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薄明

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 重くたなびく霧を透かして、昼まだきの薄明がようやく差し込みかかる。

 そんな朽ち木の沼に、いささか場違いな品位ある装いの青年が2人、ぬかるみをかき分けてやって来る。
 
 身にまとう衣に施された紋章は、この沼と森を東に抜けきった先にあるラムシェツク王国の王家のものだ。

 2人とも艶やかな黒髪のエルフ。

 やや髪の短いほうの青年が、探しものでも見つけたかのように「あっ」と静かに声をあげ、薄暗がりに膝をつく。

 彼が泥から引きあげ抱きおこしたもの――それは、気を失っている様子のダークエルフ。

 少女と大人の女性との間をたゆとうような、褐色の肌のか細き女人。

「まだ息がある。よかった、どうにか間にあったようだ」

 女人を抱え安堵の息をもらす青年。

「安心するのはまだ早いですよ、ネルラン王子」

 一方、そうつぶやいたもう1人の青年、長髪をした男はやや離れた泥から何かを手にすくいとって顔をしかめた。

「胃の腑にとどまる聖餅と聖水を、無理やり大量に飲ませたか……。ずいぶんむごいことをする」

 しゃぶつを手のひらにのせそうぼやく相棒に、ネルラン王子は表情をパッと明るくして呼びかける。

「敬愛なる我が友、サマークリフ! では、彼女でやはり間違いないのだな? この娘が、先刻の『アナセマ』を放ったと?」

「まあ、そう考えるのが自然でしょうね。天空へと一瞬のうちにかけ昇る暗緑色の光芒と、散り咲く火花。そのもとをたどって、我われはいまここに来たわけですから」

 サマークリフのそんな返事に何度かうなずくと、ネルラン王子は抱きかかえる娘を見つめながら言った。

「――よし、私はこの者と結婚する」 

「なっ⁉ ちょっ、どうしてそうなるのですか、ネルラン王子!」

「ん?」

「その者は、あの『アナセマ』を放ったのですよ? ちゃんと教えましたよね⁉ 『アナセマ』とは、呪術系究極魔法。――呪いを1つ生みだすかわりに、。いわば、闇の理を世界にもたらす伝説の呪法です。我が王宮禁書庫でもごく一部の古文書にのみその記録が残るものの、有史以来、実際にこの魔法を使用できる者が現れたことはなかった」

「だからこそ、彼女はこの呪いにまみれた世界の救いにもなりうる。日夜この瞬間にも呪いは世界中で生まれ続けているが、逆に呪いを解く魔法は1つとして存在しないのだから――そう、彼女の『アナセマ』のほかには」

「そっ、それはそうですが、王家がダークエルフを嫁に迎えるなど聞いたこともな――」

「君は不服かい? 私がこの美しい娘と結ばれるのが? 『慣例にとらわれるな。王太子たるもの、見せられるものではなく、見るべきものを見よ』。そう私に教えたのは、先代の教育係だった君の父君と、いまや王宮学術士たる君自身だったと思うが、サマークリフ?」

 少年のようにいたずらっぽい栗色のまなざしを向けてくるネルラン王子に、サマークリフはとうとう根負けする。

「ああ、もうどうなっても知りませんからね」


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