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107 セントリーガンとショットガン

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 金を払った結果、ポップアップはリアルでよく見る現代的なオンデマンドの動画選択ページに変化した。
 サムネイルはネイチャー一色だった。サバンナの動物達を追うドキュメンタリー、大海原の海洋哺乳類を追跡調査するドキュメンタリー、都心部に進出した夜行性雑食動物を駆除するドキュメンタリーと、狙いが明白なものばかりが並ぶ。
 「んだよこれ! 動物ばっかじゃねーか!」
 「だー! ドラマ観たいって言ったじゃんかよぅ!」
 「ニュースは無いか。当たり前といえばそれまでだが、脱出のヒントになるような情報な無いな」
 榎本とメロが叫ぶように文句を言う中、他のメンバーはマイペースに動画一覧をチェックしていった。夜叉彦は猫のサムネイルに注目し、見えなくなると「にゃんこ……」と寂しそうに呟く。
 あとで猫動画を一緒にみようと思いつつ、ガルドはマグナがめくり続ける一覧をチェックし続けた。どれもこれも動物もののようだが、次第に毛色が変わってくる。どんどん動物がメインではなくなってきた。主人公がペットとふれあうもの、芸能人のペット紹介、そしてなぜか農園でアイドルが花を寄せ植える動画が現れた。
 「む、だいぶ実用的なものになったな」
 動物の気配が薄れると、次に濃くなったのは農業的なレクチャーだった。夏野菜の育てかた、バラの手入れ、米の品質向上と続く。
 「フィルタリングの基準がわからんが、とりあえず政治的なものは総カットのようだな」
 「ドラマはぁ~? ねぇ~」
 「駄々こねるな、無いもんは無い」
 「うぐぐぐ」
 メロはまだ機嫌が悪い。榎本は既に興味を失ったらしく、二人掛けのソファに横になっていた。
 「スクロール、これでまだ一割だぞ」
 「どんだけロハス動画集めたんだろう。全部こんな感じ? 俺、普段このチャンネル見ないからさぁ」
 「む、意外と攻めてる番組もやるぞ?」
 普段から国営放送の視聴者だったジャスティンがあれこれと例を挙げる。ドキュメンタリーでもあまり民営では見ることの少ない、社会の負の側面を隠すことなくレポートする特集について述べた。そのなかでガルド達ゲーマーにも他人事ではない話題が浮上する。
 「クスリとか、検査予定だったし身近だよな」
 「もう打たれてたりしてな!」
 「やめてよジャス、ありえなくないから怖いって」
 「だはは! そう言ってられるなら大丈夫だ! 本当に投与されていたら、こんな会話できないからな」
 ゲーマーたちの世界で、脳波感受の感度を上げるクスリは御法度だった。
 ハワイでの世界大会は厳重に警備される予定で、プレイヤーは全員大会日程中に検査を実施される。専用の検査機を使用し、実際に接続して感受・処理スピードを測るはずだった。
 今、逆に自分たちは何か投与されている可能性がゼロではない。
 「でもさ、それだったらこれから流れるコレだって危ないかもしれないよ?」
 夜叉彦がテレビを指差した。スクロールされ続けているポップアップメニューは、次第に大海原のサムネイルが増えてきている。漁師が様々な漁法で海鮮を集めていた。
 「一瞬だけメッセージを映りこませる暗示方法ってあるよね」
 「サブリミナル効果か」
 「おお、都市伝説のか?」
 「あったなぁ、そんなの」
 仲間たちが口々にそういうのを聞きながら、ガルドはサムネイルに注視していた。しばらく煌々と光る船の画像が続く。イカ漁はこんなに明るいのか、と思っていた途端、突然人の顔が現れた。
 「む」
 「……よかったな、メロ」
 「え? あ、やった、ぁー?」
 ドラマのようだ。スクロールしていたマグナが手を止め、メロに声を掛ける。一瞬メロは喜ぶそぶりを見せるが、テンションは急速に下がっていく。
 映り始めたのは、どれも和装の日本人だった。髪ばマゲの形に整えられ、辺りの建物にコンクリートの欠片もない。あるのは活気のある江戸の、湿気を感じさせる歴史的な町並みだった。
 「……大河じゃん」
 「違うのか?」
 「朝ドラって言ったじゃん」
 「AIに区別はつかんだろう。ドラマはドラマだ」
 「ま、いいけど。一話からね、途中からじゃワケわかんなくなるから」
 「文句言いつつ見るのか」
 マグナが呆れつつサムネを長く触る。動画選択画面がすかさず消え、ブラウン管の歪んだ画面にオープニングが流れ始めた。高解像度に慣れたガルドには馴染みのない、ぼやけてしまりのない映像が流れ始める。
 「みんなも見る?」
 メロの誘いにのったジャスティンや夜叉彦にバーカウンターからビールを届けてから、ガルドは自分の天蓋テントへと戻った。
 仲間と酒を飲み交わしながら、さしてすごく好きという訳でもないドラマを見つつ、あーだこーだ言いながら時間を潰す。それは非常に魅力的だった。本音を言えば加わりたい。
 その誘惑を越える強烈な睡魔がガルドを襲う。
 「ガルド、起きたら付き合え」
 同様にテントへ戻ろうとしていた榎本が、すれ違い様にそう捨て台詞を置いて行く。
 「ん」
 大方サシでの勝負だろう、と頷きながら緑のカーテンを開く。頭からダイブしたベッドは、再びベロアの上品な質感でガルドを包んだ。

 物心ついたころから睡眠が浅い体質だったガルドは、寝坊の経験がなかった。アラームが無くても自然と起きられることを密かな自慢にしていたのだが、肉体が疲れているのだろうか、久しぶりに長すぎる眠りからやっと浮上した。
 蚊帳の外は五人がいないかのようにシンと静まり返っており、それがまた「寝坊してしまったのか」という疑いを強める。
 ガルドは険しい顔で飛び起きた。
 慌てて天蓋テントから外に顔を出すと、丁度刀が切り結ぶ独特の金属音が聞こえてきた。夜叉彦が模擬戦でもしているのだろうか。榎本を待たせすぎたのだろうか。廊下のあるリビング脇まで小走りに進み、ふと、音の出処に気付いた。
 榎本を除いた四人がブラウン管テレビの前に集合していた。小さいテレビだ。その前にずらりと、肩を寄せ合うようにみっちり集まっている。
 テレビ画面の中は音楽も無く静かだった。川辺のようなところに侍が二人立っている。刀を抜いた状態でじりじり間合いを詰め、鍔迫り合い、パッと離れて牽制し合う。どうやら決闘シーンらしい。
 先ほどの切り結び音は画面の向こうだったようだ。
 「むぅ……」
 いつも騒がしいはずのジャスティンが静かに息をのむほど、四人はドラマに夢中だった。
 時計がないため時刻はわからないが、窓の外を見ると変わらず明るい。まどろんだだけの短時間睡眠だったのか、一周して一日眠っていたのか判断できない。
 バーカウンターの内側からジンジャーエールを取り出しつつ、奥のテントを遠目で見る。榎本用の屋外キャンプで使うようなテントは、頑丈で厚手の布を使用したため透けずにプライバシーをしっかり守っていた。中に居るのか居ないのかわからない。
 面倒になったガルドはチャットウインドウを広げ、榎本個人にメッセージを送った。返信はすぐに来たが、内容に眉をしかめる。
 <起きたか? そんだけ寝りゃゆっくり休めただろ。池にいるから来いよ>
 <池?>
 <付き合えっつったろ? スワンボート乗り場だよ>
 その単語に、ガルドは遠い昔のような寒空の公園を思い出した。

 「それは?」
 池の岸でうずくまる男が、何かの大きな機械をいじっている。背中の金装飾が特徴的なハンマーで何者かはわかるが、何をしているのかは聞かないとわからない。テントを作った時のように装備やアイテムを分解しているらしいのだが、池のそばでやっている理由は全くわからなかった。
 「おう。ほら、バイクの話しただろ」
 「タイヤもエンジンも無い」
 「んなのは承知の上だ。ファンタジーゲームにそんなの求めんなって」
 榎本はそう笑いながら何かを分解していた。ひときわ大きな破壊音を一つ上げながら、ケーブルのようなものを引っこ抜く。一体なんなのか、大きな背中で見えない。無言で近寄り回り込む。
 それはセントリーガンだった。
 「なるほど」
 脚部にタイヤがついた、設置型の大型銃座だ。ファンタジーらしさを取り入れようと銃は海賊船の大砲のような太さをしているが、発想はSF由来である。敵を自動で補足し勝手に撃つオートの固定砲台で、敵に設置されると非常に厄介だ。
 そういえばこの世界にもタイヤはある。台車用のキャスターほどの大きさだが、無くはない。
 「手作りするのか、バイク」
 「バイクなんか作れねぇって。カッコ悪くても走りゃいいんだから、とりあえずベースにタイヤ付けて、推進力は……どうにかすればいいさ」
 「だからここか」
 城下町のはずれ、雪原との間にある池はミニゲーム用のエリアとして用意された娯楽施設だった。普段ならば日本人プレイヤーで賑わっているはずで、閑散としている今の池は普段より冷え込んで見えた。
 池の上には、ボートが何台か浮いている。どれもデザインが違うが、足こぎ式なのは共通だった。
 「足でこいで進むのは勘弁して欲しい」
 「走るよりいいだろ」
 「なんとかする」
 分解して手に入れたタイヤは二ケタほど集まっているようだが、榎本はそれをどうつければ走るようになるのかまでは考えていないようだった。作業している岸のすぐそばに停泊させているボートは、見覚えのある榎本カスタマイズのメタリックなゴツいデザインをしている。まだ水に浸かっているため、タイヤをつけるべき部分の構造はわからない。
 「足こぎのペダルでギア回してタイヤ回そうかと思ってたんだが、ダメか?」
 「推進力なら燃料でなんとかしよう」
 「ガソリンで爆発させてってか? 流石にエンジンの技術は無いぞ」
 「進めばなんでもいい」
 ガルドは榎本の足こぎ案をバッサリ切り捨てた。その場にしゃがみこみ、大剣を抜いて雪の地面に突き立てる。
 ガルドは現役高校三年生の女子だ。しかし理科科目で物理を選ばなかったため、発展的なエネルギーの知識は持ち合わせていない。受験科目には化学を選んでいる。だがその若さからくる発想力は榎本以上のポテンシャルがあった。
 「爆発させればいい。それを……一方向に吐き出させる。銃と同じだ」
 「あー、イメージは伝わる。筒の片方閉じて片方開けて、中で爆発させて推進力にしようってことだろ?」
 「ああ」
 幸い、筒も爆薬も壊れず減らないものがこの世界にはある。発想を具体的にするため、剣で地面に図を書く。フロキリにはメモ用紙が無く、マグナが屋敷の地図を伝えるためにカーペットにしてみせたのを真似て、床のディティールを変化させて絵にしてみせた。
 榎本がセントリーガンの脚部を分解する手を止めずに横目で見る。
 「筒か? それ」
 「いや、ショットガン」
 「ショットガン!?」
 身の丈ほどある剣のため、鉛筆ほどうまく描けない。ほじるように銃口を描き、それらしいトリガーも再現した。そしてボート本体をくっつける。
 「こうだ」
 「とんでもないこと考えてるな……そんなところに付けて大丈夫なのかよ、おい。雪の上だろ?」
 「……反動を使う」
 「反動って、ショットガン撃ったときのか?」
 「ああ」
 「どんだけ撃つんだよ」
 「オートにする」
 「オートのショットガンなんて……あったな」
 ガルドと榎本は、自分が愛用する武器種以外もあらかた触るタイプのゲーマーだ。銃もそれぞれラインナップを知っているが、その中でも特徴ある固有の武器は記憶に留めていた。
 「でもあれオートで撃つの悪魔種だけだろ?」
 「……その悪魔種をくくりつけとけば、永遠に撃ち続ける。む、そうか、的の補充か。体力回復でなんとか」
 「ムゴいことを……」
 ガルドはボートのイラストの後部に紐の絵を描き加えた。その先に黒いモヤをイメージして雪をぐりぐりと削る。それで榎本に通じるならクオリティなどどうでもよかった。
 「ボートの上からポーションかければ……」
 「対悪魔種特攻武器だろ? 間に合うか?」
 「厳しい。あるいは丈夫なのを引きずるとか」
 「大人しく紐につながれてくれるか……ああ、状態異常か」
 「HP管理と状態異常切れたらかけ直すのを移動中ずっと続けることになる。かなり面倒だ」
 「そうだなぁ、他の方法……要はあのホーリーショットガンがオートに動けばいいんだよな? 悪魔種素材で作った何かに反応したりしねぇのか? ほら、デコイにモンスターが反応するみたいな感じで」
 「聞いたことない」
 「だよなぁ。うーん」
 まるで無茶な少人数討伐を企てていたころのような気分で、二人はショットガンの使い方を話し込んだ。世界大会対策が本格的に動く前の、バディプレイを突き詰めていたころの日々が懐かしい。ガルドはあれこれと考え、榎本の冷静な考えに突拍子もないアイディアを投げつつ湖を眺めた。
 「反動なぁ。まず動作がプレイヤー起因なのは面倒の元だ。オンにしたらずっと動くような感じじゃないと厳しいだろ」
 思いつきで挙げたショットガンの案を、榎本が真面目に唸りながら考えている。とうとう分解の手を止めてガルドの元までやってくる。雪の上にあぐらをかいて座り、刈り上げの後頭部を掻きながら「つってもなぁ~」と愚痴っている。
 言えばきっと怒るだろう、とガルドは口にせず心だけで思う。トンカツを揚げていた時に比べて、今の榎本はよっぽど楽しそうだった。
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