シャッターを切るときは

七賀ごふん

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殺伐

#1

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きっかけは、矢代先生の旧友から届いた一通の便箋だった。

「演奏会?」
「そう。高校のとき同じ部活だった奴に、演奏会聴きに来ないか誘われてるんだ。今は社会人の吹奏楽団で団長をやってるらしい」

そいつも教師だけど。
先生は懐かしそうに呟き、封筒からチケットを二枚取り出した。かなり大きなホールでやるから臨場感は抜群で、音楽鑑賞にはおあつらえ向きらしい。
「俺が異動したとき、あいつも地方に引っ越したから、会うのは二年ぶりなんだ。演奏会の招待は初めてなんだけど、良かったら一緒に行かないか?」
「へぇ~……。でも、せっかくなら他に誘って行けば? 同期の友達とかいるんでしょ?」
ぶっちゃけ、俺は音楽の善し悪しが分からない。先生が昔音楽をやっていたことには驚いたけど、あまりに知識がない為何から訊けばいいかも分からなかった。

そんな俺が大事な客席をひとつ奪うというのも微妙だ。ソファにもたれながらアイスを頬張ると、先生は残念そうに瞼を下げた。

「もちろん声を掛けたさ。でも都合のいい奴がいなくてな」

先生はチケットをぱたぱたと振り、風をあおいでいる。
いつもなら話もしてこないだろうに、今回は珍しくひとりがつまらないみたいだ。

一応スマホに入れてるスケジュール帳を確認する。偶然にも、夕方以降何も予定は入っていなかった。
でもなぁ……。先生の友達と会うの、地味に緊張するんだよな。
どうしようか決めかねていると、先生は爽やかな笑みを浮かべて腕を組んだ。

「夜は美味い店に連れてってやるぞ」 
「え。酒飲める?」
「あぁ。乾杯もするしデザートもつく」
「行く!」
「よし。じゃあその日は宜しくな」

どうやら食事はその友達も呼ぶみたいだけど、俺としては酒さえ飲めれば満足だ。
ちょっと良いお店を予約するみたいだし、演奏会に行くのも初めてなので、身なりはちょっと気にしとくか。

そして、一週間後。
演奏会当日、秋と矢代は会場に入っていた。平日の夜とはいえ混雑して、入り口は列をなしている。きっと客席はほとんど埋まっているのだろう。
チケットを渡して中に入るも、時間がある為売店を見たりして楽しんでいた。
「へぇ、面白いもんいっぱい売ってんだね」
今日出演する楽団のパンフレットだけでなく、音楽関係の書籍やCD、グッズが所狭しと飾られている。どれもオシャレな為、眺めているだけで楽しかった。

「先生は昔何の楽器やってたの?」
「コントラバス」
「コン……何?」
「うん。後で教える」

先生は妙に納得した様子で、ボールペンやメモ帳をレジへ持って行った。
舞台とか音楽会とか、あんま分かんないけど会場の雰囲気は好きだ。薄暗くて、これからなにか始まる……映画館のようなワクワク感がある。

開演の時間が近付いていたので席へ向かったが、困ったことに急にトイレに行きたくなってしまった。
「先生ごめん、俺トイレ」
「もうすぐ始まるから、なるべく急げよ」
「はーい」
近くの人に軽く頭を下げながら、上のフロアに戻る。

えーと、手洗いはどこだ?
先生の言う通りなるべく急いで戻らないと。
時間が迫っていることも相まって、焦りながらトイレを探す。
やや早足で長椅子が並ぶ待合席の前を通り抜けようとした。ところが、
「わっ!」
ちょうど真横に座っていた青年が勢いよく立ち上がった為、ぶつかってしまった。秋は反対の椅子の背を掴み、体勢を立て直す。そしてすぐ青年の方に振り返った。

「すいませんでした。大丈夫ですか?」




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