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221 案外ドローンできる
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ドローンを人に向かって飛ばしてはいけません。
ボールやエアガン同様当たり前のことを当たり前の常識として教わってきたチヨ子は、悪ふざけでもしてはいけない危険行為だと理解できる年齢になった。
もっと幼ければ無垢に引き金を引いたかもしれない。もっと大人ならば強い理性と責任感で引き金を引けたかもしれない。
だがチヨ子は、中途半端に大人の言いつけを守り、人を傷つける責任を避けたいと思い逃げ腰で、その中で踏ん張りながら必死にドローンを人に向けた。
「知らないからね! アンタ達が悪いんだから!」
責任転嫁を口にしながら、オペレーター経験どころかオモチャを除けば初めて操作することになったドローンを二体まとめて目標に向かって振り下ろした。四本の「腕」を同時に斜め前へ向かって回すイメージを送ると、受信側の二体がほぼ同時にプロペラ部分の角度を変える。
急降下したチヨ子のドローンは男の手に思い切りぶつかった。滋行が操る機体は別の男へ体当たりをしている。
「コントローラー狙うんじゃなかったの!?」
「そんな精密な操作、ぶっつけ本番で良く出来るな!?」
そう叫び返されチヨ子は目を丸くした。まるで自然に、初めて使う櫛でも大した違和感がないような感覚でドローンを飛ばしたチヨ子に「ぶっつけ本番」という言葉は目新しい。流行は大雑把だが出来ていない訳じゃない。だが狙った場所へ当たる精度はチヨ子が上なようだ。
「もしかしてアタシ……操縦上手い?」
「上手い上手い、いいからほら! 来るぞ!」
「え、きゃっ!」
頭上すぐに相手側の小型ドローンが迫る。遠すぎてよく見えないが、手動コントローラーを持った男が一人うずくまっている。腕を上手く隠し、頭で守り、チヨ子らのドローンに襲われないよう構えながら操作しているらしい。
チヨ子と滋行が上を見上げるとドローンはクイックターンし上空へ戻っていった。そしてまたターンをし、再度急降下してくる。
「蠅みたい」
「音で言えばハチドリだな」
小さくなればなるほどカン高くなる飛行音に、チヨ子と滋行はまだ揶揄する余裕があった。コントローラーを脳波コンの無線送受信で行っているチヨ子らは両手が空いていて、滋行はさらに虫取り網を持っている。
「っし、行くぞ!」
滋行が伸縮式の虫取り網を伸ばし両手で構える。ドローンはまたターンし戻ろうとしているらしい。
「はあっ!」
その場で思い切り跳躍し、滋行はドローンを虫取り網で絡めとった。
「ナイスナイス~」
チヨ子は網先をバスケットボールのリバウンドのようにして掴み、中からまだ動いているドローンを取り出す。プロペラがぶんぶんと回転しているが、ぎゅっと握りしめれば手から飛び出す気配はない。パワーの弱い軽量タイプだ。
<ギャンさん、これのコントロール奪えたりする?>
<おおう、無茶言うな~。型式によっちゃあ出来なくはないが、ラジコンの信号を再現するとなるとあの物理コンを脳波感受上に仮想で作ってキーコン割り当てて……>
<じゃあ電源切るね>
チヨ子は難しい説明にすぐ飽き、動かなくするためのスイッチを探した。だが見当たらない。つまみのようなものはあるが、電源マークもONOFFの文字も無い。
「めんどい」
あからさまに本体の一部からパーツとして飛び出ているバッテリーを強引にもぎ取った。プロペラがシュンシュンと音を低くさせながらゆっくり止まる。同時に目の上から何か別の光景が見えた。
「え、なにこれ? ウッザ」
ドローンが撮影している一人称カメラの映像が、チヨ子の目にはおぼろげながら見えている。スマホを通して平面の16:9動画に変換されているため、思うように上下で何が起きているか見えてこなかった。上から触ろうとしているものの気配を辛うじて感じ、右手で虫か何かを振り払うようイメージした。
するとドローンの前方右翼部分が連動し、突然上へ跳ね上がる。
何かぶつかったような気がしたが、ドローンに痛覚が無いためよく分からない。
「どっちだろ。まいっか」
筑波大製ドローンを二体掴んでいるチヨ子には、どちらがどちらの視界なのか分かっていない。ぶつかったものの正体も分からないまま顔を正面、研究者たちのグループへ向ける。するとようやく騒ぎの全容が見えてきた。
「うわあぁ」
「ひいぃー!」
チヨ子が操るドローンから逃げようと、研究者たちが悲鳴を上げながら機材を捨て置き逃げ回っている。
「まずい、逃げられちゃう!」
「いや、あれはただ鬼ごっこしてるだけだな」
「……あれっ?」
逃げる姿勢は見せているが、追い回されるままに逃げてはもとの位置へ戻ろうとグルグル回転しているらしい。てっきりチヨ子は逃走を図っているのだと思ったが、どうやらまだやる気があるらしい。
「立ち直る前に畳みかけるぞ。んでドローンを何体か回収して、黒ネンドを射出操作した痕跡を見つけて空港での拉致の容疑者に……なんか光った。フラッシュか?」
「フラッシュ? カメラの?」
チヨ子は見逃したが、滋行がドローン視界で見たらしい。
「写真撮られるのは嫌だな……」
「あ、そっか! やだ、炎上とか怖~い」
「しょうがない、回収はギャンさんの後輩に任せよう。<ギャンさん? いいすか?>」
<いーよー。あんま無茶すんな民間人。ドローン無力化だけ頼むわー>
<了解>
ギャンとの通信と同時に、オンライン側から途中で分かれた仲間の声が漏れてきた。
<教授、ちょ、勝手にどっか行くのやめろ下さい!>
国彦の声はよく通った。答える相手の声もよく通る。
<なんだねそれは。やめろか願うかどちらかにしたまえ。ワシは忙しい。契約は契約だ。やること以外の時間はワシの自由とさせてもらう>
<だからってまた勝手にドコ行くんだよ~!>
<AJ01の容態に変化があったのだろう? 久しぶりに見たい>
<え? じぇー?>
<今どこにいる? いや、どうせ晃の弟がいなければ話にならん>
<だからご案内しますよって言ったじゃないっすか! もーう!>
「はぁ……もう、あっちもこっちも貧乏くじ。さっさと帰ってミルキィちゃん……そうだ! ミルキィちゃんは!?」
チヨ子は教授のマイペースぶりにため息をつき、続けてハッとして顔を上げた。教授がまだ小脇に抱えていることに気付き、ドローンを荒っぽく動かす。ヒトに向けて飛ばす罪悪感は薄れてきている。
「最後、アイツのコントローラー壊したら帰れる!? 教授追いかけないと!」
「俺らの目的、最初から教授の送迎なんだけどな。ははは」
隣で滋行がやけくそ気味に笑っている。チヨ子は歯を食いしばって出力を上げながら、身体でコントローラーをすっぽり隠した男目掛けてドローンを飛ばした。地面スレスレを飛び、感受カメラで狙いを定め、脛の部分に思い切りぶつかる。
「ぎゃっ!」
遠くで叫ぶ声がした。
滋行がドローンを上空で周回させ、他に危険物を持っていないか調べている。横で同様に睨みつけていると、背後側から大学生らしき集団が走ってきた。男がほとんどだが女が数人混ざっている。ファッションにこだわるチヨ子が惜しいと思うような没個性的ファストファッションに身を包む集団だった。リュックを背負う学生がかなり多く、何人かはこめかみからコードを垂らしている。
「筑波大の?」
すれ違いざま呟くと、数名が律儀に頷き返してくれた。
Tシャツの胸にロゴが書かれているメンバーもいて、ドローン本体に印刷されたものと同じだとチヨ子は近付いてからやっと理解する。筑波大のドローン・サークル集団らしい。
チヨ子と滋行はドローンとの接続を切り、踵を返し教授の後を追いつつ、背後で研究者集団を取り囲む学生たちをちらちらと見た。
<ねぇギャンさん、あの人たちに任せちゃっていいの?>
<人数的にもアイツらのほうが多いし、危険はねーよ。ぶっちゃけ警察に突き出すだけの犯罪の証拠っての? 提出データがまだ揃ってねぇから、人道的なお話し合いが必要なワケよオ。さっきハヤシモーが送ってくれた顔データで身元は割れたし、あとは追跡ビーコン付けて、すこーしお話聞かせてもらうつもりってわけ。因みにそこの彼ら、キミらと同じボランティアな~>
てきぱきとつくばの研究者に近付いていった学生たちは、彼らを無理やり起こし立たせて両脇を組んで捕まえ、電源を取るためのポール近くまで引きずっていった。一人一人に同意を取ってからPCを奪い、有線接続してこめかみ経由でデータを抽出している。確認を取っているものの、ほとんど恐喝に近い。
<……怖い>
チヨ子はぶるりと肩を震わせる。隣でスタスタと歩く滋行も学生らしからぬ知識と場慣れを見せていたが、度胸で言えば彼ら筑波大ドローンサークルの方が上だ。
<恨みもあるさぁ。日本はこれから荒れるぞ~。こいつはもう止めらんね~>
<うらみ? 荒れるって、どうして?>
<動画だよ。つくばが撒いた爆弾>
ハッとして滋行と顔を見合わせる。教授の言う通り、背後で今まさに詰問されているつくばの研究者たちが動画を流したのだという前提で話を進める様子だ。
<動画の拡散力はすげえんだなぁ。今回の拉致一件から芋づるみたいにずるずる~っと色々出てきた情報、俺らでうまーく隠せてたってのに、コイツのせいでドンドコ流出してるんだわ>
<隠してたのギャンさん達なの!?>
チヨ子はまずギャンが一体何者なのかが分かっていない。
<お? そりゃあ日電も加担してた部分はなくはないけどな? 脳波コンに関する情報統制は一応法的根拠で胸を張れる仕事だったさ。広まるのを止めるだけだ。サイバーセキュリティ基本法第三十三条とか、刑法第二百四十六条の二、電子計算機使用詐欺とか>
<詐欺?>
<日本国は正式に脳波コンを認めたわけじゃねーの。ありゃ医療行為と整形の間、スキマ産業なのよ。法整備が間に合ってない。だから違法も何も、裁く方法ない。物は言いようでなァ、『簡単にできるし危険性はないよ~』なんてネットに書いたり、マイナンバー紐づけの『紹介状』なしで闇医者に頼む方法とかばら撒くのは詐欺なんすわ>
チヨ子はすれすれのところだったのではないかと、姉に感謝した。
<脳波コンを根絶やしにしなけりゃ気が済まない奴らってのは、情報を遮断して新規ユーザーを止めてた俺らと違って攻撃的なんだよなぁ。そこの奴ら、午前中に動画上げたろ?>
<うん>
<アレ、効いてきてる。いやぁ、ブルーホールん外にゲームキャラじゃなくアバターだってのが伝わるなんざ、俺らとしても予想外>
<……ホールの外って、ノーマルネットってこと?>
聞きながらチヨ子はSNSを複数立ち上げた。慣れ親しんだタイムラインの投稿を慌てて目だけでスライドさせる。ブルーホールとは無関係な、女子高生として趣味と交友関係を得るために繋がり合ったユーザーの投稿だけが流れている。本来ならここに、例の動画のようなゲームのスクリーンショットやキャプチャムービーなどは流れてこないはずだ。ギャンの言う通りゲームの3Dキャラクターにしか見えない画像など、チヨ子の交友関係上には熱を上げるようなオタクなどいない。
だがTLには「まるで流行っているのか」と勘違いするほど大量に、拉致被害者たちの姿が画像や動画で流れ着いていた。
スパムとして流れていたものとは違い、すでに第三者の手で文字スーパーが貼られサムネイルが派手になっている。
<過去例のない新実装システム! 肩乗りペットのスキル支援!>
<金井先生のお料理教室。本日はエビしんじょと昆布だしのあん、ゆずの香り>
<ホワイトスワンレース、グループマッチ桃色杯! このあとすぐ!>
<レッツ編み物講座、田岡先生のかぎ針編みで作るレースの鍋敷き>
<鈴音エフエム、パーソナリティはオキナ。ハガキの投函は手渡しで頼むぞい?>
<ソロプレイヤーを見つけに行く>
「これ、普通にみんな見てるってこと?」
チヨ子は慌てて高校の友人たちと使っているメッセージアプリを立ち上げた。
ボールやエアガン同様当たり前のことを当たり前の常識として教わってきたチヨ子は、悪ふざけでもしてはいけない危険行為だと理解できる年齢になった。
もっと幼ければ無垢に引き金を引いたかもしれない。もっと大人ならば強い理性と責任感で引き金を引けたかもしれない。
だがチヨ子は、中途半端に大人の言いつけを守り、人を傷つける責任を避けたいと思い逃げ腰で、その中で踏ん張りながら必死にドローンを人に向けた。
「知らないからね! アンタ達が悪いんだから!」
責任転嫁を口にしながら、オペレーター経験どころかオモチャを除けば初めて操作することになったドローンを二体まとめて目標に向かって振り下ろした。四本の「腕」を同時に斜め前へ向かって回すイメージを送ると、受信側の二体がほぼ同時にプロペラ部分の角度を変える。
急降下したチヨ子のドローンは男の手に思い切りぶつかった。滋行が操る機体は別の男へ体当たりをしている。
「コントローラー狙うんじゃなかったの!?」
「そんな精密な操作、ぶっつけ本番で良く出来るな!?」
そう叫び返されチヨ子は目を丸くした。まるで自然に、初めて使う櫛でも大した違和感がないような感覚でドローンを飛ばしたチヨ子に「ぶっつけ本番」という言葉は目新しい。流行は大雑把だが出来ていない訳じゃない。だが狙った場所へ当たる精度はチヨ子が上なようだ。
「もしかしてアタシ……操縦上手い?」
「上手い上手い、いいからほら! 来るぞ!」
「え、きゃっ!」
頭上すぐに相手側の小型ドローンが迫る。遠すぎてよく見えないが、手動コントローラーを持った男が一人うずくまっている。腕を上手く隠し、頭で守り、チヨ子らのドローンに襲われないよう構えながら操作しているらしい。
チヨ子と滋行が上を見上げるとドローンはクイックターンし上空へ戻っていった。そしてまたターンをし、再度急降下してくる。
「蠅みたい」
「音で言えばハチドリだな」
小さくなればなるほどカン高くなる飛行音に、チヨ子と滋行はまだ揶揄する余裕があった。コントローラーを脳波コンの無線送受信で行っているチヨ子らは両手が空いていて、滋行はさらに虫取り網を持っている。
「っし、行くぞ!」
滋行が伸縮式の虫取り網を伸ばし両手で構える。ドローンはまたターンし戻ろうとしているらしい。
「はあっ!」
その場で思い切り跳躍し、滋行はドローンを虫取り網で絡めとった。
「ナイスナイス~」
チヨ子は網先をバスケットボールのリバウンドのようにして掴み、中からまだ動いているドローンを取り出す。プロペラがぶんぶんと回転しているが、ぎゅっと握りしめれば手から飛び出す気配はない。パワーの弱い軽量タイプだ。
<ギャンさん、これのコントロール奪えたりする?>
<おおう、無茶言うな~。型式によっちゃあ出来なくはないが、ラジコンの信号を再現するとなるとあの物理コンを脳波感受上に仮想で作ってキーコン割り当てて……>
<じゃあ電源切るね>
チヨ子は難しい説明にすぐ飽き、動かなくするためのスイッチを探した。だが見当たらない。つまみのようなものはあるが、電源マークもONOFFの文字も無い。
「めんどい」
あからさまに本体の一部からパーツとして飛び出ているバッテリーを強引にもぎ取った。プロペラがシュンシュンと音を低くさせながらゆっくり止まる。同時に目の上から何か別の光景が見えた。
「え、なにこれ? ウッザ」
ドローンが撮影している一人称カメラの映像が、チヨ子の目にはおぼろげながら見えている。スマホを通して平面の16:9動画に変換されているため、思うように上下で何が起きているか見えてこなかった。上から触ろうとしているものの気配を辛うじて感じ、右手で虫か何かを振り払うようイメージした。
するとドローンの前方右翼部分が連動し、突然上へ跳ね上がる。
何かぶつかったような気がしたが、ドローンに痛覚が無いためよく分からない。
「どっちだろ。まいっか」
筑波大製ドローンを二体掴んでいるチヨ子には、どちらがどちらの視界なのか分かっていない。ぶつかったものの正体も分からないまま顔を正面、研究者たちのグループへ向ける。するとようやく騒ぎの全容が見えてきた。
「うわあぁ」
「ひいぃー!」
チヨ子が操るドローンから逃げようと、研究者たちが悲鳴を上げながら機材を捨て置き逃げ回っている。
「まずい、逃げられちゃう!」
「いや、あれはただ鬼ごっこしてるだけだな」
「……あれっ?」
逃げる姿勢は見せているが、追い回されるままに逃げてはもとの位置へ戻ろうとグルグル回転しているらしい。てっきりチヨ子は逃走を図っているのだと思ったが、どうやらまだやる気があるらしい。
「立ち直る前に畳みかけるぞ。んでドローンを何体か回収して、黒ネンドを射出操作した痕跡を見つけて空港での拉致の容疑者に……なんか光った。フラッシュか?」
「フラッシュ? カメラの?」
チヨ子は見逃したが、滋行がドローン視界で見たらしい。
「写真撮られるのは嫌だな……」
「あ、そっか! やだ、炎上とか怖~い」
「しょうがない、回収はギャンさんの後輩に任せよう。<ギャンさん? いいすか?>」
<いーよー。あんま無茶すんな民間人。ドローン無力化だけ頼むわー>
<了解>
ギャンとの通信と同時に、オンライン側から途中で分かれた仲間の声が漏れてきた。
<教授、ちょ、勝手にどっか行くのやめろ下さい!>
国彦の声はよく通った。答える相手の声もよく通る。
<なんだねそれは。やめろか願うかどちらかにしたまえ。ワシは忙しい。契約は契約だ。やること以外の時間はワシの自由とさせてもらう>
<だからってまた勝手にドコ行くんだよ~!>
<AJ01の容態に変化があったのだろう? 久しぶりに見たい>
<え? じぇー?>
<今どこにいる? いや、どうせ晃の弟がいなければ話にならん>
<だからご案内しますよって言ったじゃないっすか! もーう!>
「はぁ……もう、あっちもこっちも貧乏くじ。さっさと帰ってミルキィちゃん……そうだ! ミルキィちゃんは!?」
チヨ子は教授のマイペースぶりにため息をつき、続けてハッとして顔を上げた。教授がまだ小脇に抱えていることに気付き、ドローンを荒っぽく動かす。ヒトに向けて飛ばす罪悪感は薄れてきている。
「最後、アイツのコントローラー壊したら帰れる!? 教授追いかけないと!」
「俺らの目的、最初から教授の送迎なんだけどな。ははは」
隣で滋行がやけくそ気味に笑っている。チヨ子は歯を食いしばって出力を上げながら、身体でコントローラーをすっぽり隠した男目掛けてドローンを飛ばした。地面スレスレを飛び、感受カメラで狙いを定め、脛の部分に思い切りぶつかる。
「ぎゃっ!」
遠くで叫ぶ声がした。
滋行がドローンを上空で周回させ、他に危険物を持っていないか調べている。横で同様に睨みつけていると、背後側から大学生らしき集団が走ってきた。男がほとんどだが女が数人混ざっている。ファッションにこだわるチヨ子が惜しいと思うような没個性的ファストファッションに身を包む集団だった。リュックを背負う学生がかなり多く、何人かはこめかみからコードを垂らしている。
「筑波大の?」
すれ違いざま呟くと、数名が律儀に頷き返してくれた。
Tシャツの胸にロゴが書かれているメンバーもいて、ドローン本体に印刷されたものと同じだとチヨ子は近付いてからやっと理解する。筑波大のドローン・サークル集団らしい。
チヨ子と滋行はドローンとの接続を切り、踵を返し教授の後を追いつつ、背後で研究者集団を取り囲む学生たちをちらちらと見た。
<ねぇギャンさん、あの人たちに任せちゃっていいの?>
<人数的にもアイツらのほうが多いし、危険はねーよ。ぶっちゃけ警察に突き出すだけの犯罪の証拠っての? 提出データがまだ揃ってねぇから、人道的なお話し合いが必要なワケよオ。さっきハヤシモーが送ってくれた顔データで身元は割れたし、あとは追跡ビーコン付けて、すこーしお話聞かせてもらうつもりってわけ。因みにそこの彼ら、キミらと同じボランティアな~>
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<……怖い>
チヨ子はぶるりと肩を震わせる。隣でスタスタと歩く滋行も学生らしからぬ知識と場慣れを見せていたが、度胸で言えば彼ら筑波大ドローンサークルの方が上だ。
<恨みもあるさぁ。日本はこれから荒れるぞ~。こいつはもう止めらんね~>
<うらみ? 荒れるって、どうして?>
<動画だよ。つくばが撒いた爆弾>
ハッとして滋行と顔を見合わせる。教授の言う通り、背後で今まさに詰問されているつくばの研究者たちが動画を流したのだという前提で話を進める様子だ。
<動画の拡散力はすげえんだなぁ。今回の拉致一件から芋づるみたいにずるずる~っと色々出てきた情報、俺らでうまーく隠せてたってのに、コイツのせいでドンドコ流出してるんだわ>
<隠してたのギャンさん達なの!?>
チヨ子はまずギャンが一体何者なのかが分かっていない。
<お? そりゃあ日電も加担してた部分はなくはないけどな? 脳波コンに関する情報統制は一応法的根拠で胸を張れる仕事だったさ。広まるのを止めるだけだ。サイバーセキュリティ基本法第三十三条とか、刑法第二百四十六条の二、電子計算機使用詐欺とか>
<詐欺?>
<日本国は正式に脳波コンを認めたわけじゃねーの。ありゃ医療行為と整形の間、スキマ産業なのよ。法整備が間に合ってない。だから違法も何も、裁く方法ない。物は言いようでなァ、『簡単にできるし危険性はないよ~』なんてネットに書いたり、マイナンバー紐づけの『紹介状』なしで闇医者に頼む方法とかばら撒くのは詐欺なんすわ>
チヨ子はすれすれのところだったのではないかと、姉に感謝した。
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<うん>
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<……ホールの外って、ノーマルネットってこと?>
聞きながらチヨ子はSNSを複数立ち上げた。慣れ親しんだタイムラインの投稿を慌てて目だけでスライドさせる。ブルーホールとは無関係な、女子高生として趣味と交友関係を得るために繋がり合ったユーザーの投稿だけが流れている。本来ならここに、例の動画のようなゲームのスクリーンショットやキャプチャムービーなどは流れてこないはずだ。ギャンの言う通りゲームの3Dキャラクターにしか見えない画像など、チヨ子の交友関係上には熱を上げるようなオタクなどいない。
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スパムとして流れていたものとは違い、すでに第三者の手で文字スーパーが貼られサムネイルが派手になっている。
<過去例のない新実装システム! 肩乗りペットのスキル支援!>
<金井先生のお料理教室。本日はエビしんじょと昆布だしのあん、ゆずの香り>
<ホワイトスワンレース、グループマッチ桃色杯! このあとすぐ!>
<レッツ編み物講座、田岡先生のかぎ針編みで作るレースの鍋敷き>
<鈴音エフエム、パーソナリティはオキナ。ハガキの投函は手渡しで頼むぞい?>
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「はあ、農業って結構重労働なんだ……筋力が足りないからなかなか進まないよー」※ STRにポイントを振れば解決することを思いつきません、根性で頑張ります。
「なんか、はじまりの街なのに外のモンスター強すぎだよね?めっちゃ、死に戻るんだけど……わたし弱すぎ?」※ここははじまりの街ではありません。
「裁縫かぁ。布……あ、畑で綿を育てて布を作ろう!」※布を売っていることを知りません。布から用意するものと思い込んでいます。
リアルラックが高いのに自分はついてないと思っている高山由莉奈(たかやまゆりな)。ついていないなーと言いつつ、ゲームのことを知らないままのんびり楽しくマイペースに過ごしていきます。
そのうち、STRにポイントを振れば解決することや布のこと、自身がどの街にいるか知り大変驚きますが、それでもマイペースは変わらず……どこかで話題になるかも?しれないそんな少女の物語です。
出遅れ組と言っていますが主人公はまったく気にしていません。
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※VRMMO物ですが、作者はゲーム物執筆初心者です。つたない文章ではありますが広いお心で読んで頂けたら幸いです。
※1話約2000〜3000字程度です。時々長かったり短い話もあるかもしれません。
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