沸点と、融点

ペンのひと.

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沸点と、融点 (第4話)

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 親友レーネの結婚式を間近に控え、大学院生マチルダの日課も徐々に定まりつつあった。

 平日はまず、図書館の開館時刻きっかりに登校し、館内で興味深い魔導学の資料を物色。
 窓際奥の閲覧用テーブル席で、主に禁帯出の魔導書の読み込み。早朝の読書は心地良く、常に新たな発見が、新鮮な驚きがある。文字を通してだが、それでもかつては存在したはずの魔法に、魔導の神秘に触れる感覚。その喜びに、魔法も魔導師もすでに存在しない現代を生きるマチルダはすっかり夢中になる。魔導学研究科の学生冥利に尽きる瞬間の一つだ。

 しかし、けして高くはない鼻からずり落ちる瓶底眼鏡のブリッジをマチルダが何度か押しあげると、決まってあの美しき氷の王子エフ・コルベシュタインが図書館に姿を現す。
 さもおなじみのことのごとく、凍てつく無表情で対面の椅子に腰かける氷の王子殿下。
 そして仮眠を所望するその氷のようにすき透った半眼の瞳にうながされ、マチルダはけっきょく毎度、手持ちの魔導書をおずおずと彼に読み聞かせ、寝かしつけをさせられる羽目になる。
 二人きりの図書館で、自分ばかりが顔をかっかと赤らめながら。

 一限開始に遅刻しないぎりぎりの頃合いを見はからって律儀にもマチルダが咳払いすると、うつ伏した氷の王子はその銀髪頭をむっくりと起こして眠りから覚め、

「感謝する」

 とだけ言い残して医科棟のある敷地へと消える。
 どうやら医術研究科の学生のようだ。

 氷の王子エフ・コルベシュタイン殿下を見送った後、マチルダは魔導科棟の講義室か研究室で夕刻近くまで自分のカリキュラムを消化し、ふたたび、みたびと図書館へ。
 汲めども尽きぬ知識の泉に後ろ髪を引かれつつ寮の自室へ戻るのは、夜も深くなってからである。

 さて、そうこうしているうちに親友レーネの結婚式当日がいよいよやって来るわけだが……。
 この間、エフ・コルベシュタイン王子殿下と自分の関係が親しくなったなどとは感じるはずもないマチルダだった。
 なにしろ相手は、氷の王子。その凍てつく氷そのものの美しき無表情に、融点などありそうもなかったのだから。
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