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撮影

#5

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「ようこそ、お待ちしておりました。お部屋にご案内いたします」

「ふえー」
「秋、こっち」

矢代が急遽予約したのは、温泉街からは離れた老舗の旅館だった。休日ということもあり、部屋が空いてる旅館やホテルは少なかったのだろう。それでもこうして泊まれたのはラッキーだ。
「夕食の準備ができましたら、そちらのお電話でご連絡しますね」
「ありがとうございます」
中居さんが部屋を出ていき、完全にリラックスモードに入る。鞄を放り出し、秋は部屋の中をうろうろした。

「黒電話だ。……お、この蜜柑の最中美味そう~! あ! 先生、緑茶飲むっ?」
「忙しないな……」

矢代は上着をハンガーに掛け、秋が畳に投げ捨てたコートも隣に掛けた。
「急だったけど、良い部屋だな。二人でも広い」
「うん。しかも川沿い。絶対高かったでしょ」
窓を開けると、川の心地いいせせらぎが聞こえてくる。ロケーションは最高だが、それだけに別の不安が浮上する。

「先生。俺の分はちゃんと払うからね」
「気にしなくていい。俺が無理やり泊めたんだ」
「いや、でも」
「俺の休みが少ないから、全然お前と出掛けてないだろ。たまに出掛けた時ぐらい奉仕させてくれ」

椅子に腰掛け、矢代は優しく微笑んだ。

「本当に、来て良かった」
「……うん」

多分、喜んでくれてる。
彼が嬉しいと自分も嬉しい。当たり前だった。

「ありがとう、先生」

部屋の中なら他人の目を気にする必要もない。前に踏み出し、彼にキスした。
「……ね。夜ご飯まで時間あるし、お風呂行こうよ」
「そうするか」
部屋だけじゃなく、お風呂も広くて最高だった。露天風呂からは紅葉も見え、川の音と鳥の声が聞こえる。やっぱ日本って良いなぁ、なんて単純な感想が零れた。
「温泉ってマジで良いよね。これから鬱っぽくなったら必ず来よう……」
「疲れた時だけじゃなくて、普段から来て良いんだぞ」
先生は可笑しそうに笑っていたけど、温泉にはマジで精神安定の効果があると思う。

「久しぶりにワーワーはしゃいでるお前を見られて良かった」
「……」

湯けむりに当たりながら、二人で肩を並べる。
非現実的。夢みたいだ。高校の時の先生と二人で温泉に来てるなんて。

お湯の中に入れてる手に、先生の手が重なった。

「気持ちいいな」

先生は瞼を伏せ、静かに息をついた。返事しようか迷ったけど上手く声が出なくて、手を握ることで応えた。

「思い出は上書きしていくものじゃないけど……俺も、お前のアルバムの中に入りたくてな」

毛先から滴る雫を見つめる。
先生が時折見せる、儚い表情が好きだ。世界で唯一の、俺だけの恋人。
「俺のアルバムには、過去も未来も先生しかいないと思うよ」
「本当に? そりゃ嬉しいな」
紅葉を見たいと言ったら即連れて行ってくれて、家族との記憶も大事にしてくれて。
そんな人、愛しく想うに決まっている。

「俺の人生、全部先生に狂わされてるもん」
「うーん。否定はできないな」
「そう。だから責任とって、これからも一緒にいてよ」

おどけて笑うと、彼も笑って頷いた。

「言われなくてもそのつもりだ」





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