上 下
13 / 22
矢千深月

#13

しおりを挟む




もう怖くはない。むしろ今は、高科が泣きそうな顔をしていることに狼狽えていた。
彼は本当に過保護だ。自分になにかあると、彼も辛そうな顔をする。
それはあまり見たくないな。
泣き顔は、もう見飽きたんだ。

「……大丈夫」

高科の頬を撫でて繰り返した。自分に言い聞かせるように、深いところまで浸透させていく。
大丈夫。君のせいじゃない。
いつかの赤い景色がフラッシュバックする。耳を劈くクラクション、全身に加わる重圧。



あれはきっと、誰のせいでもなかった。



「矢千さん、すぐ来てください! 急患っ……今来たお客様が、今日中にデートができなかったらここの屋上から飛び降り自殺をするって仰ってます。もう俺にはどうすることもできません!」


小鳥のさえずりが窓の外から聞こえる、爽やかな朝。
仕事の準備に取り掛かっていた矢千の部屋に、崎が鬼気迫る表情で駆け込んできた。その内容も穏やかじゃない。
もはや警察か病院の出番だろう。ふと電話機に視線がいく。しかし対応しているのが女性の事務員だと分かって、一目散に受付へ向かった。
「崎さん、所長は?」
「今日は講演会に出席されてるので……連絡しても全然繋がらないんです」
ため息を飲み込んで踵を鳴らした。早朝にアイロンをかけたおかげで、白衣は皺ひとつない。小走りで進む度にひらひらと揺らめく。
真っ白な布はベッドシーツを思い出させていけない。昨夜の高科のことまで思い浮かべてしまい、二重でため息がでた。
「大変お待たせしました。お客様、如何なさいましたか?」
「デートがしたいんだよ!」
挨拶をした矢千の顔を見るなり、若い男は激しい剣幕を見せた。
「デ、デートですか……?」
そんなすぐデートがしたいなら、出会い系サイトを使う方が時間的にも金額的にも英断だろう。アドバイスしてやりたかったが、怯えている女性社員の手前躊躇してしまった。矢千はどちらかというと紳士として振舞っているので、俗っぽい発言をして軽蔑されたくない。本性を知っているのはあの変態上司だけで充分だ。
「詳しくお聴きしますので、お部屋にご案内致します」
「嫌だ。今、すぐ、俺はデート気分を味わいたいんだ」
こいつめ、何か薬でもやってるんじゃないか? 崎に視線を送ると、彼は青い顔で首を振った。声こそ出てないが、唇の動きから俺この人怖いですぅと言ったのが分かった。崎は自分より歳上だったと思う。本当に駄目だ。仕方ないので覚悟を決め、男の話を聞いた。

男の名は増澤。聞けばなんと医学生で、矢千と同い年だった。浪人したとのことだが、来年はめでたく研修医になるらしい。せっかく良い調子でステップアップしているのに、ここにきて性欲が爆発してしまったようだ。逆に不憫に思えた。

「俺は勉強しかしてないんだよ。周りが遊んで恋人と楽しくやってる間も、ずっと死にものぐるいで医学書を読んでた。今行動しないと、ずっとこのままだと思ったんだ」





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

元寵姫、淫乱だけど降嫁する

深山恐竜
BL
「かわいらしい子だ。お前のすべては余のものだ」  初めて会ったときに、王さまはこう言った。王さまは強く、賢明で、それでいて性豪だった。麗しい城、呆れるほどの金銀財宝に、傅く奴婢たち。僕はあっという間に身も心も王さまのものになった。  しかし王さまの寵愛はあっという間に移ろい、僕は後宮の片隅で暮らすようになった。僕は王さまの寵愛を取り戻そうとして、王さまの近衛である秀鴈さまに近づいたのだが、秀鴈さまはあやしく笑って僕の乳首をひねりあげた。 「うずいているんでしょう?」秀鴈さまの言葉に、王さまに躾けられた僕の尻穴がうずきだす——。

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

どうせ全部、知ってるくせに。

楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】 親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。 飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。 ※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。

最愛の幼馴染みに大事な××を奪われました。

月夜野繭
BL
昔から片想いをしていた幼馴染みと、初めてセックスした。ずっと抑えてきた欲望に負けて夢中で抱いた。そして翌朝、彼は部屋からいなくなっていた。俺たちはもう、幼馴染みどころか親友ですらなくなってしまったのだ。 ――そう覚悟していたのに、なぜあいつのほうから連絡が来るんだ? しかも、一緒に出かけたい場所があるって!? DK×DKのこじらせ両片想いラブ。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ ※R18シーンには★印を付けています。 ※他サイトにも掲載しています。 ※2022年8月、改稿してタイトルを変更しました(旧題:俺の純情を返せ ~初恋の幼馴染みが小悪魔だった件~)。

こんな僕の想いの行き場は~裏切られた愛と敵対心の狭間~

ちろる
BL
椎名葵晴(しいな あおは)の元に、六年付き合ったけれど 女と浮気されて別れたノンケの元カレ、日高暖人(ひだか はると)が 三ヶ月経って突然やり直そうと家に押し掛けてきた。 しかし、葵晴にはもう好きな人がいて──。 ノンケな二人×マイノリティな主人公。 表紙画はミカスケ様のフリーイラストを 拝借させて頂いています。

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

処理中です...