとしてしまいそうだが、その表情は憤怒で牙をむき出しにしていた。
「あーあ……」
魔法使いの肩から力が抜ける。攻城戦で敵の城に穴を開けるようなときに使う、長詠唱系召還魔法スキルだ。長くて五分で決着がつく対ギルド戦ではまずチャージが間に合わない類いの、代償の大きいスキルである。
なぜこんなに早く行使できるのだろう。最低でも六分はかかるため、他の魔法職や支援職から「チャージ短縮」スキルを掛けてもらわねばこの時間には間に合わないはずなのだ。
まさか防御を捨てて詠唱短縮を発動させているとは思わなかった彼女は、そんな疑問を抱いたまま、赤々とした炎に包まれてゆく。
暑くはない。あるのは満足感だった。
「ヒュー!いいねぇ、かっこいいよー!!」
現れる召喚獣をおちゃらけた調子で誉めながら、メロが杖をぐるぐる振り回す。杖の先に付いている南国の鳥の尻尾が、レインボーの尾を引いた。
召喚陣から現れたのは、三つの頭を持つ狼【地獄の番犬ケルベロス】という召喚スキルだ。
銀の毛並みを持つその狼は、三つの口で気高く遠吠えをする。地面が一瞬で灼熱のマグマと化し、煙を上げながら火柱を吹き出す。
熱は感じない。VRとはいえ、気温の体感まで処理できるようなハイスペック機は研究室レベルだ。だが、近寄ると火傷のようなじりじりとした痛みのような刺激を感じた。その刺激もまた、機械が吐き出す偽物だ。
辺りが火山の口のように赤黒く染まったころ、おまけと言わんばかりに狼の牙の奥から火炎放射が炸裂する。
ガスバーナーのようにまっすぐな青みの強い炎が、バトルフィールド全体にランダムに降り注ぐ。当たっていても当たらなくても、ギルド『永遠道中膝栗毛』のメンバーは誰も生存していなかった。最初にあった遠吠えのマグマで、一瞬にしてHPゲージは溶けきっている。
まさに死の上に死を畳み掛けるオーバーキルであった。
「うーん、今回も攻撃来なかったんだけど」
「参ったな。フリーマッチじゃ限界があるか」
戦闘終了後、自動的にギルドホームに転送されたメンバーは早速反省会議をしていた。
「レイド班と鈴音で募ってみる?」
「その方が早そうだな。明日、来れるやつ集めとく。メロは?」
「早めに仕事終わらせて、合流する!」
「メロ、無茶しない程度に」
「ありがとね~ガルド、でも大丈夫。弟に押し付けるからぁ!」
ここ数日、対ギルド戦でメロがターゲットにされた場合のシュミレーションをメインに行っていた。全員が集まるタイミングは相変わらず少ないものの、メリハリをつけて戦闘訓練を行っている。
中心となるメロが出席するのが前提となるため、彼のリアルをガルドは心配していた。どうも弟が犠牲になっているらしい。
「無理すんなよ?いないときには別メニューすっから」
「そうだぞ、嫁さんの相手を疎かにしてはならん!」
「奥さんに相手してもらってるジャスが言うと、なんか違和感あるよね……」
「そうそう。ジャスのほうが世話焼かれっぱなし」
「な、なんとぉー!」
夜叉彦やジャスティンと同じく、メロには家族がいる。収入や家族サービスが疎かになってはいけない。そのこともあり、メロのログイン率は年々低下してきていた。
「あ、みんなごめんね。今日ももう落ちるっ」
「おう」
「お疲れ」
「メロ、来れそうだったら時間教えろ。合わせるから」
「ありがと~。じゃ、お疲れっ」
ログアウトのアイコンから、視界が一転暗くなってゆく。
こめかみの辺りがぴりりとし、ログオフを告げるフルダイブ機の電子音が聞こえる。深夜二時、部屋は真っ暗だ。静まりきった我が家の空気と、先ほどまでの賑やかで暖かなギルドホームの差に居心地の悪さを感じた。
ベッドに横になったまま、二重になっている窓越しの外を見る。真っ白でよく見えないが、雪に覆われたご近所が広がっているはずだった。
東京は暖かかった。それは北海道を基準にすれば日本全国どこも間違いなく暖かい。地熱を利用した暖房供給システムのお陰で、実際には家の中も東京並みに暖かかった。
「うう、ねむ……」
年々、夜更かしができなくなってきていることにメロは自分で気付いていた。昔から農繁期はめっきりログイン出来なくなる。それ以上に、体調面で厳しくなりつつあった。
あの仲間達が世界の舞台で今後も戦い続けるためには、少し身の振りを考えなければならない。メロは眠い頭でぼんやりと思う。
仕事は順調で、大型耕作機械の導入やドローン、AIの駆使で随分と楽になった。しかし完全自動の大企業お抱え農場に比べれば、まだまだ人力が必要だ。それでも、メロが子供のころの常識に比べると随分技術刷新が進んだものだ。
機材のローン分、自分達の生活費、農耕に必要な支出、それらを払える程度の収入があればいいのだ。今の仕事量はそれをかなり上回るように、純利益を目的とし経営していた。
このままのペースを維持するのならば、ロンド・ベルベットを引退せざるを得ない。社会的地位を優先させた、あのベルベットのように。
それを回避するには、仕事量・収入を減らすしかない。家族や共に働く弟夫婦を説得する必要がある。
恐らく反対されるだろう。娘は来年の四月から都内の大学に進学する予定だ。働き手が一人減る、それも大きかった。
「辛いね……お前もそうだったのかな……」
自室に飾ってある、天井まで届く高さの派手なトーテムポールを見つめ、そう呟く。部屋の中に置いておく雑貨にしては巨大で異質なそれは、ベルベットと共に高校時代に自分達で彫った手作りのものだ。
親友と共に過ごした日々、それが永遠に続くと信じて疑わなかった。遠くてもゲームの中で会える。大人になっても、大好きなゲームを無垢な気持ちでプレイできる。
それが今や、親友はゲームを辞め、自分も辞めるかどうか悩み始めていた。ベルベットが辞めたときには相当荒れたが、今もその荒れた心が治りきっていない。見ないようにしていたそのささくれが、年月を経てべりべりと表面を剥がしにかかっている。
五十に手が届きそうなところにきたメロは、精神的にも肉体的にもそろそろ限界が近かった。
木の凹凸で表現されたトーテムポールの鳥達が、じっとベッド側を向いて立ち尽くしている。瞳の色がない目が、無表情にこちらを見ている。これを彫ったときの親友は、粘土で遊んでいる幼稚園児のように無垢な顔をしていた。きっと自分もそんな顔をしていたことだろう。
懐かしい。メロは泣きたくなった。
上から放物線を描きながら落下してくる、そのコロンと丸い金属物をジャスティンは冷静に見ていた。手榴弾は爆発する時刻を丁寧に教えてくれている。表面の凹凸に沿った筋が、上から下に赤く発光してきた。これが全体に行き渡った瞬間、人一人包み込む程度の爆発が起こるのだ。
突っ込んでいってボマーに攻撃されることの多いジャスティンは、飽きるほどその瞬間を目にしてきた。愛するゲームの攻撃モーションであるため実際に飽きたことはないが、またかと思う程度には多い。
したがって、対処法も心得ている。
前傾姿勢を維持しつつ、体重を若干右に寄せて直後に右足を左側に踏み込む。
ジャスティンが得意な「位置変更なしの【見切り】スキル」だ。
清々しいサウンドと共に、自分が鮮やかなブルーのエフェクトをまとっているのがわかる。成功だった。
防御職は、そもそも見切りをする職ではない。防御するか見切るか悩んでいるタイムラグがその判定にひっかかるため、基本的に防御職は防御をするものだ。
ジャスティンは、その「とっさの判断」が高速で出来る数少ないプレイヤーだ。ベテランだからというものではない。彼がトッププレイヤー、世界レベルのタンクだという点につきる。
爆発も爆風もジャスティンには当たらない。ジャスティンは次の一手にすでに入っていた。燃え盛る炎のなかで、腰のアイテムボックス袋を引っ張り一覧を呼び出す。
そして常備している「煙幕(黒)」を選択し、地面に叩きつけた。
続けて、少ないスキルの中から一番チャージの長いものをスタートさせる。相手プレイヤーは自分が放った煙幕で目視できないが、武器の金属音が前方から聞こえる。そこめがけて大雑把に発射すればよい。
「どっせい!」
盾を両手で構え地面にどすんと設置する。すると自動的に変形を始めた。タワーシールドは中央で横にスパッと切れ、前方の空間が圧縮され、突如砲身が出現する。太く長いそれは、大昔の大筒大砲のようだった。
右手の取っ手は引き金になり、地面との接地面は盾状から脚部へと変化し油圧ジャッキのようになる。圧力の掛かる、しゅーという効果音が聞こえ、芸が細かいなとジャスティンはいつも感心していた。
この武器を作ったのは、十中八九男のスタッフだろう。メカやギミックが好きな、マグナのような男だ。この熱意に敬意を込め、ジャスティンはしっかりと右手の人差し指をトリガーにかける。
ジャスティンは思わず笑みをこぼした。敵に突っ込んでいくのも好きだ。格好良く見切り回避もしたい。もちろん味方を敵の攻撃から守るのも譲れない。だが、ドデカい攻撃もしたい。
わがままなジャスティンは、その全てが両立出来るタワーシールド単独装備を愛していた。
爆発のせいで、ジャスティンが無事かどうかわからない。マップを開けばHPバーで判断できるが、そんな暇はなかった。早速盾装備の二人がこっちを見ている上に、後方で守られている魔法職が詠唱を済ませつつある。
「なんだってんだよ、三対一に変わり無いじゃないか」
夜叉彦がぼやきながら、バックステップで位置取りを開始する。盾二人は近距離攻撃であり、ミドルレンジを選択できる夜叉彦としては、迷わず距離をとっておきたいところだ。
「マグナの支援も止まってるし、メロは遠いし、ジャスは相変わらず突っ込んでってこんなだし」
納刀している刀を腰だめに構えるスキルアクションをしながら、足だけは素早く後方へ飛んでいく。近接武器持ちとしては珍しい軽量ボディの夜叉彦は、一度の後退ジャンプで相当な距離を稼ぐことができた。
その一方で飽きずにぼやき続けているのは、夜叉彦の焦っているときの精神安定剤代わりであった。
相手魔法職プレイヤーのスキルが発動する。手にしていた本を振り上げ、花が咲くようにぱっと魔方陣が広がった。赤く光るそれは炎属性で、畳で言うと四畳分程度。そうなると、【長詠唱系複合魔法・中】だろう。追尾の効果が無いことに、夜叉彦は安堵した。避けやすい。
夜叉彦はその攻撃が着弾する前にせめて一発、とスキルを発動させる。一秒間のチャージ、周囲のBGMの音量がかき消え、夜叉彦のアバターボディの周囲が夏の飛び水のように揺らぐ。
勢い良く右手で居合いを一太刀、抜刀してすぐ納刀する。刃の軌道がそのまま高速で飛んでいき、白く光輝く太刀筋が敵に迫った。
【抜刀居合い斬り】と呼ばれる刀専用のスキルは、夜叉彦がヘビーローテーションしている利便性の良いスキルだった。彼は息をするように意識せず発動できる。その着弾スピードは魔法より早い。敵へのHITタイミングの予想は、敵の炎魔法が自分に当たるタイミングとほぼ同時だ。
そしてそのままステップを踏む。夜叉彦の【見切り】はその場で一回転するため、まるでダンスのようだ。迫り来る炎を軽やかに回避し、続けてまたもう一太刀繰り出すために手を刀に添えた。
「がはははは!」
ふと野太い笑い声が響く。先ほど爆発していたはずのジャスティンが黒い煙をまといながら立っていた。その手にあるはずの盾は、質量保存の法則を無視した大きさの砲台に変形している。
「ありゃまぁ、はしゃいじゃって……」
「ふはあっ、喰らえぃ!」
瞬間、甲高いアニメのような発射音と共に、閃光が相手プレイヤー三人を一直線に包む。あまりにも太すぎるレーザービームが、ジャスティンのキャノンからまっすぐ発射された。
マップでジャスティンの生存を確認していたマグナは、その後の展開を予想していた。黒い煙幕で爆炎が続いているかのように偽装するテクニックは、世界では通用しない。後で釘を指しておくことPC上にメモしておく。
戦闘中でもお構いなしにマルチタスクをしているが、今日のマグナの仕事は戦闘参加ではなく「参謀」である。訓練が円滑にできているか、目的に会わせた効率的な訓練かどうか、状況に合わせて判断するポジションである。
本気装備のメカニカルな肩回りが若干邪魔だが、マグナはそれさえも愛していた。配色は気に入っている白・赤・青のビビッドなロボカラーで、角張ったデザインのこの装備にまさにぴったりである。
しかし弓を構えずらい。チャージだけは下方向に向けて構え、打つときだけ狙いを上げるのがマグナのスタイルであった。
全員のステータスを目でざっと閲覧しながら、いつものように下降ぎみに構える。中央の盾を二枚も貼った長詠唱系魔法職を撃破した後は、夜叉彦には榎本の支援に行ってもらう。その時間短縮のための支援スキル、【速度強化・中】をチャージする。
ジャスティンは動けない。あの特大砲撃のあとは、盾を戻すのに時間が掛かる。満タンだったMPも空っぽになっている。足も遅い。放っておくのがベストな判断だ。彼は勝手に「HPがもっとも低いメンバー」の元まで走る。
遠くで戦うガルドは、とても理想的な動きをしていた。二人を相手取り、メロにターゲットが行かないように威圧をかけているのが流石である。しかしその効果が現れすぎて、本来の目的までたどり着かなそうだった。
世界でもこのままガルド効果で対応できるのならば安心だが、キーマンであるメロ自身で対処できるようにしてもらいたい。残念だが、今回はその訓練は諦めた。勝利することを優先事項とすることにする。
そのメロは、詠唱を八割済ませたようだ。本来なら三倍は掛かる長い長い詠唱を短くしているのは、ふざけた装飾をした杖と防御力を捨てた紙装甲の効果だ。あの装備は、初心者の攻撃でも三回喰らえばダウンするほどに紙っぺらである。
ロンド・ベルベットは火力重視のメンバーが揃っている。タンクのなかでも珍しいタワーシールドオンリーのジャスティン、動きが鈍いが破壊力のある武器を持っている榎本とガルド、豊富な手数で敵を圧倒する中距離刀装備の夜叉彦。だが抜きん出て火力が高いのは、間違いなく召喚魔法の使い手メロだ。
対ギルド戦では、技量だけでは世界には食らいついていけない。相手の情報を研究し、こちらの情報は可能な限り隠す。それができて初めて、世界大会で戦っていける。
メロが「以前の大会よりもさらに紙装甲さを増している」というのは、ロンド・ベルベットとしては隠したい情報のひとつだった。
速度強化のスキルを込めた矢を、夜叉彦に当てる。サクッといい音をたててヒットしたが、夜叉彦は砲撃をしながら高笑いをするジャスティンから目を離さない。
「夜叉彦、榎本に」
言葉足らずだが、彼なら理解できるだろう。
ハッとした後に手をヒラヒラを振り、了解したことを伝えてくる。駆け出す彼は颯爽と飛ぶブルーインパルスのようだった。
接近と中距離の両立をしている夜叉彦は、装備を軽量化し移動速度を早めている。そこにマグナの支援を重ねがけているため、侍というより忍者に近いスピードが出せるようになっていた。
相手プレイヤー三人は、地面に臥せっている。モンスターのように爆散しないものの、装備のカラーがモノトーンになっていた。ダウンしているのがそれで分かる。
対ギルド戦はリスポーンしない。六人全員がダウンすると、それで終了になる。残り三人、一人は夜叉彦が加わったのですぐに決着がつくだろう。それどころか、メロの攻撃があと一分程度で発動する。広範囲攻撃のそれは、エリアの右端と左端だろうと全体に特大ダメージを与える。決着はあっという間に着くだろう。
勝利は確定しているが、油断しない。全力で挑む。AIを相手にしているクエストとの違いは、相手の情報を全て把握していないからこその不慮の事態だ。
それに、今日の目的は勝利ともう一つ。メロの弱点について訓練しなければならない。半ば諦めているその訓練を少しでも行おうと、マグナはガルドとメロがいる方角へ走り出した。
ガルドの顔は怖い。わざとではないのだが、最初の設定によるものなのだろうか、どうにも直らない。そして、本人は意図していないもののそれは戦闘において効果的だった。
操作するプレイヤーがいる場合、ターゲット対象は気持ちの持ちようによる。攻撃をたくさん繰り出したものがヘイト値を上げるプログラムは、もちろん人間には組み込まれていない。ガルドは、固有の迫力で一身にプレイヤー達のヘイトを集めていく。
「ひぃっ!」
魔法使いの女性プレイヤーがひきつったような悲鳴を漏らす。胴体に打ち込んだはずの電撃系魔法をものともせず、こちらを凄みのある目で睨んできている。
目線がこちらから離れない。その上眉間のシワを一段深くし、鼻息をふんと出した。
怒っている。むしろ自分は彼に怒られている。女性プレイヤーの恐怖心がさらに上塗りされた。
「おい、援護頼むぞ!」
「え、ええ!」
片手剣士の声に応じ、弱点であるはずの雷系魔法スキルを一覧から呼び出す。眼前に円形のゲージが現れ、それが満タンになるまでは動けない。
そこにぐんと踏み込み距離を詰めたガルドが、彼女の前で剣を構えている片手剣士に飛びかかった。無論負けじと攻撃を剣で弾く。パリィからのカウンターが片手剣の強みだ。そして、そのスピードは大剣では対応できないほど高速に返ってくる。
この調子で続けざまに食らわせられれば、いかにプロクラスのプレイヤーといえど完封できるはずだ。しかも魔法で弱点を突ける。通常ならば二対一でこちらが勝つはずなのだ。
勝てる!魔法職の彼女は安易にそう確信した。
ガルドは一般プレイヤーではない。パリィに関してはこと日本サーバー内では敵無しの、トップランカーだ。
ぎり、と歯が軋む。ガルドは弾かれた剣をそのまま後ろにブン回した。スキルではない、ただの本人の剣筋だ。
だからこそトリッキーな攻撃が出来る。日々榎本と無茶な少人数攻略をしているなかで編み出した、オリジナルのモーション。名前はつけていないが、「偽装振りかぶり」としているものの導入部分である。
相手プレイヤーとは反対方面に剣を振り、一旦ピタリと止めた。そのまま足や体ごと、ぐるんと横回転する。ゲームの判定としては「剣を所持したまま体がその場で方向転換している」ことになっているらしい。大剣は相手側まで移動し、あとはそのまま力を入れ直して斬るだけだった。
パリィ後のカウンターが出来ないはずの大剣で、片手剣と同等のスピードカウンターをやってのける。
その見たこともない攻撃モーションに、片手剣士は瞠目した。先ほどのパリィ回避もよくわからなかったが、今度の剣さばきも何が起きたのかさっぱりわからなかった。新種のスキルだろうか、疑問が沸いてきてはパニックに拍車をかけた。
無茶な姿勢からの攻撃のため、ヒット音は浅い。だが、通常攻撃での攻撃で、ガルドの動作はスキル時よりもスムーズで素早かった。
切った直後、片手剣士のパリィカウンターを【見切り】スキルで難なく避けた上で、続けて大きく振りかぶるフリをする。
通常攻撃ではあり得ないほどゆっくりと振り上げ、あたかもそういったスキルなのだとアピール。
「来るっ!」
スキルが来るとなると、片手剣士は得意な対処法に移る。見切り、スキルでのパリィ、盾防御のどれかだ。
「上から振りかぶり叩きつけ」た状態から派生する大剣スキルは、盾で全て防御できる。盾持ちのプレイヤーの間では常識だった。鋭く見切った片手剣士は、迷わず盾防御を選択する。
「なかなかいい腕だ」
その常識を、ガルドは利用した。
盾による防御を貫くことのできるスキルは、僅かだ。モーションも限られていて、エフェクトが豪華なのが特徴だった。
相手が剣とは反対に持っている小型の片手盾を構えたのを確認すると、ガルドはガード破りのスキルを思い浮かべる。今している「上から振りかぶり叩きつけ」る動作は、ガルドのスキルスロットには入っていない。ただのモーションとして処理されるため、スキルエフェクトも現れなかった。
次の動きは考えるまでもない、ガルドが気に入っているスキルの導入だった。両手から片手に持ち方を変え、レイピアのような動きで、身の丈もあろうかという大剣を突き攻撃するスタイル。それを流れるように準備する。
「なぁっ!」
格闘ゲームなどでは見かけたことのある、コマンドキャンセル。
しかしこのゲーム内ではあり得ない。フロキリではスキルは任意でキャンセル出来ない。
何が起こったのか分からないまま、彼は自身の盾を大剣が通過してゆくのをぼんやりと見つめていた。
重いはずの大剣が、まるで木枝のように片手で振るわれてゆく。
「落陽」という名前のそのスキルは、剣士のスキルとしては珍しくMPを消費する。十八連撃を叩き込み、最後に半円型の軌道を描くのが特徴だ。赤と黒の光がしばらく留まり、揺らぐ。夕日のようで美しい。
水平線に沈む夕日とは、こういう色をしているのだろうか。本物を見たことのないガルドは、いつか日の沈む海岸を見てみたいと思った。
そこそこ近い距離で長い詠唱を始めていたのだが、皆ガルドに夢中でこちらに気付いてもくれない。メロは少々不満げだった。それに、本来の目的にこんな様子ではたどり着けない。
「こんなに派手な格好してるのに、ガン無視なんて酷い~!」
「そうだな。だが戦闘としては良いことじゃないか。ほら」
駆けつけたマグナが、走りながらチャージしていたのだろう、【チャージ加速・小】の矢を打ち込む。効果は些細なものだが、あと数秒残っていた詠唱が完了した。
地面に展開していた魔方陣が花開くようにさらに展開された。辺りを飲み込み、離れていたガルドの足元にまで輝きが灯る。
「ええ!?」
相手の魔法使いがその光を見て仰天した。すっかりガルドに気圧され、長詠唱の召還系魔法使いの存在を忘れていたのだ。
ロンド・ベルベットの攻撃は高火力、なかでも最も大きな攻撃を仕掛けてくるのが唯一の魔法職プレイヤー:メロだというのは、上を目指す戦闘系ギルドならば誰でも知っている周知の事実だ。
それを忘れているなんて、うっかりにしては酷い。彼女はゾッとした。普通のギルド相手ならば、すぐに魔法使いへ対応していただろう。
目の前の大剣使いが目に入る。輝く魔方陣に下から照らされ、恐ろしさが増している。
彼さえ、彼さえいなければ!……こんなに……これほど一人に夢中にはならなかったはずだ。彼女は悔しさと共に、楽しくなった。面白いのだ。
それはきっと、カリスマというやつだろう。これほど面白い戦闘をしてくれるガルドという、カリスマ性を持つプレイヤーとのバトル。最高に面白かった。
彼女がそう畏怖と敬意を込めて見つめる先に、大きな大きな影が現れた。
ガルドの背後に、頭が三つある狼が霧と共に出現する。銀色の毛並みの光沢が耽美でうっとりとしてしまいそうだが、その表情は憤怒で牙をむき出しにしていた。
「あーあ……」
魔法使いの肩から力が抜ける。攻城戦で敵の城に穴を開けるようなときに使う、長詠唱系召還魔法スキルだ。長くて五分で決着がつく対ギルド戦ではまずチャージが間に合わない類いの、代償の大きいスキルである。
なぜこんなに早く行使できるのだろう。最低でも六分はかかるため、他の魔法職や支援職から「チャージ短縮」スキルを掛けてもらわねばこの時間には間に合わないはずなのだ。
まさか防御を捨てて詠唱短縮を発動させているとは思わなかった彼女は、そんな疑問を抱いたまま、赤々とした炎に包まれてゆく。
暑くはない。あるのは満足感だった。
「ヒュー!いいねぇ、かっこいいよー!!」
現れる召喚獣をおちゃらけた調子で誉めながら、メロが杖をぐるぐる振り回す。杖の先に付いている南国の鳥の尻尾が、レインボーの尾を引いた。
召喚陣から現れたのは、三つの頭を持つ狼【地獄の番犬ケルベロス】という召喚スキルだ。
銀の毛並みを持つその狼は、三つの口で気高く遠吠えをする。地面が一瞬で灼熱のマグマと化し、煙を上げながら火柱を吹き出す。
熱は感じない。VRとはいえ、気温の体感まで処理できるようなハイスペック機は研究室レベルだ。だが、近寄ると火傷のようなじりじりとした痛みのような刺激を感じた。その刺激もまた、機械が吐き出す偽物だ。
辺りが火山の口のように赤黒く染まったころ、おまけと言わんばかりに狼の牙の奥から火炎放射が炸裂する。
ガスバーナーのようにまっすぐな青みの強い炎が、バトルフィールド全体にランダムに降り注ぐ。当たっていても当たらなくても、ギルド『永遠道中膝栗毛』のメンバーは誰も生存していなかった。最初にあった遠吠えのマグマで、一瞬にしてHPゲージは溶けきっている。
まさに死の上に死を畳み掛けるオーバーキルであった。
「うーん、今回も攻撃来なかったんだけど」
「参ったな。フリーマッチじゃ限界があるか」
戦闘終了後、自動的にギルドホームに転送されたメンバーは早速反省会議をしていた。
「レイド班と鈴音で募ってみる?」
「その方が早そうだな。明日、来れるやつ集めとく。メロは?」
「早めに仕事終わらせて、合流する!」
「メロ、無茶しない程度に」
「ありがとね~ガルド、でも大丈夫。弟に押し付けるからぁ!」
ここ数日、対ギルド戦でメロがターゲットにされた場合のシュミレーションをメインに行っていた。全員が集まるタイミングは相変わらず少ないものの、メリハリをつけて戦闘訓練を行っている。
中心となるメロが出席するのが前提となるため、彼のリアルをガルドは心配していた。どうも弟が犠牲になっているらしい。
「無理すんなよ?いないときには別メニューすっから」
「そうだぞ、嫁さんの相手を疎かにしてはならん!」
「奥さんに相手してもらってるジャスが言うと、なんか違和感あるよね……」
「そうそう。ジャスのほうが世話焼かれっぱなし」
「な、なんとぉー!」
夜叉彦やジャスティンと同じく、メロには家族がいる。収入や家族サービスが疎かになってはいけない。そのこともあり、メロのログイン率は年々低下してきていた。
「あ、みんなごめんね。今日ももう落ちるっ」
「おう」
「お疲れ」
「メロ、来れそうだったら時間教えろ。合わせるから」
「ありがと~。じゃ、お疲れっ」
ログアウトのアイコンから、視界が一転暗くなってゆく。
こめかみの辺りがぴりりとし、ログオフを告げるフルダイブ機の電子音が聞こえる。深夜二時、部屋は真っ暗だ。静まりきった我が家の空気と、先ほどまでの賑やかで暖かなギルドホームの差に居心地の悪さを感じた。
ベッドに横になったまま、二重になっている窓越しの外を見る。真っ白でよく見えないが、雪に覆われたご近所が広がっているはずだった。
東京は暖かかった。それは北海道を基準にすれば日本全国どこも間違いなく暖かい。地熱を利用した暖房供給システムのお陰で、実際には家の中も東京並みに暖かかった。
「うう、ねむ……」
年々、夜更かしができなくなってきていることにメロは自分で気付いていた。昔から農繁期はめっきりログイン出来なくなる。それ以上に、体調面で厳しくなりつつあった。
あの仲間達が世界の舞台で今後も戦い続けるためには、少し身の振りを考えなければならない。メロは眠い頭でぼんやりと思う。
仕事は順調で、大型耕作機械の導入やドローン、AIの駆使で随分と楽になった。しかし完全自動の大企業お抱え農場に比べれば、まだまだ人力が必要だ。それでも、メロが子供のころの常識に比べると随分技術刷新が進んだものだ。
機材のローン分、自分達の生活費、農耕に必要な支出、それらを払える程度の収入があればいいのだ。今の仕事量はそれをかなり上回るように、純利益を目的とし経営していた。
このままのペースを維持するのならば、ロンド・ベルベットを引退せざるを得ない。社会的地位を優先させた、あのベルベットのように。
それを回避するには、仕事量・収入を減らすしかない。家族や共に働く弟夫婦を説得する必要がある。
恐らく反対されるだろう。娘は来年の四月から都内の大学に進学する予定だ。働き手が一人減る、それも大きかった。
「辛いね……お前もそうだったのかな……」
自室に飾ってある、天井まで届く高さの派手なトーテムポールを見つめ、そう呟く。部屋の中に置いておく雑貨にしては巨大で異質なそれは、ベルベットと共に高校時代に自分達で彫った手作りのものだ。
親友と共に過ごした日々、それが永遠に続くと信じて疑わなかった。遠くてもゲームの中で会える。大人になっても、大好きなゲームを無垢な気持ちでプレイできる。
それが今や、親友はゲームを辞め、自分も辞めるかどうか悩み始めていた。ベルベットが辞めたときには相当荒れたが、今もその荒れた心が治りきっていない。見ないようにしていたそのささくれが、年月を経てべりべりと表面を剥がしにかかっている。
五十に手が届きそうなところにきたメロは、精神的にも肉体的にもそろそろ限界が近かった。
木の凹凸で表現されたトーテムポールの鳥達が、じっとベッド側を向いて立ち尽くしている。瞳の色がない目が、無表情にこちらを見ている。これを彫ったときの親友は、粘土で遊んでいる幼稚園児のように無垢な顔をしていた。きっと自分もそんな顔をしていたことだろう。
懐かしい。メロは泣きたくなった。
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