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92 あなただけの組織はあなたが主
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ガルドの発案でサルガスの元に集合することになった七人は、今後の行動を見直す会議も平行して行っていた。
チャット画面にマグナがコメントをあげて行く。
<まず、山小屋を目標にしていたエリアの探査は一旦中止だ>
「賛成だな、田岡の件が解決するまでストップだ」
<それだけじゃない>
「ん?」
ギルドホームから向かっているマグナたちは、メロから聞き取った可能性をすでに共有していた。内容をガルドたち夜更かし組に伝える。
<サルガスのやつ、そもそもファストトラベルさせる気がないんだよ>
交渉を担当したメロは、NPCとやり取りを重ねた結果そう感じたらしい。ホームのメンバーより先に城へ着いた夜更かし組は、そのチャット文を読んで興味が湧いた。
「させる気が無い、ね……よぉ案内人。元気か?」
榎本が直立不動のサルガスに向かって声をかけた。市販されているAIならばここで「はい元気です」や「今日はいい天気ですね」など当たり障りのないことを話すよう学習しているはずだ。
「はい」
サルガスは馴染みのない返事をした。愛想のないAIに榎本が不満げな顔をする。
「おお、なんと古いAIだろう」
田岡がそう呟く。ガルドの背に隠れて恐る恐るサルガスを観察していたが、顔は思いきり影から出ていた。
「古い?」
「懐かしい。レトロ・ロジカルだ」
なるほど、とガルドは予想を補足した。
「……確かに、原始的かもしれない。YESかNOは言える。疑問文だともわかっているらしい」
<ん?>
疑問の声と共にクエスチョンマークのアイコンが文字欄に現れた。
「おお、田岡の発言、チャットに流れないんだったな。田岡曰く、サルガスは古いAIらしい」
<そうか……サルガスはどうだ?>
「変化なし」
螺旋階段が天高く延びる玉座の間はフロキリと全く変わらない。サルガスはその部屋で、座るでもかしずくでもなく、ただ玉座前に立っていた。ガルドたちの来訪に気づいたらしく、くるりと振りかえってこちらを見ている。
手に持つリュートの存在に交戦したことを思いだし、ガルドは田岡に釘をさす。
「……このまま隠れていてほしい。襲ってきたことがある」
「そ、そうか……死にたくない。ワタシはいきる、いきていたい。だからここにきた。隠れていよう……」
田岡はそう言うとすっぽりとガルドの背中に隠れた。
<この世界に死がないこと、伝えない方がいいと思う>
<思った。生に固着してるからこんだけ話せてる。目標みたいなやつ>
<うむ。なんというか、いつ無気力になってもおかしくない危うさだ>
夜更かし組は田岡の様子を見てそうチャット欄に打ち込む。六人には公然で田岡にだけ極秘というのは不公平かもしれないが、そうでもしないと心を壊しかねない。ガルドたちはプレイヤーの特権でそう伝え合った。
黒い外套をすっぽりとかぶったNPCに、ガルドはジャブ代わりの質問を繰り出した。
「サルガス、聞きたい」
「ご用件をどうぞ」
爽やかな合成音声で促すサルガスを、田岡は隠れながら興味津々に覗き見る。その頭頂部を視界に認めながらガルドは続けた。
「ファストトラベルが無いと困る」
ストレートに言った。表情の変わらないサルガスは予想通りで、続く言葉もメロから聞いた通り予想通りだった。
「それを私は理解しました」
断言した男に、なるほどと三人が感嘆の声を漏らす。とりつく島もない、というのはこういうことだったのだ。
「ううむ、諦めきれん! サルガス!」
「はい」
「ファストトラベルはなぜ無くなったのだ!」
「ごめんなさい、よく聞こえませんでした」
「かぁーっ!」
ジャスティンが強く詰問するが、答えはよく聞く定型文で返された。ガルドは無感情にいくつか質問をする。
「各エリアへ瞬時に移動したい」
「善処します」
「……移動をボタン一つで済ませないと、今後の生活に支障がある」
「ごめんなさい、よく聞こえませんでした」
かたくなな態度に、ガルドは疑問をぶつける。
「……ファストトラベルは必要か?」
「必要ない」
サルガスが即座に冷たく返事をした。
「ほう」
「うわっ、断言した!」
背後の階段から声がかかる。メロたちは会話を聞いていたらしく、マグナはいつもの思考モードになった。俯きながらメガネを触るしぐさをしているが、メガネはない。
「おはよー」
「おう。ま、聞いての通りだ」
「やっぱりファストトラベルはダメだろうね。困ったなぁ」
夜叉彦がツンツンに跳ねたポニーテールを揺らしながら、諦めようと提案した。
「やる気無いもんはしょうがないよ。田岡さんの方、解決しなきゃ今夜困るでしょ」
「おう。片っ端から聞きまくるぞ」
「すまんなお前たち、私のためか……いったい何をするんだ?」
「ふっふっふ、解説しよう!」
田岡の疑問にメロが仰々しく説明し始めた。
「田岡さんはね、ウチらとはカラダがちょっと違うんだよ。んで、それじゃいろいろ不便でシャワーも浴びれないから、田岡さんのカラダをウチらに似せなきゃいけないわけ」
「シャワーがあるのか!」
「メロさんなんて朝シャンしてきたしぃ」
肩に掛かったブルー染めのミディアムヘアをかきあげアピールする。田岡は満面の笑みで「さっぱりしたいなぁ」と夢を見始めた。
「……サルガス、田岡にフロキリプレイヤーが持つ全ての権限を付与しろ」
ガルドが用意していた言葉を投げた。最初に高難易度を指示し、徐々に緩やかにしていく。
「不可事項あり。全ての権限は全ては該当です」
「何が該当するんだ?」
「ログアウト、フレンドの関係性、FT、またそれら以外の不可事項です」
「あー! はぐらかした!」
「それら以外の、が知りたいんだっつーの!」
「おい! 静かにしろ、ネガティブ発言禁止だ。友好度があるんだぞ」
マグナが不穏なことを言った。友好度で情報の開示度合いが変わるのは昔のことだ。まさか、とガルドは嫌な予感がした。
「……不可事項のロック状態を教えろ」
「ロックは全てされています。条件解除は用語のキーによって行われます。それはワードでもあり、出来事であったりします」
「全て? あ、なるほど。既に友好度マックス低いってわけだ」
夜叉彦は冷静に解説をいれた。情報は全て制限されている。友好度などに頼る前から、犯人側はガルドたちに詳しい事情を教える気などなかったのだろう。それだけのことだ、とガルドは諦めの境地であくびを噛み殺した。
「聞いとらんぞ!?」
「ヘルプにも載ってなかったな」
「はぁ~、もう! 地道に解除してくしかないじゃん! 用語のキーってつまりこっちから見つけて聞かなきゃ開示しないってことでしょ?」
「そりゃあ……いままで通りだ」
田岡を除く全員が、円陣になりアイコンタクトで頷きあう。既に昼は過ぎている。夜が更けるまでに暴けなければ、田岡はまた青椿亭のテーブルで突っ伏すことになる。
「よし、しまっていこう!」
マグナがお決まりの台詞に合わせ、仲間たちが勢いよくターゲットを振り向いた。負けられない戦闘時と同じ緊張感がぴりりと走った。
「ギルドホームに侵入する権限」
「フレンドになる権限」
「ギルドへ加入する権限」
「客として招き入れるために必要なホームの操作用パスコード」
いつも通り先陣をきる。ガルドはメモ画面を開き、用意した質問事項全てを畳み掛けた。サルガスはナレーターのようにきびきびと返事をする。
「全部は不可事項です。ホーム管理パスコードは調整が進みます。大型アップデートが次回です」
「ダメか」
必死に考えたことが全て水の泡になり、ガルドは肩を落とした。その肩を若干背の低い男が揺さぶりにかかる。
「おいガルド! お手柄だ、おい、大型アップデート!?」
榎本が興奮して叫んだ。脇にいるメンバーもそれぞれ一気に浮かれた。ジャスティンは固まっている。
「お、大型……あっぷ、デート?」
「おっしゃあ! いつ!?」
「七月中旬を予定しています。どうぞお待ちください」
「七月って、今GWだったな。いや、半分だ……逆に倍にしてもう終わったぐらいか?」
「そのころには部屋の間取りも変えられるってことかぁ。畳も自由自在だ」
「あ、じゃあ田岡さんのもそれで入れられるかな。ゲストにしちゃえばいいんだ」
メロがそう田岡を振り返りつつ言う。ゲストはロンベルが鈴音に与えていた権限で、ギルドメンバーでなくてもホームに入れるようになる。
「よく分からない。七月になればいいことがあるのか? そして、今は五月なのか」
「ああ」
仲間ほど喜んでいないガルドは、田岡に「時間がこの世界では半分になっていること・外の西暦と月日」を説明した。カレンダーが無く正確な日付は分からないが、おおよそこちらで四日、外では八日が過ぎている。休み明けの学校を思い出しながら、田岡に「外の仲間が助けてくれるだろう」とも付け加えた。
「そうか、そうか。五月……夏が来るな」
「ああ……いや、ずっと冬だ」
「そうなのか。私は夏が好きだ。早く来ないかな」
「……夏の場所に、今度行く。連れていこう」
「夏の場所! その言葉は美しい。避暑地だな?」
「むしろ暑い。リゾート」
「おお! 楽しそうだ!」
そう雑談していると、榎本が小突いてきた。
「おいガルド、早速情報ゲットだぞ。喜べよ」
「……田岡さんは結局そのままだ」
「真面目か」
「もう考え付かない。どうすればいい」
気弱な声になったことを恥じつつ、榎本を見る。相方も髪を掻きつつ考え込んだ。
「フロキリのシステムでどうしても無理だからな。青椿亭で七月まで粘る、とかか?」
「グレイのNPCが邪魔だ」
そして言葉に出さずに文字で続けた。
<田岡は気にしないと言っていたが、店員が来る度に緊張していた>
塔での経験がどんなものだったか、ガルドたちはまだ聞けていない。だが様子を見る限り壮絶だったのだろう。ガルドも榎本も一瞬沈黙する。
「どうすっかなぁ」
榎本もアイディアを引っ込めた。
「寝床は必要だ。マグナが言った通り、安全で完全にプライベートな」
「それは家だな!」
渦中の田岡が元気に呟いた。
「ああ。自分達の家には、田岡さんは入れない」
「彼に頼んでもダメだったんだろう? うーむ、私は不勉強でな、そもそもゲームなのだろう?」
「そうだ。ゲームだから敵が出てくるんだよ。安全な場所なんてそう多くないからな、正直八方塞がりだ」
榎本の話を聞いた田岡は、懐かしむような表情で話し始める。
「昔、私もゲームをしたことがある。子どもにせがまれて、ブロックで世界を作るやつだ。あれで子どもはなんでも作った。家とか街とかな」
ああ、とガルドは頷く。あの有名なサンドボックス系のタイトルだろう。
「家なんて建ててしまえばいいんじゃないのか?」
「いやいや、俺らのは家っつーか、配布されたギルドホームをグレードアップしてるんだよ。座標コードみたいなのを配られるんだ……座標?」
榎本が田岡の意見に考え込んだ。
「場所はいっぱいあるんだよなぁ、そういえば」
「ああ」
「……新しい家を建てるのもありかもな。おいサルガス! ギルドホームをこいつに寄越せ!」
「ごめんなさい、聞き取れませんでした」
「田岡に、ギルドホームを、新しく与えろ!」
「条件を満たしていません」
今までと違う言葉が飛び出した。驚愕の声に包まれ、よくわかっていない田岡が戸惑う。
「おおっ!」
「これだ! 条件、条件は?」
メロが詰め寄る。後ろでは「フロキリだとギルド立ち上げ・一定数クエストクリアだったな」「俺らでアシストすればすぐクリア出来るだろうなあ! 楽勝だ!」「うわー、まさかだね!」と盛り上がっていた。
「条件あり。ギルドのギルドマスターであること。所属ギルドでサバイバルクエスト・攻城戦クエスト・単体討伐クエスト・タイムアタッククエスト合計二十回評価Sでクリア」
「変わってないな。よし! 田岡をギルマスにして二十回!」
「タイムアタックはアシスト不可だよね?」
「となると無理だな。単体討伐でどうだ」
「難易度関係ないからな。低ランクのをサクッとやりゃオッケーだろ」
「……ギルマスにできるのか?」
「……や、やってみよう」
試行錯誤で問題を解決するのは、ロンド・ベルベットの得意分野だ。ガルドは嬉しくなりながら、田岡の肩を叩いた。
「手伝う。頑張ろう、ギルマス」
「えっと……ん?」
田岡はまだ状況が分からずにいた。
チャット画面にマグナがコメントをあげて行く。
<まず、山小屋を目標にしていたエリアの探査は一旦中止だ>
「賛成だな、田岡の件が解決するまでストップだ」
<それだけじゃない>
「ん?」
ギルドホームから向かっているマグナたちは、メロから聞き取った可能性をすでに共有していた。内容をガルドたち夜更かし組に伝える。
<サルガスのやつ、そもそもファストトラベルさせる気がないんだよ>
交渉を担当したメロは、NPCとやり取りを重ねた結果そう感じたらしい。ホームのメンバーより先に城へ着いた夜更かし組は、そのチャット文を読んで興味が湧いた。
「させる気が無い、ね……よぉ案内人。元気か?」
榎本が直立不動のサルガスに向かって声をかけた。市販されているAIならばここで「はい元気です」や「今日はいい天気ですね」など当たり障りのないことを話すよう学習しているはずだ。
「はい」
サルガスは馴染みのない返事をした。愛想のないAIに榎本が不満げな顔をする。
「おお、なんと古いAIだろう」
田岡がそう呟く。ガルドの背に隠れて恐る恐るサルガスを観察していたが、顔は思いきり影から出ていた。
「古い?」
「懐かしい。レトロ・ロジカルだ」
なるほど、とガルドは予想を補足した。
「……確かに、原始的かもしれない。YESかNOは言える。疑問文だともわかっているらしい」
<ん?>
疑問の声と共にクエスチョンマークのアイコンが文字欄に現れた。
「おお、田岡の発言、チャットに流れないんだったな。田岡曰く、サルガスは古いAIらしい」
<そうか……サルガスはどうだ?>
「変化なし」
螺旋階段が天高く延びる玉座の間はフロキリと全く変わらない。サルガスはその部屋で、座るでもかしずくでもなく、ただ玉座前に立っていた。ガルドたちの来訪に気づいたらしく、くるりと振りかえってこちらを見ている。
手に持つリュートの存在に交戦したことを思いだし、ガルドは田岡に釘をさす。
「……このまま隠れていてほしい。襲ってきたことがある」
「そ、そうか……死にたくない。ワタシはいきる、いきていたい。だからここにきた。隠れていよう……」
田岡はそう言うとすっぽりとガルドの背中に隠れた。
<この世界に死がないこと、伝えない方がいいと思う>
<思った。生に固着してるからこんだけ話せてる。目標みたいなやつ>
<うむ。なんというか、いつ無気力になってもおかしくない危うさだ>
夜更かし組は田岡の様子を見てそうチャット欄に打ち込む。六人には公然で田岡にだけ極秘というのは不公平かもしれないが、そうでもしないと心を壊しかねない。ガルドたちはプレイヤーの特権でそう伝え合った。
黒い外套をすっぽりとかぶったNPCに、ガルドはジャブ代わりの質問を繰り出した。
「サルガス、聞きたい」
「ご用件をどうぞ」
爽やかな合成音声で促すサルガスを、田岡は隠れながら興味津々に覗き見る。その頭頂部を視界に認めながらガルドは続けた。
「ファストトラベルが無いと困る」
ストレートに言った。表情の変わらないサルガスは予想通りで、続く言葉もメロから聞いた通り予想通りだった。
「それを私は理解しました」
断言した男に、なるほどと三人が感嘆の声を漏らす。とりつく島もない、というのはこういうことだったのだ。
「ううむ、諦めきれん! サルガス!」
「はい」
「ファストトラベルはなぜ無くなったのだ!」
「ごめんなさい、よく聞こえませんでした」
「かぁーっ!」
ジャスティンが強く詰問するが、答えはよく聞く定型文で返された。ガルドは無感情にいくつか質問をする。
「各エリアへ瞬時に移動したい」
「善処します」
「……移動をボタン一つで済ませないと、今後の生活に支障がある」
「ごめんなさい、よく聞こえませんでした」
かたくなな態度に、ガルドは疑問をぶつける。
「……ファストトラベルは必要か?」
「必要ない」
サルガスが即座に冷たく返事をした。
「ほう」
「うわっ、断言した!」
背後の階段から声がかかる。メロたちは会話を聞いていたらしく、マグナはいつもの思考モードになった。俯きながらメガネを触るしぐさをしているが、メガネはない。
「おはよー」
「おう。ま、聞いての通りだ」
「やっぱりファストトラベルはダメだろうね。困ったなぁ」
夜叉彦がツンツンに跳ねたポニーテールを揺らしながら、諦めようと提案した。
「やる気無いもんはしょうがないよ。田岡さんの方、解決しなきゃ今夜困るでしょ」
「おう。片っ端から聞きまくるぞ」
「すまんなお前たち、私のためか……いったい何をするんだ?」
「ふっふっふ、解説しよう!」
田岡の疑問にメロが仰々しく説明し始めた。
「田岡さんはね、ウチらとはカラダがちょっと違うんだよ。んで、それじゃいろいろ不便でシャワーも浴びれないから、田岡さんのカラダをウチらに似せなきゃいけないわけ」
「シャワーがあるのか!」
「メロさんなんて朝シャンしてきたしぃ」
肩に掛かったブルー染めのミディアムヘアをかきあげアピールする。田岡は満面の笑みで「さっぱりしたいなぁ」と夢を見始めた。
「……サルガス、田岡にフロキリプレイヤーが持つ全ての権限を付与しろ」
ガルドが用意していた言葉を投げた。最初に高難易度を指示し、徐々に緩やかにしていく。
「不可事項あり。全ての権限は全ては該当です」
「何が該当するんだ?」
「ログアウト、フレンドの関係性、FT、またそれら以外の不可事項です」
「あー! はぐらかした!」
「それら以外の、が知りたいんだっつーの!」
「おい! 静かにしろ、ネガティブ発言禁止だ。友好度があるんだぞ」
マグナが不穏なことを言った。友好度で情報の開示度合いが変わるのは昔のことだ。まさか、とガルドは嫌な予感がした。
「……不可事項のロック状態を教えろ」
「ロックは全てされています。条件解除は用語のキーによって行われます。それはワードでもあり、出来事であったりします」
「全て? あ、なるほど。既に友好度マックス低いってわけだ」
夜叉彦は冷静に解説をいれた。情報は全て制限されている。友好度などに頼る前から、犯人側はガルドたちに詳しい事情を教える気などなかったのだろう。それだけのことだ、とガルドは諦めの境地であくびを噛み殺した。
「聞いとらんぞ!?」
「ヘルプにも載ってなかったな」
「はぁ~、もう! 地道に解除してくしかないじゃん! 用語のキーってつまりこっちから見つけて聞かなきゃ開示しないってことでしょ?」
「そりゃあ……いままで通りだ」
田岡を除く全員が、円陣になりアイコンタクトで頷きあう。既に昼は過ぎている。夜が更けるまでに暴けなければ、田岡はまた青椿亭のテーブルで突っ伏すことになる。
「よし、しまっていこう!」
マグナがお決まりの台詞に合わせ、仲間たちが勢いよくターゲットを振り向いた。負けられない戦闘時と同じ緊張感がぴりりと走った。
「ギルドホームに侵入する権限」
「フレンドになる権限」
「ギルドへ加入する権限」
「客として招き入れるために必要なホームの操作用パスコード」
いつも通り先陣をきる。ガルドはメモ画面を開き、用意した質問事項全てを畳み掛けた。サルガスはナレーターのようにきびきびと返事をする。
「全部は不可事項です。ホーム管理パスコードは調整が進みます。大型アップデートが次回です」
「ダメか」
必死に考えたことが全て水の泡になり、ガルドは肩を落とした。その肩を若干背の低い男が揺さぶりにかかる。
「おいガルド! お手柄だ、おい、大型アップデート!?」
榎本が興奮して叫んだ。脇にいるメンバーもそれぞれ一気に浮かれた。ジャスティンは固まっている。
「お、大型……あっぷ、デート?」
「おっしゃあ! いつ!?」
「七月中旬を予定しています。どうぞお待ちください」
「七月って、今GWだったな。いや、半分だ……逆に倍にしてもう終わったぐらいか?」
「そのころには部屋の間取りも変えられるってことかぁ。畳も自由自在だ」
「あ、じゃあ田岡さんのもそれで入れられるかな。ゲストにしちゃえばいいんだ」
メロがそう田岡を振り返りつつ言う。ゲストはロンベルが鈴音に与えていた権限で、ギルドメンバーでなくてもホームに入れるようになる。
「よく分からない。七月になればいいことがあるのか? そして、今は五月なのか」
「ああ」
仲間ほど喜んでいないガルドは、田岡に「時間がこの世界では半分になっていること・外の西暦と月日」を説明した。カレンダーが無く正確な日付は分からないが、おおよそこちらで四日、外では八日が過ぎている。休み明けの学校を思い出しながら、田岡に「外の仲間が助けてくれるだろう」とも付け加えた。
「そうか、そうか。五月……夏が来るな」
「ああ……いや、ずっと冬だ」
「そうなのか。私は夏が好きだ。早く来ないかな」
「……夏の場所に、今度行く。連れていこう」
「夏の場所! その言葉は美しい。避暑地だな?」
「むしろ暑い。リゾート」
「おお! 楽しそうだ!」
そう雑談していると、榎本が小突いてきた。
「おいガルド、早速情報ゲットだぞ。喜べよ」
「……田岡さんは結局そのままだ」
「真面目か」
「もう考え付かない。どうすればいい」
気弱な声になったことを恥じつつ、榎本を見る。相方も髪を掻きつつ考え込んだ。
「フロキリのシステムでどうしても無理だからな。青椿亭で七月まで粘る、とかか?」
「グレイのNPCが邪魔だ」
そして言葉に出さずに文字で続けた。
<田岡は気にしないと言っていたが、店員が来る度に緊張していた>
塔での経験がどんなものだったか、ガルドたちはまだ聞けていない。だが様子を見る限り壮絶だったのだろう。ガルドも榎本も一瞬沈黙する。
「どうすっかなぁ」
榎本もアイディアを引っ込めた。
「寝床は必要だ。マグナが言った通り、安全で完全にプライベートな」
「それは家だな!」
渦中の田岡が元気に呟いた。
「ああ。自分達の家には、田岡さんは入れない」
「彼に頼んでもダメだったんだろう? うーむ、私は不勉強でな、そもそもゲームなのだろう?」
「そうだ。ゲームだから敵が出てくるんだよ。安全な場所なんてそう多くないからな、正直八方塞がりだ」
榎本の話を聞いた田岡は、懐かしむような表情で話し始める。
「昔、私もゲームをしたことがある。子どもにせがまれて、ブロックで世界を作るやつだ。あれで子どもはなんでも作った。家とか街とかな」
ああ、とガルドは頷く。あの有名なサンドボックス系のタイトルだろう。
「家なんて建ててしまえばいいんじゃないのか?」
「いやいや、俺らのは家っつーか、配布されたギルドホームをグレードアップしてるんだよ。座標コードみたいなのを配られるんだ……座標?」
榎本が田岡の意見に考え込んだ。
「場所はいっぱいあるんだよなぁ、そういえば」
「ああ」
「……新しい家を建てるのもありかもな。おいサルガス! ギルドホームをこいつに寄越せ!」
「ごめんなさい、聞き取れませんでした」
「田岡に、ギルドホームを、新しく与えろ!」
「条件を満たしていません」
今までと違う言葉が飛び出した。驚愕の声に包まれ、よくわかっていない田岡が戸惑う。
「おおっ!」
「これだ! 条件、条件は?」
メロが詰め寄る。後ろでは「フロキリだとギルド立ち上げ・一定数クエストクリアだったな」「俺らでアシストすればすぐクリア出来るだろうなあ! 楽勝だ!」「うわー、まさかだね!」と盛り上がっていた。
「条件あり。ギルドのギルドマスターであること。所属ギルドでサバイバルクエスト・攻城戦クエスト・単体討伐クエスト・タイムアタッククエスト合計二十回評価Sでクリア」
「変わってないな。よし! 田岡をギルマスにして二十回!」
「タイムアタックはアシスト不可だよね?」
「となると無理だな。単体討伐でどうだ」
「難易度関係ないからな。低ランクのをサクッとやりゃオッケーだろ」
「……ギルマスにできるのか?」
「……や、やってみよう」
試行錯誤で問題を解決するのは、ロンド・ベルベットの得意分野だ。ガルドは嬉しくなりながら、田岡の肩を叩いた。
「手伝う。頑張ろう、ギルマス」
「えっと……ん?」
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