シャッターを切るときは

七賀ごふん

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撮影

#2

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頬を優しく撫でられる。
この手のひらに怖いぐらい安心するし、それと同時に不甲斐なさを覚える。
自分には、まだ彼を安心させられるような度量はない。
二十歳になったばっかでいきなり超人になったら、それはそれで怖いけど……。

それでも早く、多忙な彼を支える側に回りたい。

「はぁ。先生に言われると、マジでなれる気がする」
「ははは。お前はそれで良いんだよ」
「って言ってもさぁ……先生はメンタル鬼つよだから参考になんないんだよな」

矢代が寛げる状態になったので、キッチンへ向かった。
白米だけは炊いておいたが、後はインスタントの味噌汁しかない。それに気付いた矢代も肩を竦めた。

「金曜だから油断してたな。何か適当に作ろうと思ったけど屑野菜しかない」
「米があるから大丈夫だよ。納豆あるし、漬物あるし。あ、葱あるからねぎ味噌つくって!」
「ねぎ味噌ぐらい自分で作れるようになれよ」

と言いつつ、先生はネギを取って洗い出した。疲れて帰ってるところ申し訳ないと思ったが、およそ料理とかけ離れた星に生まれた自分は包丁を持つことも恐ろしい。
料理以外は全て引き受ける、という条約のもとこの同居生活も成り立っているのだ。
鰹節や作り置きの佃煮等、ご飯のお供になるものをテーブルに並べ、インスタント味噌汁にお湯を注いだ。

「はい」
「わー! サンキュー!」

酒やら何やら入れてるのは分かるが、レシピを覚える気はない。香ばしいねぎ味噌を差し出されたので、すぐに炊きたてのご飯に乗せてかきこんだ。

「うまうま」
「肉も魚もないけどな」
「いらなくない? 俺きゅうりと茄子の漬物だけで飯三杯は余裕。大人になったわー」
「それは大人関係ないと思うぞ」

いつものやり取りをし、テレビを点ける。
漬物をポリポリと食べながら適当にニュースを流すと、ちょうど紅葉の特集をやっていた。
「秋、肘ついて食べるなよ」
「紅葉狩りか~……」
視線は画面に向けたまま、肘を浮かす。テレビでは京都の紅葉が映し出され、観光客が楽しそうに写真を撮っていた。
「ねぇ、今さらだけどもみじって何? 何の木?」
「それは総称みたいなもんだろ? もみじって名前の木はないから……お前が思い浮かべてる真っ赤な葉は多分カエデだろうな」
なるほど。黄色のイチョウは分かるが、紅葉と言えばやっぱり紅い葉っぱがついた木だ。

「お前が紅葉に興味を持つなんてちょっと意外だな」

味噌汁を飲み、矢代は可笑しそうに口端を上げた。軽く馬鹿にされてる気がして、秋はムッとする。

わびさびや日本文化とは無縁と思われてるのだろう。確かに古典は壊滅的だが、自然を楽しむ感性は持ち合わせている。海も山も好きだし、それに。

「……昔、家族で紅葉を見に行ったことがあるんだよ。富山の渓谷」
「おぉ、良いとこだな。でも行くのも大変だったんじゃないか?」
「大変だったかも。寒いし、人多いし、途中母さんが財布か何か落として親父と険悪になった。妹は歩き疲れて泣き喚くし」
「散々だったんだな……」

矢代は同情したように見返してきたが、今となっては昔のことなので、素直に笑える。

「でも紅葉は綺麗だった。遠くの山のてっぺんは雪が積もって白かったし。今でもたまに行きたくなる」
「そうか。じゃあ行くか」
「へ!?」
「さすがに富山は無理だけど、土日空いてるなら紅葉が見れるところでもドライブに行こう」

そんなつもりで言ったわけじゃないんだけど、先生はやる気満々でスマホをいじり出した。
「い、良いの?」
「あぁ。俺も今週は予定ないし、お前とどこかブラブラしようと思ってたから」
「……」
そうなんだ。
いや、どうしよう。それはちょっと、いやかなり嬉しい。

そんなこんなで、俺と先生の急過ぎる小旅行が決まった。




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