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殺伐
#4
しおりを挟む「秋君だね。寒い中矢代と聴きに来てくれてありがとう。嬉しいよ」
「いえいえ。俺音楽の知識なくて申し訳ないんですけど、演奏すごく素晴らしかったです」
やっぱり良い感想が出てこなかったけど、雪村さんは満面の笑みを浮かべて握手してくれた。
「雪村は今年最後の演奏会なんだって?」
「え、そうなの? ……すみません、そんな大事な日の後に俺もご一緒して……」
「いやいや、打ち上げはいつものメンバーだから。打ち上げと言う名の反省会だし、逃げる口実にも良かった。感謝してるよ」
雪村さんが小声で言うと、先生が隣で「悪いリーダーだな」と笑った。彼らもプライベートでは学生時代に戻るのか、会話は冗談が多かった。
話しながら移動して、彼が予約しているというレストランへ向かう。本番の後だというのに雪村さんは疲れの色を一切見せず、終始目を輝かせていた。
「秋君は矢代の教え子なんだって? いや~、何か感慨深いなぁ。何年も経つのに、未だに矢代が教員やってるの実感わかないんだよ」
「へぇ、そうなんですね」
俺にとって先生は初めて会った時から先生だから、その感覚は分からない。
でも学生時代から付き合ってる友人が教壇に立っていたら、やっぱり色々思うところがあるんだろう。
矢代先生はというと、そこに関しては全く話に入ってこなくて、妙に澄ましていた。不思議に思って見つめていると、視線に気付いた先生が面倒そうに口を開いた。
「これ、誰かと会う度に言ってるからな。いい加減聞き飽きた」
「あはは!だって仕方ないだろ? 一番教師にならなそうな奴がなったんだから」
雪村さんは笑いながら腕を組む。
先生はあまり自分のことを積極的に話さないから、友人目線の話を聞けるのは貴重だ。
この機会にもっとたくさん聞いてみたい。過去のことはもちろん、例えば教師を目指してる時のことを……。
密かに思案していたが、レストランの手前で雪村さんは足を止めた。
「あれ、いないなぁ。遅れてるのかな?」
スマホを取り出し、なにか確認している。すると今度は先生が首を傾げた。
「確かお前もひとり呼んでるんだよな?」
「そう。ここで待ち合わせって言ったんだけど……」
そこで理解したが、どうやら雪村さんにも連れがいるらしい。一体誰だろうと思っていると、彼は腰に手を当てて笑いかけた。
「ごめんね。矢代が歳下の子を連れてくるって言うから、俺もひとり呼んだんだ。秋君と同じぐらいだから、話も合うんじゃないかと思って」
同じ年頃。
秋は基本バイト先でも歳上と関わることが多い為、年齢を気にしない性格だ。しかし雪村は秋がひとりで退屈しないか心配だったらしい。
気遣ってもらったことに嬉しさと申し訳なさを覚えていると、ひとりの青年が片手を振って現れた。
「すみません雪村さん。知り合いから電話かかってきちゃって、遅れました……!」
「あぁ、春紀。良かった、俺達も今着いたところだから大丈夫だよ」
雪村はホッとした様子で振り返ったが、その真後ろにいた秋は目を疑った。
「げ! アンタは……!」
「ん? あ! さっきの……!!」
お互い指を差し合い、絶句する。というのも、なんと先程ホール内で揉めた相手だったからだ。
こんなにも嬉しくない奇跡が起きるとは。何だか逆に感動する。
「あれ? 春紀、もしかして知り合い?」
「え? ……いえ!! 知りません!!」
どう出るつもりか窺っていると、青年は首を横に振ってはっきり言い切った。
どうも初対面として振舞うつもりらしい。それならこっちもそうさせてもらおう。
冷ややかな目で見ていると、青年は襟元を直し、爽やかな笑顔を浮かべた。
「矢代さんですよね。初めまして、春紀です。雪村さんからお話は窺ってます」
「初めまして。雪村がどんな話をしていたのか気になるけど……彼と同じく、高校で教員をしてます」
春紀と先生はにこやかに握手した。
雪村さんはそれを見てほっこりしている。ちなみに俺の心は既にここにはなく、ひとりオホーツク海を思い浮かべていた。
「春紀君は大学生かな?」
「はい、大学三年生です」
「そうか、じゃあ秋のひとつ上だ。俺の教え子になるんだけど、仲良くしてやってほしい」
先生が位置を移動した為、俺はその青年と向かい合う形になった。
「……へぇ、じゃあ俺の方がひとつ先輩だね」
仕方がないけど、ひとつだけ言えることがある。
最悪。
「俺は春紀。よろしくね、秋君」
「春紀さんですね。……よろしくお願いします」
差し出された手をとる。その瞬間、互いにめいっぱい力を入れた。
先生と雪村さんに気付かれないよう笑顔をつくっているが、実際ははらわたが煮えくり返っている。
長い夜になりそう。
二人して振り払うように手を離し、睨みながら歩き出した。
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