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245 めいっぱい遊び、野原で眠れ
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もうすぐ一時間になる。
「もーちょいもーちょい! がんばれー!」
ジョーは既にアイテムが枯渇し、何もできない視聴者のような態度で応援している。ベビー飛行種の、フロキリでの常識を逸脱したHP量には言葉も出ない。ガルドは無言のまま黙々とダメージを重ね続けていた。
「首裏がヒリヒリしてきた……」
「でももーちょいだよ、ほら、翼折れたし」
「HP残量感覚すると分かるぜ、ジョー。あと三割残ってる」
「ええー? うわ、やる気なくなってきた」
「応援! アイテム無いならせめて声だけでもかけてくれよ!」
「えー……うん。がんば」
「クッソ、このドライ加減懐かしいな」
「そうか?」
「昔のお前そっくりだ」
「……そうか」
ガルドは怒る余裕もなければ、昔を思い返す余裕もなかった。生返事で済ませると榎本も会話を止め、黙々と武器を振るい直す。
榎本とガルドは、いつ全滅させられてもおかしくないほど危険な戦闘を一時間も続けている。
緊張が続いていて、アバターに汗は浮かばないものの眉は険しく吊り上がり語調が荒い。榎本は首筋を時折掻いていて、ガルドはジワリとした不安感を感じていた。
<A、まだか?>
返事は無い。
「チッ、あと三割切った。ゴリ押す」
「別の島に移るとかどうだ? 休憩は必要だぞ」
「……ん」
ガルドは言葉を濁した。榎本の言う通り、フロキリ時代にこれほど長時間かけてたった一体を相手にしたことはない。Aの返事もなく、宙に浮く小島のフィールドは四方八方が崖のように切り立っていて、落ちれば奈落
に真っ逆さまだ。
「そう、だな……」
渋く唸る。悩ましかった。
雪山の地下に広がる空という不思議な空間で、どこまで逃げればいいのかも分からないまま背中を向けるリスクはある。だがガルドも榎本も限界に近かった。肉体を使わないため息切れは無い。だが先ほどからミスがぐっと増えた。
榎本は長く続けたコンボを切ってしまった。ガルドはパリィのタイミングを見逃し、したたかに身体全体を床へ叩きつけられたばかりだ。
「疲れてるよね、そりゃあ。無理して頑張れなんて言えないや」
「大丈夫。榎本、一分休んでろ」
敵の攻撃を自分に寄せようと、ガルドはガントレットに剣の鍔をぶつけて打ち鳴らした。ヘイトコントロール。すぐに小さな蹴りが飛んでくる。
「ぐっ」
パリィが間に合わず咄嗟に横へローリングして回避、姿勢を正してからさらにヘイトを集めるため、腕を鳴らす。
「こっちだ」
ガントレットが鉄の鋭い音を立てて、ベビー飛行種の視線をガルドに集中させた。
「ガルド!」
「一分だけだ……一分」
口にしながら「もっと短くしてもよかった」と後悔する。ギリギリだ。ガルドには無茶な思い付きだという自覚があった。一分請け負うのも、榎本が一分後に一分を一人で請け負うのも、今の体力と防御率ではギリギリだった。
「——そこで!」
「っ!?」
「へ?」
突然、謎の声が響く。
「ど、どこから!?」
「とうっ!」
上からだ。パリィと回避で忙しく顔は分からないが、上から何かが落ちてくる気配がした。視界の隅で黒い影が急速に動き、一歩下がっている榎本とジョーが揃って声を上げる。
「けみさん!」
「けみけっこ!?」
その名前は地上で分かれた脱出済みのソロプレイヤーだ。戻って来たのか、とガルドは驚く。
「待たせたわね!」
上にある穴から落下してきたけみけっこが落下しながら叫んだ。ブルーのドレスを着た短髪の茶髪が視界に一瞬映り込み、ガルドは「はっ」と息をのむ。装備が前と違う。前は黒色の、汎用性の高い長期戦向き装備だった。
けみけっこのしなやかな身体を包む装備が、目の覚めるような青色をした上等な高機能のドレスに変わっている。火力が比較的他より高く、毒や水結といった異常ステータスに掛かりやすい。ガード役がいること前提で使われる遠距離担当に人気の装備だ。
「だだだだーっ!」
口で発射音を言いながら、左手を添えた構えで安定させた古めかしい銃から弾丸が六発発射される。飛ぶ弾は見えない。間にガルドが居ようがいまいが、発射したけみけっこの銃弾はターゲットのボディに届く。
「カバー!」
「借りるわ」
けみけっこがすっぽりとガルドの背中に隠れた。
オートマチックのロックオンは、銃口と敵が一直線に結ばれていれば間に壁があってもすり抜けて当たる。的中率は銃によってまちまちだが、けみけっこが使っている銃は百発百中撃てば当たる銃だ。
「バナナか」
「そうバナナ! 行くわよー」
けみけっこがガルドの背中を一回トンと叩いた。そのまま走り、ベビー飛行種を挟んだ反対側に位置を取った。構えた銃がガルドにも見える。
バナナ色をしたパーツがバナナのようなカーブを描いて張り付けられた、レトロな片手用の拳銃だ。笑いを誘う見た目とは裏腹に最上級の武器で、作るのを手伝わされた野良時代を思い出しながら剣を振るう。
「あ、他のみんなね。今おっきなドラゴンがピストン輸送掛けて上に運んでるわよ。あれNPC?」
「俺のインフェルノだ! なんだよなんだよ、仕事してんじゃねえか!」
榎本が喜んでいるが、どうせ中に納まっている「二極」とやらが自立行動しているんだろうとガルドはドライに流した。
「すごく便利。欲しい」
「やるかよ。レアなんだぞ。ペットガチャは城地下の迷宮奥だよ」
「ダンジョン報酬変わったの? 良い事聞いちゃった。ジョー! 帰ったら行きましょ!」
「え~やだよぉ。休ませてよぉ」
「さっきまでGEコンビにきゃーきゃー言ってた時の元気はどうしたの!? もっとノリよくしなさいよ!」
「けみさんのその圧が原因だよ」
「いいからサッサとコレ使って援護! ほら!」
爆弾系のアイテムを譲渡するためジョーに寄っていくけみけっこを庇うように、榎本が再度武器を構えて躍り出た。ハンマーの槌を背中側に背負って腰を低くし構えている。
「相棒、少し休め。一分な!」
「わかった。頼む」
既にマックスまで上げたヘイトの蓄積値を榎本より下げるため、ガルドはブドウのような形をしたアイテムを取り出し二個ほど握りつぶす。あとは榎本が最上限まで上げれば、敵の目は榎本に釘付けだ。
「ガンナーにボマーの復活! 四人なら楽勝、ってなァ!」
榎本がガツンと一発、両腕のガントレット同士を鳴らす。
「行くぜ! そこで見てろよガルド!」
「一分だけだ」
「もっとでもいいぜ?」
余裕そうに榎本が笑っている。ガルドは少し頬を膨らませて遺憾の意を示す。榎本には負けたくないのだ。一分で苦戦した自分より「俺の方が強いだろ」と自慢されているようで、面白くない。
「やっば……あは、あはは!」
「……けみ?」
「何でもないわ! っははは! あ、笑いが止まらん! あはは!」
けみけっこは笑いながら銃をリズムよく撃った。
「はーい、みんなー、点呼とるよー。ハンドシェイクまだの人は? いない?」
空が高い。小島に寝そべり、地下にあるはずの空を眺める。
首をきついほどねじれば、けみけっこやガルドたちが落ちてきた穴が見えた。
「なんだかよく分かんないけど、とりあえず城下町まで戻るってことだな」
「なぁ、新しい『オートマタ・ベビー』のドロップどんな感じなんだよ。美味しいってマジ?」
「まぁね。ま、裸族には倒せないよ」
「見るなよ変態」
「男どもの胸板見てもなぁ~。あ、手で隠すな。堂々としてて」
「見るなって……乳首を重点的に見るなっ! やめろ!」
「女性陣もいるし、隠すよな普通。そもそもなんで俺ら裸?」
「え、ネカマばっかだろ」
「けみけっこも!?」
「けみさんは正真正銘女ですぅ~! いいから並んで! 五人ずつ上に運ぶからね!」
「俺のインフェルノだぞ……」
榎本も隣で倒れている。大の字になって空を見上げ、少し離れた場所でソロプレイヤー達を誘導するけみけっこに文句を言っている。が、小さな声だったためガルドにしか聞こえていない。
「ナイスバトル」
「おう……お前もな」
達成感で満ちている。拳の一つでもぶつけ合いたい気分だが、頭が重く指一つ動かなかった。榎本も身じろぎ一つせず空を見上げ続けている。
<通信のグループ、全体のものには返事をするなと何回言えば分かる! 貴様らアレか! 社内メーリスに返信して大恥かくタイプだな!>
<うっわ、マグナだ!>
<マグナ~ヤッホー元気~?>
<うるさいぞこの垢BAN常連組! そもそもなぜお前たちのような協調性皆無なチーターがここにいる! 空港に見送り来るようなキャラか!?>
<ひでぇ言われよう>
<俺らだってフロキリ好きでやってるんだぜ?>
「チーターは死ね。プロも死ね。配信者はゴミ」
<聞こえてるぞ蓬莱ニート!>
「やべっ! っへへ」
<何でバレた? まだ名乗ってないのに>
<暴言のクセですぐ分かるわ! くそ、厄介な奴らを見つけてしまったな……>
<あ、それ言っちゃう?>
<正論だけどな~>
通信で聞こえていたじゃれ合いのような会話がピタリと止まった瞬間、寝そべるガルドの耳にけたたましい笑い声が聞こえた。マグナが「垢BAN組」と呼ぶソロプレイヤーたちは、なんだかんだ嬉しそうにはしゃいでいる。現状拉致され数ヶ月経っていることは、まだ伝えていない。
「楽しそうだな」
「ああ」
「今だけでも楽しくしてるなら、まぁ……いいか……」
榎本の声は心なしか眠そうだ。ガルドも、気を抜くと意識が落ちてしまいそうだった。
<寝てもいい時間なのでね。キミたち、もう二十五時間近く起きているのでね>
<A>
黒っぽい画面がやっと現れた。ガルドが戦闘前から待っていたシークレットチャットの画面は、従者のような態度で付き従うAだけが使う特殊な枠だ。報告書やソロの処遇など、聞かなければならないことが山ほどある。
だが口が動かない。頭の中で文字列にならない。
<うん、聞きたそうな事を伝えようかね。こちらは一件落着。オーナーが彼らの支配権を得たのでね。もう危険はない。まずはメディカルチェックからだが、不要な投薬を止めるだけでも『我がオーナーが彼らのオーナーになること』には十分な価値があるのでね>
<寝かせ……る、な>
<ハイバネーション、つまり冬眠のような保管方法を『させるな』という指示と解釈するが、良かったかね?>
一言「そうだ」と口にするだけだが、日本語がちゃんと思い浮かばない程夢心地に落ちて行っている。こくりと一つ、空を見上げながら頷く。
<承知した。キミの望むままに>
<これで……全、員?>
<成田空港で集められた被験体はこれで漏れなく全員だ。キミが先導するクルーが計画より倍近く増えた形だがね、支障はないだろうね>
Aの爽やかな合成音声が聞こえる。眠くなる声だ。だが隣から聞きなれた男の声もする。
「おいガルド。拠点行ったら、伯爵の陣地避けて帰るルートで帰るぞ……インフェルノに紐付けて、全員握って引かれればいいさ。ああ、一応スキー板みたいなのは作るか……くそ、眠ィな」
「ん」
「けみけっこに任せて昼寝でもするか……ふあぁ」
「ん……」
風呂や就寝をオープンにするガルドの無頓着さを嫌がっていた榎本も、眠気の限界で気にする余裕がないようだった。そのまま言葉数が減り、とうとう寝息のような呼吸音だけが聞こえ始める。
<オーナーは彼らを救うことの半分を『キミのため』だと言っているのでね。キミが憤怒しなければ動かなかったかもしれないのでね>
頷く。
<彼らはこれで安全だ。お手柄なのではないのかね? みずき>
頷く。
<おやすみ。良い夢を>
ひりひりとしていたこめかみやうなじが大人しくなり、風を感じなくなる。自分の熱さと同じ熱さをしたものに抱きこまれるようにくるまれ、ガルドはぼんやりとそれが「回線切れ」だと気付いた。
いやだ、みんなと同じように「歩いて帰りたい」、と。
<これはボクの特権なのでね。さ、少しお眠り>
やられた。
まどろみのなかで悔しさをにじませるが、それすらガルドの意識から夢のように消えていった。
<BJ02、アバターボディの指定動作を睡眠オート001に固定完了>
<BJ01、アバターボディの指定動作を睡眠オート002に固定完了。三十分後に004へ変更予約完了>
<ん? ああ、みずきはイビキなんてかかないのでね>
<二極、そちらの筋弛緩作用はどうかね? 見えない? そうか、分かった。こちらで様子を見るので、ドラゴン型アバターボディの操作を優先したまえ>
<……二極? 送信完了した。暗号鍵付きで直接送ったがね。あと一点。睡眠薬の効き具合はAランクフォルダにある投薬実績とは別のフォルダに保存すべきなのでね。いや、必須ではないが……そう、ただ、オーナーにも言われたが、ボクは少々心配性なのでね。みずきの身体とセットでデーターを奪われた際、それが元で彼女が薬漬けにされてしまうかもしれないのでね。いや、奪われるなどありえないのだがね>
<防衛? フム、分かっているとも。防衛設備に費用を掛けたいのだが、如何せんオーナーに却下されてね。この場所が他に漏れる可能性はゼロに近い、それは確かだ。だがボクは外を知らないのでね……キミと違って>
<二極、怒らないでくれたまえね。嫌味でもなんでもないのでね。単なる事実だとも>
<BJ02はどうかね?>
<フム、気持ちの良いオトコ? 肉感で表現されてもボクには分からないが……性格? 能力はみずきより劣るはずだがね。性格の数値はいくつか軸があるが、どの軸がみずきより優れているのか教えて欲しいのだがね。いや、BJ02を下に見ているわけでは……名前? 榎本と呼べ? フム、承知した。しかしキミは……ドラゴンのボイス設定でそう呼ぶのは難しそうだがね>
<そもそもキミの方こそ。担当の被検体、としか呼んでいなかったキミが……こういう時こそ『どういう風の吹きまわし』と聞くのが最適かね>
<『良いオトコ』? 連呼しているが、だからそれはどういった評価軸で良いのだね? 収入、能力、年齢、身体能力・船に必要なスキルはあまり持ち合わせていない。だからこそのボクらではないのかね? かっこ、良い? 恰好が良いのかね? 理解しがたいのだがね>
<ルックスではない? だとしても価値はみずきの方が上なのでね。ならばみずきの方が格好良いに違いないのでね。うん? 意味? いや、価値が高いものをボクは「かっこいー」と呼ぶことにしたのでね>
<ノロケル? 薬品名かね>
<なんだ惚気かね……そう聞こえたのであれば、そうなのかもしれんがね>
<ま、せいぜい頑張ることだがね。ランキングは未だに変動なし。BJ、キャプテン候補のグループで01は永遠にみずきのものだ。ああ、もちろん。AJの必要性は理解しているのでね、排除などするつもりは……>
<面白みに欠ける? みずきが言うなら面白くしようと思えるが、キミの求める面白みのためにAJを害するわけがないのだがね。なにを怒って……やりずらい? やりずらさとはいったいどのあたりを指して……いや、話しかけてきたのはキミの方では?>
<う……分かった、黙ろう>
「もーちょいもーちょい! がんばれー!」
ジョーは既にアイテムが枯渇し、何もできない視聴者のような態度で応援している。ベビー飛行種の、フロキリでの常識を逸脱したHP量には言葉も出ない。ガルドは無言のまま黙々とダメージを重ね続けていた。
「首裏がヒリヒリしてきた……」
「でももーちょいだよ、ほら、翼折れたし」
「HP残量感覚すると分かるぜ、ジョー。あと三割残ってる」
「ええー? うわ、やる気なくなってきた」
「応援! アイテム無いならせめて声だけでもかけてくれよ!」
「えー……うん。がんば」
「クッソ、このドライ加減懐かしいな」
「そうか?」
「昔のお前そっくりだ」
「……そうか」
ガルドは怒る余裕もなければ、昔を思い返す余裕もなかった。生返事で済ませると榎本も会話を止め、黙々と武器を振るい直す。
榎本とガルドは、いつ全滅させられてもおかしくないほど危険な戦闘を一時間も続けている。
緊張が続いていて、アバターに汗は浮かばないものの眉は険しく吊り上がり語調が荒い。榎本は首筋を時折掻いていて、ガルドはジワリとした不安感を感じていた。
<A、まだか?>
返事は無い。
「チッ、あと三割切った。ゴリ押す」
「別の島に移るとかどうだ? 休憩は必要だぞ」
「……ん」
ガルドは言葉を濁した。榎本の言う通り、フロキリ時代にこれほど長時間かけてたった一体を相手にしたことはない。Aの返事もなく、宙に浮く小島のフィールドは四方八方が崖のように切り立っていて、落ちれば奈落
に真っ逆さまだ。
「そう、だな……」
渋く唸る。悩ましかった。
雪山の地下に広がる空という不思議な空間で、どこまで逃げればいいのかも分からないまま背中を向けるリスクはある。だがガルドも榎本も限界に近かった。肉体を使わないため息切れは無い。だが先ほどからミスがぐっと増えた。
榎本は長く続けたコンボを切ってしまった。ガルドはパリィのタイミングを見逃し、したたかに身体全体を床へ叩きつけられたばかりだ。
「疲れてるよね、そりゃあ。無理して頑張れなんて言えないや」
「大丈夫。榎本、一分休んでろ」
敵の攻撃を自分に寄せようと、ガルドはガントレットに剣の鍔をぶつけて打ち鳴らした。ヘイトコントロール。すぐに小さな蹴りが飛んでくる。
「ぐっ」
パリィが間に合わず咄嗟に横へローリングして回避、姿勢を正してからさらにヘイトを集めるため、腕を鳴らす。
「こっちだ」
ガントレットが鉄の鋭い音を立てて、ベビー飛行種の視線をガルドに集中させた。
「ガルド!」
「一分だけだ……一分」
口にしながら「もっと短くしてもよかった」と後悔する。ギリギリだ。ガルドには無茶な思い付きだという自覚があった。一分請け負うのも、榎本が一分後に一分を一人で請け負うのも、今の体力と防御率ではギリギリだった。
「——そこで!」
「っ!?」
「へ?」
突然、謎の声が響く。
「ど、どこから!?」
「とうっ!」
上からだ。パリィと回避で忙しく顔は分からないが、上から何かが落ちてくる気配がした。視界の隅で黒い影が急速に動き、一歩下がっている榎本とジョーが揃って声を上げる。
「けみさん!」
「けみけっこ!?」
その名前は地上で分かれた脱出済みのソロプレイヤーだ。戻って来たのか、とガルドは驚く。
「待たせたわね!」
上にある穴から落下してきたけみけっこが落下しながら叫んだ。ブルーのドレスを着た短髪の茶髪が視界に一瞬映り込み、ガルドは「はっ」と息をのむ。装備が前と違う。前は黒色の、汎用性の高い長期戦向き装備だった。
けみけっこのしなやかな身体を包む装備が、目の覚めるような青色をした上等な高機能のドレスに変わっている。火力が比較的他より高く、毒や水結といった異常ステータスに掛かりやすい。ガード役がいること前提で使われる遠距離担当に人気の装備だ。
「だだだだーっ!」
口で発射音を言いながら、左手を添えた構えで安定させた古めかしい銃から弾丸が六発発射される。飛ぶ弾は見えない。間にガルドが居ようがいまいが、発射したけみけっこの銃弾はターゲットのボディに届く。
「カバー!」
「借りるわ」
けみけっこがすっぽりとガルドの背中に隠れた。
オートマチックのロックオンは、銃口と敵が一直線に結ばれていれば間に壁があってもすり抜けて当たる。的中率は銃によってまちまちだが、けみけっこが使っている銃は百発百中撃てば当たる銃だ。
「バナナか」
「そうバナナ! 行くわよー」
けみけっこがガルドの背中を一回トンと叩いた。そのまま走り、ベビー飛行種を挟んだ反対側に位置を取った。構えた銃がガルドにも見える。
バナナ色をしたパーツがバナナのようなカーブを描いて張り付けられた、レトロな片手用の拳銃だ。笑いを誘う見た目とは裏腹に最上級の武器で、作るのを手伝わされた野良時代を思い出しながら剣を振るう。
「あ、他のみんなね。今おっきなドラゴンがピストン輸送掛けて上に運んでるわよ。あれNPC?」
「俺のインフェルノだ! なんだよなんだよ、仕事してんじゃねえか!」
榎本が喜んでいるが、どうせ中に納まっている「二極」とやらが自立行動しているんだろうとガルドはドライに流した。
「すごく便利。欲しい」
「やるかよ。レアなんだぞ。ペットガチャは城地下の迷宮奥だよ」
「ダンジョン報酬変わったの? 良い事聞いちゃった。ジョー! 帰ったら行きましょ!」
「え~やだよぉ。休ませてよぉ」
「さっきまでGEコンビにきゃーきゃー言ってた時の元気はどうしたの!? もっとノリよくしなさいよ!」
「けみさんのその圧が原因だよ」
「いいからサッサとコレ使って援護! ほら!」
爆弾系のアイテムを譲渡するためジョーに寄っていくけみけっこを庇うように、榎本が再度武器を構えて躍り出た。ハンマーの槌を背中側に背負って腰を低くし構えている。
「相棒、少し休め。一分な!」
「わかった。頼む」
既にマックスまで上げたヘイトの蓄積値を榎本より下げるため、ガルドはブドウのような形をしたアイテムを取り出し二個ほど握りつぶす。あとは榎本が最上限まで上げれば、敵の目は榎本に釘付けだ。
「ガンナーにボマーの復活! 四人なら楽勝、ってなァ!」
榎本がガツンと一発、両腕のガントレット同士を鳴らす。
「行くぜ! そこで見てろよガルド!」
「一分だけだ」
「もっとでもいいぜ?」
余裕そうに榎本が笑っている。ガルドは少し頬を膨らませて遺憾の意を示す。榎本には負けたくないのだ。一分で苦戦した自分より「俺の方が強いだろ」と自慢されているようで、面白くない。
「やっば……あは、あはは!」
「……けみ?」
「何でもないわ! っははは! あ、笑いが止まらん! あはは!」
けみけっこは笑いながら銃をリズムよく撃った。
「はーい、みんなー、点呼とるよー。ハンドシェイクまだの人は? いない?」
空が高い。小島に寝そべり、地下にあるはずの空を眺める。
首をきついほどねじれば、けみけっこやガルドたちが落ちてきた穴が見えた。
「なんだかよく分かんないけど、とりあえず城下町まで戻るってことだな」
「なぁ、新しい『オートマタ・ベビー』のドロップどんな感じなんだよ。美味しいってマジ?」
「まぁね。ま、裸族には倒せないよ」
「見るなよ変態」
「男どもの胸板見てもなぁ~。あ、手で隠すな。堂々としてて」
「見るなって……乳首を重点的に見るなっ! やめろ!」
「女性陣もいるし、隠すよな普通。そもそもなんで俺ら裸?」
「え、ネカマばっかだろ」
「けみけっこも!?」
「けみさんは正真正銘女ですぅ~! いいから並んで! 五人ずつ上に運ぶからね!」
「俺のインフェルノだぞ……」
榎本も隣で倒れている。大の字になって空を見上げ、少し離れた場所でソロプレイヤー達を誘導するけみけっこに文句を言っている。が、小さな声だったためガルドにしか聞こえていない。
「ナイスバトル」
「おう……お前もな」
達成感で満ちている。拳の一つでもぶつけ合いたい気分だが、頭が重く指一つ動かなかった。榎本も身じろぎ一つせず空を見上げ続けている。
<通信のグループ、全体のものには返事をするなと何回言えば分かる! 貴様らアレか! 社内メーリスに返信して大恥かくタイプだな!>
<うっわ、マグナだ!>
<マグナ~ヤッホー元気~?>
<うるさいぞこの垢BAN常連組! そもそもなぜお前たちのような協調性皆無なチーターがここにいる! 空港に見送り来るようなキャラか!?>
<ひでぇ言われよう>
<俺らだってフロキリ好きでやってるんだぜ?>
「チーターは死ね。プロも死ね。配信者はゴミ」
<聞こえてるぞ蓬莱ニート!>
「やべっ! っへへ」
<何でバレた? まだ名乗ってないのに>
<暴言のクセですぐ分かるわ! くそ、厄介な奴らを見つけてしまったな……>
<あ、それ言っちゃう?>
<正論だけどな~>
通信で聞こえていたじゃれ合いのような会話がピタリと止まった瞬間、寝そべるガルドの耳にけたたましい笑い声が聞こえた。マグナが「垢BAN組」と呼ぶソロプレイヤーたちは、なんだかんだ嬉しそうにはしゃいでいる。現状拉致され数ヶ月経っていることは、まだ伝えていない。
「楽しそうだな」
「ああ」
「今だけでも楽しくしてるなら、まぁ……いいか……」
榎本の声は心なしか眠そうだ。ガルドも、気を抜くと意識が落ちてしまいそうだった。
<寝てもいい時間なのでね。キミたち、もう二十五時間近く起きているのでね>
<A>
黒っぽい画面がやっと現れた。ガルドが戦闘前から待っていたシークレットチャットの画面は、従者のような態度で付き従うAだけが使う特殊な枠だ。報告書やソロの処遇など、聞かなければならないことが山ほどある。
だが口が動かない。頭の中で文字列にならない。
<うん、聞きたそうな事を伝えようかね。こちらは一件落着。オーナーが彼らの支配権を得たのでね。もう危険はない。まずはメディカルチェックからだが、不要な投薬を止めるだけでも『我がオーナーが彼らのオーナーになること』には十分な価値があるのでね>
<寝かせ……る、な>
<ハイバネーション、つまり冬眠のような保管方法を『させるな』という指示と解釈するが、良かったかね?>
一言「そうだ」と口にするだけだが、日本語がちゃんと思い浮かばない程夢心地に落ちて行っている。こくりと一つ、空を見上げながら頷く。
<承知した。キミの望むままに>
<これで……全、員?>
<成田空港で集められた被験体はこれで漏れなく全員だ。キミが先導するクルーが計画より倍近く増えた形だがね、支障はないだろうね>
Aの爽やかな合成音声が聞こえる。眠くなる声だ。だが隣から聞きなれた男の声もする。
「おいガルド。拠点行ったら、伯爵の陣地避けて帰るルートで帰るぞ……インフェルノに紐付けて、全員握って引かれればいいさ。ああ、一応スキー板みたいなのは作るか……くそ、眠ィな」
「ん」
「けみけっこに任せて昼寝でもするか……ふあぁ」
「ん……」
風呂や就寝をオープンにするガルドの無頓着さを嫌がっていた榎本も、眠気の限界で気にする余裕がないようだった。そのまま言葉数が減り、とうとう寝息のような呼吸音だけが聞こえ始める。
<オーナーは彼らを救うことの半分を『キミのため』だと言っているのでね。キミが憤怒しなければ動かなかったかもしれないのでね>
頷く。
<彼らはこれで安全だ。お手柄なのではないのかね? みずき>
頷く。
<おやすみ。良い夢を>
ひりひりとしていたこめかみやうなじが大人しくなり、風を感じなくなる。自分の熱さと同じ熱さをしたものに抱きこまれるようにくるまれ、ガルドはぼんやりとそれが「回線切れ」だと気付いた。
いやだ、みんなと同じように「歩いて帰りたい」、と。
<これはボクの特権なのでね。さ、少しお眠り>
やられた。
まどろみのなかで悔しさをにじませるが、それすらガルドの意識から夢のように消えていった。
<BJ02、アバターボディの指定動作を睡眠オート001に固定完了>
<BJ01、アバターボディの指定動作を睡眠オート002に固定完了。三十分後に004へ変更予約完了>
<ん? ああ、みずきはイビキなんてかかないのでね>
<二極、そちらの筋弛緩作用はどうかね? 見えない? そうか、分かった。こちらで様子を見るので、ドラゴン型アバターボディの操作を優先したまえ>
<……二極? 送信完了した。暗号鍵付きで直接送ったがね。あと一点。睡眠薬の効き具合はAランクフォルダにある投薬実績とは別のフォルダに保存すべきなのでね。いや、必須ではないが……そう、ただ、オーナーにも言われたが、ボクは少々心配性なのでね。みずきの身体とセットでデーターを奪われた際、それが元で彼女が薬漬けにされてしまうかもしれないのでね。いや、奪われるなどありえないのだがね>
<防衛? フム、分かっているとも。防衛設備に費用を掛けたいのだが、如何せんオーナーに却下されてね。この場所が他に漏れる可能性はゼロに近い、それは確かだ。だがボクは外を知らないのでね……キミと違って>
<二極、怒らないでくれたまえね。嫌味でもなんでもないのでね。単なる事実だとも>
<BJ02はどうかね?>
<フム、気持ちの良いオトコ? 肉感で表現されてもボクには分からないが……性格? 能力はみずきより劣るはずだがね。性格の数値はいくつか軸があるが、どの軸がみずきより優れているのか教えて欲しいのだがね。いや、BJ02を下に見ているわけでは……名前? 榎本と呼べ? フム、承知した。しかしキミは……ドラゴンのボイス設定でそう呼ぶのは難しそうだがね>
<そもそもキミの方こそ。担当の被検体、としか呼んでいなかったキミが……こういう時こそ『どういう風の吹きまわし』と聞くのが最適かね>
<『良いオトコ』? 連呼しているが、だからそれはどういった評価軸で良いのだね? 収入、能力、年齢、身体能力・船に必要なスキルはあまり持ち合わせていない。だからこそのボクらではないのかね? かっこ、良い? 恰好が良いのかね? 理解しがたいのだがね>
<ルックスではない? だとしても価値はみずきの方が上なのでね。ならばみずきの方が格好良いに違いないのでね。うん? 意味? いや、価値が高いものをボクは「かっこいー」と呼ぶことにしたのでね>
<ノロケル? 薬品名かね>
<なんだ惚気かね……そう聞こえたのであれば、そうなのかもしれんがね>
<ま、せいぜい頑張ることだがね。ランキングは未だに変動なし。BJ、キャプテン候補のグループで01は永遠にみずきのものだ。ああ、もちろん。AJの必要性は理解しているのでね、排除などするつもりは……>
<面白みに欠ける? みずきが言うなら面白くしようと思えるが、キミの求める面白みのためにAJを害するわけがないのだがね。なにを怒って……やりずらい? やりずらさとはいったいどのあたりを指して……いや、話しかけてきたのはキミの方では?>
<う……分かった、黙ろう>
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