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殺伐

#9

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「そんなの当たり前じゃないスか」

親しくない相手にデリケートな部分を突っ込まれて、喜ぶ人はいない。
警戒をあらわに胸の前に手をかざすと、春紀は目を細めた。

「……いいよ。別に君と矢代さんの事情を聞き出すつもりはないし、付き合ってるって分かっただけで充分だから」
「だから、付き合ってはいないって……」
「そう? それならそれで、俺は雪村さんとイチャつかせてもらうから。よろしくー」

春紀は片手を振り、颯爽と広間に戻って行った。
な、な、な。

秋は奥歯を噛み締めた。

散々コケにされ、弄ばれ、自分だけ秘密を明かしてスッキリしてやがる。 
よく分かんないけど何か悔しい………!

嫌な予感がして早足でテーブルに戻ると、春紀は明け透けに雪村に擦り寄っていた。
「雪村さん。俺ちょっと酔ってきちゃったかも……」
「本当だ、顔赤いね。とにかく水飲みなさい」
何だ、この茶番は。
目の前のピンク色の光景を遠巻きに見ていると、こちらに気付いた先生が手招きした。

「何突っ立ってるんだ。早くこっち来い」
「う、うん」
「春紀君も酔ってるみたいだし、そろそろお開きにしようか」

顔合わせは、春紀の演技で半強制的に終了した。
もう帰りたかったから好都合だけど、ナチュラルに雪村さんに甘えている。しかも、会計後のやりとりは聞いてて舌を出したくなった。
「春紀、大丈夫? フラついてるけどひとりで帰れるかい?」
「ううん……無理かも……」
お持ち帰りされようとしてることが容易に想像ついた為、秋はすかさず自分のスマホを取り出した。

「大丈夫ですよ。俺がタクシー捕まえますから」
「頭ぼーっとして、住所思い出せない……」
「免許証とか、住所書いてる身分証持ってんでしょ?」
「ちょっと! 何ひとの鞄勝手に見ようとしてんの!」

雪村に支えられていた春紀が勢いよく身を乗り出した為、意識がハッキリしてることが無事証明された。
財布を鞄に仕舞った矢代も、にっこり頷く。
「良かった、思ったより元気そうだね」
「う……す、すみません。大丈夫です」
春紀は雪村の肩を押し、すくっと立ち上がった。
雪村も安心したようにこちらに向き直る。

「矢代、秋君。今日は本当にありがとう。楽しかったよ」
「あぁ、こちらこそ。春紀君も、秋と仲良くしてくれてありがとう」
「先生……っ!」

“仲良く”とか冗談じゃない。猛抗議したかったが、春紀は一瞬の瞬きの後、咳払いして頷いた。

「いえ。今日はご一緒できて、本当に良かったです。秋君のような奔放な子はあまり友達にいないので」

こいつ、最後まで……。
関節を鳴らしそうになった時、目の前にスマホを差し出された。

「な、何」
「連絡先交換しよう」

はあ……!?

冗談だろ、と思ったが、春紀の顔は真剣だ。
雪村さんと先生が見ている前で一蹴するわけにもいかないし……く、仕方ない。
スマホを取り出し、春紀と連絡先を交換した。

「ありがとう、嬉しいよ。改めて宜しくね、秋君」
「ええ……またなにかあれば……宜しくお願いします」

何とか笑顔をつくり、互いに会釈する。
しかし、よく分からないことになってしまった。
偉そうでプライド高くて、プライベートでは無縁のタイプだと思ってたのに。これを奇縁と言わず何と言うのか。
問題は、雪村さんがとても良い人なことだ。もし春紀と同様、自信に満ちて威張ってくる人なら、もう関わらないと決められるのに。

「秋君、本当にありがとね。矢代がいるから大丈夫だと思うけど、困ったことがあったら遠慮なく俺にも連絡して」
「あっ、ありがとうございます」

雪村さんは俺にも名刺を渡してくれた。はぁ、先生の鑑のような人だ。何でこんな人が春紀なんかと付き合ってるのか……。

でもそれはまさに、春紀が俺に思ってることかもしれない。

「それじゃあまた……春紀さん」
「またね、秋君。相談はいつでも乗るから」

最後まで闘争心を燃やしたまま、雪村と春紀に別れを告げた。
何か疲れたなぁ……。駅へ向かう途中、秋は肩を落とした。レストランは良かったのに、色々気を張ってたせいで疲労がやばい。

飲んでいたから先生も今日は車じゃないし。

「先生、疲れたからタクシーで帰る?」
「俺は全然疲れてないけど。お前も飲み過ぎたか?」

ワインは悪酔するからな、と矢代は秋の額に手を当てた。酔ってるわけではないが、気持ちいいので成されるままにした。
「奢ってもらったし、タクシー代出すよ」
「相当帰るの怠いみたいだな。どこかで休憩するか?」
先生は苦笑して、近くのカフェを指さした。

いつもなら良いんだけど、今は明るくて人がいるところには行きたくなかった。
首を横に振ると、先生はやれやれといった様子でスマホを取り出し、タクシーを呼んだ。

結局甘えてしまった…………。

タクシーの中で爆睡してしまい、はっきり目が覚めた時にはベッドの上にいた。
こちらに気付いた先生が、水を持って心配そうにやってきた。




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