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殺伐
#10
しおりを挟む「大丈夫か? ほら、水飲め」
「ありがとう」
水を飲み干し、ほっとしながら俯く。
先生はベッドの端に座り、脚を組んだ。
「ごめんな。初対面の相手だし、気を遣って疲れたよな」
予想外のことで謝られ、慌てて手を振り否定する。
「違うよ、それは全然関係ない」
「それは?」
「あ、いや……」
言葉につっかえながら、グラスをサイドテーブルに置く。
どうしようか指を曲げて俯いていると、優しく頭を撫でられた。顔を上げると、いつもより優しい顔の先生がいて、思わず見惚れた。
「お前がそうやって気まずそうにしてる時は、大抵なにか隠してるんだ。で、俺に対して不満があるわけじゃない」
「う……」
さすがによく分かってらっしゃる。図星ゆえ顔を逸らすと、不意に布団をめくられた。
「随分春紀君に噛みついていたな。まだ沸騰してんのか」
「俺じゃなくて、向こうから突っかかってきたんだよ!」
「どうして?」
「それは……いや、よく分かんないけどさあ……」
イヤホンで揉めた話をしたらしょうもないと一喝されそうだ。
後ろめたさと情けなさが邪魔をして、はぐらかしてしまう。そんな秋に、矢代は距離を詰めてベッドの中央へ移動した。
「何だろうな? 最後は惚気け話もたくさんしてきたもんな」
先生は可笑しそうに笑い、前を向く。長いまつ毛を揺らし、くっくっと喉を鳴らした。
やっぱり、分かってたけど言い返さなかったのか。
全体的にずっと大人しかったのは、雪村さんを気遣ったからか。
先生の立場なら分かるけど、それでも気がおさまらない。
「あいつ、自分のこと棚に上げすぎ。俺は先生に似合わないみたいなこと言ったり……自分らの絆を主張してる時は、先生のこともディスってたし!」
外と違って、家なら思いっきり気持ちを爆発させられる。秋は頬を膨らましながら指を宙に突き立てた。
「マウントとられて先生もムカついただろ!?」
「うーん。なにぶん、歳離れてるからな。お前と同じで子どもみたいなもんだし……あれぐらいで怒ってたら、中学生や高校生を相手にするのは難しいぞ」
うぐっ。
それは確かにその通りで、胸に大きな風穴を開ける威力を秘めていた。
頭も見た目も真っ白になって硬直する秋に、矢代は微笑む。
「お前は相手の言うことを真に受けすぎなんだ。素直なのは良いことだけど、社会に出ると弱点にもなる。分かりやすい挑発はとにかくスルーしろ」
「……」
相手の反応に一喜一憂し、考え込む気質の自分には痛い話だ。しかしそれだけに、身に染みる忠告でもある。
直情的というのは致命的。シーツを握り締め、ベッドの背にもたれた。
「怒りってのは一番エネルギーを使う感情なんだ。大切なものを傷つけられたとき以外は、反応しないに限る」
「わかるよ。けど……」
秋は唇を噛んだ。
「教師になりたいって夢も疑われたんだ。先生との関係を否定されたぐらいに、ムカつく」
「……そうか」
先生は小さく返し、片膝を立てた。
てっきりまた窘めてくると思ったので、逆にどきどきする。
「俺が先生を好きになったのは、威厳とかかっこよさとか、そんな分かりやすい部分じゃない。さっきも言ったけど、周りに左右されない強さだ」
まぁ、自分が悪い時も我が道をゆくという致命的な欠陥があるけど……。
それでも、確かな“信念”を持って行動している。守りたいものがある人は強い。在り来りだが、そういうものだ。
「先生が舐められんのだけは嫌だったんだよ。恋人なんだから当然だろ」
子どもみたいな言い方になってしまったが、それが本音だ。自慢の恋人だからこそ、ここまで意固地になる。
本当にめんどくさいけど、理性で抑えられない。
両膝を抱えて不貞腐れると、先生は目に涙を浮かべて笑った。
「OK、分かった。分かったから拗ねるな」
……俺も同じ気持ちだから。矢代はゆっくり息をつき、呟いた。
「俺だって、お前が好き放題言われてる時は必死に堪えてたんだ。あの席で俺まで燃料を投下するわけにはいかないだろ」
「分かってるって」
即答すると、頬をそっと撫でられた。
「……ごめんな。冷静になろうとすると、いつもお前を傷つける」
先生は目を細め、額を合わせた。冷静さを失わないのは大人の証拠なのに、彼はその選択すら後悔しているようだ。
「でも正直に言うと、徹底抗戦してるお前を見るのも中々面白くてな」
「……この鬼畜!」
「すまんすまん」
先生は笑いながら俺の唇を塞いだ。熱い舌を差し込まれ、全身がびくっと跳ねる。
彼の肩を押そうとした手は掴まれ、身体ごと押し倒されてしまった。
「俺の為にムキになって怒ったりして。本当にかわいい」
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