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殺伐
#2
しおりを挟む頭を下げて謝ったものの、その青年が視線を向けた先は秋ではなかった。中腰になり、青い顔で足元をキョロキョロと見回している。
「あのー、大丈夫ですか?」
反応がないのでもう一度尋ねると、彼はガバッと顔を上げ、鬼気迫る表情で訴えた。
「イヤホン!!」
「……はい?」
「貴方がぶつかってきたから、片方落としちゃったんですよ!」
あぁ、だから下を向いてたのか。
秋と同年代に見える青年は、剣幕のあと頭を手で押さえた。
「最悪だ。もう時間がないのに!」
彼はスマホを確認し、再び椅子の下を探し始める。
「あぁ……本当にすみません。位置情報とかわかるイヤホンですか?」
「違います。それならとっくに確認してます!」
「そ、そうですか……」
大事な物だろうから気持ちは分かるけど、そんな刺々しく返さなくてもいいのに。
内心ではそう思ったが、一緒にしゃがんで周りを探す。落ちた時に音も聞こえなかったし、ゴムの部分が当たって転がったのかもしれない。
それにしても時間がないということは、彼もこの後の公演を見る予定なのか。
……っていうか。
「ちょ……っと、すいません。一旦トイレ行ってきていいですか?」
「は?」
青年は、未知の生物に遭遇したような目で秋を見た。
しかし元々トイレに行きたくて急いでいたのだ。彼には悪いが一刻の猶予もない。まだ走れるうちに行かねば。
「大丈夫です、戻ったらまた一緒に探しますんで」
「ちょっと、そのまま逃げるつもりじゃないですか? 俺も今本気で急いでるんですよ!」
通り過ぎようとしたところ腕を強く掴まれ、バランスを崩しそうになる。何とか持ち堪えたが、こっちも必死のため力ずくで振りほどいた。
トイレに対する焦りから、ぶちんという音が頭上で鳴る。
ちょっと落ち着こう、という考えは導火線ごと爆発した。
「だっから戻ってくるって言ってんでしょ! そもそも、足音立てて歩いてきてんだから俺が隣を通り抜けようとしたことぐらい気付いてますよね!? いきなり立ち上がってぶつかってきたのはそっちだ! 」
「はあ!? 広い通路をギリギリまで近寄って歩いてきたくせに何言ってんです!? こっちはスマホ見てたから貴方のことなんて視界に入ってないし、まっったく気付いてませんから!」
「お、スマホ見てたって? 周りを見ないで立ち上がったってことか? じゃあアンタも不注意だよな! お互い様だよ!」
ここに来てとんでもない言い争いが勃発してしまった。
天井の高いフロアは怖いほど声が通る。おまけに人はほとんど大ホールに入っていた為、響き渡る怒声に気付いた警備員がすっ飛んできた。
これはまずい。開演に間に合わないどころか、下手したら会場からつまみ出される。
さすがに焦燥感を覚えていると、青年は「あっ!」と高い声で叫んだ。
「椅子の上にあった……」
……。
どうやら普通に椅子の上に落ち、鞄の影に隠れて気付かなかったようだ。
見つかってホッとしたけど、何とも微妙な気分だった。
「お騒がせしてすみません。もう大丈夫です」
青年が頭を下げて謝ったことで、警備員の男性は去っていった。
一件落着。彼はふぅと息をついた後、こちらに振り返った。
「……君、さっきのことだけど」
先程までと一変、静寂のなか目が合う。でも。
もう限界……!
「失礼します!!」
「あ、ちょっと!」
冗談抜きで限界突破しそうだった為、彼に構わずトイレにダッシュした。
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