143 / 179
明察
3
しおりを挟む声だけじゃなく、手も震えだした。だが抑えようとしても止まらない。
「ごめんなさい……っ!」
気付けば涙が溢れて、謝罪の言葉を繰り返していた。
「いたっ!?」
ところが軽く額を小突かれ、わけが分からず顔を上げる。
「やっとこっち見たな」。そう言って、彼は優しく笑った。
想像していたよりずっと穏やかな顔で。
「一度も目合わせないから、さすがに嫌われたかな。って思ってた」
「な、何で……俺が先生を嫌うんだよ」
理由がない。そう思ったけど、彼は苦しそうに目を細めた。
「辛い時に助けてやれなかった」
また距離が縮まる。彼は屈んで、ベッドに手をついた。
「お前が謝る理由なんて何もないよ。俺がお前に謝らなきゃいけないんだ。こうなったのは全て俺が原因だから」
手を引かれて、彼の腕に抱き寄せられる。その温もりを感じただけで、また泣きそうになってしまった。
正直、これ以上に望むものなんてないんだって……痛感した。
「俺も、ずっと無理やりお前を抱いていた。だからお前を襲った奴らを怒る資格がない。どれだけ憎くても……俺が一番憎むべきは自分なんだ」
矢代は秋のぬれた目元を指で優しく撫でる。
「でも、もう誰にもこんな真似はさせない」
いつしか、彼も声が震えていた。それが何の感情からくるものなのか、秋には分からなかったが。
「お前は何も悪くないし、よく耐えたよ。最初から、ずっと……だから自分を責めるのはもうやめてくれ」
あれ、と思って注視する。
先生……泣いてた?
間近で見てようやく気付いたけど、先生も少し目元が赤かった。触れて重なる手は熱が篭っている。
「ひとりで辛い思いをさせて、ごめんな。本当に……」
「……ううん」
秋は矢代の言葉を聞き届け、笑った。
「もう大丈夫。先生がいるから」
胸や喉が焼けるように熱い。それでも声を絞り出した。
「やっぱり、先生に見つけてもらって良かったな」
笑ってるのに、秋は泣いていた。
「いつも俺のこと見つけてくれて……ありがと」
こんなにたくさんの涙を流したのは初めてかもしれない。
頭が痛くなるほど泣き続けて……気付いたら陽は傾き、部屋は完全に夕暮色に染まっていた。
0
お気に入りに追加
112
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。


久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…



ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる