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152 撤収・考察・反応
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革靴の足音が無音に変わるほど上質な絨毯が一面に敷かれた廊下を歩く。
九郎はホテルの廊下を自室へと足早に進みながら、ドイツでの戦果を報告書としてまとめていた。こめかみのジャック穴から伸びるコードは手で運ぶジェラルミンのアタッシュケースへとつながっている。側面についているランプがたまにチカチカと光った。
作った文章データは暗号化され、通信ネットワークを伝って東京まで運ばれていく。
結果は惜勝だった。
PMCも日本電子警備株式会社も被害はゼロ、三橋に繋がる「被検体一の移動経路」が分かる証拠も見つかった。三橋がその場で回収できていれば快勝だったが、八木ら新木場組が電話口で歓声をあげる程度には喜ばしい結果になった。
日本だったら次に繋がる証拠は出てこなかっただろう。立地が良かった。古いタイプの、メモリーカード式で動画を保存していた防犯カメラがドイツにはわんさかしていたのだ。
ど うも犯人は古い規格に弱いらしい、と九郎は推理する。成田空港のそれに比べれば防御力が弱いはずのそのカメラ郡は全て無事で、それを一つ一つ、大柳と滝が育んだコネから大量のギーク系ボランティアを動員して回収した。
カメラを追跡し、自動運転車から乗り換えたUAVの離発着場の使用履歴、航空管制の情報や燃料から予想できる飛距離を暴いていく。
使える情報は限られていたが、三橋が「グリーンランド・ アイスランド方面」へ向かったと分かるのには十分すぎる手札だった。
見慣れたナンバーのドアに親指を押しつけ、指紋で認証を解いてからドアを開く。中は慌ただしく、さらに部下が勢いよく顔を上げて叫ぶ。
「ボス、ボス!」
「どうした」
ドイツでの調査を終え、九郎と部下二人は撤収の支度をしていた。
先発隊だった大柳と滝がドイツ支部を作らずホテルを拠点としていたため、九郎たちも同様にホテルの一室に詰めている。引き払うのは簡単だ。あと一時間足らずで次のポイントへ向かう予定だった九郎は、二人いる部下のうちの一人があげた悲鳴のような呼び声に神経を尖らせる。
「つい今ですよ、今まさに! 隊長殿からメッセージが!」
「む?」
一斉に送られたらしいPMC側のメッセージを言われるがままに開くと、九郎の血の気が引いた。ニュースになっているぞ。その一文が九郎に様々な事態を想像させる。
「ネットだけじゃないんですよ、いろんなコンテンツで大量に出回ってます!」
「えーっと、えーっと……政府が声明出したらしいです!」
「あわわわ、えらいこっちゃ」
部下たちが慌てている。自分たちの介入がバレただろうか。誰か死人が出ただろうか。
憶測が九郎の胃をねじ上げてくる。九郎は慌てながらこめかみにコードを差し込み、ソースとして一番怪しげな、もっとも誇張されるだろう眉唾物のドイツ版匿名掲示板まとめサイトを開いた。
日本語翻訳の自動化が走り、それらしい文言で踊る。
<飛行機集団誘拐事件は次世代ナチスの犯行だった!? 捜索中の残り被害者全員無事発見!>
「は」
間抜けな声になってしまった。九郎は照れつつ、ホテル備え付けのプロジェクターを起動させる。
TV番組は速報を流していた。ナレーターが原稿を読み上げている。
——発見された被害者は全員、BMIを施され拘束されていましたが、保護の際、マザーPCの操作によってその場で意識を取り戻したとのことです。犯行声明によると次世代ナチスを名乗るテロリスト集団は『新たなるホロコーストが世界を正しく導く』と主張、回復した被害者への取材によると、彼らは全員『別人としての人生を一から追体験させられた』とのことです。現場周辺では——>
「な、なんだ……なんだこれは」
頭が追いつかない、と三人はたじろむ。初めて耳にする情報ばかりだ。
「な、ナチ? ナチって何?」
「ばかお前、昔あっただろ。戦争」
「知ってるけど! でも突然どっから出た」
<ボースー、ボス?>
割り込み通信が三人の耳へ入った。
「滝? 相変わらずタイミングいい」
<あ、先輩。ボスいます? やっと広がってきたので、そろそろと思いまして>
通信越しの部下・滝の声は笑っている。辻褄を飲み込んだ九郎と部下たちは、一気に肩を降ろして安堵した。
「そういうことか」
<ええ>
情報操作は得意分野だ。日電警備の「本来の業務内容」である。
「あ、ああ~! なるほどぉ!」
「ま、まじかと思っちゃった」
「滝と大柳だもんなぁ、有能すぎるわ」
「滝、大柳」
<ボス。私達は少し情報を横流ししただけにすぎません。普段の業務を応用しただけです>
「良い判断だ……と言いたいところだが、ここは国外だ。リスクはわかっているな」
<もちろんです! 全て我々が勝手に……>
「良い判断だと言った。リスクなど気にするな。分かっているのであれば、それでいい」
<ボス……ありがとうございます!>
「詳しく報告を」
<はいっ>
大柳の自信に溢れた声が続き、九郎は一息、コーヒーを入れにコンパクトキッチンへ立った。普段は水しか飲まないが、こういう時は刺激物を口にしたい。気が紛れるほどパンチの効いた酸味の強いコーヒーが飲みたかった。
<あの犯行声明自体は本物です。真犯人はもちろん我々が追っている拉致犯によるものですが、漁夫の利を目指した弱小テロ組織が犯行声明の発言権を買いました>
ケトルで湯を沸かす。部下が現地スーパーREWEで買ったというインスタントコーヒーをカップに適量出す。
<売ったのは情報屋ですが、この情報屋はベルリンのバーで買いました。売ったのはドイツ政府の人間です。ここで信憑性をあげてます。この政府筋という人物は、中国政府から映像を無償で貰ったそうですよ。事件の詳細と、犯行声明が中国語で既に出ているが『中央がもみ消した』ということと>
「……前にもしたな、それ」
<ええ>
「……なぁ、やっぱり大柳ってハーフなの?」
「いや、純日本人だったはずだけど」
「にしては中華っぽい顔してる」
「それを言うなら滝は朝鮮系の顔立ちだよな」
部下たちが背後で勝手にそう噂をしているが、九郎は聞こえないふりをした。
わざと複雑に隠しているが、情報の根元として使った中国政府はダミーだ。日本に流れてくる情報を隠す「情報隠蔽処理班」に所属している大柳が以前も使った手法で、九郎も報告を受けた覚えがある。
「マザーPCのくだりはどういうことだ」
<それ、私達も初耳です>
「なに?」
「あ、ボス! 収集した現場の状況データには無かったですよ、そんなPCみたいな外部端末」
「そうそう。あったら俺らがいじってただろうし、隠れてたにしても当局がすんなり見つけられるかなぁ」
部下の言葉は九郎の中で小骨のように引っ掛かった。だが推理してもしょうがない。無事オンラインからサルベージ出来たのならば、それは喜ばしいことだ。
それに、と思考をまとめつつ沸いたポットの湯をカップへ注ぐ。乾燥粉末があっという間に黒く澄んだ飲料になった。
おおよそ無事だった理由は分かる。犯人は何かしらの条件を宛がい、ある程度被験者を選んでいる。そして今回の彼らは恐らく「脳波コンの手術を行う実験体」だったのだろう。
施した後の生命維持にはコストも掛かる。継続して被験者にする価値がなければ、あのまま置かれていたのも理解できた。
だが私が犯人なら——そう九郎が想定すると、決定的な差があった。
私が犯人なら、あの飛行機の被害者は殺す。生かす理由が無い。
「……待っていたのか? 私がここで押し入るのを。私たちが見つけ、こうして……野に戻っていくのを」
コーヒーの香りが自然をイメージさせる。九郎の目の裏でウサギがぴょんぴょんと駆けていく。
捕まえていたはずだ。パイにするもペットにするも自在だったはずだ。それをわざわざ、野っ原の向こうにある森へ飛び跳ね去っていくウサギをボーッと見つめ、その後猟師は何をするのだろうか。
放たれたウサギは他のウサギたちと合流し、子をなし。増えたウサギの一家をまた捕らえるだろうか。そしてまた野に放つか。
まさか。
九郎は寒気がした。苦いコーヒーで落ち着かせるが、鳥肌は止まらなかった。
隣室では男女が話し込んでいる。
「すっかり麻痺してたわ」
「外国で活動するって、よく考えてみれば僕らもテロリストだと思われかねないよね。しまったなぁ、ついいつもの日本的な意識でいた。切り替えていかないと」
「ねぇ、やっぱり不思議じゃない? なんでドイツなのかしら」
「それはアメリカとの関係性だって話になったんじゃなかったっけ」
「うん、それもわかる。でもきっと何かあると思うの。次のポイントがグリーンランドだってわかったけど、そこも多分理由がある。土地的な、必然性の高い意味合いじゃなくてもっとこう、その……」
「偶然として?」
「そう」
「たまたまそうだとしても、何もないからたまたまなんじゃないの?」
「その偶然同士に因果関係があってしかるべきなのよ。いい? 日本人にターゲットを定めていた奴らがロシア近辺でもう一度犯行を重ねたのは必然。これは三橋と八木さんを狙ったものよ」
「そうだね。日本からヨーロッパ圏に移動しつつ、しかも通信中継基地を用意する意味も含めて西回りにめぐっている。その先にグリーンランド? いや、むしろ東回りの方が良いのにあえてアメリカを避けたのか」
「西回りで中継基地をカザフスタンに設置した理由も、そもそも東に作れば……太平洋が邪魔?」
「海底ケーブルの張り巡らされた現代に、むしろ人の目がある陸地を選ぶ方がリスキーだよ。海には人が少ない。潜水艇も持っていたんだから、海に関する物資はもっと潤沢だったはずだ。防衛に関しても得が多い。なんせほとんど無人化していてカメラのデータ改竄はお手の物なんだから」
「尚更東回りにしなかった理由がわからないわ」
「それは偶然かな? それともそうしなければならない理由があった?」
「わからないけど、ドイツで一度荷を降ろした理由はわかる、偶然よ。都合がよかったからだと思うの。たまたま途中下車したってだけ。そうするのに便利な状況にあった……もしくはそう判断した人間の意識の問題。私たちが二人揃ってドイツ語喋れるのと同じように、なにかあったの」
「勘?」
「ええ」
「キミがそういうならそうなんだろうね」
「でもグリーンランドにしたのは、たまたまドイツで降ろして、身軽になった後飛び立ったひとけの無い土地、くらいしか思いつかないわ」
「ドイツとグリーンランド、まぁデンマークか。デンマークとの間に何か偶然でも必然でも良いから因果関係があるといいんだけど」
「価値を見出す理由が絞れれば、他の敵の潜伏先がわかるってこと?」
「そういうことだね。例えば国籍。例えば交通手段。特に交通手段は大事だ。自前の無人航空機が有力だけど、もしかしたら渡り鳥コースをイメージしてたとか」
「何それ」
「列車とフェリーの混合路線が昔あったんだ。もう無いけど、ハンブルクからコペンハーゲンだったかな。列車のままフェリーに積まれて海を渡ったんだよ。吊橋とケーブルカーに負けるまでは人気あったみたい」
「でもグリーンランドと方向逆じゃない」
「あ、そうだった」
「もう」
「あはは、うっかり。でも何かあるんじゃないかな」
「なにか、なにか、ね。ちっともわかんない。進まない。はぁ……私たち謎解きとか業務外なのに、何熱くなっちゃってんの」
「大事さ。今回の機転、うまくいったのは推察のおかげだろ? でもボスには迷惑かけちゃったし、もっと思考で武装しないと。国外での活動は慎重にいかないと、責任問題どころか犯罪だ。僕ら犯罪者になっちゃう」
「ならないよう頑張ってるし、ボスのお兄さんが手を回してるんでしょう? なんのためのウチだと思ってんのよ、内閣府直轄でもやりきれない汚れ仕事を請負う何でも屋なんだから」
「そうなったらボスの上が腹を切る、ってね」
「そうなったら国際問題よ。政府の意図は日本の意思!」
「蜥蜴の尻尾切りになるのがオチだよ。ボスがどこか別のところに天下るだけさ。日電の創始者はボスじゃないんだから、昔の組織形態に戻るだけだし」
「会ったことも無いしわくちゃジジイなんて興味ないわ。ボスと一緒に転職するもの」
「そうなったら僕は潔く会社勤めなんて辞めて、君の帰りを待ちながら主夫でもするよ。フリーランスも悪くないかな~、なんちゃって」
「えっ……」
「え?」
「え」
続いていた会話が途切れ、しばらく部屋は無音のままだった。
九郎はホテルの廊下を自室へと足早に進みながら、ドイツでの戦果を報告書としてまとめていた。こめかみのジャック穴から伸びるコードは手で運ぶジェラルミンのアタッシュケースへとつながっている。側面についているランプがたまにチカチカと光った。
作った文章データは暗号化され、通信ネットワークを伝って東京まで運ばれていく。
結果は惜勝だった。
PMCも日本電子警備株式会社も被害はゼロ、三橋に繋がる「被検体一の移動経路」が分かる証拠も見つかった。三橋がその場で回収できていれば快勝だったが、八木ら新木場組が電話口で歓声をあげる程度には喜ばしい結果になった。
日本だったら次に繋がる証拠は出てこなかっただろう。立地が良かった。古いタイプの、メモリーカード式で動画を保存していた防犯カメラがドイツにはわんさかしていたのだ。
ど うも犯人は古い規格に弱いらしい、と九郎は推理する。成田空港のそれに比べれば防御力が弱いはずのそのカメラ郡は全て無事で、それを一つ一つ、大柳と滝が育んだコネから大量のギーク系ボランティアを動員して回収した。
カメラを追跡し、自動運転車から乗り換えたUAVの離発着場の使用履歴、航空管制の情報や燃料から予想できる飛距離を暴いていく。
使える情報は限られていたが、三橋が「グリーンランド・ アイスランド方面」へ向かったと分かるのには十分すぎる手札だった。
見慣れたナンバーのドアに親指を押しつけ、指紋で認証を解いてからドアを開く。中は慌ただしく、さらに部下が勢いよく顔を上げて叫ぶ。
「ボス、ボス!」
「どうした」
ドイツでの調査を終え、九郎と部下二人は撤収の支度をしていた。
先発隊だった大柳と滝がドイツ支部を作らずホテルを拠点としていたため、九郎たちも同様にホテルの一室に詰めている。引き払うのは簡単だ。あと一時間足らずで次のポイントへ向かう予定だった九郎は、二人いる部下のうちの一人があげた悲鳴のような呼び声に神経を尖らせる。
「つい今ですよ、今まさに! 隊長殿からメッセージが!」
「む?」
一斉に送られたらしいPMC側のメッセージを言われるがままに開くと、九郎の血の気が引いた。ニュースになっているぞ。その一文が九郎に様々な事態を想像させる。
「ネットだけじゃないんですよ、いろんなコンテンツで大量に出回ってます!」
「えーっと、えーっと……政府が声明出したらしいです!」
「あわわわ、えらいこっちゃ」
部下たちが慌てている。自分たちの介入がバレただろうか。誰か死人が出ただろうか。
憶測が九郎の胃をねじ上げてくる。九郎は慌てながらこめかみにコードを差し込み、ソースとして一番怪しげな、もっとも誇張されるだろう眉唾物のドイツ版匿名掲示板まとめサイトを開いた。
日本語翻訳の自動化が走り、それらしい文言で踊る。
<飛行機集団誘拐事件は次世代ナチスの犯行だった!? 捜索中の残り被害者全員無事発見!>
「は」
間抜けな声になってしまった。九郎は照れつつ、ホテル備え付けのプロジェクターを起動させる。
TV番組は速報を流していた。ナレーターが原稿を読み上げている。
——発見された被害者は全員、BMIを施され拘束されていましたが、保護の際、マザーPCの操作によってその場で意識を取り戻したとのことです。犯行声明によると次世代ナチスを名乗るテロリスト集団は『新たなるホロコーストが世界を正しく導く』と主張、回復した被害者への取材によると、彼らは全員『別人としての人生を一から追体験させられた』とのことです。現場周辺では——>
「な、なんだ……なんだこれは」
頭が追いつかない、と三人はたじろむ。初めて耳にする情報ばかりだ。
「な、ナチ? ナチって何?」
「ばかお前、昔あっただろ。戦争」
「知ってるけど! でも突然どっから出た」
<ボースー、ボス?>
割り込み通信が三人の耳へ入った。
「滝? 相変わらずタイミングいい」
<あ、先輩。ボスいます? やっと広がってきたので、そろそろと思いまして>
通信越しの部下・滝の声は笑っている。辻褄を飲み込んだ九郎と部下たちは、一気に肩を降ろして安堵した。
「そういうことか」
<ええ>
情報操作は得意分野だ。日電警備の「本来の業務内容」である。
「あ、ああ~! なるほどぉ!」
「ま、まじかと思っちゃった」
「滝と大柳だもんなぁ、有能すぎるわ」
「滝、大柳」
<ボス。私達は少し情報を横流ししただけにすぎません。普段の業務を応用しただけです>
「良い判断だ……と言いたいところだが、ここは国外だ。リスクはわかっているな」
<もちろんです! 全て我々が勝手に……>
「良い判断だと言った。リスクなど気にするな。分かっているのであれば、それでいい」
<ボス……ありがとうございます!>
「詳しく報告を」
<はいっ>
大柳の自信に溢れた声が続き、九郎は一息、コーヒーを入れにコンパクトキッチンへ立った。普段は水しか飲まないが、こういう時は刺激物を口にしたい。気が紛れるほどパンチの効いた酸味の強いコーヒーが飲みたかった。
<あの犯行声明自体は本物です。真犯人はもちろん我々が追っている拉致犯によるものですが、漁夫の利を目指した弱小テロ組織が犯行声明の発言権を買いました>
ケトルで湯を沸かす。部下が現地スーパーREWEで買ったというインスタントコーヒーをカップに適量出す。
<売ったのは情報屋ですが、この情報屋はベルリンのバーで買いました。売ったのはドイツ政府の人間です。ここで信憑性をあげてます。この政府筋という人物は、中国政府から映像を無償で貰ったそうですよ。事件の詳細と、犯行声明が中国語で既に出ているが『中央がもみ消した』ということと>
「……前にもしたな、それ」
<ええ>
「……なぁ、やっぱり大柳ってハーフなの?」
「いや、純日本人だったはずだけど」
「にしては中華っぽい顔してる」
「それを言うなら滝は朝鮮系の顔立ちだよな」
部下たちが背後で勝手にそう噂をしているが、九郎は聞こえないふりをした。
わざと複雑に隠しているが、情報の根元として使った中国政府はダミーだ。日本に流れてくる情報を隠す「情報隠蔽処理班」に所属している大柳が以前も使った手法で、九郎も報告を受けた覚えがある。
「マザーPCのくだりはどういうことだ」
<それ、私達も初耳です>
「なに?」
「あ、ボス! 収集した現場の状況データには無かったですよ、そんなPCみたいな外部端末」
「そうそう。あったら俺らがいじってただろうし、隠れてたにしても当局がすんなり見つけられるかなぁ」
部下の言葉は九郎の中で小骨のように引っ掛かった。だが推理してもしょうがない。無事オンラインからサルベージ出来たのならば、それは喜ばしいことだ。
それに、と思考をまとめつつ沸いたポットの湯をカップへ注ぐ。乾燥粉末があっという間に黒く澄んだ飲料になった。
おおよそ無事だった理由は分かる。犯人は何かしらの条件を宛がい、ある程度被験者を選んでいる。そして今回の彼らは恐らく「脳波コンの手術を行う実験体」だったのだろう。
施した後の生命維持にはコストも掛かる。継続して被験者にする価値がなければ、あのまま置かれていたのも理解できた。
だが私が犯人なら——そう九郎が想定すると、決定的な差があった。
私が犯人なら、あの飛行機の被害者は殺す。生かす理由が無い。
「……待っていたのか? 私がここで押し入るのを。私たちが見つけ、こうして……野に戻っていくのを」
コーヒーの香りが自然をイメージさせる。九郎の目の裏でウサギがぴょんぴょんと駆けていく。
捕まえていたはずだ。パイにするもペットにするも自在だったはずだ。それをわざわざ、野っ原の向こうにある森へ飛び跳ね去っていくウサギをボーッと見つめ、その後猟師は何をするのだろうか。
放たれたウサギは他のウサギたちと合流し、子をなし。増えたウサギの一家をまた捕らえるだろうか。そしてまた野に放つか。
まさか。
九郎は寒気がした。苦いコーヒーで落ち着かせるが、鳥肌は止まらなかった。
隣室では男女が話し込んでいる。
「すっかり麻痺してたわ」
「外国で活動するって、よく考えてみれば僕らもテロリストだと思われかねないよね。しまったなぁ、ついいつもの日本的な意識でいた。切り替えていかないと」
「ねぇ、やっぱり不思議じゃない? なんでドイツなのかしら」
「それはアメリカとの関係性だって話になったんじゃなかったっけ」
「うん、それもわかる。でもきっと何かあると思うの。次のポイントがグリーンランドだってわかったけど、そこも多分理由がある。土地的な、必然性の高い意味合いじゃなくてもっとこう、その……」
「偶然として?」
「そう」
「たまたまそうだとしても、何もないからたまたまなんじゃないの?」
「その偶然同士に因果関係があってしかるべきなのよ。いい? 日本人にターゲットを定めていた奴らがロシア近辺でもう一度犯行を重ねたのは必然。これは三橋と八木さんを狙ったものよ」
「そうだね。日本からヨーロッパ圏に移動しつつ、しかも通信中継基地を用意する意味も含めて西回りにめぐっている。その先にグリーンランド? いや、むしろ東回りの方が良いのにあえてアメリカを避けたのか」
「西回りで中継基地をカザフスタンに設置した理由も、そもそも東に作れば……太平洋が邪魔?」
「海底ケーブルの張り巡らされた現代に、むしろ人の目がある陸地を選ぶ方がリスキーだよ。海には人が少ない。潜水艇も持っていたんだから、海に関する物資はもっと潤沢だったはずだ。防衛に関しても得が多い。なんせほとんど無人化していてカメラのデータ改竄はお手の物なんだから」
「尚更東回りにしなかった理由がわからないわ」
「それは偶然かな? それともそうしなければならない理由があった?」
「わからないけど、ドイツで一度荷を降ろした理由はわかる、偶然よ。都合がよかったからだと思うの。たまたま途中下車したってだけ。そうするのに便利な状況にあった……もしくはそう判断した人間の意識の問題。私たちが二人揃ってドイツ語喋れるのと同じように、なにかあったの」
「勘?」
「ええ」
「キミがそういうならそうなんだろうね」
「でもグリーンランドにしたのは、たまたまドイツで降ろして、身軽になった後飛び立ったひとけの無い土地、くらいしか思いつかないわ」
「ドイツとグリーンランド、まぁデンマークか。デンマークとの間に何か偶然でも必然でも良いから因果関係があるといいんだけど」
「価値を見出す理由が絞れれば、他の敵の潜伏先がわかるってこと?」
「そういうことだね。例えば国籍。例えば交通手段。特に交通手段は大事だ。自前の無人航空機が有力だけど、もしかしたら渡り鳥コースをイメージしてたとか」
「何それ」
「列車とフェリーの混合路線が昔あったんだ。もう無いけど、ハンブルクからコペンハーゲンだったかな。列車のままフェリーに積まれて海を渡ったんだよ。吊橋とケーブルカーに負けるまでは人気あったみたい」
「でもグリーンランドと方向逆じゃない」
「あ、そうだった」
「もう」
「あはは、うっかり。でも何かあるんじゃないかな」
「なにか、なにか、ね。ちっともわかんない。進まない。はぁ……私たち謎解きとか業務外なのに、何熱くなっちゃってんの」
「大事さ。今回の機転、うまくいったのは推察のおかげだろ? でもボスには迷惑かけちゃったし、もっと思考で武装しないと。国外での活動は慎重にいかないと、責任問題どころか犯罪だ。僕ら犯罪者になっちゃう」
「ならないよう頑張ってるし、ボスのお兄さんが手を回してるんでしょう? なんのためのウチだと思ってんのよ、内閣府直轄でもやりきれない汚れ仕事を請負う何でも屋なんだから」
「そうなったらボスの上が腹を切る、ってね」
「そうなったら国際問題よ。政府の意図は日本の意思!」
「蜥蜴の尻尾切りになるのがオチだよ。ボスがどこか別のところに天下るだけさ。日電の創始者はボスじゃないんだから、昔の組織形態に戻るだけだし」
「会ったことも無いしわくちゃジジイなんて興味ないわ。ボスと一緒に転職するもの」
「そうなったら僕は潔く会社勤めなんて辞めて、君の帰りを待ちながら主夫でもするよ。フリーランスも悪くないかな~、なんちゃって」
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