28回の後悔

おまめ

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12/20 Ⅲ

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その日は雨が降っていたが、どうしても腹が減ったのでコンビニに出掛けた。
静かな路地をぼーっと歩いていると、向こうから男が何人か走ってきた。先頭にいたのはリュウさんで、後ろの何人かから怒号が飛ばされていたので、何やら追いかけられていることは分かった。
いや、まぁもう諦めたし…。そう思って知らないフリをしていたが、向こうがこっちに気付いて、どうしてか助けを求めてきた。

「元介!!」

呼ぶな呼ぶな。こっち来るな。屈強な男たちがこっちに向かってくる。ので、俺も逃げた。運が良かったのは俺に一番土地勘があったことだ。何とか路地裏に逃げるとリュウさんが飛び込んできた。

「へへっ…ラッキー」
「困るんですよね…近づくなって言ったのはアンタですよ。早く行ってください」
「でも絶体絶命のピンチで知ってる奴が目の前に居たら嫌でも頼るだろ。そう言うなら安全な場所とか教えろよ」
「えー、んー、あっちの角を曲がって…」
「わからん。入り組みすぎ。案内してよ」
「明らか俺も危険ですよね…嫌でっ」

急に手で口を塞がれる。驚いて見ると人差し指を立てて静かにしろ、と合図を送っていた。

「おいどこ行った!?」
「出てこいやテメェ!!」
「散って探すぞ!」

後ろの方で沢山の足音が散っていった。

このままリュウさんを放ったらかしにしていたら普通に危ない。

「仕方ないですね…こっちです」
「そうこなくちゃ!」

リュウさんを先導して、静かに路地裏を駆けていく。
そのとき。


脳に直接響いて、全身を巡るような、銃声。

振り向くと、リュウさんはふくらはぎの辺りからから血を流し、うつ伏せで倒れていた。

「リュウさんっ…!?」

慌てて駆け寄ったけど、目を閉じて動かない。

「手荒な真似はしたくなかったんだけど」
ぞろぞろと足音が寄ってきて、恐ろしい男たちに見下される形になる。
「ねぇ、リュウさんっ」
「別に死んでねぇよ。若ェクセにしゃしゃり出てくるからこうなる」
「ところで坊や、誰?竜斗の知り合い?」
「そんな…親しくは、ないです。」
「まぁ別にいいや。関係無い人間に危害加えたいわけじゃないし」

よ、良かった。誰彼構わず殴ってくる奴らじゃなくて。とりあえず会話も出来そうだし。
でも危機的状況には変わりない。リュウさんは、足を撃たれている。

「じゃあ坊や。ソイツの上着の下にカバンがあるはずだから、渡してくれる?そしたら帰っていいよ」
「えっ…?」
「オレらあんまりソイツに近付けないんだよね、何してくるか分かんないから」
「早く」
「は、はいっ…」

よく見れば腹が少し膨らんでいる。めくると黒いカバンが出てきた。
重くはない。なんだコレ。

「あーそれそれ。頂戴」

良いのか?素直に渡して良いのか?
少々グズついているとリュウさんがうっすら目を開けた。
「元介…素直に渡せ…さっさと逃げろ…」
「でもっ…」
「いいからっ…」

「早くしてくれる?」
「あ、の…」
「あ?」
「リュウさんは…どうなりますか…?」
「………まぁ、大丈夫じゃない?」

大丈夫じゃないやつだ。どうする?どうすればいい?

「元介、俺が悪かったから…こんな奴らと関わったら戻れないから…早く…」

リュウさんはかすれた声で囁く。

正直リュウさんのことは詳しく知らない。
ただ、きっと、この人には人を引き付ける魅力がある。きっと誰かにとって必要な人物だ。誰かの未来を一度でも見せてくれる人だ。俺がそうだったように。

居なくなってはいけない。

俺はその場に震える足で立った。
「オーそうそう。こっち」
男はにこやかに答える。

素直に渡して逃げるもんか。
俺はカバンを男たちの後ろに思いっきり投げて、驚いて振り返った先頭の男頭を殴った。次の男は鳩尾を蹴り上げた。
けどやっぱり裏社会の奴には敵わなくて、3人目にはヘッドロックをかけられた。
「小僧やってくれんじゃねぇか」
「ウッ…クソっ」
殆ど考えもなしに突っ込むんじゃなかった。俺は馬鹿だ。
息が詰まり、落ちかけたその瞬間。

ガンッ、という鈍い音と共に、男の腕は緩み、俺の足元にズルズルと崩れ落ちた。
「えっ…」
どうやら大きな男は頭に飛び蹴りを食らったようだ。

「お前…もう引き返せないからな」

代わりに、立ちすくんでいる俺の胸ぐらを掴んで揺さぶった男。
その男の目をじっと見つめ返す。
「遅いんすよ。最初に会ったときから手遅れ」

リュウさんは、フッと笑うと手を離し、肩を叩いた。
「後悔すんなよ」
「着いていくのを諦めたことを後悔してます」
「こりゃ重いヤツを手懐けちゃったな」


リュウさんはただ盗まれた金を一人で取り返しに突っ込んでいっただけらしい。相手に手を出してしまった俺はもちろん顔を覚えられて、しばらくは追い掛けられる羽目になった。そこで、仕返しにあっても負けないように、とリュウさんにこれでもかと戦い方を仕込まれた。
「ま、喧嘩売ってきたのはあっちだし」ということだった。

----------------------

「と…すみません。本筋から逸れてしまいましたね。それからはひたすらリュウさんの背中を追い掛けた、という話です」
元介さんは私に視線を戻し、眉を下げた。
「いえ、何だか少し…素敵ですね。…知らなかった」

「じゃあ、これからが本題です。リュウさんが紀伊組を出ることになった理由」
「竜斗の父親が跡継ぎ抗争に巻き込まれた、という記事は見ました」
「そうですね。ほぼそれです。まぁ、裏社会のややこしい構造まで詳しく話すつもりはないんですけど。原因は紀伊組の幹部、城崎という男です。城崎は紀伊組傘下の黒島会という組織の男で、そこの会長が次期組長候補だったんですけど…」

しっかり聞いているつもりだったが、実はぽかんとしていることがバレたらしく、元介さんは話を止めて困ったように笑った。

「すみません、やっぱりこの辺の話はいらないですね。要は城崎に殺されてしまったんです。それで同じく候補だったリュウさんと、その母沙奈さんは追われる立場に…」
「沙奈…?」
「ご存知なんですか?」
「いや、どこかで見た気がする名前で…」

あ、確か竜斗のノートだ。私のページに
『沙奈さんに似ている』
とあったはず。竜斗の母親だったのか?

「あの…」
「はい?」
「私は、その沙奈さんに…似てたりしますか?」
「え?あー、確かに。俺はそこまで知ってるわけじゃないけど、リュウさんはもしかしたらそう思っていたかも。どこがとかじゃなくて、雰囲気が似てる」

元介さんは私をまじまじと見つめ、言われてみれば、という顔をする。

「城崎が俺とお二人がいた部屋に突撃してきたとき、リュウさんは俺を逃がしました。その後の話は、組の人たちから聞いたことですけど…城崎から何とか逃げたお二人は、色んな場所を転々としました。でも…誰に見られていて、いつ襲われるか分からない生活に耐え兼ねて…」

そこで口をつぐみ、俯いた。
そして、言う。


「沙奈さんは、ビルの屋上から飛び降りたそうです」
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