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先輩、ご縁です。
#2
しおりを挟む先に苛立ちを覚えたのはどちらが先だったか。もしかしたら全く同時かもしれない。それに気付いた時には「しまった」とか「謝ろう」などという気持ちは遥か彼方に追いやられてしまっていた。勢いよく立ち上がった際にペンが床に転がり落ちる。
「その言葉そっくりそのまま返すけど、お前も充分上から目線で偉そうだよ! 確かに構成や文章力はお前が部活で一番上手い。でも最近はダメ出しばっかでろくに自分で書いてないじゃんか。実はスランプなんじゃないの?」
「だったら何。誰かに迷惑かけた? 俺は俺で、独りで創作活動に勤しんでるだけだけど? 一々誰かの意見を聞かなきゃいけないほど困ってないからね」
「は!?」
二人の会話は廊下まで筒抜けだった為、通りすがりの部員がドアを開けて止めに入った。
「二人とも落ち着いてください! 喧嘩はだめですよ!」
二年生の駒沢は半泣きで両手を広げる。その姿がいと哀れな為、ひとまず後ろへ退がる。しかし内心はまだ嵐が吹き荒れていた。
喧嘩……本気でしようものなら、恐らく自分が勝つ。泉名は華奢で身長も低く、運動もどちらかというと苦手な方だ。それは一年の頃から知っている。
高校に入ってから二年間、彼とは誰よりも近い場所で創作活動をしていた。しかしこんな風に衝突したのは久しぶりだ。久しぶりにむしゃくしゃした。
「俺今日はもう帰る」
「は? 何だよ、言いたいことだけ言って逃げんのか?」
と、また火に油を注ぐようなことを言ってしまい慌てて口を塞ぐ。泉名も反論してくるかと思いきや、少し振り返ってから部屋を出て行ってしまった。
「はあぁ……副会長、会長と何があったんですか」
駒沢が不安げに尋ねる。
「別に。くだらないことだよ」
反芻して自分自身に跳ね返ってくる。
本当に、くだらないことで喧嘩してしまった。ひとりになると頭の血は嫌でも下がるものだ。さっきは確実に自分の方が大人げなかった、と今さらながら反省する。
でも大丈夫。
明日会ったら謝ろう。
そう思っていたのに、事態は自分が想像しているより深刻だった。
「おはよう、泉名……」
翌朝、廊下で待ち伏せた泉名に元気に挨拶したのだが……とても華麗にスルーされた。カチンときたものの、諸悪の根源は自分にあると言い聞かせて後を追いかける。
「泉名、昨日は悪かったよ。いつも俺の原稿チェックに付き合ってくれてるのにイチャモンつけて本当にごめん。これからはもう絶対あんなこと言わない! 気を付けるから許してくれ」
両手を合わせて頭を下げる。これならさすがに……と思って再び頭を上げたら、彼はもう自分の教室に入っていた。
なんっ。何だこの屈辱感。
俺が悪いけど、何かだんだん腹立ってきた。
泉名の怒りがでかかったことは驚いたけど、俺だって普段からあいつに対して色々思ってることがある。BL本は内容ではなく絶対ジャケ買いするところとか、もう飲み物は残ってないのにいつまでもストローで水滴を吸いあげようとするところとか、色々言いたいけど必死に心の中に押し止めた二年間だったんだ。
魚心あれば水心ってやつだ。
決めた。そっちがそういう態度なら冷戦といこう。あいつが泣きついてくるまで、俺からは絶対に謝らないぞ。死んでも謝らん。
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