シャッターを切るときは

七賀ごふん

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明察

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「先生、こっち向いて」
「ん?」
秋はカメラのシャッターを切った。振り返った矢代はすぐに状況を理解して、レンズ部分に手をかざす。

「残念、もう撮っちゃったもんねー。保存しとこ」
「懲りないな、盗撮」

矢代はため息まじりに頬杖をつく。しかし怒っている様子ではなかった。秋の髪に触れる手つきは、割れ物を扱うように柔らかだ。
「ねぇ先生、前に言ってたよね。俺が人を盗撮する所を見たって」
「……あぁ」
矢代は記憶を遡る。秋を知るきっかけになった日。ずっと昔に隠し撮りをしてる少年を見つけた……それが秋だった。

「先生に命令される前に、一度だけ……辻村に言われて、ある子を盗撮したんだ」
「辻村に?」
 「そう。理由は教えてもらえなかったけど、あいつに嫌われたくなくて言う通りにした。……でもフラれたからね。あの時から、俺はもうあいつにとってどうでもいい存在だったんだと思う」

スマホを仕舞って、秋は目を瞑る。

「きっと、俺と別れるきっかけが欲しかったんだ。……先生に見つかって良かったよ。校則違反も、何もかも」

───でなければ、きっと今も独りよがりに生きていた。
間違いを繰り返しても、今は価値のある物を手に入れられた気がする。自分を守ることはもちろん、自分が誰かに守られていることも知った。
「あの日から……俺も」
矢代もまた、夕陽が眩しそうに手を前にかざした。

「ずっとお前のことが気になってた。時間が止まったみたいに……お前のことで頭がいっぱいだった」

真剣な表情の、思いがけない告白に秋は吹き出した。
「またまた。絶対嘘」
「さぁ。どうだろ」
矢代も、冗談ぽく笑ってみせる。
「とにかく、これから色々忙しくなると思うけど」
二人の笑い声が止んで、水が流れる音が心地よく辺りを包んだ。

「弱気にならないで頑張れよ。もしそういう時がきたら、俺に連絡しろ」
「了解」
秋は軽く敬礼の合図をして、……踵を浮かし、矢代にキスをした。

「大胆だな。後数日しかいないからって開き直ってるだろ」
「まーね。俺は一抜けする。代わりに、今度は先生がゲイ疑惑で盛り上がるといいよ」
「そうなる前に異動する」

お互いに突き飛ばし合って、笑いながらプールを後にした。

たった三ヶ月半。その間に多くの出来事を経験した。辛いことに嬉しいこと。出会いも、別れも。
最後の夏。あまりに短い思い出だ。




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